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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第一部 内乱編
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第二章 姉弟3

 びっくりした。

 何にと言えば、俺が持ってるスキル、オブトゥートゥスの範囲の広さに、だ。

 とりあえず兵力を集中するまでの間、出来る事をやろうとして、俺はまず、孫子の事を思い出そうとしていた。

 言わずと知れた兵法書だ。十三篇からなり、特徴は戦争を重く捉えている点だ。軽々しく行ってはいけないと書かれており、読んだときは驚いたものだ。

 内容は大体は覚えている、面白くて何度も読んだからだ。ただ、人の記憶は完全ではない。どうしても欠落してる部分があり、思い出そうとしたときに、オブトゥートゥスが発動し、俺が思い出せなかった情報を正確に画面に映し出した。

 孫子の七計。

 一、敵味方、どちらの君主が人心を把握しているか。

 二、将軍はどちらが優秀な人材であるか。

 三、天の利・地の利はどちらの軍に有利か。

 四、軍規はどちらがより厳格に守られているか。

 五、軍隊はどちらが強力か。

 六、兵卒の訓練は、どちらがよりなされているか。

 七、信賞必罰はどちらがより明確に守られているか。

 以上の七つを比べ、十分に勝算がある場合のみ、兵を起こすべきである。

 これは良い。とても良い。これでわざわざうろ覚えの戦術や戦略を使用する必要はなくなった。とは言っても、この世界に合わせて改良しなくてはいけないが。なにせこの世界には魔法があり、文献には竜の存在も書かれていた。地球の戦法がそのまま通じるとは考えにくい。

 それでも十分すぎるほどの価値はあるが。


「君主の人心把握か、現国王と比べればディオ様が圧倒的に上だけど、カグヤ様と比べると互角と言った所か。

 将軍の優劣はカグヤ様が居る分、向こうだろうな。

 天の利も地の利はどちらも今は等しいからな。これも互角としておくか。

 カグヤ様の軍は確かに軍規をしっかり守ってるようだけど、全体をみればこちらがしっかりしてるだろうな。

 軍隊の強力さは向こうだろうな。向こうは最近まで国境を守っていたカグヤ様の軍と、国王と戦い続けてきた直轄軍だ。経験が違う。

 兵卒の訓練も向こうだろうな。練度には差があるはずだ。

 最後の信賞必罰は難しいな。ある意味、向こうは功績を上げれば得られる物は多い。罰も、恐怖で縛ってる所を見れば、酷いことをしてそうだしな。でも公平さと言う点なら間違いなくこっちか」


 ひとしきり喋った後、今の内容を反復し、思わずため息を吐きそうになった。七つある内、三つは向こうが上で、互角が二つ。残りの二つしか勝っている条件はない。

 直接、戦闘に関係する要因は向こうが上だ。とても勝算は見込めない。けど、もう戦争になってしまってる。今更、勝ち目がないので止めますとは言えない。


「失礼します。クレイ殿。そろそろ昼食をとっては如何ですか?」

「ミカーナ? ちょうど良かった。聞きたい事があるんだけどさ」

「では昼食の後に。朝も何も食べていないと聞きました。あなた付きの従者に泣き付かれたので、わざわざ私が来てるんです。昼食を取ってください」


 じろりとミカーナに睨まれる。どう考えても俺が悪いから言い返すのは難しい。


「じゃあ食事にするよ。でも、ミカーナも付き合ってくれないかな?」

「私がですか? 構いませんが、宿舎に私の分の食事がありますので、こちらでは取りませんよ?」

「いいよ。時間は取らせないし」


 そう言って、用意された昼食を机の上に運ばせた後、部屋の中で立っているミカーナに見られる形で、俺の昼食は始まった。

 自分で付き合ってと言ったのだが、見られながら食べるのは本当に食べづらい。さっさと要件を言うとするか。


「カグヤ将軍の周りにはどんな人がいるかわかるかい?」

「カノン城に居る名のある将軍は全てお知らせしたと思いますが?」

「だれが一番凄いとか、能力的な話だよ」

「なるほど。それを何故、私に?」

「憧れのカグヤ将軍でしょ? 側近にも精通してるかと」


 ちょっとからかうつもりで呟いた言葉に、ミカーナは確かに。と頷く。恥ずかしがるか、否定するかと思ったけど、どうやらミカーナにとって、カグヤ様への尊敬は恥じるものでも、否定するものでもないらしい。一応、敵の将軍なんだけどな。


「私が知る限り、カグヤ将軍には三人の側近と呼べる方が居ます。一人はアンナ・ディ-ドリッヒ様。城の城主ですが、殆ど代行に任せて、カグヤ将軍の補佐を続けている方で、政務にしろ、指揮にしろ、非の打ち所が無い女性だと聞いています」

「万能か……厄介だな」

「もう一人はベイド・ファーン様。軍への補給や財政状況の管理などを任されている男性だと聞きますが、この方は基本的に裏方なので、前線には出てこないでしょう」

「なるほど、一万の軍勢を過不足なく維持できるのはその人の手腕か、で? 最後の一人は?」

「ユーリ・ストラトス様。最近、旅をしている最中にカグヤ様に拾われた方で、とにかく知略に優れた方と聞きます。年配の男性とも、幼い少年とも言われていて、本当はどんな人物かわかりません」

「わかった。万能の補佐役に補給担当、それで参謀か。確実に自分が率いる事が前提の布陣だな」


 俺がそう呟くと、ミカーナが呆れたように呟く。


「将軍なんですから、当たり前では?」

「確かにね。でも、その性質は利用できるかな」


 さて、聞きたい事は聞けた。問題なのはカグヤ様の代わりに全軍を統率できる人間が居るかどうかだったけど、維持は出来ても率いるのは難しそうだな。それならやりようはある。


「ありがとう、ミカーナ。もう大丈夫だよ」

「いえ、全て食べきるのを確認してから行きます。残されたらたまりません」

「いや、食事を残す事なんてしないよ……」


 目を見ると何だか強い意思を感じたので、俺は諦めて好きなようにさせることにした。一緒に食べてる訳ではないが、話相手が居るのは悪くない。


「そう言えば、馬を歩かせる事が出来るようになったよ」

「馬が歩いてくれたの間違いかと。ですが、数日で乗れるようになったのは意外です」

「ミカーナのアドバイスに従って、馬を洗ってやったり、餌やったりしてたからね。慣れってのは確かに大切だ」

「馬も生きています。乗る者の緊張は伝わってしまいますし、何より不慣れな者を乗せるのは馬も怖いのです」


 今はその言葉が痛いほどわかる。何せ、何度も振り落とされた。あの時は馬が怒っているように見えたが、恐らく怖がっていたんだろう。悪い事をしたものだ。

 馬に一応、乗るまでに掛かったのは七日くらいか。この城に来るまでの道中は、ミカーナに手ほどきを受けていた。何故、馬車なのかと質問され、馬に乗れないからと返したら、特訓ですと言われてしまった。

 まぁ馬に乗れない指揮官なんて、士気を下げる事はあっても上げる事はないだろうしな。


「はい、食べ終わったよ。これでいいかい?」

「確認しました。ですが……毎日、食事はしてください。睡眠もしっかり取ってください。部下からは心配する声もあがっています」


 こちらを気遣う表情を見せたミカーナに、俺は頭を掻いて、視線を逸らす。申し訳ないが、今、無理しなければ、この後、無理する機会はない。

 この城に今、集まっているのは約一万二千。包囲網を未だに継続しているから、これが限界と言えば限界だ。包囲網を解けばまだ集められるが、そんな事をすれば、当初の五分五分の状態に戻されてしまうだろう。

 今、反乱軍はヴェリスの三分の二に近い領土を手中にいれている。国王派は頭上から見れば、細長い台形に見える土地しか残されていない筈だ。カグヤ様の一万の軍を中央部に釘付けにしたため、両翼から徐々に侵攻する作戦が実行することが出来たからだが、カグヤ様が健在な以上、今の細長い台形の形は変わらないだろう。何せ中央の本隊は一ミリも進めていないのだから。


「状況は切迫してる。だから、倒れない程度には自己管理はするさ」

「それでは困ります。我々は」


 ミカーナの言葉を遮るようにドアがノックされた。

 俺の部屋に訪ねてくる物好きはそうは居ない。だから、訪ねてくるのは基本的には何かを知らせる伝令だ。


「入れ」

「失礼します! 急ぎ、殿下のお部屋へ! 殿下がお倒れになりました!」


 それはこれからという時にもたらされた報告で、反乱軍を揺るがしかねないものだった。




■■■




 ミカーナに他言しないことを強く言った後、俺はすぐにディオ様の部屋に向かった。

 走ったせいで息が切れているが、構わずドアをノックする。


「ユキト・クレイ! 参りました!」

「入れ」


 中から聞こえた声はユーレン伯爵の声だった。もしかしたら声が出せないほど症状は重いのかもしれない。

 そんな最悪な想像をしていた俺が、部屋に入ってみたものは。


「ディオ……様?」

「ユキト。君のその反応が見れたなら、倒れた甲斐があるよ」


 執務机に向かっているディオ様とその横で手伝うユーレン伯爵は、いつも通りだった。


「どういう」

「とりあえず近づけ。声は小さくしたい」


 聞かれたくない話をする気だと言う事だ。俺は小さく頷き、ゆっくりと執務机へ近づく。


「まずはすまないね。君が慌てるというのが必要だったんだ。周りはこれで僕が倒れたと思うだろう。まぁ実際、過労で少し倒れたんだけどね」

「総大将が倒れては戦になりませんよ? どうするおつもりで?」

「僕は子供の頃から病弱だった。だから姉上はこの報告を疑わないだろう。そして、神速のような速さで出陣し、この城を包囲するか、近くに布陣する筈だ。ここまで言えばわかるね?」


 総大将が倒れ、反乱軍は混乱する。それをカグヤ様は見逃さない筈だ。まともに機能しない軍など、幾らでも狩る事が出来る。

 そうやってカグヤ様が狩りに出た隙を突き、王都へ向かって奇襲を掛け、国王を討つ。

 そう言う作戦だろう。ただ、囮にされた方は堪ったもんじゃない。


「奇襲部隊はどれくらいですか?」

「二千から三千ほど欲しい。療養のために離れる僕の護衛とするつもりだから、二千が限界だとは思うけどね」

「一万は囮ですか?」

「そこで、お前が出てくる訳だ。ユキト」


 ユーレン伯爵がニヤリと笑う。似たような笑みをディオ様も浮かべている。


「また君にこれを預ける」


 そう言って取り出したのは黄金の鞘に収められた短剣だ。ディオ様のお祖父様の短剣で、俺がソフィアを守る際に、全権を持つ事を示すために使われた権威の象徴。


「難しい事は分かってる。君に危険な役目を与えることも、僕を信じてくれた人を裏切るような行為だと言う事も、理解はしている。だが、時間はない。この機会を逃せば、もう姉上の隙を突く事は出来ないだろう。長期化する戦争は国を衰えさせる。他の国も徐々に動きを見せ始めている。動くなら今しかない」

「ディオ様……」


 その目は俺が今まで見た事がないほど意思の力に溢れていた。強い覚悟を持って、ディオ様はこれから行う事に臨もうとしている。囮も危険だが。奇襲部隊はもっと危険だ。敵の勢力圏に飛び込んでいくのだから。


「僕は父が嫌いだ。けれど父と呼び続けるのは、全てを背負う意思を周りに見せたかったからだ。この戦いは愚かな親子喧嘩だ。誰も得をせず、誰も喜びはしない。だからこそ、僕は、この手で決着をつける。けれど、上に立つ者としての責任を果たさなければいけない。だから、僕は……ユキト、兵たちのために君を残していく。いつも頼ってばかりで申し訳ないけれど、僕の頼みを聞いてほしい」

「一万の兵を率いることが私に出来ると?」

「君は出来ないならやらない。他の方法を探すだろ? 一万を率いれないなら、君は上手く周りに分担し、確実に役割を果たす」


 褒められているのはわかるが、あまり嬉しくない。多分、それは言葉を尽くして、俺を総大将の代行に任じようとしているディオ様の意図が見えてしまっているからだ。


「……カグヤ様をどれほど引き付ければよろしいのですか?」

「出来るだけ長く」


 条件はかなり難しい。ここで兵を失い過ぎる訳にはいかない。事前に撤退を許可するなり、他の城への移動を指示するなりして、被害はハルパー城と僅かな兵の損失に抑えなければ、次が無くなる。その上でカグヤ様を足止めしなければいけない。

 厄介極まりない。一番厄介なのはディオ様が次を考えていない事だろう。まぁ実際、奇襲の失敗は全滅を意味する。次は考えるだけ無駄か。


「この命はあなたに救われました。だからあなたのために使うと決め……ここにはあなたを勝たせる為に来ました。ご命令ください。あなたの命令なら……例え、竜とだって戦いましょう」

「ふふ、君の忠義と、君を助けた僕の運に感謝するよ。これからすぐに将軍たちの面会を許可し、僕は後ろに下がる旨を伝える。その時に君に全権を委ねる事を伝える。姉上はすぐに動く筈だ。不満が噴出する前に戦になる。だから安心して策を立ててくれ」

「安心できる事ではありませんが、全力を尽くします」

「頼んだよ。僕の軍師」


 そう言って笑ったディオ様の顔は、いつもより少し疲れて見えた。




 その日の内にディオルード王子が倒れ、後方に下がった事は城内に知れ渡った。

 混乱を抑えるために将軍たちが躍起になって各部隊を回り、どうにか城は仮初の落ち着きを取り戻したが、次の日の朝、鳴らされた敵の接近を告げる鐘により、昨日よりも城は混乱に包まれた。

 接近した敵が掲げるのは翼を広げた黒い鳥が描かれた軍旗。黒鳥旗と呼ばれるそれを掲げるのは国内でただ一人。


 黒姫・カグヤ・ハルベルト将軍。


 反乱が起こってから一月ほど。初めて両軍の主力が対峙した。

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