第三章 覚醒4
二話連続投稿、二話目です
アルフレッドも腰に差していた剣を抜き放ち、俺に応じた。
口ではあーだこーだといっていたが、状況はしっかりと理解できているらしい。
グワイガンはまだ魔術具の支配下にあるとはいえ、本来の力を出せていないせいか、ソフィアの風によって動きを封じられている。
そのソフィアも身動きが出来なくなっているが、アイリーンが気を失ったことで、ソフィアはグワイガンに集中できる。
動けるのは戦闘力の低い俺とアルフレッドだけだ。
そして、アルフレッドの優位が自分の優位を絶対にするには、この状況を切り抜けなければならない。
「ちっ!」
アルフレッドの右斜め前から、俺は単純な突きを出した。
それをアルフレッドは何とか弾いた。
アイリーンほどではないにしろ、アルフレッドも剣の修練をした過去を持つ。
その過去を覗いたら、アルフレッドは突きが苦手だということがわかった。
突きは斬撃とは違い、受けるのが難しい。面や線ではなく、点の攻撃だからだ。
攻撃範囲が狭い分、受けるのが難しい突きは、横から弾いたり逸らしたりか、もしくは避けるしかない。
達人になれば、寸分違わず、突きを受け止めることができるだろうが、そんなことができるのは極僅かな人間だ。
横から弾くにせよ、避けるにせよ、それなりの反射神経がいる。アルフレッドにはその反射神経が欠けているのだ。
だから咄嗟に反応するのが苦手なんだろう。
モーションの小さな攻撃や、今のような突きなんかに対して、アルフレッドが取れる行動は、苦し紛れに剣で弾くことだけだ。
そして、そういった行動のあとは大きな隙が出来る。
弾かれた剣を引き戻し、再度、俺は突きを放った。
狙いは胴体。思いっきり弾かなければ、必ず体に当たるコースだ。
「くっ!」
アルフレッドはどうにか剣で逸らそうとするが、間に合わずに、右脇腹に刃が掠った。
剣を引き戻し、俺はわざと距離を取った。
さっきからアルフレッドの行動予測の確率が出てきてはいるのだが、攻撃している最中だと、その予測をみても俺が動けない。
多少、身体能力もアップしているが、元々、戦うことが得意なわけじゃない。
護身術として、相手の攻撃を受ける、避けることはそれなりにできるようになってきたが、攻撃は素人に毛が生えた程度だ。
そんな俺では、過去視から得られた情報を統計して弾き出されるデータを見ても、急には動けない。
それならいっそうの事、受け手に回ったほうがいい。
「おのれ!」
アルフレッドは傷を負って頭に血が上ったのか、上段から力任せの大振りを放った。
画面を見るまでもなく、予備動作の大きなその一撃を右にかわし、俺は間髪入れずに剣を振り上げた。
剣はアルフレッドの左肩を浅く捉えた。
アルフレッドが避けたというよりは、俺の踏み込みが甘かったんだろう。
もう一撃と思ったが、その前にアルフレッドの攻撃が来た。
【突き。約97パーセント】
左肩を斬られたのを気にせず、片手で放ってきた突きを、俺は剣で左に逸らした。
アルフレッドの体勢が崩れたのを見て、アルフレッドと交差するように前に出て、アルフレッドの左太ももを切り裂いた。
先ほどより深く踏み込んだ。
けれど、今度はアルフレッドが倒れるようにして、避けたため、動けなくなるほどの傷じゃない。
アルフレッドは傷を負ってはいるが、それは俺も変わらない。
城での戦いの傷や、竜の一撃で体を打ち付けたときの打撲。
魔法の効果か、それとも魔法に適応した体のおかげか、痛みはそれほど感じずに動けているが、体がダメージを受けているのは変わらない。
それに魔法が全力で発動し続けている。
体力や魔力が有限である以上、いつまでも発動していられるものじゃないはずだ。
どれほどの時間、この魔法が持続するのかわからない以上、長引けば俺が不利になる。
それに、いくらソフィアとはいえ、あの竜をいつまでも抑えられるとは思えない。
正直、手早く終わらせたい。
「はぁはぁ……その目はなんだ……?」
「なんだろうな? 想像にお任せするさ」
剣で体を支え、荒い息を吐きながら、アルフレッドはそれでも俺を睨みつけている。
まだ諦めてはいない。
「魔法使いが金色の目になることがあると聞く……。アイリーンの攻撃のかわし方や、僕の攻撃のかわし方。まるで……こちらの動きが予めわかっているかのような動きだ……」
「どうだろうな? ためしに攻撃してみたらどうだ? そしたらわかるぞ?」
「その挑発に乗る気はない……。ふざけた話だ……。魔術の祖足る五大氏族の内、二つの家の血を引く僕はなんの才能にも恵まれないというのに……どこからか現れたただの平民が魔法使いなどと!
僕は認めないぞ! 僕はあらん限りの努力をして、ようやくストラトスの魔術を会得したというのに! なんの努力もしないで、魔法を手に入れる者がいるなど……僕は認めない!!」
アルフレッドの叫びを聞いたと同時に、アルフレッドの過去が少しだけ見えた。
アルビオンの公王家は、五つの名家から選ばれるとされている。
現在の公王家であるウォーデン家。
メイスフィールド家、リーズベルク家、ラエリア家の三大公爵家。
そして、表舞台には殆ど出てこない影の名家。ミルワード家。
ミルワード家は表に殆ど出てこず、これまで公王を輩出したことはない。けれど、公王の交代を取り仕切る役目を持っているため、五大名家に数えられている。
このミルワード家が、公王の嫡子が次代の公王に相応しくないと判断したときに、公王家が交代する。
そして公王家以外の四つの家の当主候補から、最も資質を示した者が公王の座につき、その家が公王家となる。
つまりは、アルビオンの公王は必ずしも世襲じゃないのだ。
とはいえ、最も公王を輩出している名門はウォーデン家であり、ここ数代はずっとウォーデンの嫡子が公王になっている。
半ば世襲と化した中で、アルフレッドは生まれ、そして育てられた。
厳しい教育を受け、周りから認められようとしてきた。
けれど、アルフレッドには周りの期待に応えるだけの才能がなかった。
努力ではどうにもならない魔術や剣術の才能。
他者を従わせるカリスマ性。
要領よく生き抜くための政治力。
どれもが欠けていた。
そして、一番問題だったのは公爵家の跡取りたちが優秀だったことだ。
アルフレッドと同時期の公爵家の跡取りたちは、アイリーンやソフィアだった。
至上の乙女という象徴的立場にあるソフィアは、公王争いには参加しないものの、幼くして才能を発揮する各当主候補たちは、アルフレッドの劣等感を刺激した。
そして、途方も無い焦りを生み出した。
ミルワード家が実際に明言したわけではなかったが、公王の周りでは、次で公王家が交代すると噂されていたからだ。
なにより、それを一番感じていたのは他でもない、アルフレッド自身だった。
どうにか手柄を立て、次代の公王に選ばれなければと躍起になったアルフレッドは、次第に手段を選ばなくなり、ヴェリスへの侵攻を訴えて、城から追放された。
そこで過去視は途絶えた。
そのあとに何があったかは知らないが、そのあたりで操作魔術を会得したんだろう。
そして策謀を巡らせ、自らが王となろうとした。
自らが弱いならば、優秀な駒を揃え、他者を利用すればいいという、凶悪な思考を抱えて。
「僕は王になる……僕は王になるんだ!」
ヴェリスでカグヤ様を操ったのも、ソフィアを手に入れようとしたのも、アイリーンを操ったのも、手に届かないモノを自らのモノにしたいという願望の表れだ。
ストラトスの魔術を手に入れるまでは、絶対に手に届かなかった憧れの存在。
ストラトスの魔術と出会うまでは、太刀打ちすらできなかった存在。
それらを手に入れ、自分の虚栄心を満たそうとしていたのだろう。
けれど。
「気持ちはわかる。だが……お前はやり方を間違えた!」
真っ直ぐ向かってきたアルフレッドに合わせて、突きを放った。
俺の目の前に浮かんだ画面では、左右のどちらかに避けると表示されていたが、俺にはそれらが外れるとわかった。
アルフレッドの目が、今までとは違ったからだ。
こいつは過去のアルフレッド・ウォーデンとは違う。何かを覚悟している。
そして、その予感は当たった。
「ぐっ……!!」
アルフレッドは左肩で剣を受けた。
深々と肩に突き刺さった剣は、肩を貫通して背中側まで抜けていた。
間違いなく深手だ。
肉をしっかりと貫いた感触に顔を顰めつつ、城壁の外で大きな砂煙が立っているのを見つけた俺は、すぐに我に帰って、剣を抜こうとして、できなかった。
「……これで……逃がしはしない……」
「お前の奥の手か……」
「ストラトスの……操作魔術は……言葉で他者を操る……だが、効き目には個人差がある……。
そういった者を無理やり操る奥の手だ……。直接、体に触れて、魔力を流し込んで操る……」
咄嗟に剣を抜こうとするが、アルフレッドが左手で刃を掴んで、それを阻止した。
「無駄さ……この距離じゃ避けられない……。僕が体内に魔力を流し込む以上、クラルスには期待しないことだ……。
体内に流し込んだ場合は、普通の催眠状態とは違う……。クラルスだって……防げはしない……」
ヴェリスの王城で、ヴェリスの先王を本気になれば操れると、ストラトスがいったのは、それのことか。
クラルスを持っていたソフィアにも、余裕を崩さなかったのは、それでも操る術を持っていたから。
確かに奥の手だ。
そして、俺が動き始めた瞬間。それは発動されるだろう。
剣を動かそうにも、手で止められている。
後ろや左右に逃げても、逃げるより先に捕まってしまうだろう。
万事休すだ。
けれど、俺に焦りはなかった。
周辺の状況や、過去の情報を統計して、導き出された一番確率の高い未来が見えていたからだ。
画面に言葉が表示されるのとは違う。
映像として、未来に予想されることが頭の中で流れている。
そして、その映像の中で、アルフレッドの右手が俺に届くことはない。
さきほど、アルフレッドの行動予測は外れたが、今回は外れない自信がある。
なにせ、第三者が関わっているからだ。
「アルフレッド。お前の覚悟は見事だったけれど……その手は俺には届かない」
「世迷いごとだね……操った君で、ソフィアを手に入れる……それで全て上手くいく……」
「その未来はやってはこない。リリィがいっていた。本気を出せば、ヴェリスの先王だって操れる、と。だから、より強力な魔術をストラトスが持っているのは想像できた。
それに対する俺の対策はなんだと思う?」
「……この奥の手に死角はない……そうやって時間稼ぎをするのは無駄さ!」
「ミカーナ・ハザード。内乱時からの俺の優秀な副官だ。だけど、彼女よりも優秀な人材は正直いた。けれど、内乱終結後も、俺は彼女を手元に置き続けた。なぜだと思う?
その理由はストラトスへの対策のためだ。そのために俺は彼女を傍に置いた。
何度か見て、気づいた。ストラトスの魔術には距離という制限がある。なら、対策は簡単だ」
特徴的な風切り音が俺の耳に届いてきた。
同時に俺はニヤリと笑う。
頭に流れた未来とまったく同じだったからだ。
そして。
「ぐわぁ!?」
アルフレッドの右手を矢が貫いた。
俺はそれを見て、すぐにその場から数歩下がり、言葉を続けた。
「言葉の届かない遠距離から制圧すればいい。奥の手というのが、距離に関係ない場合が問題だったが、力を強くする場合は、大抵射程が狭くなる。案の定、お前の奥の手も、対象と接近していなければ使えないものだった」
「馬鹿な……」
「確かにストラトスの操作魔術は厄介だが、お前は俺に見せすぎた。種さえ割れれば、対策を講じるのはさほど難しくはないさ」
続けて、第二射がアルフレッドの左腕を貫いた。
左右の腕に矢が刺さっては、もう満足には動けないだろう。
だが、それでも矢は止まなかった。
第三、第四の矢が飛んできて、アルフレッドの両足を貫いた。
四肢を貫かれたアルフレッドは、うめき声をあげながらその場で倒れた。
どうにか終わったか。
そう思いながら、俺は城壁の外をみた。
第一射と第二射との間隔と、第三射と第四射の間隔では、かなり違っていた。
後者のほうが速かった。それはつまり。
「ユキト様!」
城壁の外。
見慣れた、しかし懐かしい黒いコートの騎馬集団がいた。
そしてその先頭には弓を構えた茶髪の少女。
「流石は優秀な副官。しっかり、ここまで来てくれたね」
「国境にいつまで経っても来られないので、お迎えにあがりました」
「それは申し訳ないね。それで? どれぐらい来てる?」
今、ミカーナが引き連れているのはどう見ても30人ほど。
おそらく、飛び出したソフィアを少数で先行して追ってきたんだろう。
「第二、第四、第五部隊それぞれ五百人ずつ。計千五百人が来ています。もうすぐ到着するかと」
「ばっちりな組み合わせだね。人数も申し分ない。むしろ、よくその人数を保って、国境を越えてきたって褒めたいよ」
「恐縮です。ですが、アルス隊長とニコラさんが、国境で残りの隊員を率いて、敵の目を引き付けてくれました。それと、ソフィア様にもお力添えしていただきましたので」
「なるほど……。それでもありがとう。で、だ。
長旅で疲れているところ悪いんだけど、ミカーナ。三隊と合流次第……竜狩りだ」
そうミカーナに告げながら、俺は黒竜グワイガンを見据えた。




