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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第三章 覚醒2

 ソフィアが竜と対峙している。

 その状況がどれだけヤバイかだなんて、考えなくてもわかる。

 いくらソフィアとはいえ、竜の相手を一人でできるわけがない。

 なんとかしなければと思い、俺は立ち上がろうとした。

 けれど、痛みが体中に走り、立ち上がることができない。

 思わず自嘲気味に笑ってしまった。

 立ち上がることもできない非力な男が、竜を相手に何ができるというのか。

 少しでもソフィアの安全が確かになるように、あれこれとややこしい手段を使って、渡したクラルスも、竜が相手では人間が相手のときほど、絶対的な防御力は発揮できないだろう。

 策ではどうにもならない絶対的な力。

 立ち上がったとして、一体、それに対して何をしようというのか。

 あれだけ巨大な敵には、おそらく弓も効かないだろう。目なんかの鱗に覆われていない部分を狙える凄腕の射手、ミカーナなら話は別だが。

 ソフィアが来たということは、ノックスも来たということだろう。

 ソフィアの護衛のためにノックスはヴェリスに帰還させた。

 国境を越えるということは、アルビオンの守備軍を突破しなければいけないから、五つの部隊が全部来るということはありえない。

 せいぜい三つの部隊が限界だろう。それも三千人とはいかないはず。


「ノックスが来たとしても……状況は変わらないけどな」

「諦めたか? ユキト・クレイ」


 懐かしい竪琴の音と共に、俺の目の前にレルファが現れた。

 まったく、いつも唐突に現れる奴だ。


「来れるなら……もっと早くに来てくれ。そうすれば、こんな状況にはならなかったのに……」

「私の魔力が回復したのはつい最近だ。そもそも、ここはエルフィンの担当。私が出しゃばるわけにはいかない」

「担当って……あんたらにとって、人間の生き死になんて、大したことじゃないのか……」

「私たちは人に干渉しすぎることを嫌う。かつて干渉しすぎて、失敗した者たちを見ているからな。

 さて、状況は切迫している。今すぐ決めろ。逃げるか、戦うかを」


 レルファは感情を感じさせない声で、そう淡々と俺に決断を迫ってきた。

 逃げるか、戦うか。

 考えるまでもない。

 逃げるということは、ここにいるすべての人々を見捨てるということだ。

 敵中で孤立する俺を助けようと、動いてくれていたザックを、アルフレッドに操られたままのアイリーンやミリアを。

 俺の指示に従って、わざわざ危険を冒してアルビオンまで来たソフィアやノックスのメンバーを。

すべて見捨てるということだ。


「逃げるなんてできるわけないだろう!」

「なら戦うか? 黒竜グワイガンは古の時代から生きる大竜だ。古来種よりも前に生まれ、未だに生きている。我ら竜人族は竜とは友好的だったが、黒竜グワイガンは違った。各地を荒らしまわり、古来種の討伐隊を返り討ちにした。種族として圧倒的な力を誇るのが“竜”だ。戦えば死ぬ。逃げるなら今が唯一の機会だ。

 あの少女が足止めをしている今がな」


 上を見れば、ソフィアとグワイガンの姿がなかった。

 どこにいったのかと探せば、城壁辺りにソフィアの姿があった。

 グワイガンの姿は見えないが、おそらく強力な風の魔術で城壁の外に追いやったんだろう。

 足止めといっているから、その状態は未だに続いているはず。


「……尚更、逃げるわけにはいかない」

「ならどうする? 今のお前に何ができる? ただ殺されにいくのが目的ではないのだろう? 誰かを助けたいならば、あの竜を撃退する以外に道はないぞ?」


 そんなこと言われなくてもわかってる。

 この口ぶりだと、本格的に手を貸す気はレルファにはないんだろう。

 このピンチにエルフィンも出てくる気配はないし、古来種からの支援は期待できない。

 古来種の力は未知数だけど、高位の魔術師以上の力は持っているはず。

 力を貸してくれればどうにかできるかもしれないのに。


「竜は絶対的な存在だ。今、竜と戦っている少女。人は至上の乙女というが、古来種では違う呼び方をする。

 ときたま種族の限界を超越する規格外。アマデウス(神に愛されし者)。私やエルフィンも、竜人族、妖精族のアマデウスだ。

 つまりは、彼女は“人外”の存在。そして、竜と対することができるのは“人外”しかいない」


 人外を強調してくるレルファの意図を俺は理解できなかった。

 いや、理解はしている。ただ、気づきたくないから目を背けているだけだ。

 人外。つまり人から外れた存在。

 それが竜と戦う力を持つ者だ。そして、今、その力が必要とされている。

 そして、俺はその力を持っている。


「俺に魔法使いになれって言ってるんだな……」

「なりたくてなれるものではないが……お前は別だ。既に気づいているだろう? お前は昇華の手前まで来ている。後はお前が望めば、魔法は昇華し、お前のモノになる。

 それを邪魔しているのはお前の意思だ。

 ただの人のままでありたいと。周りと違う何かにはなりたくないと。過ぎた力など要らないと。お前は思い続けてきた。必要なときに必要なだけの力があればいい、と。

 だから、必要なときだけ、お前の魔法は力を発揮してきた。だが、小出しの力では敵わぬ敵もいる」

「わかってるさ……! お前に言われなくてもわかってる! けど……」

「覚悟が決まらないか? 自分が人でなくなることを受け入れるほど、強い気持ちを抱けないか?」


 レルファの顔が少し、優しげなモノに変わった気がした。

まるで諭すような顔つきだ。

 強い気持ちがないわけじゃない。

 ただ、その気持ちに正直になることが怖い。

 強い力が怖い。力に伴う責任が嫌だ。

 普通でありたい。それが一番幸せだと、俺は知っている。

 その幸せを投げ出したくなくて、今日まで自分の中の力を見ないようにしてきた。


「熟考は大切だ。なにせ、変われば元に戻れないからな。人の姿をしたまま、確実に人ではなくなる。お前の場合は、世界に与えた影響を考えれば、人の姿を保っていられるかも怪しい」

「……脅すなよ。趣味が悪いぞ……」

「それはすまなかったな。だが、ユキト・クレイ。あまり時間をかけていると、“大切な者”を失うぞ?」


 そういうと、レルファは竪琴を奏でた。

 俺の目の前にあった空間が歪み、やがて四角い画面へと変わった。

 そして、そこに映ったのは。


「ソフィア!?」

「グワイガンを魔術で押さえつけている所を、アルフレッド・ウォーデンが狙ったのだろう」


 ソフィアは城壁の上にいた。

 そして、城壁の外に右手を伸ばし、左手で魔術を使い、迫り来るアイリーンの動きを食い止めていた。

 ソフィアなら逃げるだけなら容易いはずなのに、逃げないのは、アルビオンにグワイガンを近づかせないためだろう。

 アイリーンの後ろでは、アルフレッドが勝ち誇った表情を浮かべていた。

『まさかクラルスを君が持っているとは驚きだったが、所詮は時間稼ぎさ。たとえクラルスの防御といえど、僕が直接触れさせすれば、どうにでもなる。

 それ以前に、その状態じゃ、アイリーンに捕らえられるのは時間の問題だろう?』

『アルフレッド公子……! あなたがストラトスの正体なのは、本当のようですね……』

『ああ。僕がストラトスだ。大陸中に争いを生んだ男。それが僕だ』

『……私はあなたを許しません! あなたのせいで、どれだけの人間が命を落としたと思っているんですか!?』

『僕は神ではないから、そんなことは知らないよ。僕は僕の目的のために動いた。その過程で生じた犠牲なんて、正直、どうでもいい』

『……そんな心を持っているから、平気で人を操れるんですね……。操られた人がどれほど傷つくか分かっているんですか!?』

『基本的に操ったら、正気に戻すことはないからわからないよ。君がいっている人間は、カグヤ・ハルベルトのことだね? 彼女は非常に優秀な手駒だった。君を操ったあと、ヴェリスに侵攻して、彼女も手駒に加えるとしようかな』


 そういって笑い始めたアルフレッドを、ソフィアはきつく睨んだ。

 けれど、風で押されていたアイリーンは、徐々にソフィアに近づいていた。

 状況は非常に拙い。

 このままだと、ソフィアはアルフレッドの手に落ちる。

 そう、ソフィアがアルフレッドの手に落ちるんだ。

 それだけは避けたいと思って、ここまで行動してきたのに。


「答えろ……どうすれば俺は魔法使いになれる……?」

「少しは前向きになったな? それが答えだと思うが?」

「どういうことだ……?」

「そのままだ。自分よりも他者を。それがお前の本質だ。ユキト・クレイ。いつも……そうではなかったか?」


 その瞬間。

 俺の視界は闇に包まれた。




◆◆◆




 深い闇の中に俺はいた。

 その闇の色を俺は知っていた。

 確かに一度死んだときに見た闇だ。

 世界を渡ったときに通った闇。

 ただ、あのときと違うのは、感覚。

 あのときはただ闇の中に佇んでいた。

 けれど、今は落下している。

 そして、そこには出口があった。

 いきなりの強い光に目がやられた。


「ここは……?」

「白亜宮。そう私は呼んでいる」


 後ろから聞こえた声に振り向けば、そこにはレルファがいた。

「来たことがあるのか……?」

「魔法使いは誰しも来る。ここは世界の中心。世界の一部として、受け入れられる洗礼の場だ」

「それはつまり、あんたも魔法使いってことか……」

「予想はしていただろう?」

「一応な。それで? 俺は認められた……と思っていいのか?」


 ここがどういう場所なのか知らないが、今は一刻を争う事態だ。

 力をくれるならくれるで、早くしてくれ。


『ここは外界とはほぼ関係性のない場所です。ですから、外界との時間的関係も薄いので心配はいりません』


 どこからか現れた巨大な光の球体が喋った。

 一体、なんなんだ。

 こいつは。


「世界の意志。その一部だ」

『あなたが来るのは久しぶりですね。レルファ』

「来ないで済むなら来たくはなかった。ここには嫌な記憶しかないしな。それに古来種の時代は終わった。それは私の時代も終わったということだ」

『それでもここに来たのは、次を担う人間たちを見捨てられなかったからですね? だから、彼を呼んだ。人が絶望から逃れる光となるように』

「ふん。予想外に使い物にならなくて、ここに来るのが遅くなったがな」

「おい」


 どうしてここで貶められなくちゃいけない。

 っていうか、光の球体の言葉から察するに、ここと外界、つまり、さっきまでいた場所では時間の流れが違うってことだろうか。


『そういうことです』

「!? 心を読んだのか?」

『ここは私の体のようなモノです。その中でのことなら、すべてわかります。あなたが力を求めているのも』

「……それなら、俺が焦っているのもわかると思うが?」

『そうですね。ただ、ここに呼んだのは通過儀礼のようなモノ。力は既にあなたの中にありますよ。ユキト・クレイ。

 他者を思うこと。それがあなたの本質。死の淵でありながら、他者のことを考える、その心が魔法として、あなたの力になります』


 一際、光の球体が強烈に光った。

 咄嗟に腕で目を覆い、光が収まったのを確認して、そっと目を開け、見えた先にいたのは。


「母さん……?」

『あなたの過去からイメージを取り出しました。ここを出れば、あなたは地球の人間ではなくなります。それでも構いませんか? この世界の一部となるということは、地球での自分を捨てることになります。榑井幸人』

「母さんの姿でずるい問いかけだな……。その口ぶりだと、俺を地球に送り返せるのか?」

『あなたが望むなら』

「……まぁ未練が無いっていったら、嘘だけど……地球に居た頃と同じくらい、大事な人たちがいる。命をかけても助けたい人がいる。

 もう……俺はこの世界の人間だ」


 すると、母さんの姿がぼやけ始めた。

 そして、姿を変え始めた。

 父さん、祖父さん、祖母さん、仲の良かった従兄妹。

 そして。


「その姿は本当にずるいな……」

『あなたの覚悟は見定めました。新たな魔法使い』

「レルファが嫌な記憶しかないって言った意味がよくわかったよ」


 光の球体が姿を変えたのは俺を刺した親友だった。

 まったく、趣味が悪いぞ。

 徐々に後ろに引っ張られ始めているのがわかる。

 そろそろこことはお別れということだ。


「ここは魔法使いに足るか見定める場所だ。ここを突破しなければ、魔法はお前のモノへと昇華しない」

「ずっと試されてたんだろう? それで? もしも失敗したらどうなるんだ?」

「それは知らん。失敗した者を知らんからな」


 なるほど。ここに来るような奴は、大抵は自分を受け入れているから、どれだけ揺さぶられてもぶれないわけか。

 そう思った瞬間。

 俺の周りを闇が包んだ。




◆◆◆




 目を覚ますと、晴れた空が目に入った。


「魔法使いになった気分はどうだ? ユキト・クレイ?」


 俺の目の前に立っていたレルファが視界に映った。


「……大して変わらないかな?」

「見た目が少し変わっているぞ」


 レルファの言葉を聞いて、俺は近くにあった壊れた窓を覗き込んだ。


「……金色の眼か……なんか、違和感があるなぁ……」

「魔法使いは魔法を全力で発動させるとそうなる。つまり、今のお前は常に全力状態というわけだ」

「それは拙いな……。さっさと片付けるか」


 そう呟くと同時に、俺は自分の視界に一つの画面を展開させた。

【魔法・オブトゥートゥス。さまざまな事象を覗き見ることで、確率の高い未来を予測できる魔眼】


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