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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第三章 覚醒

 ドラゴンの出現によって、城の中は大混乱に陥った。

 そして、ドラゴンに視線が集中している間に、アルフレッドとアイリーン、そしてミリアに逃げられてしまった。

 アルフレッドが使っていた水晶玉。あれがドラゴンを呼び出したと思って、間違いないだろう。

 ドラゴンを操るだなんて、非常識なことができるなら、いろいろと策を弄する必要はない。

 誰かの力を借りているか、道具の力を借りているか。それとも両方か。

 どっちにしろ、ドラゴンを呼んだのはアルフレッドだ。

 アルフレッドを見つけなければ、ドラゴンは止められない。

 けれど。


「黒竜……グワイガン……」


 近くにいた騎士が呆然とした様子で、そう呟いた。

 名前があるということは、過去にアルビオンと何かあったということだろう。

 スキルが発動して、俺の目の前に画面が出てきた。


【黒竜グワイガン。大陸を統一していたロディニア王国を滅亡のきっかけになった五色の竜の一頭。数十年に一度、活発に動く活動期に入り、アルビオン領内を暴れまわる竜として知られている】


 これはまた、大物を連れてきたものだ。

 大陸を支配していたロディニア王国。それの滅亡のきっかけになった竜。

 ロディニア王国がどれほどの文明があり、どれほどの軍事力があったかは不明だが、大陸を支配していた位だ。それなりの力は持っていただろう。

 俺は空中で制止しているグワイガンを見た。

 全身を真っ黒な鱗に覆われており、鱗に覆われていないのは胸部にある血のように真っ赤な水晶のような球体と、赤い目や羽くらいだ。

 あの胸部の赤い球体が気になるが、俺のスキルは発動しない。

 未だにスキル程度だってことか。

 魔法に進化してくれれば楽なんだが。


「ないもの強請りか……」


 呟き、俺は視線を外して踵を返した。

 今はできることをするしかない。

 アルフレッドは使いたくはないような口ぶりだった。

 それはおそらく、巨大な竜の力をコントロールできるわけじゃないからだろう。だから、アルビオンへの攻撃は、極力控えたいはずだ。

 僅かな損害で手に入るなら、それに越したことはないと思うはず。

 俺は倒れているリリィを一瞬見る。

 既に息はない。

哀れにも利用された女。

 人を利用したから、利用されて殺された。そういえば簡単だが、どうにも哀れで仕方ない。

 ただの感傷か。

 今は浸っている場合じゃない。


「公王陛下。お聞きしたいことがあります」

「……何だ?」

「このアルビオンで最も防御に優れた建物はどこですか?」

「……この城だ。過去にグワイガンのブレスを浴びても、ビクともしなかったと聞く。本当かどうかは怪しいがな」


 公王陛下は空に浮かぶグワイガンを見て、呟く。

 確かに、城ほどもあるグワイガンの巨体を見れば、その話は俄かに信じがたい。

 けれど。


「では民をこの城に避難させましょう」

「待つのじゃ。クレイ。アルフレッドは、アルビオンにできる限り被害を与えたくはない。だから、人が一箇所に集中するのを待っておる」

「承知の上です。それ以外に取れる手段がないのは、わかっておられるでしょう? 例え奴の思惑通りだとしても、民を見捨てるわけにはいかない」

「うむ……言いたいことはわかるが……援軍の期待できぬ篭城は下策。ここはアルビオンから避難させるほうがいいのではないか?」


 公王陛下が勇気をある言葉を発した。

 それはつまり、公都アルビオンを放棄するということだ。

 だが、素直にそれをさせてくれるなら苦労はしない。


「も、物見より報告! アルビオンの正門が開き、外から魔獣が流れ込んできているそうです!!」

「ちっ! 動きが早い!!」


 先手を取られた。正門から魔獣が入ってくれば、民は城を目指して逃げてくるだろう。

 そうなれば待っているのは大混乱だ。

 組織での抵抗は不可能になり、ここにいる人間は全員、竜の餌食になる。

 アルフレッドの動きがスムーズすぎる。

 最初から魔獣は、この公都に引き込む気だったのか。いくらなんでも、魔獣が正門付近で待機しているだなんて、ありえない。

 しかし、魔獣も操られていると見るべきだろうな。

 魔獣も動物だ。空にあんなドラゴンがいるのに、好き好んでアルビオンに近づくなんて、生存本能が許さないだろう。


「くっ! 仕方あるまい! 城を開放し、民を避難させるのだ! 地下も開放すれば、かなりの民が入るはずだ!」


 公王の決定に、皆が慌てて動き出す。

 今から動いて、どれだけの民が救えるかわからないが、動かなければ誰も救えない。

 そう思い、謁見の間を出ようとした俺をザックが呼び止めた。


「クレイ殿! どこへ行かれるのですか!?」

「アルビオンの城壁守備隊や、治安維持の部隊、そのほか状況がわからずに混乱している者たちを纏め上げて、防衛線を築く。少しでも時間を稼げれば、それだけ民を救える」

「無茶です! 空にいるドラゴンがいつ動くか分からずに、外に出るなんて!」

「なら、外で混乱している者たちを見捨てるのか? 逃げ惑う民を見てみぬ振りをするのか? そんなのは御免だ。

 俺はこの国を倒すために来たわけでも、人質になりに来たわけでもない。俺はこの国の人々を救いに来たんだ」

「あなたはヴェリスの人間です……。外に出るというだけで命がけですよ? そこまでする必要がありますか……?」

「アルフレッドを追い詰めながら、仕留めそこなった。それだけの責任はある。それに、上にドラゴンがいる以上、この場に留まっても命がけだ」


 ザックは唇を噛み締め、目を閉じた。

 話は終わりだ。

 ここで時間を使いすぎるわけにはいかない。

 一秒遅れれば、それだけ人が死ぬ。


「お供します」


 後ろからそう声をかけられた。

 声を発したのはザックだろう。だが、俺のあとに続く足跡はザックだけのものにしては多すぎる。

 物好きが結構いたみたいだ。

 正直、脇腹を痛めているザックは、正直、平時ほど戦力としては当てにできない。

 けど。


「助かる」


 今は、そんな僅かな戦力でも使わなければいけない状況だ。




■■■




 外はまさしく大混乱だった。

 城の門付近には民が押し寄せており、それはどんどん増えていた。


「さて、どうするか。門を開けた瞬間、人の津波に襲われるな」

「軍師の癖に妙案を思いつかないのか?」


 後ろから掛けられた言葉に、俺はため息を吐く。

 チラリと見れば、ケンシンが弟子を連れて、こちらに歩いてきていた。


「そういうことは役に立ってから言って下さい」

「ではそうしよう」


 そういって、ケンシンはいきなりジャンプして、そして空中でとまった。

 最初は浮いているのかと思ったが、そうではないようだ。


「防御魔術は、魔力を硬質化させます。その応用で、空中の魔力を硬化させたんです」

「便利なもんだな」


 ザックの説明を聞いて、関心していると、ケンシンが重い一言を発した。


「落ち着け!!」


 鼓膜が裂けるんじゃないかと思うほど、大きな声だった。

 さっき喋っていたときは、聞き取りづらいと感じるくらい小声だったのに。

 その大声を聞いて、民が少しだけ落ち着いた。


「今から城門を開ける。もちろん、皆を守るためだ。だから落ち着いて、こちらの指示に従って欲しい。たとえ、ドラゴンのブレスが来ようと、私が防ぐ。安心しろ」


 なんともまぁ、大きく出たものだ。

 ドラゴンのブレス。

 それがどういう原理で吐き出されるかはわからないが、俺の想像通りのモノなら、おそらく体内の魔力を使って吐き出される、魔術のようなものだろう。

 あの巨体に秘められた魔力は、俺の想像なんか及びもつかない量に違いない。

 それを使って吐き出されるブレスの威力は、人が単身で受け止められるものじゃないはずだ。

 けれど、民はそれを信じた。

 人は信じたいものを信じるものだ。追い詰められていれば、特に。

 いい傾向とはいえないが、今は助かる。

 城門が開き、ゆっくり城の中へと入っていく民の横を逆走して、俺たちは正門方向へと向かった。

 正門が開いてから、まだ時が経っていない。

 魔獣は正門付近にいるはずだ。


「とにかく正門付近の部隊を撤退させたい。この状況で、散発的な抵抗は無意味だ」

「そうですね。ただ、多くの部隊がそれを理解しているようですね」


 ザックが周囲を見渡しながら、そう呟いた。

 民と共に逃げる鎧姿の人間たちが結構いる。

 状況を理解した撤退なのか、ただ恐怖のあまり逃げているのか、判断に困るところだが。

 民の避難を誘導していた者たちが、合流したりしたため、今、正門に向かう俺たちは三十人ほどだ。魔獣を相手にするのには少々、物足りない数字だから、逃げている者たちにも合流して欲しい。

 だが、臆病は伝染する。それを考えれば、逃げている者を加えるのはマイナスか。


「竜を倒す、もしくは撤退させるには、やっぱり火力が必要だ。なるべく高位の魔術師にはさっさと撤退して欲しいんだが」


 正門付近では、先ほどから小規模な爆発が起きている。

 煙幕が上がっているし、魔獣の攻撃ではないだろう。

 全体を見渡せば、魔獣を食い止めたところで、根本的な解決にはならない。

 上にいるのをどうにかしなければ、焼け石に水だ。


「見捨てられなかったか……」


 けど、魔獣を食い止めようとする気持ちはわかる。

 目の前で守るべき人たちが犠牲になっていれば、なおさらだ。

 場所的に見て、抵抗しているのは城壁の守備隊だろうか。

 彼らが粘る場所が暫定的な最前線ということになる。

 だが。

 走っていると、前方に魔獣が見えてきた。

 まだ正門までは距離がある。

 そんなに数が多くはないが、ここまで魔獣がいるということは、正門付近の部隊は、完全に孤立しているということだ。


「今の戦力じゃこれ以上、進むのは危険か。ここを防衛線にする。ザック! 防御魔術で魔獣を食い止めろ。周辺にまだ部隊がいるはずだ。ここを中心にかき集めるぞ!」


 周りの者に指示を出しながら、俺は周囲を見渡す。

 アルフレッドの姿は見当たらない。

 見えない敵にばかり気を配っても仕方ないが、それでも警戒しなければいけない。

 さらに、最も警戒しなければいけない敵は、アルフレッドじゃない。


「動くなよ……」


 上を見上げながら、俺は小声で呟いた。




■■■




 周辺の部隊を吸収することで、防衛線を築くことには成功しつつあった。

 この緊急事態だ。

 指揮官が誰かを気にするような者はいなかった。いや、気にする者は逃げたというべきか。

 俺の指示にも文句を言わず、アルビオンの兵たちは必死に魔獣と交戦していた。


「左! 魔術で迎撃しろ!」


 だが、それも限界に近づいてきていた。

 そろそろ逃げてくる民や兵士たちの姿は見えなくなってきた。

 ここで防衛線を張り続けるのは限界だろう。

 火球が四足歩行の魔獣を撃破したのを確認にして、俺は撤退を全員に告げた。


「全員で撤退! 全速力で城まで走れ!」


 指示はすぐに実行された。

 魔獣の足は速い。だが、侵攻はそこまで早くなかった。

 逃げ遅れた人を襲っているんだろう。

 アルフレッドがやらせているとは考えにくい。時間をかけても、アルフレッドには得がない。

魔獣を呼び寄せて、単純な命令は実行させることはできても、複雑な指示を実行はさせられないんだろう。

 たとえば、人を襲えと命令できても、個人を指定できないとか、そんなところだろうか。

 救いにもならないが、そのおかげで撤退できる。

 そこまで考えて、俺は何か違和感を感じて、空を見上げた。

 違和感の正体は圧迫感だった。

 撤退を開始した俺たちの頭上に、黒竜グワイガンがいた。


「物陰に隠れろ!」


 役に立つかはわからなかったが、とりあえず、そう指示を出した。

 恐慌状態に陥るよりはマシだ。

 実行できた者、実行しなかった者、そして、足を止めてしまい、実行できなかった者に分かれた。

 だが、それらは全員、等しく、黒竜グワイガンの羽が巻き起こした突風によって吹き飛ばされた。




■■■




 目を覚ましたとき、俺は崩壊した建物の中にいた。

 建物に入った覚えはないから、吹き飛ばされたときに偶然、建物の中に入ったんだろう。

 体中が痛んだが、幸いというべきか、体を起こすことはどうにかできた。

 辺りを見渡すが、ここがアルビオンのどこなのかわからない。


「くそっ……」


 体を起こすことはできた。だが、立ち上がる気力が湧かない。

 空を見上げれば、黒竜が圧倒的な存在感を放っていた。

 空を覆う暗雲が、こっちの気持ちを表しているようだった。


「……どうすればいい……」


 とてもじゃないが、この状況を打開する手が思いつかない。

 アルビオンの総攻撃を受ければ、いくら竜とはいえ、撤退するだろう。通常なら。

 だが、今はアルフレッドに操られている。撤退は期待できない。

 その操っているアルフレッドは姿をくらましている。

 刺し違えてでもアルフレッドを殺すべきだった。

 アルフレッドがリリィを利用した瞬間、俺もリリィごとアルフレッドを貫いていれば。

 後悔しても遅い。既に状況は最悪に近い。

 唇を噛み締め、視線を落とす。

 だが、いきなり強い風が吹いたので、俺は再度、空を見上げた。

 暗雲の中、輝く光があった。

 それは夜空に輝く神秘的な光のようで。

 それが次の瞬間、暗雲をすべて消し去り、太陽のような眩しさを見せた。

 月のように神秘的で、太陽のように眩しい少女が、竜の前に浮かんでいた。


「ソフィア……!?」


 黒竜グワイガンが不遜な人間を威嚇するように、大きな咆哮をあげた


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