第二章 茶番8
互いに戦闘力は五十台。
おそらく、幼い頃から剣を習っているアルフレッドのほうが技量では上だが、さまざまな戦場に出てきた俺のほうが反応や力は上だ。
アイリーンとケンシンがハイレベルで、互角な戦いを演じている横で、俺とアルフレッドも互角の戦いを演じていた。
漫画なんかで描かれる低レベル同士の戦いは笑いを誘う。弱い者同士が決め手に欠ける泥試合を演じるからだ。
けれど、やる側になって初めてわかる。
弱い者は弱い者なりに必死だ。
「ちっ!」
首筋を狙ってきた剣を、舌打ちしながら力一杯弾く。
剣を弾かれ、体勢の崩れたアルフレッドに向かって、真横から思いっきり剣を振る。
アルフレッドは咄嗟に伏せることで、それを避けた。
俺とアルフレッドの視線が交差する。
アルフレッドは起き上がる勢いを使い、剣を振り上げ、俺は横に振った勢いを止めずに一回転して剣を振った。
剣と剣とが激しくぶつかり合う。
カグヤ様が見れば、眉を潜めて、剣をもっと大切に扱えというだろう。
剣は金属でできている。
衝撃で折れることもあれば、曲がったままになることもある。
カグヤ様は前、戦場では、いや戦場だからこそ、武器は大切に扱わねばならない、といっていた。武器を失えば、自衛の手段を失うからだ。そして戦場では自衛の手段がないということは、死を意味する。
剣は刀とは違う。
切れ味を最大限に高めた刀は、扱う者に高い技量が求められる武器だ。だが剣は、扱う者の膂力任せに、鎧ごと叩き斬るための武器だ。
あのカグヤ様ですら、刀で鎧を斬るということはしていない。できないわけではないだろうが、選択しないということは、それだけ悪手ということだ。
一方、剣は、鎧を叩き斬るために作られているから、刀身は分厚く、衝撃に強い。
だから、今の俺のように力任せで振るというのは、武器のコンセプトからすれば間違ってはいない。いないが、状況的には間違っているかもしれない。
なにせ、俺もアルフレッドも鎧を着てはいない。掠ればそれだけでダメージなのだから、思いっきり振る必要性はないといえる。
それでも俺は思いっきり剣を振っている。そこに何か意図があるわけじゃない。そういう風に体にしみこんでいるからだ。剣を使うときは思いっきり振る、と。
アルフレッドと俺の剣は互いに弾きあい、その勢いを殺すために、アルフレッドと俺は、数歩下がった。
剣が悲鳴を上げているのがわかる。武器としての寿命は、俺の剣のほうが短いだろう。
更にいえば、剣を思いっきり振っているせいで、体力の消耗も俺のほうが激しい。
戦場では常に体力に気を使わないといけない。常に万全というのは不可能でも、それに近い形を保つには、体力は必要不可欠だからだ。
だから、無駄なことはしてはいけない。つまり省エネだ。
けど、それを俺はできていない。
敵を目の前にしての極限の緊張感の中で、いつもと違うことをするというのは難しい。
全力で剣を振ることを止め、省エネ戦法に切り替えるだけの精神力と技量を、俺は持ち合わせていなかった。
そもそも、ここに来る以前に、俺は体力を結構消耗している。リリィとの戦いだって数度の打ち合いだったが、真剣が迫ってくるのだから、簡単だったわけじゃない。
武器も体力も限界に近い。体力が落ちれば、当然、戦闘力は下がる。武器を失えば、言うまでもない。
つまり、俺のほうが不利だ。
退くという選択もなくもない。だが、クラルスを持っていると勘違いしているアルフレッドは、俺には魔術を使ってはこないが、ほかの兵には違うだろう。
迂闊に俺以外が近づけば、味方が減って、敵が増える。
数で押せばいけそうな気もするが、兵がしっかり動いてくれるとは思えない。
状況的には俺が戦うのがベストだ。
だから、退くという選択は最後の手段だ。
となると、どうやって勝つかを考える必要がある。
武器で劣り、技量で劣り、体力で劣る。身体能力では勝っていても、体力の消費とともに身体能力も下がっていく。
剣が弾かれているのがその証拠だろう。既に力の優位はない。
多くの点で負けている。正面からのぶつかり合いじゃ勝てない。
こういうときに技量があれば、差を覆せるのだが、それすらも向こうが上だ。
だとすると、勝つには頭を使うしかない。
冷静さを取り戻せ。
戦いは総合的な力比べじゃない。どれだけ劣勢でも挽回はありえる。
状況を上手く使い、駆け引きで揺さぶれば、自ずと相手の動きが鈍る。
まずは自分以外を使うか。
「俺にもしも勝ったとして、どうするつもりだ?」
乱れた息を無理やり整えて、下げていた腰を上げる。
臨戦態勢をあえて自分から解いたのだ。
それをみて、アルフレッドも構えていた剣を下げて、腰も上がった。
休息の恩恵は俺のほうが大きい。とりあえず引き伸ばしが大切だ。
「アルビオンを支配する。言うまでもないだろう?」
「アイリーンがケンシン・シバに勝てると思ってるのか?」
チラリと見れば、アイリーンは劣勢だった。
戦闘力でもケンシンが上であったし、アイリーンの武器は愛用の鎌じゃない。一方、ケンシンは自分の得意な拳だ。
アイリーンクラスになれば、愛用の武器でなくても、かなりのレベルで戦える。事実、同じ四賢君であるランドールのゴーレムは破壊され、ランドールの片足はアイリーンに奪われている。
だが、相手が同格、または格上となれば、いかんともしがたい差となって表れる。
「負けるんじゃないかい?」
「……少なくとも……アイリーンはお前を主と認めていたぞ? あくまで仮面を被ったお前だが」
「だからどうした? 僕の目的を話して、彼女が協力してくれるわけないだろう? だから、操った。僕が欲しいのは忠誠を誓う騎士じゃない。圧倒的な力を持った逆らわない騎士だ」
「その果てに何がある? お前の隣には誰もいなくなるぞ?」
「僕の隣? 僕の横で侍る人間はずっと前から決まってるさ」
次に出てくる人物の名前が容易に想像できてしまって、本当にいやになる。
まったく、難儀なものだ。
「ソフィア・リーズベルク……か
?」
「そうだ。すべての魔術師たちの象徴。公王すら超える至上の存在! 大陸の王になる僕の傍に侍るにふさわしい!」
「侍るか……お前の魔術で無理やり操り人形にするんだろう? それは侍るんじゃない、侍らせるの間違いだ」
「細かいことだ。それは決定付けられた未来だ! 結果は変わらない! ここでアイリーンが負けようと、ケンシンを操ればいい! 君さえ死ねば、僕に敵はいない!!」
アルフレッドは、戦慄する笑みを浮かべた。あの笑みはストラトスの一族の特徴なんだろうか。
体力はそれなりに回復した。剣を握る手の握力も、さっきよりはマシになっている。
アイリーンとケンシンとの戦いがまったく関係のないような風に、アルフレッドは思っているようだが、それは違う。
「考えが及ばないお前に、一ついい事を教えてやろう」
「なに?」
「状況を正確に分析しろ。王手をかけているのは俺のほうだぞ?」
「戯言だな。押されているのは君だ」
「当たり前だ。俺はお前に勝つ必要はない。ケンシン・シバがアイリーンに勝つのは時間の問題。それまで俺は耐えればいい。勝ち誇るのは結構だが、少しは焦ったほうがいいと思うぞ? クラルスを持ったケンシン・シバっていうのは、厄介だろ?」
そうはいっても、状況はそこまで俺に有利じゃない。
ケンシンがアイリーンに勝てる保証はないし、俺とアルフレッドの戦いだけをみれば、アルフレッドが押してるのは事実だ。
だが、そんな冷静な分析を教えてやる必要はない。
その可能性を知ってしまえば、冷静ではいられないだろう。
アイリーンがやられるよりも早くに、俺を倒さねばいけない。そんな気に少しでもなってくれれば、それでいい。
「確かに厄介だ……だから、君にはさっさと死んでもらうとしよう! リリィ!!」
先ほどまでピクリとも動かなかったリリィが跳ね起き、俺へと突っ込んできた。
ただ、そんな安直な突撃には流石にやられない。
手に持っているのは短剣だ。
俺は体を捻って、短剣を避ける。
ただ、そのせいで、リリィが俺とアルフレッドの間に入ってしまった。
アルフレッドの姿を一瞬見失った。
右か、左か。
リリィは短剣を突き出した体勢を、無理やり立て直し、再度短剣で突こうとしてくる。
リリィに対応しては、アルフレッドへの対応に遅れるかもしれないが、目の前のピンチを放置するわけにはいかない。
短剣を剣で弾いたとき、俺はアルフレッドが右からも左からも来ないことに、危機感を感じた。
何かがおかしい。
そう思ったとき、リリィの体が不自然に前に出た。まるで誰かに押されたかのように。
リリィは驚愕の表情を浮かべている。負けず劣らず、俺も驚愕の表情を浮かべているだろう。
リリィと俺は密着する。
アルフレッドが何をする気かわかった俺は、咄嗟に右に跳躍する。
同時に、俺の視界に刃が映った。
その刃は、俺の左肩を切り裂いた。
鮮血と共に痛みが走るが、それ以上に目の前の光景への驚きのほうが大きい。
「にい……さま……?」
「捕まえておいてくれれば、殺せたのに……役立たずめ」
リリィの胸からは剣の刃が生えていた。
アルフレッドが後ろから刺したのだ。
確かに人を人とも思わないアルフレッドらしいやり方だ。
リリィもおそらくアルフレッドにとっては駒なのだろうな、とは思っていたが、まさか自分を兄と慕う子をこんな使い方をするなんて。
リリィがしたことは許されることじゃない。カグヤ様の傍にいたもう一人のストラトスと同じく、リリィもヴェリスで暗躍していたはずだ。だから、俺にとっては倒すべき相手。殺すことにも躊躇うことのない相手だった。
だが。
「……アルフレッド……! 仮にも王を口にする者のすることか!?」
「勝った者が王なのさ! その傷じゃ君はもう満足には戦えないだろう? これで僕の勝ちだ!」
咄嗟に避けることが精一杯で、剣は落としてしまっているし、左肩の傷は思ったよりも深い。
動かすだけで痛みが走る。
「僕が王だ!!」
振り下ろされる剣を、何とか避けようとするが、体が上手く動かない。
迫る刃を見つめる以外、俺にできることはなかった。
だが、危機を感じるほどの距離まで、刃は近づいてこなかった。
途中で何かに阻まれたのだ。
「お逃げください!!」
それがザックの防御魔術であることに気づいた俺は、必死に体を横に投げ出した。
ガラスが割れたような音と共に、ザックの防御魔術が崩れ去り、さきほどまで俺が居た場所を刃が通り過ぎる。
「悪運の強い男だな! 君は!」
再度、俺を攻撃しようとしたアルフレッドは、何かを感じて後ろを振り向いた。
感じたのは魔力だろう。俺でもわかる。
魔力が発せられているのは、玉座。
見れば、公王が立ち上がっており、アルフレッドに向けて巨大な火球を向けていた。
「アルフレッド……なぜだ……」
「父上……まさか実の息子を殺すおつもりか?」
「……そなたがわが子なら、その剣を下ろし、罪を悔いるのだ」
「私に何の罪があるというのです? このアルビオンを大陸全土を制覇する国にしようとしているのです! それが罪ですか!?」
「そうではない……。野心を抱くのは構わぬ。その過程で犠牲が出ても、その善悪は後世が決めること。そなたのいうとおり、勝った者が王だからだ。だが……なぜ自分を慕う者まで手にかけた!? そなたには人の情がないのか!?」
「僕が王になるための尊い犠牲です。リリィはそのために育てられた。そのために生まれ、今日まで生きてきた。そういう“モノ”なのですよ。“コレ”は」
ステータス画面を見る限り、アルフレッドは魔術を使っていない。
実の父である公王が、攻撃するわけがないと思っているのだろうか。
だが、公王の目の色はさきほどから徐々に変わり始めている。
そういう変化にアルフレッドは気づけない。見ようとしないからだ。
もう、公王はお前を息子とは見ていない。
「せめて……我が不始末は我が手でつけよう!!」
巨大な火球がアルフレッドに向かって放たれた。
アルフレッドは驚愕の表情を浮かべつつも、どうにか火球を避けた。
しかし、火球はアルフレッドを追尾して、アルフレッドの右手に命中した。
「うああぁぁぁ!!」
「くっ! アルビオンの騎士たちよ! 奴を殺せ! もはやその者は……人ですらない!!」
公王の言葉に今まで傍観を決めていた騎士たちが剣を抜き始めた。
それを見て、右腕の痛みに顔を顰めていたアルフレッドは、アイリーンを呼び戻した。
「アイリーン!!」
ケンシンとの戦いを一時中断し、アイリーンはアルフレッドを守るように、騎士とアルフレッドの間に入った。
「ふふ……ははは……もういい……もう諦めよう! この国を無傷で手に入れるのは!!」
「愚か者めが……。この状況で、まだそのようなことをいうか……」
「愚かなのはあなただ。父上。僕を怒らせた。初めから、こんなのは茶番なんですよ……! 僕はいつでも力づくで国を手に入れられるんだ!!」
アルフレッドは徐々に謁見の間のバルコニーへと下がっていく。
それに合わせてアイリーンも下がるため、騎士たちも前に進んでいく。
「ユキト・クレイ! 君はよくやった! 褒めてあげるよ! 君は間違いなく僕の最大の敵だった! だが……思い知るといい! 世の中には小賢しい策なんかじゃどうにもならない力があると!!」
アルフレッドは服のポケットから、手の平サイズの水晶を取り出し、天に掲げた。
何かをやる気なのはわかるが、この状況で何をする気だ。
状況を一変させることのできる何かをする気なのは確かだ。
「何もさせるな!」
「もう遅い! 僕にこれを使わせたことを後悔するといい! 今日、この日! 魔術の都アルビオンは……滅びるんだ!」
空を暗雲が覆った。
雷が鳴り始め、そして雨が降り始めた。
突如として起こったその現象が、不吉の前触れだと、その場にいた誰もが感じただろう。
そして、その予感が現実となった。
「ゴォォォォォルァァァァ!!!!!」
地を揺らすような叫び声が空から聞こえてきた。
騎士たちがパニックに陥り、アルフレッドが勝ち誇ったように笑い出した。
「僕の……勝ちだ!!」
その宣言のあと、叫び声の主が空から徐々に姿を現した。
暗雲を切り裂くようにして現れたのは黒い獣。
いや、怪獣といったほうがいいだろうか。
翼を持ち、四肢がある。その顔は蛇をベースにさまざまな動物の特徴を合わせたような、そんな顔だった。
地球では童話、神話、創作の物語だけの存在だった生物。
「ドラゴン……!!」
それがアルビオンの空で大きく翼を広げ、咆哮をあげた。




