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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第二章 茶番7

 突進はアイリーンによって止められた。

 まぁそうだろうな。易々と通してくれるわけがない。

 今のアイリーンは敵なのだから。

 アイリーンは受け止めた俺の剣を弾く。細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどの力が、俺に襲い掛かり、俺はたたらを踏んだ。

 そしてその隙を見逃さずに、アイリーンは躊躇いなく突いてきた。

 一連の動作には無駄がない。修練された者の流れるような動作だった。

 迫る刃に対して、防御の体勢を取れなかった俺の前に、誰かが割って入った。


「くっ!!」


 ザックだ。

 魔術を使ったんだろう。

 不可視の何かがアイリーンの攻撃を受け止める。だが、衝撃までは殺せず、ザックとその後ろにいた俺は、後ろに押し戻された。


「四賢君一の武勇を持つアイリーンに敵う者なんて、アルビオンにはいないよ。軍隊同士のぶつかり合いならいざ知らず、少数でのぶつかり合いじゃ、君の策も役に立たないだろう?」


 完全に勝ち誇っているアルフレッドに思わず舌打ちしたくなるが、実際、アイリーンという戦力を有している以上、奴が優位というのは正しい。

 視線をアイリーンからそらさずに打開策を考えていると、アイリーンと俺との間にあった床が盛り上がった。

 高さが四メートルほど、横が三メートルほどまでに広がった床は、人の姿をとり始めた。

 チラリと横を見れば、ランドールが何か詠唱している。

 噂のゴーレムか。


「ランドール卿! 無理はされないように!」

「わかっておるわい。アイリーン嬢は任せるがいい」

「はっはっは!! ピクス・ランドール! そういえば、厄介なご老人を忘れていたよ」


 アルフレッドの注意がランドールへと向いた。

 そして、アイリーンの相手はゴーレムが引き受けてくれた。

 もろもろの態勢を立て直すなら、今しかないだろう。


「ザック。アイリーンの攻撃を受け止められるかい?」

「さっきの攻撃は……全力の防御魔術で何とか止められましたが……次は保証できません……」


 息の荒いザックをよくみれば、脇腹を押さえている。

 出血は見られないから、骨にヒビが入ったか、もしかしたら折れたのかもしれない。

 俺の動きに合わせて、しっかりと防御魔術を準備していたザックで、これだ。躊躇いのないアイリーンの攻撃がどれだけ恐ろしいかがよくわかる。


「ありがとう。下がっていいよ。その様子じゃ動けないでしょ?」

「ご冗談を……。盾代わりにはなります……」

「死ぬ気でやれば、何か変わると思っているなら大間違いだよ。何も変わらないし、何も救えない」


 死ぬ気で何かをしようって奴を止めるのは、中々大変だ。

 けど、死ぬ気の覚悟というのは長続きしない。話をしていれば意志が弱まる。


「……望まないことをやらされている人が目の前にいます……。部下を、仲間を大切にする人なのに……自らの手でそれを傷つけることを強要されている人が……!」

「そうだよ。それは絶対に見過ごしちゃいけないし、アイリーンは助けなきゃいけない」

「なら!」

「君が前に出て、盾代わりになるってことは、アイリーンが君を斬るってことだ。俺はそれをさせる気はないよ。わかったら下がるんだ。後ろから魔術で援護はできるだろう?」

「……わかりました」


 しぶしぶといった様子で、ザックはふらつきながら後ろへと下がった。

 ザックにはあんな風にいったが、正直、ザックがいないというのは辛い。

 謁見の間には多くの兵がいるが、そのほとんどが混乱していて、現状を理解できていない。

 そして、混乱している兵士は使えない。誰と戦えばいいのかもわかっていないのだから。

 言葉で示すのは簡単だが、アルビオンの人間ではない俺がいったところで、どれほどの効力があるだろうか。

 ランドールも周りの兵士を使うことは諦めている。

 この場で唯一、すべての兵を動かせる男。玉座に座る公王は、実の息子の行為に呆然としている。

 それを責めることはできないが、ここで気持ちを切り替えて、王らしいところを見せてほしいという気持ちもある。

 ここでアルフレッドを逃がせば、状況は更に混迷するだろう。

 だからここで仕留めねばならない。だが、手がない。

 四賢君同士の戦いとはいえ、地理的にも能力的にもランドールが不利だ。

 もっと広い場所での戦いで、閉鎖空間でないなら、ランドールにも勝機はあるだろうが、この謁見の間では勝利は見込めない。

 ゴーレムを作るには、大量の土が必要だ。この謁見の間の床に使われている土を使いすぎれば、崩れてしまう可能性がある。更に、大規模な魔術を使用しようにも、ここには公王や味方の兵が大勢いる。使用すれば巻き込みかねない。

 逆転の一手となり得るのは、名前しか知らない助っ人だが、まだ姿を現さない。


「まったく……真打ちの登場はまだ先か……」

「また、小細工かしら?」


 俺のほうにストラトスが近づいてきた。

 手には細い剣を持っている。


「口調と声色が変わっているぞ。演技は終わりか?」

「あなたを騙すために、私はあの醜悪な豚の真似をしていただけよ。正体が割れた以上、あんな品性の欠片もない人間の真似をする気はないわ」


 口調はいいとして、声色が完全に別人のものへと変わっている。これだけの変化は暗示でどうにかなる問題じゃない。

 そういう魔術なのか、それとも特技とか体質なのか。


「私は兄さまの命令なら、どんな人間にもなれるわ。自らに暗示を掛け、その人物になりきるの。声色の変化は完璧だったでしょう? 見事にあなたは騙されてくれたわ」

「ああ。見事に騙されたよ。まぁかなり疑ってはいたけどな。自分自身だと思わせるほどの暗示を掛けたからといって、そいつが見ていること、考えていることがわかるわけじゃない。もう一工夫、なにか小細工があるか、それとも別人か。俺としてはもう一工夫あると踏んでたんだが、案外、安い手だったな」

「本当にいけ好かない男ね。兄さまの完璧な計画を二度も台無しにするなんて! すべて完璧だった! 私は公王を制して、アルビオンを自由に動かせた! そして、大罪人ストラトスを兄さまが倒して、兄さまは諸悪の根源を倒した英雄になるはずだった!!」

「そんでもって、大陸の王になるのか? 甘い考えだ。いや、人を人形としか思ってないお前たちらしい考えか。人は生きている。どれだけ完璧な計画だろうと、必ず齟齬がでる。人が考えて動く生き物だからだ。それを理解できないから、俺に足元を掬われるんだ。少しは学べ」


 歯軋りがしそうなほど、ストラトスは歯をかみ締めている。

 ステータス画面の数値は、王城で見たモノとほとんど変わっていないが、一つだけ名前が変わっていた。

 ユーリ・ストラトスではなく、リリィ・ストラトスへと。


「兄さまといっていて、同じような魔術を使えるってことは、血が繋がっているのか? もしもそうなら、あの日、カグヤ様に斬られた奴もお前たちと血を分けた者じゃないのか?」

「私と兄さまは従兄妹よ。伯母様は、ストラトスの復讐のために公王に近づき、兄さまを生んだ。私はいずれ兄様の力になるために、ずっと魔術を磨き続けた! 一族の末端のあの豚と、私や兄さまを一緒にしないで!」

「そうか……君は哀れなやつだなぁ……」


 しみじみと呟いた俺に向かって、リリィは剣で襲い掛かってきた。

 戦闘力はほぼ互角。元々の戦闘力ならリリィのほうが上だろうが、俺の短剣を止めたときに手を怪我しているのと、そもそも剣が得意じゃないからだろう。

 それでも挑んできたのは、それだけ俺が憎いんだろう。


「私はストラトスの者よ! 古来種の賢者に魔術を学んだ、偉大な五人の魔術師の子孫! それに見合うだけの力がある! ユキト・クレイ! 貴様さえ邪魔をしなければ、すべてうまくいっていたのに!!」

「君の戦う理由は一族の恨みか?」

「そうよ! ストラトスの一族をどん底に追いやった人間の子孫を、私は許したりはしない! 大貴族の令嬢としての道が私にもあったはずだった! もっと穏やかな日々があったはずだった! 私は許さない!!」

「そうか。やっぱり君は哀れだよ。君が豚と蔑んだ男と同じように、君も」


 俺の言葉は、兵士たちの叫び声でかき消された。

 リリィから一旦、距離を置いて、俺は叫び声が聞こえたほうを見る。

 そこには片足を切り捨てられ、後ずさるランドールと、それを淡々と追うアイリーンがいた。

 ゴーレムがいつの間にか消え去っている。アイリーンが片付けたということか。


「哀れなのはあなたのほうじゃないかしら? ピクス・ランドールさえ消えれば、待っているのは、アルビオンの英雄、アイリーン・メイスフィールドによるただの虐殺よ! すべての罪はアイリーンが被るのよ! そして、兄さまは新たなアルビオンの王になるの!!」


 高らかに語るリリィは気づいていない。

 ランドールの後ろから音もなく歩く背の高い男の姿に。

 白人の多いアルビオンでは珍しい肌色に、短く刈り上げられた黒い髪。

 精悍ともいうべき顔だが、表情からは感情を伺えない。

 ただ、その目だけは、見た者を竦ませる威圧感を秘めていた。

 浮かび上がったステータス画面に表示された数値は、どれも高水準だったがもっとも高いのは戦闘力で百越えだ。

 古来種の子孫とされる大国の王族以外は、百を超えないのだろうと思っていたが、そうではないようだ。修練を重ねた魔術師は、そういう潜在的な素質を越えるんだろう。

 名前はケンシン・シバ。四賢君の一人にして、ザックの師匠だ。

 ケンシンの格好は、分厚い白い胴着に黒い袴。日本の武道家たちと似たような格好だ。

 武器は持っていない。ステータス画面には拳と書かれているから、鍛えた拳で戦うんだろう。


「ピクス。無事か」

「無事にみえるなら、お前さんも年じゃぞ」


 片足を失ったにもかかわらず、ランドールは、ケンシンの呼びかけに軽口でこたえた。

 それに頷き、ケンシンはアイリーンへと視線を向けた。


「アイリーン。正気に戻れ。お前はもっと強いはずだ」

「無駄じゃ。完全に自我を封印されとる。その子はいまや、あの男の操り人形じゃ……」


 ケンシンはアイリーンの後ろにいるアルフレッドに視線を移した。

 表情にはやはり感情が表れない。感情をコントロールできているのだろう。


「アルフレッド公子。なぜ、君がこんなことをする? アルビオンなら時が経てば手に入ったはずだ。陛下からの再三に渡る帰還命令を断り続けて、わざわざ手の込んだことをする意味が、俺にはわからない」

「ケンシン・シバ。僕には大陸の王になるという夢がある。そのためには時間が必要なのだ。父の老衰など待ってはいられないし、秩序の番人などという無意味な称号を誇りと勘違いした国もいらない。僕が欲しいのは、大陸全土から集まる魔術師たちで構成された強力な軍団と、英雄という肩書きだ」

「愚かな。その過剰な攻撃性はいまでも治らないか……。ヴェリスへの侵攻を進言した時点で、君の野心には気づいていた。たとえ、ストラトスの血を引いていようと、ウォーデンの血を引いていようと、そんなものは関係ない。君という人間を俺は王とは認めない」

「この状況でよくもまぁ、説教ができたものだ。貴様の周りにいる兵たち。僕の合図で、もしかしたら、敵になるかもしれないんだぞ?」

「ここに来るまでの間に、色々と城を調べてきた。人を催眠状態にして、意のままに操るのも大変なのだな。こうして記録をつけねばならないほど」


 ケンシンは懐から一冊の本を取り出した。

 言い方から察するに、リリィがつけていたモノだろう。

 複数人を催眠に掛けたりする以上、人によってやり方を変えねばならないはず。それをメモしておくのは不思議じゃない。


「見つけられるはずがない!? なぜ、それを!?」

「丁寧にまとめられていた。おかげ、操られている人間の目星をつけるのは簡単だった。やれ」

「はっ!!」


 ケンシンの後ろから、何人かが密集している兵士たちの中に入って、どんどん兵士を殴って気絶させていく。

 見事な早業だ。ケンシンの弟子たちだろう。それぞれが高い戦闘力を持っている。

 数十人を気絶させるのに、彼らはほとんど時間を掛けなかった。


「昔、君に言わなかったか? 策を考え、実行に移すのは構わないが……そのときは自らも体を張る覚悟をしろ、と。

 いつまで後ろにいる気だ? 策士を気取るなら、自分の命も勘定にいれることだ」

「ふざけたことを! 僕は王だ! 王は命を掛けたりはしない! やってしまえ! アイリーン!!」


 アイリーンがケンシンに向かって走り出した。

 それは巡ってきた絶好の機会。

 逃すわけにはいかない。


「いいのか? 愛しの兄さまが無防備だぞ?」

「っ!?」


 リリィが振り向き、アルフレッドの傍に駆け寄ろうとするが、それはさせない。

 俺はリリィの脚を切りつけ、体勢が崩れたところを蹴り飛ばした。

 これでしばらくは戦えないだろう。

 俺はそのまま悠々とアルフレッドに近づいていく。


「さぁ、抵抗しないと詰むぞ? アルフレッド・ウォーデン」

「非力な軍師風情が舐めるな!」


 俺の挑発に乗り、アルフレッドは剣を構えた。

 おかしなものだ。人の心を操る魔術師と、策を考える軍師が、剣を持って対峙しているのだから。

 どちらも並以下の戦闘力しかもっていない。アイリーンやケンシンがその気になれば、一瞬で命を落とすほどに、俺たちは弱い。

 だが、それを気にしても仕方ない。こうなったら、あれこれと考えず、ただ目の前の敵を倒すことに集中しよう。

 とりあえず、一発思いっきり殴るとするか。


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