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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第二章 茶番6

 謁見の間までの通路には、衛兵や騎士が倒れていた。

 激しい魔術の攻防の跡も見られ、ここで戦闘が行われたのは明白だった。


「アル様は無事に突破したようですね」

「まぁ確実に突破するのは分かりきってた。急ぐぞ。もう謁見の間は戦場になっているはずだ」

「そうですね」


 ザックは頷き、俺の周囲を守るようにして進む。

 倒れていても、まだ動ける者がいるかもしれないからだ。


「しかし、戦闘があった割には倒れている人が少ないですね」

「追放された公子が、国を救うために城に乗り込んできたんだ。今のアルビオンに不満を抱いている騎士たちは、喜んで公子に従うだろうさ」

「ストラトスの誤算ということですか」

「あいつは人を操れるが、多数を同時に操れるわけじゃない。それに思い通りにするには時間がかかる。だから、末端の離脱くらいは計算してるはずだ」


 そんな予測もできないような奴なら苦労はしない。

 離脱は計算通りか、それとも敢えて離脱させたかのどちらかだ。

 いや、目線を変えれば、“離脱”という言葉は適当ではないのかもしれない。


「まぁどんな結果であれ、謁見の間に行けばわかるか」

「当初、自分が聞いていた計画では、アル様たちが捕縛されている隙に、ストラトスを追い詰めるつもりだったんですが、流石はアル様といったところでしょうか。このぶんだと、自分たちがつく前に決着がつきそうですね」

「それは困る。何としてでも、決着がつく前にたどり着かないとだ」

「ストラトスが奥の手を残していると?」


 ザックの質問に、俺は首を大きく横に振って否定した。

 俺が気になるのはこれからのストラトスの行動じゃない。


「どちらが勝つにせよ、決着がつく瞬間がみたいんだ」

「アル様が負ける可能性があるのですか!?」

「五分五分だよ。ストラトスとアル様。五分五分なんだよ、二人はね」


 ザックがよくわからなそうな顔をするが、今はそれでいい。

 俺だってまだ、予想の域を出てない。けど、考えれば考えるほど、俺の予想は当たっているように思える。

 答えは謁見の間での決着でわかる。

 ただ、この状況をみるに、その予想はほぼ当たっているだろう。

 ずっと動かずに、アルビオンを影で操ることに集中していれば、奴は俺に尻尾を掴まれることはなかった。

 けれど動いた。奴の功名心が、奴を動かしたんだ。

 誰にもわからないはずのトリックだった。先入観を利用した、簡単だが、効果的なトリックだ。

 けれど、そのトリックを奴は自ら壊しに動いた。

 必要に迫られての行動ではないはずだ。

 絶対の自信があるんだろう。自分の計画を成功させる自信が。

 その計画はおそらく、ソフィアが来るところまでを計算にいれているのだろう。俺がいなければ、呼びだすことも考えていたかもしれない。

 俺を餌にソフィアを呼びだし、ソフィアを操り、アルビオンを完全に手中に収める。

 そこまでするための回りくどい計画だ。当然、成功すると思っているだろうし、成功させるのに邪魔な奴らは排除しただろう。強いて、誤算をあげるなら、俺が逃げ切って、謁見の間に到着してしまうことだろう。

 致命的な誤算だが。


「ザック。ケンシン・シバはどこにいる?」

「謁見の間に向かうと言っておられました」

「……目の前の真実から目を背けたりする人じゃないのを祈るよ」

「どういうことでしょうか?」

「多分、謁見の間に待っている結末は、アルビオンにとって非常に辛い結果だよ。そのときになってそれでも俺を信じれるなら、迷わず動け。斬るべき人間は、俺が示すから」


 ザックは困惑の表情を浮かべながら、しっかりと頷いた。

 この弟子の師なら、迷わず動いてくれるだろう。

 できれば戦力があったほうがいい。謁見の間にいる騎士たちは、おそらく使い物にならないだろうから。




■■■




 謁見の間の扉は開いていた。

 その中を見れば、ストラトスとアル様が対峙していた。

 そして、アイリーンとランドールも対峙していたが、アイリーンの様子がおかしい。


「アイリーン、お主がどうして……」


 対峙していたランドールがそう呟いた。

 理由は分かっているだろう。それでも呟かずにはいられないといったところか。


「ストラトスめ……。アイリーンを操るとは……」

「妹だからと、安易に受け入れるから悪いのさ」


 ストラトスの近くにはミリアがいる。

 アイリーンもミリアも、目の焦点があっていない。完全に自我を封印されて、操り人形状態だ。

 謁見の間を見渡せば、大勢の騎士や文官がいた。

 ストラトス側についている人間は、公王が座る玉座を背にしており、全員が揃って焦点のあっていない目をしていた。

 数では圧倒的に不利なストラトス側だが、ストラトスの能力を警戒してか、アル様側は中々距離を詰めない。


「殿下……」

「分かっている。時間を掛けても、何の解決にもならない……」


 ランドールがアル様に攻撃を促した。

 ミリアが人質であり、アイリーンはアル様の側近中の側近だ。

 それに人質にはなっていないとはいえ、後ろにはアル様の父である公王がいる。

 だが、今は敵だ。


「クレイ殿! 何か手はないのですか? このままではアイリーン様たちが犠牲になってしまいます!」

「大丈夫だ。絶対に。だから見ていろ」


 謁見の間の横。

 通常は王しか通れぬ通路を通って、俺たちは、戦況を真横から見守っていた。

 地図が出るというのは、こういうときには便利だ。隠し通路や普段はあまり使われない通路だって易々と発見できる。


「どこからそんな自信が出るんですか……?」

「自信じゃない。確信だ。絶対にアイリーンたちは犠牲にはならない」


 いうと同時に、ランドールが一瞬でアイリーンの周りを魔術で作りだした壁で覆った。

 アイリーンは咄嗟に逃げようとするが、それよりも壁がアイリーンを覆うほうが早い。

 同時にアル様が走り出して、ストラトスに近寄る。

 ストラトスは持っていた剣で反撃するが、アル様はそれを躱し、ストラトスの腹部に拳を入れた。

 呼吸が上手くできないのか、ストラトスは一言もしゃべれずに崩れ落ちた。


「見事な連携です! こうなるとわかっていたんですね!」


 ザックがそうはしゃぐが、俺はとてもはしゃげない。

 できれば違ってほしかった。そうであるなら、楽だったからだ。

 事態はより複雑になった。

 けれど、俺の予想は当たってしまった。

 できるだけ静かに立ち上がると、俺は、うずくまるストラトスとアル様の近くへと歩いていく。


「ユキト! 無事だったか! やったぞ! これでアルビオンは救われる!」


 うずくまるストラトスを捕縛しようと、後ろでランドールが指示を出している。

 色々と試さねばならないことがある。捕縛されてからでは、確かめられない。

 俺はアル様に笑顔で近づく。


「おめでとうございます。今日という日は、アルビオン公国にとって特別な、記念すべき日となるでしょう」

「そうだとも! 私が父を救出した日であり、アルビオンを救った日だ!」

 満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうにアル様ははしゃぐ。

 謁見の間も湧いている。誰も怪しいとは思っていない。

 玉座の公王や、ストラトス側にいた人々は、ストラトスの集中力が切れたせいか、頭を押さえながら辺りを見渡している。


「アルフレッド……そなたは……」

「お救いに参りました。父上!」


 アル様は公王に対して礼をする。

 そして、そのために俺への注意が逸れた。

 俺はわざと、うずくまるストラトスに見えるように短剣を取りだした。

 自然な動作だったことと、謁見の間にいた人間のほとんどが、礼をして、下を見ていたから、ストラトス以外には気付けなかっただろう。

 そのまま、俺が抜いた短剣は、アル様の喉へと向かった。

 けれど、その短剣は小さな少女の手に掴まれて、アル様の喉へは届かなかった。

 邪魔をしたのはストラトスだ。途中で止まったのは、俺がそこまで力を入れていなかったからだ。だが、それはストラトスには分からないことだっただろう。

 アル様と俺の視線が交差する。

 そして、アル様とストラトスは同時に後ろに飛んだ。ストラトスはアル様の前に“庇う”ように立った

 ランドールがアイリーンを閉じ込めていた土の壁にも異変が起きた。

 一瞬で両断された土の壁の中から、剣を握ったアイリーンが出てきて、そのままストラトスとアル様の前、つまり俺の目の前に立ちはだかったのだ。

 謁見の間に静寂が流れた。

 当たり前だ。皆、混乱しすぎて訳が分からないんだろう。

 敵であったはずのストラトスを倒したと思ったら、今度はヴェリスの軍師である俺が公子を狙い、そしてその公子をストラトスが庇い、ストラトスの操り人形と化していたアイリーンがストラトスとアル様を守るようにして立っているのだから。

 疑問はたくさんある。

 アイリーンは土の壁を容易に出れるなら、なぜ、ストラトスのピンチのときに駆けつけなかったのか。

 ストラトスには、アル様を誘導する機会があったにも関わらず、なぜ誘導しなかったのか。

 危険と分かっていたはずのストラトスを、なぜ無造作に放っておいたのか。

 ストラトスは動けたのなら、なぜ、すぐに動かなかったのか。

 なぜは尽きない。だが、多くのことに納得できる答えは、今、目の前にある。

 アルフレッド・ウォーデンは驚愕の表情で、俺を見つめている。


「どうして、敵であるはずのストラトスや操られていたはずのアイリーンに庇われているのか? 皆が疑問に思っているはずです。どうか納得のいく答えをくださいますか? アルフレッド・ウォーデン公子。いえ、それとも違う名でお呼びしたほうがよろしいですか?」


 ステータス画面で名前が見えていたから、先入観念にとらわれていた。

 ヴェリスでユーリ・ストラトスは二人いた。そして、あまりにもユーリ・ストラトスに酷似した特徴を持っていたから、勝手にストラトスが、“他人の中に自分の人格を生み出せる”と思っていた。そんな証拠はどこにもないのに。

 よくよく考えれば、カグヤ様は、最初のストラトスに対してクラルスを当てている。そこから奴の言動が変わることはなかった。魔術的な方法で、自分の人格を他者に埋め込んでいるなら、あのときに変化が表れるはずだ

 だが、変化は表れなかった。そこから導き出されるのは、俺が勝手に思い込んでいた術は存在しないということだ。そして、そうなってくると、ユーリ・ストラトスという人間は複数人いるということになる。

 ストラトスの一族は、人を操る魔術を使用する。自己暗示で、他人に近い自分を演じることもできるだろうし、名前も思い込むことができるだろう。もしくはユーリ・ストラトスという名前がコードネーム的なものなのだと思っていた。

 そこが間違いだった。

 ずっと俺は“ユーリ・ストラトス”を探していた。だが、俺が探さねばならなかったのはユーリ・ストラトスという名を持つ人間ではなかった。

 ユーリ・ストラトスを裏で操る人物だ。だが、その人物が“ユーリ・ストラトスという名前であるという保証はどこにもなかった”。

 だから、エルフィンはユーリ・ストラトスの居場所は知っているが、いったところで意味はない、といったのだ。あれは、俺にこの間違いに気付かせるためのアドバイスだったのだ。

 この公都アルビオンに、ユーリ・ストラトスはただ一人。俺がヴェリスの王城で出会った少女だけだ。

 だが、そのユーリ・ストラトスを裏で操る黒幕は確かにいた。

 俺が探し続けた人物。いわば真のユーリ・ストラトス。

 だから、俺は敢えて、その名を口にした。


「そう“ユーリ・ストラトス”とお呼びしたほうがいいかな?」

「なんのことだ……? 君が何をいっているのか私にはわからない。この状況も私には何もわからないことだ。何をしている! こやつを捕えろ!」


アルフレッドが周りにそう命令するが、ほとんどが動こうともしない。

 微かに動きをみせた者も、ランドールに制されて、動かなかった。


「そうですか。ですが、周りの臣下がそれでは納得しませんよ? もちろん、あなたが見事に納得できる答えを示せれば、俺は首をはねられても文句はいいません」


 しばしの間、俺とアルフレッドはにらみ合いを続けた。

 その間、ストラトスとアイリーンは動かなかった。

 俺の後ろにザックたちが集結していたからだ。ここでアドリブで何かを行って、万が一にでもアルフレッドを危険に晒すわけにはいかないと思ったのだろう。

 正しくその通りだ。俺は少しでも隙を見せれば、先陣を切る気でいた。


「ここから、幾ら言葉を重ねようと……全ての臣下の心を得るのは難しい」

「だろうな。芽生えた疑念は、中々消えない。そう思ったから、この場で動いた。まぁ、主人がどちらなのかに迷っていたというのもあるがな」


 ずっと二択で迷っていた。

 わざと外部に敵組織を作り、反抗勢力を一掃する気なのか。わざと“国の中枢”に敵を作り、外部からそれを倒す気なのか。

 だから、結果を見てから動いた。遅過ぎても早過ぎてもダメだった。あの瞬間が唯一の隙であり、最大のチャンスだった。

 ストラトスとアルフレッドは、動かずに待っていればよかった。ソフィアの到着を。

 そうすれば隙を晒すことはなかったし、俺という邪魔者に介入する機会など与える必要はなかった。ソフィアを手中に収めれば、俺など不要なのだから。

 だが、全て自分の思い通りに運ぼうとして、最後には自らで動くことを選択したから、アルフレッドは負けた。


「どこから僕の正体に気付いていたんだい?」

「怪しいと思ったのは最初からだ。ただ、確信はなかったし、下手に睨まれれば、アルビオンでの居場所を失うから、おとなしくしていた。ただ、ほぼ確信したのは、暗闇の館を出発するときだ。わざわざミリアを連れて行こうとしたのは不自然すぎた」


 ミリアにお願いされたとき、俺はアルフレッドが操られたと思った。けれど、アイリーンに言葉を掛けるとき、アルフレッドの魔力が減ったのをみて、すぐに勘違いに気付いた。

 その時点でアルフレッドとストラトスは繋がっていると思った。どちらが上位かわからないから、泳がせただけだ。


「君からクラルスを奪うために連れてきたんだが……まさか裏目に出るとは……」

「色々と聞きたいことはある。だが、まぁ、答えるのは一つだけでいい」


 俺は軽く息を吸って、腰を落とした。

 どうせ今から聞くことの答えなんかわかっている。

 だが、それでも聞かねばならない。


「罪を償う気はあるか?」

「あるわけないだろう? 僕は魔術の祖である五大士族のストラトス、そしてウォーデンの血を引く選ばれた人間だ。この大陸の王になる男だ!」

「それは違う。お前はそんな器じゃ……ない!!」


 俺は落ちていた剣をはね上げて、アルフレッドに突進した。



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