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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第二章 茶番5

 晩餐会は何事もなく進んだ。

 追放された王子であるアル様や、命令違反を犯したアイリーンの入場も、何事もなく終わった。

 けれど、それが嵐の前の静けさというものだというのを、俺は肌で感じていた。

 明らかに見られている。そして、所々にそわそわと落ち着きのない人間たちがいる。

 なにが狙いかは知らないが、何かする気なのは確かだろう。

 だが、それは今じゃないようだ。

 俺は視線から逃れるようにして、バルコニーへと足を進めた。

 会場で行われているのは、晩餐会というより、立食式のパーティーといった感じだ。そのうち、音楽が奏でられ始め、ダンスも始まりそうだ。

 それゆえに、俺はバルコニーに出てこれた。

 そしてそれを見計らったように、ストラトスが俺の傍へと近寄って来た。


「気に入らなかったかい?」

「お前がいるからな」

「暇を持て余していると思ったから招待したっていうのに、酷いことをいうね」

「暇を持て余してたのはお前だろ? こんな会場に人まで呼んで、茶番もいい所だ」


 俺の言葉にストラトスはゆっくり首を横に振った。

 何が違うのやら。

 手の込んだ仕掛けを用意し、俺をここまで誘い出した。別に誘い出す必要なんてなかった癖に、だ。

 力技でいくらでも終わらせられたのに、終わらせなかったのは余裕の表れだ。


「暇なんてないさ。ヴェリスとの戦争や、皇国との交渉だったりと、やることは幾らでもあるからね」

「そんなことは操り人形に任せているだろう。お前が直接何かを指揮するはずがない。公王陛下を戦争に誘導したとはいえ、そこまで深く操れているわけではないんだろう? 常に傍にいなければ、お前は安心できないはずだ」

「……僕のことをよく知ってるね」


 ストラトスはそういいながら、俺に背を向け、晩餐会の様子を見始めた。

 俺の懐には短剣が入っている。ここでストラトスを殺そうと思えば殺せるだろう。

 ストラトスに操られてた者たちも正気に戻り、全てが解決する。

 だが、俺はそれを選択しなかった。


「殺さないのかい?」

「お前を殺しただけで全て終わるなら苦労はしない。それに、お前はカグヤ様の傍にいた奴と同じ、ストラトスの分身。その操られている少女に罪はない」

「甘いね」

「甘くて結構だ」

「その甘さが君の命取りだよ。そういう甘さを突くために、僕はミリア・メイスフィールドをここに連れて来た。わかるだろう?」


 ようは人質として扱うってことだろう。

 わかってる。そして人質にされたら、俺は手を出せないだろう。


「晩餐会で僕に近づくために、クラルスで魔術を解かなかったのは失策だったね」

「クラルスを一人に使えば、お前は力ずくで奪うだろうからな。それこそ失策だ」

「僕に力技にでる余裕はないさ。僕にも色々と限界があってね。だから、君を呼んだ」

「仲間になれっていうならお断りだぞ?」

「僕も御免だね。君は餌だ。ソフィアを呼びよせる、ね。

 ソフィアさえ手に入れば、アルビオンは完全に僕のモノだ。そして、大陸は大国同士の全面戦争に移る」

「それにどんな意味がある? 待っているのは種族としての終わりだぞ?」


 俺のその言葉を聞いて、ストラトスはしばらく笑ったあと、あの戦慄する笑みを浮かべた。


「待っているのは繁栄さ。僕は大陸を統一する王になる」

「お前に操られ、自我を持たない人たちの国を作り上げるのか? それでお前は幸せか? それを為したとしても、いつかお前は虚無に襲われるぞ? そして、お前が死んだとき、人はお前を王とは認めない」

「認めるさ。それに僕は“操り人形”の王になるつもりはない」


 ストラトスは真剣な顔つきでそう言い切った。

 とはいえ、魔術で人を思い通りにする奴がいったところで説得力はない。

 それに。


「お前が本物の王になる? 馬鹿げた妄想だ。悪いことはいわないから、止めておけ」

「少なくとも、カグヤちゃんよりは、上手く王をやれるよ」


 敢えて癇に障る言い方を、ストラトスはしてきた。

 カグヤ様以上の王に、ストラトスがなるなんてとても想像はできない。この調子乗りを、いつかの宣言通りに一発ぶん殴ってやりたい。

 けど、今はそのときじゃない。


「人は一人じゃ王にはなれない」

「だろうね。だから優秀な人材を集めてる。君がどれほど頑張ろうが、僕の企みは止められないよ」

「忠告はありがとく受け取ろう。そのお返しに、俺も忠告してやる。その魔術に頼っているかぎり、お前は王にはなれない」

「これは僕の才能だ。君が多くの人間を言葉で動かすように、僕は魔術で動かす。僕を否定するのは、自分を否定することに繋がるよ?」


 俺とストラトスは確かに似ている。

 だが、そっくりではない。


「一緒にするな。俺もお前も、確かに人を操るだろう。それは否定しない。その結果、自分の思い通りにいったときに、喜びを感じることも否定しない。だが、俺は相手を尊重する」

「君は確かに、相手を尊重し、相手が自ら動くように仕向けるかもしれない。そして僕は相手を強制的に動かす。だが、何が違う? 君と僕。方法が違うだけさ。結果は変わらない。結局、君は僕と同じ穴のムジナなのさ」

「お前は操る人間を、同じ人間と認めてないんだな。尊重も尊敬もしない。気を使うことも、その命を案じることもしない。お前にとって、操る人間は玩具と同じだってことがよくわかった。

 だから、言ってやる。俺はお前とは違う」


 それだけいうと、俺はストラトスから離れた。

 隙を突くならまだしも、ずっとストラトスの傍にいるのは賢明じゃない。

 今の俺は、張りぼての鎧に身を包んでいるだけなのだから。




■■■




 晩餐会が終わりに近づいたとき、俺は会場にいる騎士の数が増えたことに気付いた。

 いきなり増えすぎだ。これではあからさますぎる。


「ユキト。騎士の数が増えている……ストラトスが動くぞ」

「そのようですね。会場から脱出しましょう」

「そうだな。私の護衛が外にはいる。それと合流しよう。君には黙っていたが、城には奇襲部隊も潜入している。それらと合流し、この期に奴を討つ」


 そんな簡単にいくとは思えない。

 思えないが、もしも上手くいったなら、俺の疑惑は確信に変わるだろう。

 俺はそれに頷き、自然な動作で会場の出口へと向かう。


「別行動をとりましょう。俺が敵を引きつけます」

「……気をつけろ。何か騒ぎがあれば、父上は謁見の間に重臣を集めるはずだ。その中にはストラトスをよく思わない者もいる。そこを私は奇襲する」

「では、謁見の間で合流ということで」


 短く打ち合わせして、先にアル様が会場からでた。

 そのあとにはアイリーンたちが続く。

 多少、止められたようだが、結構強引に突破していく。

 その間に、俺はもう一つの出口の方へ進む。そのさいに、テーブルの上にあったフォークを手に握って、服の袖に隠した。

 今向かっているのは。通常の出口ではない。俺たちが入ってきた来賓用の出入り口だ。

 そこは来賓用のためか、警備が薄く、騎士たちが少し離れている。

 とはいえだ。すでにアル様たちは強引に離脱し、晩餐会の会場は騒然としている。その中で、出口に向かう俺は目立つ。


「ヴェリスの軍師を捕えろ!!」


 会場の中にいた騎士たちが俺を探し始めた。

 俺はもう来賓用の出入り口の手前まで来ていたが、警備をしていた騎士たちが猛然と向かってくる。

 ここで騎士たちに足を止められれば、絶対に捕まってしまうだろう。

 騎士たちの戦闘力は六十そこそこだ。俺よりも強いうえに、二人が向かってきている。

 唯一の救いは、腰の剣を抜かないことだろうか。

 一人目の騎士が俺の手を掴もうとしてきた。

 それを躱し、二人目に向かって、俺は先ほどのフォークを投げつけた。

 咄嗟に籠手で騎士がフォークを弾く。

 その隙に俺は来賓用の出入り口に転がり込んだ。

 この出入り口はいくつかの個室と繋がっている。その個室は来賓の控え室となっており、もぐりこめれば、見つかる可能性はぐっと低くなる。

 だが、俺の後ろには既に体勢を立て直した騎士が迫っていた。

 手元に短剣はあるが、まともにやりあえる装備じゃない。

 考えてる暇もなかった為、適当な扉を開けて、部屋に入る。


「きゃぁぁ!!」


 部屋にいた侍女たちが悲鳴をあげた。

 女性の控室だったんだろうか。ドレスがいくつも用意されている。

 侍女たちには申し訳ないが、構ってはいられない。

 後ろから迫る騎士たちに豪奢なドレスを投げつけ、部屋に置かれた調度品を足止め代わりに倒していく。

 そして、その控室を抜けて、俺は通路に出ることができた。

 鎧を着て、兜までつけた騎士が二名、待ち構えていたが。


「抵抗すれば斬る」

「冗談はよせ。生け捕りにしろって命令だろう?」


 言いながら、俺は懐から短剣を抜き放つ。


「舐められたものだ。確かに俺は策士側の人間だが、騎士の一人や二人くらいならどうとでもなるっていうのにな」


 俺と他の人間は違う。

 他の人間にはステータスは見えない。つまり、俺の強さはわからない。

 当然、達人になれば一目で相手の力は見抜けるだろうが、俺とあまり大差のない戦闘力の騎士たちなら、そうもいかないだろう。

 とはいえ、俺の右側にいる騎士の戦闘力は七十はある。できるだけまともに相手をしないほうがいいだろう。

 だが、ミカーナに簡単な短剣での戦い方は教えてもらっている。ノックスの総隊長という俺の偶像に怯えてくれれば、対処は可能だろう。

 問題は、追手が来る前に片づけられるか、だ。

 時間がないため、相手の出方をじっくりと窺ってはいられない。

 構えていた短剣をゆっくり下ろす。

 それを見て、俺からみて左にいた騎士が僅かに腰を上げた。

 そのまま俺は左側の騎士に倒れこむように突進した。

 意表をついたり、相手の気を逸らすことだけはミカーナに褒められる。

 慣れているミカーナでも、俺のフェイントにひっかかるのだ。初対面の騎士には対処できないだろう。

 鎧の隙間を軽く斬りつけ、そのまま痛みで体勢を崩した騎士を、もう一人の方へ蹴り飛ばす。

 そんなに長い時間稼ぎにならなくてもいい。

 そう思っていた俺は、後ろから聞こえてきた剣戟の音に振りかえる。

 七十ほどの戦闘力を持っていた騎士と俺が斬りつけた騎士が、追ってきた騎士たちと剣で戦っているのだ。


「なんだ?」

「自分たちの味方です」


 横から聞こえてきた声に、俺は肩を竦める。


「一言いってくれれば協力したんだけどね」

「敢えて捕まえて、安全なところまで連れていく作戦だったんですが、これでめちゃくちゃです」


 鎧姿のザックがそう言いながら、俺の前に出て、二人の騎士に手で指示を出した。


「何でも知っているのではないんですか?」

「心までは読めないよ。それに知ってるんじゃない。予測できるだけさ」

「なるほど。そういうことにしておきましょう。話さねばならないことがいくつかできました」

「移動しながら聞くよ」


 ザックは頷き、二人の騎士が近くまで下がるのを見て、左手を追手の騎士たちに向けた。


「インヴィシブル・ウォール」


 ザックの左手が発光するが、別にそれ以外の現象は起きない。

 追手の騎士たちは魔術の不発と判断したのか、勢いよくこちらに突っ込んできて。

 何かに阻まれた。

 先頭にいた騎士は見えない何かと後ろから来た騎士に阻まれ、気絶してしまっている。

 それを確認し、俺たちはその場を離れた。


「防御魔術の応用です。風や火を操作、生み出す属性魔術とは違い、防御魔術は魔力そのものを使います。それらを無属性と命名し、研究しているのが、自分の師であるケンシン・シバです」

「それで? お前はそのケンシン・シバの命令で動いてるのか?」

「よくお分かりで。あなたを守れと命令されました。そして、先ほど新たな命令を受けました」

「ケンシン・シバの投獄は敵を欺くためのものだったってことか。そうなるとピクス・ランドールは裏切り者ではなく、ケンシン・シバの味方か」


 俺の言葉を聞いて、ザックは軽く頷き、照れたように苦笑する。


「お恥ずかしい話ですが、まったく予想していませんでした」

「みたいだね。それで? ランドールは動く気なのか?」


 ザックは力強く頷く。

 そして、一枚の紙を取りだした。


「ランドール卿からの謝罪文です。クレイ殿。思う所は多々あるとは思いますが、今は我々を信じ、アルビオンに力を貸していただけませんか?」

「ランドールはストラトスを討つ気でいるのか?」

「はい。アル様やクレイ殿たちに注意がいっている間に、謁見の間でストラトスを討つ、ということです」

「残念ながら、それじゃ何の解決にはならない。俺たちも謁見の間に急ぐぞ。今の状況はストラトスの思い通りの展開だ」


 手に持っていた短剣を鞘にしまい、俺は周囲を警戒しながら、急ぐことにした。

 ストラトスを討つだけじゃ意味はない。

 大事なのは奴の“本体”を叩くことだ。







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