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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第二章 茶番3

 満月の夜。

 部屋にいた俺は、周囲の音が無くなったことに気付き、ゆっくりとベランダをみた。

 透き通るような白い肌の男、エルフィンがそこに立っていた。


「調子はどうかな?」

「色々と考えることが多くて参っているよ」


 俺の返しを聞いて、エルフィンは少し目を細めた。


「君が考えることが多いとは思わないがね」

「そんなことはない。沢山ある。例えば、今の自分の行動が正しいのか、なんてことはいつでも考えてる」


 自分が正しいとばかり思っていたら、道を踏み外してしまう。逆に、自分を疑ってばかりいたら進めない。

 中々難しい。だから、いつも考えるんだ。今やっていることが正しいかどうか。他に方法はなかったかどうかを。

 他の道を考え、色々なことが見えてくれば、おのずと全体が見えてくる。

 今ならアルビオン内での勢力図だ。

 俺の身柄がこの派閥に来たことで、アルビオンの勢力図は変わったはずだ。ほぼアルビオンを掌握しつつあったストラトスに対抗できる可能性がでてきた。

 けれど、ストラトスはこの派閥の隠れ家を知っていた。問題は“いつ”知ったかだ。

 俺がアルビオンに来てからなのか、来た後なのか。

 それとも最初から知っていたのか。それだけで色々と方針が変わってくる。

 なにせ、最初から知っていたなら、小細工はやりたい放題だ。

 自分の手駒を送り込み、内部からコントロールすることだってできる。

 アル様が操られていない保証はないし、あとから来たミリアも操られている可能性はある。その気配はまだ見えないけれど、もしかしたらは想定しておかねばならない。

 つまりは。


「俺が間違っている可能性は零じゃない。実は敵だった奴が本当の味方で、味方だと思っていた奴が敵の可能性もある。

 ここは俺にとって敵地だ。警戒しすぎるってことはない」

「つまりは、誰も信用はしてないということか」

「心底信用はしてないな。してる素振りはみせるけどね」

「そのようだな。その話をして、私を信用しているように“見せている”のだろう?」


 流石に読まれるか。

 肩を竦めると、エルフィンは笑みを浮かべた。


「レルファが選んだ人間だ。それくらいでなければ務まらない。なにせ、君の相手は古来種。力では絶対に勝てない相手だ。持てる知恵を全て使い、どうにか相手ができるかどうかといったところだ。人間の罠に嵌るようでは困る」

「だから、必要以上に助言はしないのか?」


 このアルビオンのことが全てわかるなら、エルフィンにはわかるはずだ。

 ストラトスの居場所が。


「助言が欲しいかね?」

「もちろんだ。楽ができるならしたいさ」

「そうか。では助言しよか。“ユーリ・ストラトス”の居場所はわかる。だが、それは“君”にとっては意味のないものだ」


 謎かけみたいな言い回しだな。

 ストラトスの居場所は、エルフィンはわかっている。そしてそれは俺が望む情報のはず。

 けれど、意味がないとはなんだ。


「古来種の特徴なのか? 回りくどいぞ」

「人の理解力の問題だと思うがね」

「歪曲な良い方が上品だと思うなら、それは人間相手には違うと知れ。理解力の無い者に合わせることも美点だと思うけど?」

「そこまで難しい言い方はしてはいないつもりなのだがね。まずは考えることをおすすめするよ。君にはわかるはずだ」


 考えればわかるはずだと言われてもな。

 答えを知っているなら教えてくれてもいいだろうに。

 いや、簡単に答えを求めるのは間違いか。考えることに意味があるときもある。


「わかった。考えるとするよ。それで、だ。

 今日は俺の魔法について教えてくれるのか?」


 情報だけ渡して、はいおしまい、といわれるのは困る。

 俺に必要なのはこの魔法についての情報だ。

 少なくともコントロールできるようにならなければ、もしものときに困る。

 先王を倒したときには色々と変化があったが、すぐに今まで通りに戻ってしまった。

 あれから何度か試したが、同じようには一度としてならない。

 けれど、その代わりに疑問を感じて画面が出るのではなく、ほぼ顔をみた瞬間に画面は出るようになってきている。徐々にだが扱い辛くなってきている。

 だから、最近は単語や地球の情報が出ても、意識的に見ないようにしている。自動発動は便利だが、精神的にきつい。

 だが、使えなくなるのも困る。先王のときのような局地的な戦闘に関与することはめったにないが、使えるに越したことはない。

 不確かなモノは計算にいれられない。そして、コントロールできないモノには頼れない。


「そのつもりで来た。けれど、私にできることはあまり無いというのが本音だ」

「おいおい、どういうことだよ……?」

「レルファが君に何も教えなかったのは、結局は君の成長が必要だからだ」


 やっぱりそのパターンか。

 教えないんじゃなくて、教えられないの間違いだろう。


「はぁ……で? どんな成長が必要なんだ?」

「その前に、魔法について説明する必要だ」

「確かに、大して知らないから説明は必要だ。これはいったい何なんだ?」


 俺の最後の願いが具現化したもの、と画面には出た。

 レルファは、世界が与えたものだといっていたけれど、実際のところ正確なことは全く分からない。


「魔法は世界が与えるモノだ。魔法はいうならば“法則を変える権利書”だ。魔術は技術により、さまざまなことが可能だが、魔法は世界そのものが与えるモノだ」

「つまりは、不許可なのが魔術で、許可されてるのが魔法か?」

「大体、そんなものだ。大事なのは世界が魔法を受け入れているということだ。魔術には世界の抵抗があり、それが魔術の限界だ。けれど、魔法には無い。世界が受け入れているからだ」


 抵抗がないということは、限界がないということだ。

 けれど、書物に残る魔法使いたちは圧倒的ではあったけれど、どれも魔術師の域をすこし出た程度だ。

 魔術師には不可能なことが可能だが、レルファのような常識外れというわけじゃない。


「限界がないなら、何もかもが自由なはずじゃないのか?」

「もちろんだ。けれど、君は人間だ。人間の体はひどく脆弱なのは変わらない。つまりは体が持たないのだよ。それは古来種の中から出た魔法使いも変わらない。世界という大きなモノと比べれば、古来種も人間も大した差はない。法則を無視した魔法を使えば精神、肉体共に消耗し、その限界を超えれば死が待っている」

「種族としての限界は存在するわけか……」


 好き放題、やりたい放題という訳にはいかないか。

 人から見れば、圧倒的でも古来種と比べればそうでもない。

 つまりは、俺が魔法使いになっても、古来種に対する絶対的な決め手にはならないというわけだ。そもそも、種族としての力が違いすぎる。


「そうはいっても魔法は桁違いの力だ。出現する条件は一つ。世界そのものに影響を与えることだ」

「世界そのものって……例えば?」

「魔術は魔法を再現するものだ。我々古来種が使ってきた秘術も似たようなもので、技術を用いて、世界の法則を曲げようとする。そして、それらが強力になればなるほど、世界に与える影響は強くなる」


 だからか。

 書物に残っている魔法使いのほとんどが魔術の発展形のような魔法を使っている。

 炎や氷を操り、天候すら操る者もいたようだ。

 それは元々、強力な魔術師で、それが魔法へと切り替わったからだ。


「魔法の順序は三つ。出現、定着、昇華だ。出現の段階は、そのまま魔法という力が現れる。多くの場合は優秀な魔術師に出現し、その魔術師の最も強力な魔術が魔法へと変化する。

 そして次に定着の段階。魔法に慣れ、行使することで体が慣れ始める段階だ。魔力が増えたり、魔法の反動に耐えれるようになる。だが、反動に耐えれるだけであって、突然、一騎当千の戦士になるわけではない。今、君はこの段階だ」

「この段階といわれても、その兆候は見られないんだが?」

「普通なら一気に切り替わるが、君は私の魔導具を持ち続けていた。それが些か変化を阻害していたようだ。だが、手放した今、変化はすぐに現れるだろう」


 クラルスが妨げになってたのか。

 けど、あれにはかなりお世話になっているし、なによりなかったら色々と終わってたしな。あれのせいとは流石にいえないな。

 いったら、ソフィアに怒られそうだし。


「ただ、あんまり時間がないのが問題なんだけども」

「体の変化が追い付かずとも、昇華の段階に入ることはできる」

「どういう意味だ?」

「そこまで無理がきかないだけで、使う分には問題ないだろう。おそらく」


 最後の言葉が不安を掻き立てるが、まぁエルフィンも段階を経てない奴を知らないんだろう。

 まったく使えないと言われるよりはマシか。


「わかった。それで? どうしたら昇華の段階になるんだ?」

「魔法は世界がその人間の強い思いの結果を受け入れたモノだ。昇華は、その思いを再度、意識する必要がある。

 この段階までいけば、魔法は魔法使いのモノになり、意のままに操れる。だが」


 そのあとに続く言葉はわかっている。

 俺は魔術師じゃない。

 当然、俺が世界に与えた影響というのも魔術によるモノじゃない。

 俺の最後の願い、残留思念をレルファが力に変えて、俺はこの世界に呼び出された。

 世界にとって、俺は不純物だ。与えた影響というのは尋常ではないだろう。


「君は違う。レルファから聞いたよ。魔術師ではなく、この世界の住人ですらない。世界から世界への移動だ。世界に与えた影響は計り知れない」

「……また同じくらい強い思いを抱かなくちゃいけないのか?」

「大事なことは願いの本質に自分で気づくこと。そして……覚悟を決めることだ」


 エルフィンの言葉に俺は首をかしげる。

 覚悟を決めるとは、なにに対してだろうか。


「なにを覚悟すればいい?」

「世界が忠実に願いを叶えてくれると思うかい? 世界にとって、魔法はあくまで突然変異だ。願いの種類によって、魔法も色々と分けられるが、共通しているのは昇華の段階までいった魔法は、願いを行き過ぎる」


 願いを行き過ぎる。

 それは過剰ということだろうか。

 戦術的な力を求めて、戦略級の力になってしまった、みたいな。


「だが、昇華までいけば制御ができるんだろう?」

「そのとおりだ。魔術からの発展、とくに炎や氷を操るものであれば、何の問題もない。だが、古来種の秘術はそんなモノばかりではない。精神に作用するもの、さまざまなモノに干渉するもの。それらが昇華すると、人を意のままに操ることができてしまい、未知なモノへと干渉できるようになる。

 君の魔法はこれらに近い。君の魔法は“君が見たいモノを映す”魔法だ。君が望めば、もしかしたら未来までも見れるかもしれない」


 俺が見たいモノを映す。

 他者のことがよくわかるようにと望んだから、俺の魔法はステータスを映すことができるのか。まぁ他に色々と調べることができるのはオマケか、はたまた、他者のことがわかるために必要だからか。

 どちらにしろ俺の意思に沿って、魔法は形作られた。だから、変化をするにしても俺の意思が必要なのはわかる。

 けれど。


「未来なんか見たくはないな……」

「私も知りたくはない。だが、君の魔法はそういうモノだ。多くのことを知りたいと、覚悟して願わねば昇華しない」

「……巨大な力も、強力な力も望む気はない。ただ、今、この状況を解決できるだけの力があれば、それ以上はなにも望まない」

「何も望まなければなにも変わらない。何かを覚悟して先に進まなければ、君は望む力すら手に入れられない。願いの本質を理解し、受け入れろ。そして、過ぎた力への恐怖を克服し、強く願わなければならない。

 過去に魔法使いと呼ばれた者のほとんどが、この昇華の段階にはたどり着けていない。それだけ困難なのだよ。魔法を自らのモノにするのは」


 エルフィンの言葉は俺のやる気を色々と挫いていく。

 そもそも、死ぬ間際の願いとほぼ同等の強さの願いを、再び抱くことがはたしてできるのだろうか。

 あれほど強く何かを思ったことはない。

 あのときほど後悔したこともない。

 なにせ、死ねばその先はないと思っていたから。

 けれど、その先はあった。異世界ではあったけど。

 だから、最後の願い、後悔を忘れずに俺はここまでやってきた。

 友人を、親しき人たちを大事にしてきたつもりだ。

 もう誰も失わないように努力してきた。

 そのために人と戦うこと、戦場に出ることすらよしとしてきた。

 それが自分とは関係のない人たちを死に追いやる行為だとしりながら。


「時間はそれほど残されていない。晩餐会に行くのだろう?」

「行かないでいいなら行きたくはないけれど」

「行くべきだ。そして、しっかり君の“敵”をみてくるといい。もしかしたら、君の選択次第で全てが解決するかもしれない。その逆もあり得るがね」


 そういってエルフィンは風景に紛れるようにして消えていく。

 それをみて、俺はベッドに倒れこむ。

 まいった。

 もう一度、俺は死に迫らないといけないかもしれない。そうでもしなきゃ、俺は魔法をコントロールすることはできないだろう。


「流石にもう一度死ぬのは御免だぞ……?」


 部屋に響いた自分の声に、俺は大きなため息を吐き、目を瞑って心を落ち着かせにかかった。


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