第二章 茶番
アルビオンに来てから、数日が経った。
ストラトスがアル様の派閥を泳がせているせいか、それとも違う意図があるせいか。
わざわざ皇国と交渉してまで連れてきた俺が、敵対派閥の手の中にあるというのに、アルビオン上層部に慌てた様子はなかった。
そもそも国に忠誠を誓うアイリーンが俺の護送という任務を果たしてない時点で、かなり問題のはずだ。
護送の途中に襲われたという事実はあるが、任務を果たさない理由にはならない。なにより襲ってきたのがストラトスたちだという証拠がない。
まぁ、公城はストラトスの物となっている以上、俺を連れて行けば、アイリーンは操られてしまう。だから、連れて行くという選択肢はアイリーンやアル様の中にはなかったんだろう。
だが、そのせいで四賢君という優位な地位をアイリーンは捨ててしまっている。
俺をアル様の下に連れて行くなら、ランドールが護送している最中に襲撃して奪えばよかっただろうに。
「はぁ? 冗談いわないで。“あの”ランドールが守る護送団を襲撃するなんて、自殺行為に等しいわ」
アイリーンに尋ねてみたら、そう返された。
四賢君一の武勇を誇るといわれるアイリーンがそんな風にいうほど、ランドールはやりにくい相手なのだろうか。
「ランドールの戦歴はみたけど、これといって特徴はなかったんだよね。何がすごいの?」
「そういえばランドールは他国と戦うことはなかったわね。あの男は頭が切れるだけじゃなくて“防衛戦”に異常に強いのよ。魔獣相手だろうが、人間相手だろうがね」
「防衛戦? なるほどね。めったに公都から動かないわけだ」
「あいつの魔術名は“造型”。あんたも見たでしょ? 地面を自由自在に操るあいつは、敵の自由を奪い、味方に絶大な防御を与えるわ。そのほかにも土の巨人“ゴーレム”を何体も作り出せるし、時間をかければ地面を振動させて、擬似的な地震や地割れも可能よ。唯一の欠点は、土系統の魔術師は数が少ないから、連結魔術を使えないってことかしらね」
おやまぁ、たいしたもんだ。それだけの力がありながら、俺と直接戦うことを避けるあたり、本当に厄介な相手だ。
ストラトスに操られていようが、操られていまいが、敵は敵だ。むしろ操られていない場合のほうが厄介度は増す。
「まいったなぁ……」
「何がまいったのよ?」
「この状況にまいってるのさ。君たちの作戦は色々と致命的だからね」
「あら? どういうことかしら?」
癇に障ったのか、アイリーンの声のトーンがやや低くなった。
「そのままだよ。君がしたことは完全に命令違反だ。裁こうと思えばいつでも裁ける」
「でしょうね。けど、そのかわりにあんたを手に入れた。あんたを救いにくるはずのソフィア様と接触できれば、私たちの勝ちは決定よ」
「ソフィア様が来るまで、隠れていられれば、ね」
俺の意味深な発言にアイリーンが眉を潜めた。
そもそも、いつ来るかもわからないソフィアを待つっていうのはかなり分の悪い賭けだ。
俺自身、できれば取りたくはなかった方法だ。それをするということは、それなりの準備をしてきて、自信があるのだろう。
けど。
「残念ながら、あんたがいるこの場所は多くの魔術処理を施されて隠蔽されているわ。そして、その更に地下に私たちの本部はある。誰にも見つからないわ」
「そこで残念なお知らせだよ。この場所は既に敵さんにばれてる。情報源は秘密だけどね」
アイリーンが鋭い視線を俺へ向けた。
それを俺は真っ向から受け止めた。
ここ数日、俺はアル様と会う機会がなかった。ようやく今日、アイリーンが部屋に訪ねてきたため、この情報を教えることができたのだ。
このチャンスを逃せば、アル様の派閥は機を見て壊滅させられる。
どうにか信じてもらう必要がある。そのためにも視線はそらせない。
「笑えない冗談ね」
「冗談でこんなことは言わないさ。本当のことだよ」
「例えランドールだろうが、ストラトスだろうが、ここを発見するのは不可能よ。外部から発見するなんて無理なの」
「じゃあ、内部の人間が喋ったら?」
「裏切り者はここへは入れない。そういう風な魔術が施されてる。ここは空間を歪めてた場所なの。毎度毎度出入り口は違うわ。ここに入ってこれるのは味方だけ」
思っていたよりも特殊な場所みたいだな。
だけど、それでも不十分だ。
ストラトスを相手にするには。
「裏切っている自覚がなければどうなる?」
「自覚? どういう意味? この場所のことを誰かに話せば、入り口は開かないわ。話せるのは管理者のアル様だけよ」
「だから話した事実を本人が覚えてない場合はどうなるの?」
「そんなこと……」
ありえない。そういおうとしたアイリーンは、ハッとした表情を浮かべた。
ありえないこともない。操られ、気づかないうちに喋らされていれば、自覚のない裏切り者ができあがる。一時の記憶の封印くらいならお手の物だろう。
ストラトスなら。
「操作、誤認、誘導。精神に作用するそれらを使うのがストラトスだ。奴に常識は通用しない。一番厄介なのは、自分が術中に陥っているのかわからない点だ。だから、見つからないことが前提の君たちの作戦を、ストラトスは前提から打ち破ることができる」
「あんたの想像……っていうのは危険すぎるわね。情報源が気になるけど、信じてあげるわ」
「ありがとう。ま、これで信じないようなら見限るだけだったんだけどね」
「さらっと恐ろしいことをいうわね……。それで? 私にどうしろっていうの?」
アイリーンは切り替えが早い。そこは本当にすごいと思う。
ロイにはまだできない芸当だろう。気持ちの切り替えも、頭の切り替えも、戦場では大事な能力の一つだ。
武の素質ならロイはアイリーンに負けないものを持っている。魔術を使えず、剣一つで圧倒的な戦闘力を誇るのだから、武器を扱う才能ではロイは天下一品だ。だけど、それだけじゃ戦場では勝てない
戦場で勝つために必要なのは柔軟な思考や判断力といった部分だ。
そして、アイリーンはそれを持っている。
「俺をアル様の下へ連れて行ってくれないか? 内部で俺の扱いでもめてるのはわかる。けど、ストラトスが動いてからじゃ、主導権を握られて後手後手に回ってしまう」
「それは避けたいってわけね。いいわ。連れて行ってあげる。けど、説得は自分でしなさいよね。私にも組織内での立場があるの」
「わかった。それでいいよ。ここから出してくれれば、あとは自分で何とかするさ」
「なら、行くわよ。ついてきなさい」
そういって踵を返したアイリーンの背中を、俺はゆっくりとした歩調で追った。
■■■
アル様たちが隠れている場所は“暗闇の館”と呼ばれる場所で、空間を歪めて、影の中に館を存在させているらしい。だから、こちらからは外は見えるけれど、外からはこちらを認識することができない優れものの館だ。
古来種の賢者ともいわれたエルフィンだから、入ってこれたのだろう。
その暗闇の館。通路を通るたびに真っ暗になるから、かなり不便だ。前を行くアイリーンの姿が見えなくなるのは非常に恐怖を煽る。
しかもアイリーンは慣れた様子でさっさと進んでしまうため、余計に怖い。
何度目かの暗闇通過のあと、俺の視界に大きめの通路が飛び込んできた。
「ここの一番奥がアル様の部屋よ。今は会議中だと思うわ。あんたの処遇について」
「まったく、迎え入れてくれたんじゃないのかよ」
「あんたはそれだけアルビオンの人間に憎まれているのよ。親族を殺されたって人は多くいるわ。本当にあんたの部隊に殺されたかは定かじゃないけれど」
つまり、皇国との戦いで戦死した遺族の恨みが、まとめて俺に来てるってわけか。
侵攻してきたのはアルビオンだろうに。
いや、親族を亡くした人たちすれば、そういうのは関係ないのか。
「まぁ、俺が指揮した部隊が一番、アルビオン軍に被害を与えたのは事実だしね。恨まれる筋合いはあるさ」
「殊勝ね。できれば、いつでもそうしていてくれないかしら?」
「俺はいつでも健気で、人の心を打つ行動を心がけているよ。つまり、いつでも殊勝だってことさ」
「心がけているだけでは、人の心は打てないわよ。まぁ、その心がけを見せてもらおうじゃない。相手はあんたを恨んでいる人間たちばかりだけど」
アイリーンはそういいながら、突き当たりの部屋の扉をあけた。
中にはアル様と数人の男たちがいた。
一人は俺を処刑しようとした奴だ。
けれど、こちらを見ようともせず、全員が押し黙っている。
アル様の手元には一枚の手紙のようなモノが握られていた。なんとなくではあるが、いやな予感がした。
「アル様。どうかなさいましたか?」
アイリーンが様子のおかしいアル様に声をかけた。
それでようやく、アル様がこちらに気づいた。
アル様に遅れて、ほかの男たちもこちらをみて、顔をゆがめた。
わかりやすい人たちだ。
けれど、今は彼らに構っている暇はない。
「ストラトスからの手紙ですか?」
「……君は本当に何でも知っているんだな……」
苦笑を浮かべながらアル様はそういった。その言い方だと、非常に認めたくないが、ストラトスに先手を打たれたということだろう。
アル様は小さくため息を吐く。
「ちょうどいい。君も見てくれ。どうせ、あとで向かおうと思ってたところだしね」
「アル様! こやつはアルビオンの敵ですぞ!」
「けれど、今は僕たちと運命共同体だ。私たちが倒れれば、彼も捕まる。彼には私たちに強力する以外の道は残されていない。これほど信頼できる相手はいないだろう?」
「しかし……」
「彼の協力が必要なのは明らかだ。情報を隠すだけ、我々が不利になる」
そういいながら、アル様は手紙をアイリーンに手渡した。
アイリーンがまず読み、顔を顰めた。
そして、投げるようにして俺へ渡してきた。
「ふざけてる……!」
「どれどれ? “殿下へ。三日後に晩餐会を開くゆえ、招待状を送らせていただきます。四賢君や軍師を連れてご参加ください”か。確かにふざけてはいるけれど……行かないわけにもいかないですね」
「そうだ。この手紙はポストの中に入っていた。この暗闇の館の、だ。つまりは、向こうはここに入ることができるというわけだ。従わないなら、攻め入るという脅しとも取れる」
「入ることができるのは間違いないでしょう。けれど、ストラトスは攻め入るなんてことはしないかと」
俺の言葉を聞いて、アイリーンが疑わしげな顔を浮かべた。
なんでわかるのよ、っていいたいんだろう。
「ヴェリスの内乱中、奴と交戦し、言葉を交わす機会がありました。奴はほぼ操り人形状態のカグヤ陛下を、俺の目の前で操ることを楽しんでいました。力押しで終わるにも関わらず、わざわざ交渉の席を設けて。
圧倒的優位の状況であれば、奴は結果をすぐには求めず、自分が楽しむことを優先するはずです。そして、今、奴は圧倒的に優位な立場にいます。晩餐会に出なくても、攻め入ってくることはないでしょうが、更に厄介なことを仕掛けてくると思います」
「まるで子供ね」
「その通りだよ。奴は子供だ。自尊心が高く、顕示欲も強い。虚栄心も大きく、そこらへんの感情が人より奴は豊かなのさ。そして、それらを満たすために、奴は……カグヤ様やソフィア様みたいな、誰もが憧れる人を自分の人形にしようとする」
アイリーンの目が一気に冷たくなった。
なぜ、俺に冷たい目を向けるんだろうか。
「男って最低ね」
「男でくくらないでよ。奴は特殊さ」
「けれど、あんたはそのストラトスを随分と理解しているじゃない。あんたと似ているから、そこまでよくわかるんじゃないの?」
「アイリーン。いくらなんでも失礼だ」
アル様がアイリーンを嗜めた。
だけど、アイリーンの突っ込みは正しい。
俺とストラトスは間違いなく似ている。
ストラトスは魔術で人を操作することに一種の快感を見出し、俺は自分の思い通りにことが運ぶことに喜びを感じている。
だから嫌いなんだろう。お互いに、相手は思い通りにならない存在だから。
俺の描いた局面を平気で壊すチートな魔術を持つストラトス。そして、そのチートを跳ね除ける道具を持っている俺。
奴は俺を意識している。俺も奴を意識している。強烈に。
だからストラトスは俺をアルビオンに引き入れたんだ。
狙いはもちろん、ソフィアだろうけれど、同じくらい“自分の手で”俺を負かしたいとも思っているだろう。
けれど負けるの絶対にごめんだから、自分が圧倒的優位なアルビオンに俺を引き込んだ。もしかしたら、アル様の派閥にいることも奴の差し金かもしれない。
全てを自分で調整し、負けない程度の派閥に絶対に負かしたい奴をいれる。
奴の屈折した感情を満たすには、ちょうどいいのかもしれない。
けれど。
「過信しすぎだ」
その場の誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
人は盤上の駒じゃない。決められた力をいつも同じように発揮するわけじゃなく、こちらの指示にも従わないときもある。
戦場に絶対はない。たとえ一部の者を操れたとしても、絶対の勝利なんてありえない。
高慢に見下ろしているつもりだろうが、戦いの場に奴は自分も身を置いているということを理解していない。
決められるときに決めなかったから、前回も俺に逆転されたんだ。
学習しない奴め。
「とりあえず、誘いに乗ってみましょう。それ以外に手はないですから」
まぁいい。まずはあいつの本体の顔を拝みにいくとしようか。




