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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
77/114

閑話 ロイの章8

「そこで止まれ」


 円卓の間に入ろうとしたフィオナ皇女を、カグヤ様がそういって止めた。

 フィオナ皇女はそれを聞いて止まり、カグヤ様をジッと見つめる。


「フィオナ・オルブライト。皇国の姫君がなぜここにいるのか。そもそも、どうやってここに入り込んだのか。その説明をしていただきたいのだが?」

「カグヤ陛下ですね。フィオナ・オルブライトです。来た理由は、あとで説明します。どうやって入ったかといわれても、普通に入ってきましたよ。この王城は魔術的な面での防備は緩いですから、結構簡単でした」


 待て待て。

 俺らがバレずに潜入するのは不可能だって判断した警備を、簡単って。

 だいたい、思っててもいうなよ。カグヤ様の前で。

 他国の要人に城に潜入され、なおかつ防備が緩いだなんて言われたら。

 俺は恐る恐るカグヤ様の顔をうかがう。

 あー、やっぱり怒ってるじゃん。

 頑張って怒りを表面に出さないようにしてるけど、肩が震えてるよ。


「来た理由とは?」

「至上の乙女、ソフィア様ですね? ユキちゃんがずっと話してましたよ」

「ユキちゃん?」

「ユキトでユキちゃんです。ユキちゃんは私のことフィオって呼びますから」


 なんだよ、そのいらない情報。必要か?

 俺はなんとなくソフィア様のほうをみて、すぐに視線をそらす。

 めっちゃ不機嫌じゃん。なんでだよ。

 カグヤ様といい、ソフィア様といい、短気ってわけじゃないだろうに。


「ロイ」

「ミカーナ。お前まで不機嫌とかってわけじゃないだろうな?」

「何をいっているんですか?」


 平常通り、ミカーナが冷ややかな視線を送ってくる。

 よかった。こいつはいつもどおりだ。


「お前は普通だな。安心した」

「戯言はあとにしてください。今、フィオナ皇女は、あえてカグヤ様とソフィア様を挑発してます。理由はわかりませんが、もしも二人がこらえ切れなかった場合、どうにか止めるしかありません」

「ふざけんなよ。止められるわけないだろ? 一人でもキツイって」

「無理でもなんでもやるしかありません。とりあえず、いつでも動けるようにしておいてください」


 最悪だ。

 何が悲しくて、カグヤ様とソフィア様を相手にしなくちゃいけないんだ。

 それもこれも、全てフィオナ皇女のせいだ。イタズラとか、お茶目とかじゃ済まされないぞ。


「フィオナ・オルブライト。私はユキトを保身のために売り渡した皇国の人間に、あと数年は寛容な態度を取れる自信はないのだが……それを踏まえて、もう一度聞くぞ? いったい、どんな用件でここに来た?」

「まるでユキちゃんが大切な臣下のように聞こえますけど、援軍は送らないし、救出部隊は送らないしでは、誠意は伝わりませんよ?」

「言ってくれるな……!」

「私が言ったわけではないですから」

「なっ!?」


 フィオナ皇女が思わせぶりな表情で、思わせぶりな言い方をする。

 今の言い方じゃ、まるでユキトの兄ちゃんがいってたように捉えられる。たぶん、違うんだろうけど。


「それに、ユキちゃんを売り渡したのは私ではなくて、私の父です。一緒にしないでください」

「私からすればどちらも大差はない。皇国の行動に対して、責任が求められるのが皇族であろう」

「それは先王の所業の責任を、カグヤ陛下がお取りになるということですか?」


 カグヤ様が言葉に詰まる。

 いや、口じゃ勝てないでしょ。フィオナ皇女はユキトの兄ちゃんの作戦に修正を加えられるような人だし。

 しかし、フィオナ皇女はフィオナ皇女で目が笑ってない。いったい、何があったっていうんだ。


「フィオナ皇女。アルビオンと皇国の人質交換の際のことを教えていただけませんか?」

「誰かさんが逃げたせいで、歯止めの効かなくなった国との交渉事がうまくいくと思いますか?」


 ソフィア様もフィオナ皇女も笑顔だけど、視線に込められた圧力が尋常じゃない。

 まぁ、恨み言を言いたくなる気持ちはわからなくもないけど。


「何か勘違いしているようですけど、至上の乙女というのは、あくまで象徴であって、国を動かす指導者ではないんですよ?」

「あれ? 誰もソフィア様とはいってませんが……自覚がありましたか?」


 ソフィア様の目が細められた。

 やばい。かなりイラついてるよ。


「好き勝手ばかりいって……! あなたこそ傍にいながらユキトを守れなかったではないですか!」

「そうだ! 傍にいながら、なにをしてた!」

「精一杯戦った! 安全な場所で迎えを待つお姫様みたいなことをやってた人や、立場に縛られて動くこともできなかった人にとやかくいわれる筋合いはない!」


 うわぁ、爆発しちまったよ。

 どうするよ。この状況。

 フィオナ皇女が来た理由はまだ聞けてないってのに、もう話をする雰囲気じゃなくなってるよ。


「なるほど」


 途方にくれる俺の横で、ミカーナがそう呟いたあとに、大きく咳払いした。

 フィオナ皇女たちの注意がミカーナに集まる。

 おいおい、何してんだ。いくらミカーナでもこの三人の相手は不可能だぞ。


「なに? ミカーナ」

「いえ、安全な場所におらず、立場に縛られていたわけでもない人たち、つまり“私たち”ならとやかくいう資格があるということですね?」


 意表をつかれた形になったフィオナ皇女が目を見開く。

 まさか、自分たちの会話にミカーナが割って入ってくるとは思わなかったんだろう。

 いや、まぁそりゃそうだろうな。

 ヴェリスの王と、皇国の皇女と、アルビオンの至上の乙女の会話だ。割ってはいるなんて自殺行為に近い。


「それもそうねぇ。私たちなら色々と聞いてもいいのかしら?」

「交渉が不成立に終わったのなら、なぜユキト様はアルビオンに連れていかれたのでしょうか? フィオナ皇女。私たちには知る権利があるはずです」


 エリカの姉ちゃんとニコラの姉ちゃんがフィオナ皇女を畳み掛ける。

 完全にノックスの面子を計算にいれてなかったんだろう。フィオナ皇女は目を何度も瞬かせたあと、深くため息を吐いた。


「わかったよ。憂さ晴らしはこの辺にしとくね」

「憂さ晴らしだったのかよ……」


 聞こえないように小さく呟き、ため息を吐く。

 至上の乙女とヴェリスの国王を憂さ晴らしに使うなんて、フィオナ皇女以外やらないだろうな。


「皇国とアルビオンの交渉、っていうか、私とユキちゃんの交換は、まず、私がめちゃくちゃにしたの」

「まずってなんだよ、まずって」


 アルスのおっさんが嫌そうに顔をしかめる。

 確かに、ただの人質交換がめちゃくちゃになっただけでもありえないのに、それだけじゃないんだから嫌だよな。

 フィオナ皇女はアルスのおっさんに曖昧に微笑み、さらに話しを続けた。


「ユキちゃんとすれ違う瞬間、私は神獣フレズベルクを召喚したの。アルビオン軍の追撃を振り切って、ユキちゃんと逃げるために」

「四賢君がそれを邪魔したのかしら?」

「ううん。だったらよかったんだけどねぇ……」


 フィオナ皇女はため息を吐いて、どんよりとした様子で肩を落とした。

 なにがあったっていうんだよ。


「四賢君は私を止めなかった。私がユキちゃんを連れて逃げれば、アルビオンは皇国侵攻の大義名分を手に入れられる。それはわかってたんだけど、ユキちゃんと私ならアルビオンの再侵攻を食い止められると思ってた。

 ヴェリスの助勢がなかろうと、相手が四賢君だろうと、大丈夫だって思ってた。私はね。けど、ユキちゃんは違った。自分が逃げることで増える犠牲を、ユキちゃんは認めなかった」

「おいおい、それって」

「うん。ユキちゃんが逃げることを拒んだの」


 本当かよ。

 逃げる機会があったのに、ユキトの兄ちゃんは“あえて”逃げなかったのか。

 それってどういう意図があるんだ。


「逃げるならアルビオンに入ってから、それがユキちゃんの考えだよ。けど、私にはいくら考えてもアルビオンから逃げ出す術なんて思いつかなかった。だから、唯一の機会と思った人質交換のときに動いたの。

 けど、ユキちゃんは拒んだ。今まで築いてきた全てを捨てて、私はユキちゃんに手を差し伸べた。皇女としての地位。親しい人との関係。手に入れた名声。すべてを捨てる行為だった。皇国に対する裏切りだった。それなのに、ユキちゃんは……この手を握ってはくれなかった」


 語るフィオナ皇女の感情が読み取れない。

 怒っているようにも思えるし、悲しんでるように思える。

 ユキトの兄ちゃんに憤ってるようにも思えるし、ユキトの兄ちゃんを心配しているように思える。

 複雑すぎて俺にはお手上げだ。

 横をみれば、ミカーナが気の毒そうな表情を浮かべてる。まぁ、同情の余地はかなりあるよな。


「それで? わざわざヴェリスまで憂さ晴らしにきたのか?」


 さっきまでのことを引きずってるのか、カグヤ様が情け容赦のない言葉を投げかけた。

 よくもまぁ、見るからに落ち込んでる人にそんな風に声をかけれるもんだ。

 若干、関心していると、カグヤ様と目があった。


「何かいいたいことでもあるか? ロイ」

「いえ! なにもないです!」


 背筋を伸ばして、視線をそらす。

 怖すぎだろう。ここは戦場かよ。なんだってあんな鋭い目してんだよ。


「そんな単純な性格だったら、もうちょっと人生、楽しく生きれてるんだろうけど。生憎、私は面倒な性格なの」


 フィオナ皇女はもうカグヤ様に敬語を使わなくなった。形の上での敬意も払う気力がなくなったんだろうな。

 それを気にした様子もなく、カグヤ様が言葉の意味を尋ねた。


「どういう意味だ?」

「そのまんまだよ。怒って、悲しんで、何もかも投げ出せたら楽だったんだけどね。私は酷い仕打ちを受けても、ユキちゃんを見捨てられなかった」


 フィオナ皇女の目がソフィア様に向く。

 ソフィア様はその目を真っ向から見返して、二人の視線が交差した。


「ユキトを見捨ててないから、ヴェリスに来たと?」

「そうだよ」

「ヴェリスに協力する気ですか?」

「それはできないよ。既にアルビオンと皇国の間では和平交渉が始まってるし、流石にそれを台無しにする覚悟はもうできないよ」

「では、あなたはなぜここへ?」


 ようやくその質問か。

 長かったなぁ。フィオナ皇女が来た理由にたどり着くまで。

 前置きが長かったんだ。それなりの理由だとは思うけど。


「ソフィア・リーズベルク。“至上の乙女”としてのあなたに用があったの」

「至上の乙女としての私に……?」

「そう。ユキちゃんの友人としてではなくて、アルビオンの象徴にして、魔術師の尊敬を集める存在。今、ユキちゃんを助けられるのはあなたしかいないから」

「フィオナ・オルブライト! ソフィアにアルビオンに行けというのか!?」


 カグヤ様が机を叩いて椅子から立ち上がった。

 フィオナ皇女がヴェリスに来た理由って、ソフィア様にユキトの兄ちゃんを助けてもらうためだったのか。


「ソフィア様なら確かに助けれるか……」

「馬鹿をいわないでください。正常なアルビオンなら確かにそうでしょうが、アルビオンが正常ではないから、ソフィア様はヴェリスに逃げてきたんです」

「あ、そういえばそうだった」


 ストラトスとかっていう人を操る魔術師のせいで、アルビオンは今、おかしくなってるんだった。

 それに確か。


「ストラトスの狙いはソフィアだ! だから、ユキトはソフィアをアルビオン方面には絶対に近づかせず、ヴェリスにいるときは傍にずっと居させ続けたのだ! 無策でアルビオンに向かえば、操られ、傀儡とされるだけだ!」

「うん、だろうね。“無策”で向かえば、確かに敵に取り込まれるだけ。けど、それはノックスだって一緒だよ。アルビオンに向かうってことは、敵に取り込まれないか、もしくは“傀儡状態を解除できる”ことが条件になる」


 フィオナ皇女はいいながら、服のポケットから布に包まれた棒状の何かを取り出した。

 それをソフィア様に差し出す。


「強力すぎて皇国の宝物庫にある聖布で包まないと、持って来れなかったよ。まぁ、私の移動手段に問題があるんだけど」


 その言葉を聞きつつ、ソフィア様は布を捲って、中に入っている物を取り出した。

 布の中にあったのは緑色の扇だった。

 俺たちノックスには見慣れた扇だ。そして、あるはずのない扇でもある。


「クラルス!? どうしてここにあるんだよ!?」

「ユキちゃんが私を抱きしめたときに渡したの。ご丁寧に指示が書いた紙も挟んであったよ。抱きしめたのもバレないための演技だったと思うと、どっかに捨てちゃおうかなって考えが過ぎるほどイラついたけどね」


 顔を顰めながら、フィオナ皇女は語る。

 けど、問題はそんなことじゃない。これがここにあるってことは。


「ユキトの兄ちゃんは今、クラルスがない状態でアルビオンにいるのか!?」

「そうだね。丸裸だよ。持っているのは偽物で、当然、魔術を打ち消す効力もない。魔術を使われたら終わりの大博打。相手の思い込みと、自分のハッタリだけでユキちゃんは切り抜けるつもりなの。もう本当に馬鹿だよね」


 呆れた様子でフィオナ皇女は呟く。

 確かに馬鹿としか思えない。敵陣に武器や防具無しで突っ込むようなものだ。正気じゃない。

 だけど、それをやるのがユキトの兄ちゃんだし、今もやってる最中だ。


「ユキちゃんの狙いは、敵の狙いを逆手に取ること。ソフィア・リーズベルクが狙いなら、あえて晒して引き付ける。もちろん、防備は完全、護衛もしっかりつけた上でではあるけれど。あとはノコノコやってきたお馬鹿さんを仕留めるだけだよ。

 唯一の問題は、早めに行動しないとユキちゃんが持たないってことだよね。それに敵に疑いをもたれないような工作も必要かな」

「ユキト様が本当にそんな策を……?」


 ミカーナが信じられないって様子で呟く。

 フィオナ皇女が一枚の紙を取り出して、ミカーナに渡す。


「……確かにユキト様の字です」

「何が疑問なんだよ?」

「この策は、先王時代にソフィア様をヴェリスに派遣した人たちと似通っています。ユキト様が言っていました。例え、防げる力があろうと、万が一がある。防げる力があるからといって、危険に晒していいわけじゃない、と。

 ですから、ユキト様はソフィア様を無闇に危険にさらすことは避けていました」


 ミカーナが唇をかみ締めた。

 ミカーナは怒ってる。自分に対して。

 ユキトの兄ちゃんは、とりたくてこの策をとったわけじゃないんだろう。

 取らざるを得なかったんだ。そして、そんな策をとらせたのは、俺たちに責任がある。


「けれど、人にはやらなければいけないときもあります。あのときは、絶対にやらねばいけないことではなかったです。けど、今は違います。ユキトが望むなら、私はアルビオンに行くだけです」

「まぁ、そこらへんは任せるよ。私がすることは、ソフィア・リーズベルクに扇を渡すこと。それだけ。

本当にいやになっちゃうよ。一緒に戦って、一緒に考えて、絆を結んだつもりになってたのに、ユキちゃんは結局、私に頼ってはくれなかった。なのに、あなたたちにはビックリするくらい頼る。本当に……羨ましいよ」


 フィオナ皇女はそういって、ソフィア様をみて、そしてカグヤ様をみた。


「悔しいなぁ。なんで、ユキちゃんはヴェリスにいるんだろう……」

「フィオナ皇女……」

「必ず助けてね。そのあとはしっかり苦労に報いて。じゃないと、ユキちゃんは皇国が貰うから」

「当然だ。ユキトは私の軍師だ。どこの国にも、どこの誰にも渡したりはしない」


 そのカグヤ様の言葉を聞いて満足したのか、フィオナ皇女は笑みを浮かべて、大きく頷いた。


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