第一章 思惑6
夜。
アルビオンに連れてこられた俺は、アル様の計らいで、上等な一室を与えられていた。
アル様は数年前まではアルビオンの公子だったが、父である公王によって王宮より追放されたらしい。
それが結果的にストラトスの魔の手から逃れることになっているのだから、皮肉なものだ。
王宮から追放された理由も、当時、小国への侵攻を繰り返していたヴェリスを討つべきだ、と主張し、アルビオンは積極的に他国へは介入しない、という父である公王と対立したためだと、アイリーンがいっていた。
やはりアルビオン内でもヴェリスを危険視していた人はいたか。もう少し内乱が長引いていたら、本当に他国の介入を許していたかもしれない。
そう思うと、やはりヴェリスはギリギリのラインで生き残っている。
今もアルビオンと帝国に挟まれ、五大国で最も滅亡に近い国だ。
「今、考えることじゃないか……」
誰もいない部屋でそう呟く。
俺が今、考えるべきなのはヴェリスのことじゃない。
ヴェリスのことはヴェリスにいる人たちに任せて、俺はここでできることをやるべきだ。
「でも、どうせ、この派閥の目的は俺を確保し続けることで、主導権を握ることだろうし……動き出すまでできることはないよなぁ」
ストラトスの目的は間違いなく俺を囮として、ソフィアを、そしてヴェリスを誘い出すことだ。
ヴェリスが無理をして攻勢に出れば、危ういバランスで成り立っているヴェリスの防衛線は崩れ去る。そして、それをカグヤ様はよしとはしないだろう。
だから、ヴェリスは無理をして部隊を派遣したりはしない。それがわかっていたから、ノックスをヴェリスに送った。
けれど、ノックスが俺の救助に来るかは賭けに近い。そもそもヴェリスが動くかどうかも怪しい。
「動かない可能性も少なくないからなぁ……」
俺がいない中で、カグヤ様はヴェリスを纏め上げた。
今、ヴェリスは、内乱のあとに、俺やディオ様がカグヤ様を擁立して立て直した国じゃない。カグヤ様が纏め上げている国だ。当然、俺の居場所はその国にはない。
必要のない人間を救出しようとは思わないだろう。ヴェリスにとって俺は過去の人間であり、そして敵国に無様にも捕まった将だ。
カグヤ様は俺のことをどう思うだろうか。
情けないと思うだろうか、それとも気にも留めないだろうか。
ソフィアはどうだろうか。
「ソフィアは心配してるだろうな……」
一人にしないといったのに、また一人にしてしまった。
ヴェリスに来たソフィアを置いて、皇国へ行き、そしてアルビオンに捕まってアルビオンに行くだなんて、ソフィアがヴェリスに逃げてきたときは想像もしなかった。
そして、そのソフィアの“権威”に頼る策を実行するとも思わなかった。
「はぁ……」
大きくため息を吐いた。
部屋には誰もいない。ため息を吐いたところで、嫌な気分にさせる相手はいない。
そう思っていた。
けれど。
「ため息を吐くのは疲れているからだ。休むことをオススメしよう」
開いていた窓の外から声が飛んできた。
窓の外には広めのベランダがある。おそらくそこからの声だ。
「誰だ?」
座っていた椅子から立ち上がり、懐に右手を入れて、警戒しながら俺はそう問いかけた。
声からして男だろう。若いように聞こえたが、声だけでは判断できない。
「そう警戒しないでほしいものだ。“レルファの右腕”よ」
レルファの右腕という言葉を使ってくるということは、レルファを知っているということだ。
そして、レルファの知り合いが人間ということは少ないだろう。森で隠棲しているような男だ。
「古来種か?」
「妖精族のエルフィンという」
ベランダから姿を現したのはハッとするほど美しい男だった。
灰色の髪は腰ほどまであり、深緑色の瞳は深い知性を感じさせる。
耳は長く尖っていて、鼻はスッとして高い。身長は俺よりは高いが、ずば抜けて高いわけじゃない。その美しすぎる容姿と、耳を除けば、人間と大差はない姿をしている。
小説の中にでてくるエルフにそっくりだ。
「そういえば五つの種族がいたんだったか」
「竜人族、妖精族、魔人族、獣人族、そして精霊族。かつて人と同じように栄えていた種族たちだ」
エルフィンはゆっくりと部屋の中を歩いた。
俺は視線はそらさず、そして警戒も怠らなかった。
レルファは“厄介な者”というだけで、どのような古来種が人の敵なのかは教えてくれなかった。
目の前にいるエルフィンが、その厄介な者の可能性がある以上、警戒は怠れない。
「レルファは私について、何かいっていなかったか?」
「厄介な者が動き出したといってただけだ。そして、その者を討つのに力を貸せと」
「なるほど。レルファらしい説明だ。信じるかどうかは君に任せるが、その厄介な者は、私ではない。竜人族の王にして、世界に干渉することができるほど強大な力を持つレルファが“厄介”などと呼ぶ者は、私が知るかぎり一人しかいない」
エルフィンは足を止め、俺と正対する。
深緑の瞳が俺を見つめるだけで、まるで金縛りにあったように動けなくなる。
俺のスキルはやはり古来種には通じないようで、ステータスは表示されない。
もしも、このエルフィンが“厄介な者”だった場合、完全に終わりだが。
「……そいつの名は?」
「“精霊族のモルス”」
「精霊族のモルス? そんなに強いのか?」
俺の質問にエルフィンは首を横に振り、苦笑を浮かべた。
「逆だ。精霊族は五つの種族の中で、最も強い力を持つ種族だった。それこそ、レルファに匹敵する力を持つ者たちが何人もいた。しかし、モルスはその中で最弱だった。精霊族が有する加護は一切なく、獣人族のような強靭な肉体は持たず、妖精族のような魔力もなければ、魔人族や竜人族のような特殊な力もない。種族間の差すら埋めるほどに、モルスは弱く、矮小な存在だった」
「そんな奴がなぜ厄介なんだ?」
異なる世界から、俺をこちらに連れてくるという離れ業をやってのけたレルファだ。そんな奴を警戒するとは思えないけれど。
「精霊族は個体数は少ないが、個体としての力は世界最強だった。ゆえに、彼らは学ぶということをほとんどしなかった。自らの力を全力で使うことが、彼らの手段であり、全てだった。それで解決することができたからだ。力押ししか、彼らにはなかった。けれど、モルスは違う」
「……知恵を使えたと?」
エルフィンは頷き、何もない宙に四角を描いた。
四角は何度か点滅したあとに大きく広がり、俺をすっぽりと覆えるほどの大きさになった。
エルフィンが指を弾くと、四角の中に地図が浮かんだ。フォルトゥーナの地図なのはわかった。けれど、俺が知っている大陸より大きい。
「かつて大陸は今よりも大きかった。そして、そこに古来種が住んでいた。そのときには人間もいたが、今とは比べ物にならないほど数は少なかった」
「なぜ大陸は今の形に?」
「戦争が起きた。地形すら変えるほどの大戦だ。古来種の多くは、みずからを保つために膨大な魔力を必要としていた。だから、魔力の色濃い土地を巡っての争いだった」
四角の中にある大陸が徐々に形を変えていく。
突如として消えてなくなる場所もあれば、時間をかけてなくなる場所もある。
やがて、今の大陸に近い形へと変わった。
「過ちに気づいたときにはもう遅かった。妖精族は小さな集落を保つ程度の人口しか残されておらず、ほかの種族も似たようなモノだった」
「だから、古来種同士で攻撃できないように制約をかけたのか?」
「そうだ。だが、その制約を言い出したのはモルスだった。精霊族はモルスを残して全滅していて、我々はモルスの言葉を疑わなかった。そして、その制約がなされたとき、モルスの力を知った」
エルフィンは再度指を弾く。
四角の中がガラリと変わり、上空から軍勢を見ているような光景だった。
「これは?」
「モルスの軍勢だ。モルスは大戦が起こっている最中に、各種族の秘術を探り、禁断の術を生み出していた」
「禁断の術?」
「そう。決して手を出してはいけない領域。“死者の蘇生”だ」
死者の蘇生。
そんなことが可能なのかと思わなくもないが、それに似たようなことを俺は知っている。
俺自身だ。
俺は確かに一度死んで、それからディオ様の魂を分け与えられる形で蘇生した。
できないということはないだろう。
「大戦を裏から操っていたのも、モルスだった。モルスは死者蘇生の禁術を完成させるため、そして、完成したあとに蘇らせる者たちを増やすために、大戦を引き起こした」
「つまり、この軍勢は大戦で死んだ古来種ってことか?」
「そうだ。ただ、このときの術は発展途上だった。蘇生した死者には自我はなく、力も生前よりだいぶ劣っていた。ゆえに、どうにか我々は対抗することができた。制約によって、モルスを倒すことはできなかったが、封印することには成功した」
「そして、その封印が解けたってわけか」
エルフィンは頷き、指を弾いて、四角い画面を消し去った。
レルファが説明しなかったのは、言ったところでどうにもならないからか。
モルスが裏で糸を引いているとわかったところで、攻め込まれれば戦わないわけにはいかない。戦いに余計な迷いを持ち込まないという点でいえば、知らないほうがいいこともある。
だが、知らなければ対処はできない。そして知っていれば対処はできるし、さまざまな繋がりが見えてくる。
「レルファはモルスを殺すために人間を利用しようと考えて、モルスも同じことを考えた。モルスの手先はストラトスか」
「そう考えるべきだろう。ユーリ・ストラトスは私が魔術を伝えた人間の遠い子孫だ。モルスのような邪悪さを心に秘めた“裏切りの一族”。付け込まれたとしても不思議ではない」
エルフィンの言葉に頷きつつ、俺はエルフィンの言葉に引っ掛かりを覚えていた。
私が魔術を伝えた、とエルフィンはいった。
アルビオンの五大名家。三大公爵家に、現在の公王家ともう一つを加えた五つの家をそう呼ぶ。そして、その内、三大公爵家と公王家はアルビオンの創設時より続く魔術の始祖だ。
彼らに魔術を教えた者は古来種といわれていて、多くの者が“古来種の賢者”と呼んで尊敬した。
「古来種の賢者ってのはあんたのことか?」
「人にそう呼ばれたこともある。賢者などといわれても、弟子にとった人間を正しく導けなかった愚か者だがね」
「それがストラトスの祖先か」
「そうだ。才能に溢れた子ではなかった。けれど、魔術の応用に優れ、さまざまな発想を持っていた。だから、人を操るなどという愚かなことを考えてしまったのだ」
エルフィンは目を伏せ、悲しそうに呟いた。
だが、申し訳ないけど、俺はエルフィンの後悔には興味はない。
「なぜ、子孫が残っている? そのときに殺したんじゃないのか?」
「人が人に下す判決は、人が決めねばならない。彼と彼の一族に下された判決はアルビオンからの追放だけだった。彼の魔術は私が封印したが、子孫には罪はないため、彼だけに留めた」
「適当なことをしてくれるな。おかげで、災厄が振りまかれてる」
「そう言わないでくれ。申し訳ないと思っているから、節を曲げて、君に会いに来たのだから」
エルフィンはいったあとに苦笑した。
ありがたいが、感謝する気にはなれない。この男がしっかりと対処しておけば、今の時代にストラトスはいなかった。
苦しまなくていい人が苦しんだんだ。それなりに協力はしてもらわねばならない。
「私は魔獣から身を守る術として魔術を教えたあと、人には干渉しないことに決めた。古来種が伝える知識や技術は容易に人を狂わす。それがわかったからだ」
「けれど、俺には会いにきた。人には関わらないという自分の決まりから、アルビオンにいる人間には関われない。当然、ストラトスも排除はできない。だから、レルファの関係者である俺に接触した。自分の代わりにストラトスを排除させるために」
「その通り。私は君を利用しようとしている」
こうもあっさり利用しようとしているといわれると、反応に困るものだな。
利用されていようが、されていまいが、俺の目的とエルフィンの目的は一致している。
やるべきことはなにも変わらない。
だけど、タダで利用されるのは癪だ。それに状況は厳しい。エルフィンの協力がなければ、俺が望む結果にはたどり着けないだろう。
「その見返りは?」
「時折、君に情報を渡しにこよう。私はアルビオンの全てをみることができる。ストラトスの動きも、君の味方の動きも全てわかる」
「悪くないな。けれど、それだけで果たして俺はストラトスを倒せるかな?」
冷静に分析すれば、今の俺の状態は将棋でいう王手状態だ。
喉に剣を突きつけられているのと変わらない。そこに多少の情報がもたらされたところで、状況は変わらない。
考える前に刺されてしまう状況だ。これを打破するには“力”が必要だ。
「自身の非力を認めるか……。いいだろう。君の望むモノを与えよう。何がほしい? 何があれば君はこの国を救える?」
「俺の眼の……この魔法の制御の仕方を教えろ。元々、その知識を得る意味もあって、俺はアルビオンに来てる」
「大きく出たな。レルファが教えなかったことだ。私が教えると思うか?」
「さぁ。それはそっちに任せる。俺は俺で全力を尽くすが、それで足りなかったら知らないぞ? そのときは俺はこの世にいないだろうしな」
エルフィンは俺の言葉に深く目を瞑り、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「いいだろう。どうせ、モルスと戦う上で君の魔法は必要だ。だが、私は魔法使いを人と同等とは扱わない。力に溺れるようなことがあれば、私は君をこの世から消し去るぞ」
「構わない。そこらへんの判断も任せるさ。俺にとって大事なのは“今”だ」
「力に溺れないことを願っているよ。私はもう行く。こちらが接触するまで、あまり動き回らないことだ。ストラトスはいつでも君を奪い返すことができる」
エルフィンの言葉が意味するのは、つまりは居場所もばれているということだろう。
アル様の存在もばれているのかもしれない。
手の平で泳がせているつもりか。余裕なことだ。
「忠告ついでに一つ文句をいっておこう」
「なんだ?」
「私の作品の“偽物”を作るなら、もう少しマシに作れなかったのかね?」
エルフィンの言葉に俺は盛大に顔をしかめた。
さすがにばれてたか。フェレノールでシャルロットに頼んで急造したものだから仕方ないけど。
まぁエルフィンにばれるのは仕方ない。
ほかの奴らを騙せていればそれでいい。
そう思い、俺は懐の“扇”に触れた。




