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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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閑話 ロイの章7

 

 用意された五つの椅子に、俺たちは座った。評議会の一部や、大臣たちは苦々しい表情をしている。

 まぁ構わないけどな。どうせ、これから俺たちに視線を送る暇なんてないだろう。

 カグヤ様はこれから犯人を捜すはずだ。もう、偽の命令書がカグヤ様の手にある以上、犯人を見つけるなんて簡単なはずだ。


「では、大事な話の前にヴェリスに混乱をもたらした者を特定するとしよう」

「陛下。どのような方法で特定するおつもりですかな?」


 レイナードがカグヤ様に問いかけた。

 それにカグヤ様は頷くだけで、答えない。

 そして、少しして、円卓の間に数人の近衛が入ってきた。


「陛下。各大臣、および評議会委員の方々が書いた書類をお持ちしました」

「ご苦労だったな。字には癖が出る。そなたたちの字は、私が一番多く見ている。比較対象があれば、探し出すのに苦労はない」

「陛下! そのような曖昧な手段では!」


 メティスが机を叩いて立ち上がった。


「メティス殿。先ほどから声が大きいですぞ? やましいことでもあるのですかな?」

「レイナード! 貴様! 私を愚弄するつもりか!?」

「いえ、ただ、やましいことがないなら黙っていればいいのではないかと思いましてね。騒げば、それだけ疑いを掛けられますよ?」


 レイナードの言葉にメティスは今にも噛み付きそうな表情を浮かべつつ、ゆっくりと椅子に座った。

 レイナードは満足そうな笑みを浮かべてる。

 その間にカグヤ様は偽の命令書とほかの書類を見比べている。

 本当に目を通しているのか怪しいほどの速さで手動いていたけど、一枚の書類でその手は止まった。


「メティス。そなたの字はよく知っている。だから、この命令書をそなたが作ったわけではないのはわかっていた」

「陛下……まったくその通りでございます! 私は!」

「だから残念だ。この偽の命令書の字は、そなたの秘書であるそなたの息子の字と相違ない」

「な!?」


 喜んでいたメティスの顔が一瞬で蒼白に切り替わった。

 ざまぁみろ。

 息子に代筆させてたってことか。どうするんだ。このまま息子を切り捨てるのか。


「そ、そのようなわけがありません!」

「事実は事実だ。そなたが提出する書類は二種類。秘書が代筆したものと、自らが書いたものだ。そして、この命令書には随所にそなたの息子が書いた文章がある。

 他にはガーランとボリスの字がある」

「そういえば、ガーラン殿は王城の交通を管理されてましたなぁ。そして、評議会委員のボリスの弟は王城の衛兵部隊の部隊長です」

「お、お待ちください!」

「ぎ、議長!? 私は何もしてはおりません!! 信じてください!」


 さっき喧嘩をした二人の名前があがった。

 やっぱりミカーナの言ったとおり、騒ぎを起こして有耶無耶にするつもりだったのか。

 レイナードは二人の声を無視して続ける。


「ガーラン殿の妹君はメティス殿のご子息の妻だ。そして、ボリスを評議会に推薦したのはメティス殿。なかなかの“偶然”ですなぁ。

 そういえば三人ともノックスが来るまではクレイ殿を救出するべきではないと主張しておりましたなぁ。来てからも感情的な言葉を投げつけておられた。いやはや、“偶然”ですかな?」

「こ、これは罠だ! 我々を陥れる罠です!」


 メティスが声を大にして、そう主張する。

 そんなメティスをカグヤ様は真っ直ぐ見つめる。


「罠、か。確かに可能性はなくもないな。字などいくらでも真似はできる。情報のかく乱もよくある手だ」

「そ、その通りです! 私たちは無実です!!」

「だが、そなたたちがユキトの救出に反対を口にしたのも今日がはじめてだ。そなたたちがユキトの救出に反対していることを知っていなければ、こんな罠は用意できぬと思うが?」

「そ、それは……」


 俺たちに過剰に反応したのが今になって自分の首を絞め始めたな。

 このまま言葉で追い詰められていくんだろう。

 そう思ってたら、メティスがうまく切り返した。


「それこそ“偶然”なのです! 敵の目的は、ユキト・クレイの救出に反対する者を陥れるのではなく、我々を陥れることだったのです!

 偶然、我々がユキト・クレイの救出に反対したため、繋がったように思えますが、それをいうならば、レイナードや多くの大臣もユキト・クレイの救出には否定的でした!」

「なるほど。確かに、ユキトの救出にはほとんどが否定的だった。だが、そなたたちはノックスに過剰な反応を示した。あれは自らの行いが公になるのを恐れたからではないのか?」

「違います! 多少は感情的になってしまいましたが、それは失望からだったのです!!」


 失望?

 まるで、俺たちを評価してたみたいな言い方だけど、大丈夫か、この爺さん。

 嘘に嘘を重ねすぎて、そのうち齟齬が出てくるぞ。


「失望とは?」

「私は確かにユキト・クレイの救出に反対でした。ですが、それは今のヴェリスの戦力的には厳しいと判断していたからです。そして、言葉には出しませんでしたが、私はノックスが戻ってきたならば、ノックスを救出部隊に当てるべきと思っていました。

 しかし、ノックスはいきなり王城に乗り込んできました。事情があるのはわかりますが、やはりユキト・クレイがいなければ、統制が取れない部隊なのだという失望が、私を感情的にさせてしまったのです」


 よくいうぜ。

 どう考えても、俺たちを排除しようとしてた癖に。

 俺はレイナードを見る。この爺さんの話に、レイナードがどんな顔をしているか気になったからだ。

 レイナードは笑っていた。

 いや、嘲笑っていた。


「私もそうです!」

「私もです! 個人的にノックスやクレイ殿に思うところがあったわけではありません! すべてはヴェリスのことを思ってだったのです!」


 名前が挙がっていた二人も追従する。

 おいおい。さっきまでかなりボロクソにいってた癖に、こいつらは恥じるってことはないのか。


「つまりはそなたたちの意見はレイナードと同じということだな?」

「そうなるでしょうなぁ。私も救出部隊を作ることには反対しました。単独行動が可能な独立部隊がいるのに、わざわざ新しく作るだなんて馬鹿らしいですからね」


 レイナードはこっちに笑顔を向けながらそういった。

 好意的なように見えるけど、こいつは油断ならない男のはずだ。

 評議会はユキトの兄ちゃんの代わりを務めるために作られた。その議長を務める男が、ただの良い人なわけがない。


「これで流れが決まりましたね」

「どういうことだよ?」

「カグヤ様はメティス公爵たちを不問とするでしょう。その代わりに、最もユキト様の救出に反対していた人間が、ユキト様の救出を肯定しました」

「……わりぃ、理解できない」

「カグヤ様は彼らを追及しながら、実は誘導していたんです。自分が望む方向である、ユキト様の救出へと。メティス公爵はヴェリスで有数の大貴族ですし、内乱にも参加してません。だから、多くの兵を有していました。そのメティス公爵を捕らえるよりは、うまく誘導して、手の平で転がしたほうがいいと判断したんでしょう」

「もっと簡単に……」

「カグヤ様の計算どおりってことです」


 ミカーナが小声であきれたように告げた。

 どうしてみんな簡単にいえるのに、最初にそれをいってくれないんだろう。

 でも、とりあえず理解はできた。


「いいだろう。メティスたちの言葉を信じ、偽の命令書や情報の混乱は、敵の間者の仕業と判断する。異論はないな?」

「ありません」


 レイナードがそう告げると、評議会の委員がそれに続く。大臣も同じだ。

 カグヤ様が俺たちノックスの部隊長を見据えてきた。


「そういうことだ。ノックスの部隊長たちよ。そなたたちを陥れたのは敵の間者だ。この屈辱を晴らす場はしっかり用意せねばだな。

 話を戻す。ユキトの救出についてだ。メティスやレイナード、そしてディオはノックスをユキトの救出部隊として派遣すべきという考えだが、他に意見のある者はいないか?」

「意見ではありませんが、一ついわねばならないことがあります」


 レイナードがそういって立ち上がる。

 今まで一度も立ち上がることはしなかったレイナードが立ちあがったため、全員が注目した。


「なんだ? 言ってみよ」

「はい。ユキト・クレイ。ヴェリスの軍師と諸国に名が知られているように、ヴェリス屈指の将です。それだけでなく、内乱後にヴェリスがすぐに立ち直れたのは、彼が多くの事業を成功させ、陛下を補佐したからです。

 ですが、すでにヴェリスはあのときとは違います。貴族でもなく、位も特殊部隊の隊長という彼を、政治の中心に迎え入れればヴェリスは混乱してしまいます。

 武威の象徴としてのユキト・クレイを救出することには賛成ですが、政治に関わったユキト・クレイの救出には反対です」

「何がいいたい?」

「彼を政治の中心には迎え入れないと確約していただきたい」

「ユキトには能力がある。能力がある者が役職につくのは当然ではないか?」

「過ぎた力は危険です。ヴェリスは彼がいなくても動けます。彼には軍人として働いてもらいましょう」


 レイナードの言葉にカグヤ様は驚くあっさりと頷いた。


「いいだろう。“私”からはユキトを政治の場に近づけたりはしない。これは約束しよう」

「ありがとうございます。私からは以上です」

「他に意見のある者はいないか?」


 カグヤ様の問いかけに誰も答えない。


「いないようだな。では……ノックスへ新たな任務を与える。国境を越え、ノックス総隊長であるユキト・クレイを救出せよ!」

「了解いたしました」


 エリカの姉ちゃんが真っ先に答えた。

 それに合わせて、俺たちは頭を下げる。

 そのままカグヤ様は閉会を告げた。


「ノックスの部隊長は残れ。皇国での戦いについて、いくつか聞きたいことがある」

「了解いたしました」


 大臣たちや評議会委員が立ち上がる中、そういわれた俺たちは、その場に残った。




■■■




「そなたに残れといった覚えはないが?」


 いつまで経っても出て行かないレイナードを見ながら、カグヤ様は呆れたようにそう聞いた。

 レイナードはどこ吹く風で、飄々とした様子で笑みを浮かべている。


「メティスの処分を本当にあれで終わらせるおつもりですかな?」

「嘘はつかない。あの件はあれで処理する。ヴェリスに害意があったわけではない。ただ、ユキトが戻れば、今の地位を脅かされると思っての行動だ」

「ええ、私もそれが不安ですからなぁ。生まれの良さだけの男ゆえ、仕方が無いでしょう」

「その生まれの良さが、奴に多くの力を与えている。それも才能と考えるべきだ」


 カグヤ様は小さくため息を吐きながら告げた。

 レイナードはその言葉に笑いながら頷く。


「して、この前、提案した案件を考えては頂けましたか?」

「独自の隠密を抱えろという話だな? 今回、私にノックスの件を報告しなかったのは、そのためか?」

「必要性を感じていただきたかったのです」

「考えておこう。そして、次回からはしっかりと報告しろ。今回は被害はなかったが、もしも被害が出ていれば、私はそなたを許したりはしない」

「しかと胸に刻んでおきましょう」

「もう下がれ。私はノックスの部隊長と話がしたいのだ」


 レイナードが深く礼をしてから、早足で円卓の間から退出した。

 カグヤ様はそれを見送ったあと、苦笑を浮かべた。


「いやなモノを見せたな」

「苦労なさっているようですね」

「苦労か……。そうだな。正直、大変だ。やることが多すぎて、ろくに休めていない。だが、そなたたちと比べれば、幾分かはマシだ」


 エリカの姉ちゃんの言葉に、カグヤ様はそういいながら目を伏せた。

 いや、俺たちより間違いなくカグヤ様のほうが大変で、苦労してる。ユキトの兄ちゃんと比べたら、ちょっと判断はできないけど。


「私たちはユキト様の指示を受け、戦っていただけです……。一番大変だったのは間違いなくユキト様だったかと」

「……そこまで皇国での戦いは厳しいモノだったのか? 皇国でのことは詳しくヴェリスに入ってきてはいないのだ。教えてほしい。何があった?」


 そんなカグヤ様の質問に、ミカーナが答え始めた。

 ミカーナの説明に補足があれば、ニコラの姉ちゃんや、エリカの姉ちゃんが補足していく。

 俺とアルスのおっさんは話の邪魔をしないように少し下がってた。

 のだけど。


「ロイ。ユキトは皇国でどんな様子だった?」

「え? あー、ミカーナに聞いたほうが……」

「そなたに聞きたい。そなたからみて、ユキトはどんな様子だった?」


 いきなりそんなこと言われてもなぁ。

 俺はそんなにユキトの兄ちゃんの様子に気を配れてたわけじゃない。

 ユキトの兄ちゃんなら、どんなことでもなんとかしてくれるっていう根拠のない信頼を持っていて、自分のことしか考えてなかった。

 だからそんなにユキトの兄ちゃんの様子は覚えてない。

 けど。


「ときたまですけど、ヴェリスの方角を見て、物思いに耽ってました。皇国で戦ってても、ヴェリスのために頑張っていたと思う、じゃない、思います」

「そうか……。ユキトはヴェリスのことを思っていてくれたか……」


 カグヤ様はそういったあと、目を瞑って黙り込んでしまった。

 俺たちはなんて声をかけていいかわからず、そのまま立っているだけしかできなかった。

 しばらくして、カグヤ様が目を開けた。

 けど、その目は俺たちを捉えていなかった。


「ユキトなら大丈夫だと思っていた。思い込んでいた……」

「カグヤ様だけではありません。私もそう思っていましたから」


 後ろから聞こえた声に、俺たちは振り向く。

 金色の髪の女性がそこにはいた。

 ソフィア様だ。


「お久しぶりですね。ノックスの皆さん。ご無事でなによりです」

「ソフィア様もお元気そうでなによりです」


 ミカーナがそう答えるが、なんだか言いづらそうだ。

 当たり前か。

 ソフィア様はユキトの兄ちゃんを頼って、ヴェリスに来た。そのユキトの兄ちゃんがアルビオンに捕らえられたんだ。

 元気なわけがない。


「ミカーナは……元気ではないですね」


 苦笑を浮かべたソフィア様に対して、ミカーナは消沈した様子で小さく頷いた。

 ソフィア様はユキトの兄ちゃんをずっと待っていて、ミカーナはユキトの兄ちゃんを守ることが、自分の役目だと自負してた。

 責任を感じてるんだろうな。その責任は、俺たち全員にあるけれど。


「あまり悲観しても先には進めません。前を向くべきだと思います。ユキトも何か意図があったからこそ、ノックスをヴェリスに送ったはずです」

「だが、ノックスをヴェリスに送り、そして救出部隊としてアルビオンに向かわせる。これがユキトの策なのだとしたら、お粗末すぎる」


 確かにそうかもしれない。

 俺たちだけじゃ万全とはいえない。ユキトの兄ちゃんなら、もうちょっと工夫しそうな気もする。


「ユキトは何もいってはいませんでしたか?」

「ユキト様は私に、機会が来たら助けにきてほしい、といってました。けれど、その機会がどういうことをいうのかがわかりません」

「機会ですか……」


 ソフィア様が小さな声で呟く。

 機会が来たらってことは、何かしらのことが起きるってことだ。

 それがユキトの兄ちゃんが起こすのか、それとも違う誰かが起こすのか。

 少なくともただ、アルビオンに行くだけじゃ駄目なんだろう。


「アルビオンでユキトが何かしようとするなら……私の力を使うはずだと思うんですけど……」

「そうだね。正解だよ」


 ソフィア様の呟きに、そう答えが返ってきた。

 円卓の間の入り口に、その人はいた。

 見覚えのある人だ。

 けど、このヴェリスにはいるはずのない人。


「フィオナ皇女!?」

「おいおい、どういうことだ……?」


 アルスのおっさんの呟きは、そのまんまこの場の全員の思いだった。

 けれど、肝心のフィオナ皇女は気にした様子もなく、人懐っこい笑みを浮かべて、


「久しぶり、ノックスのみんな」


 といって、円卓の間へと入ってきた。


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