閑話 ロイの章6
クレア様の馬車に乗せてもらえたおかげで、誰にもバレずに俺たちは王城の門をくぐれた。
「私が協力したとわかってしまうと、あとで面倒なことになるから……申し訳ないけれど協力できるのはここまでよ」
「十分です。感謝します」
「私たち家族は……いえ、ヴェリスは彼に大きな借りがあるわ。彼のおかげでどれだけの命が救われ、どれだけの希望が生まれたか……。この程度の協力じゃ、借りを返すことはできないわ」
クレア様は真剣な顔でそういったあと、やさしそうな笑顔を浮かべた。
「だから、お願いね。彼はヴェリスに必要だから」
「わかったぜ! 必ずユキトの兄ちゃんは助ける!」
「元気がいいわね。ノックス第五部隊長のロイ君ね。ユキト・クレイが自ら選んだ、彼の机上の策を現実に変えるための剣。頑張りなさい。彼が無策で敵国に行く人間なら、ヴェリスの内乱は未だに終わってないわ。あなたたちがここにいることには、間違いなく彼の思惑が働いているはずよ」
クレア様の言葉に俺たちは大きく頷いた。
詳しい説明や指示はされてない。でも、頼りにしてるっていわれて、俺たちは皇国からヴェリスに逃がされた。
なにかの意図があるのは確かだけど、それが何なのかまではわからない。
けど、俺たちが助けにくることを、ユキトの兄ちゃんが望んでるのはわかる。だから、全力で今できることをやって、ユキトの兄ちゃんを助けにいくんだ。
「お任せくださいな。私たちにとっても、彼は替えの効かない存在ですから」
「ふふ。気に入っているのね。いつも無表情だったあなたが笑顔を浮かべているのは……本当にうれしいわ。エリカ」
「……そうですね。今は充実してます。だから、私の今は誰にも奪わせはしません」
「頑張って。そしてお願い。カグヤも……内心では自分が助けにいきたいはずだから。それを押し殺して、今、王としての務めを果たしてる。だから、あの子に理由をあげて。ユキト・クレイを助けることを肯定する理由を」
クレア様はそういうと、優雅って言葉が似合う仕草で一礼した。
そして、まるで俺たちのことが見えていないかのように自然と踵を返して、俺たちが向かうべき方向とは逆方向に歩いていった。
「よっしゃあ! このあとはどういう手順で行けばいいんだ!?」
「もう王城に入っちまったからな。多分、面倒なことはしなくても平気だろう」
「そうですね。ここから先は簡単です」
アルスのおっさんの言葉に、ミカーナが同意した。
エリカの姉ちゃんも頷いてる。
けど、俺にはどういうことだかわからない。
「えっと……」
「まったく。いつもあなたがやっていることをやればいいんです」
「はぁ? どういうことだよ」
「そうねぇ。私たちの目的は陛下に会うことだけど、陛下には偽の情報でノックスは海上にいるってことになってるわ。だから、私たちがいるってことを陛下に知ってもらえばいいのよ」
「……それで?」
「それだけよ。簡単でしょ?」
「え、ちょっと、まって、え? え?」
わけがわからない。ミカーナとエリカの姉ちゃんのせいで余計混乱しちまった。
結局、どういうことなんだ。
「ロイ君。簡単に説明するね。今からいうことをするだけだから」
「なにするんだ?」
俺が聞くと、ニコラの姉ちゃんはノックスの黒いコートを着た。
それに合わせて、ミカーナたちもコートを着る。
「全力で目立てばいいの。そうすれば、カグヤ様の耳に私たちがいるって情報が入るでしょ?」
そういうことか。
別に無理して会いにいかなくても、いるはずのないノックスの部隊長が王城を歩いてれば、カグヤ様に報告がいく。
「まぁ、それで駄目なら強引に会いにいくだけ。ね? 簡単でしょ?」
「ああ! さっすがニコラの姉ちゃん! わかりやすいぜ!!」
俺はそういいながら、コートの袖に手を通した。
■■■
「まさか問答無用で取り押さえにくるとはな」
アルスのおっさんが緊張感に欠けた声で、そう呟いた。
俺たちがいるのは王城にいくつかある大きめの通路の一つだ。
そこで俺たちは結構な数の衛兵に囲まれていた。というか襲われていた。
「怪我させちゃ駄目よ?」
「エリカの姉ちゃんが一番怪我させそうじゃね?」
突っ込んできた衛兵を鞘に収めたままの剣で吹き飛ばしながら、俺はそう答えた。
エリカの姉ちゃんはさっきから前に出ようとする衛兵の顔の前で小規模な炎を出現させて、爆発させたり動かしたりしながら、衛兵を牽制、っていうかおちょくってる。
「大丈夫よ。私は細かい調整とか得意だもの。あの程度なら火傷もしないわよ。もっとも、もっと近寄ってきたら、火力はあげるけれども」
わざと聞こえるように大きめの声でエリカの姉ちゃんはいう。
これでエリカの姉ちゃんに近づこうっていう猛者はいないだろうな。
後ろをみれば、ミカーナが弓だけで衛兵を適当にあしらってる。
アルスのおっさんは俺と一緒で、鞘に納めた剣で衛兵を押し返してる。
「キリがねぇな」
「まったくです、ね!」
アルスのおっさんの呟きに、ニコラの姉ちゃんが答えた。
ニコラの姉ちゃんは細剣を鞘から抜かずに、衛兵の鎧の隙間を的確に突いてる。
細剣は軽いからこそ自由に操れるのであって、鞘があると感覚が微妙にずれる。それを感じさせないところに、ニコラの姉ちゃんの技量の高さが伺える。
「ヒュー、やるじゃないか。ニコラ。今度からニコラも前線組だな」
「茶化さないでください! 私もノックスの部隊長の一人です。衛兵くらいなら相手にできます! それに、衛兵の人たちも困惑してるようですしね」
「どういうことかしら?」
「多分ですけど、正確な命令は受けてないんです。私たちを捕らえろっていわれても、理由は明かされてないんでしょう。それに何度か、報告に行ったと思われる人も見えましたけど、未だにカグヤ様に動きはありません。大臣か評議会の誰かが止めてしまってるんでしょう」
「じゃあどうするんだ? このまま全員を相手にするのは面倒だぜ?」
疲れてくれば、手加減ができなくなる。
向こうも俺たちを殺そうとはしてないから、向けてくる武器は刃のついてない棒だけど、そのうち腰の剣を抜いてくるはずだ。そうなってくれば、こっちもそれなりに本気にならなくちゃいけない。
「ロイ君。護衛をお願いしてもいい?」
「いいぜ。で? どうすんの?」
「私とロイ君でカグヤ様のところに行く。三人はここを頼みます」
素早く作戦を変更したニコラの姉ちゃんに、ミカーナたちは頷く。
できれば荒っぽいことは避けたかったけど、もう多少は仕方ないか。
とりあえず包囲を破るために俺は、会議が行われてる部屋の方向に向かって走った。
部屋は完全に予想だけど、ユキトの兄ちゃんを救出するかどうかは、重要な議題だ。だったら、一番大きくて立派な部屋にいるはず。
包囲をしていた衛兵たちは、いきなり突っ込んできた俺に戸惑い、動きを止めた。
その隙を逃さずに、俺は思いっきり剣で衛兵たちをぶっ飛ばして、人が通れるだけの道をこじ開けた。
「それじゃ! 三人とも任せた!」
「おう。はしゃぎ過ぎて俺らの王様に斬られるなよ~」
アルスのおっさんが恐ろしい事実をいいやがった。
いつもなら、一番おいしいところには真っ先に食いつく癖に、今回は立候補もしなかったのはそれが理由か。
俺、今からカグヤ様がいる部屋に乗り込むのか。
うわぁ。無理だわ。
入った瞬間、斬られてもおかしくねぇ。
「なぁ、ニコラの姉ちゃん……」
「どうしたの?」
王城の通路を全速力で走りながら、俺は軽く首を横に向けて、ニコラの姉ちゃんをみる。
「やっぱ、行くのやめね?」
「却下」
「ひでぇ!? じゃあ、ニコラの姉ちゃんが扉開けてくれよ!」
「無理。私じゃ死んじゃうもの」
「わかってて俺を指名したな!? あんた、悪魔か!?」
「大丈夫! カグヤ様なら、ギリギリのところで止めてくれる!」
最悪だ。全然、慰めにならない。
いや、最近のカグヤ様は大人しいはずだから、いきなり攻撃を仕掛けてくることなんてないはずだ。
自分に言い聞かせるように、心の中で呟きながら、俺はカグヤ様がいるだろう部屋に足を進めた。
■■■
王城にはいくつか会議をする部屋があるけれど、一番、位の高い部屋は“円卓の間”って呼ばれる部屋で、馬鹿でかい円卓が置かれてる。
この部屋で行われる会議においては、参加者は身分に関係なく意見をいえる。王にだって意見をいっても構わないってことだ。
先王のときは使うことのなかった部屋だけど、カグヤ様は好んで使う。
王の間だとカグヤ様は相手を見下ろすことになる。それが嫌だからって、ユキトの兄ちゃんがいってた。
変な王様なんだと思う。わざわざ相手と同列に降りるなんて、ほかの王様ならしないだろう。
けど、そういうところを含めて、ユキトの兄ちゃんはカグヤ様を評価してた。だから、変ではあっても、悪い王様ではない。
「そこで止まれ! ここは!」
「円卓の間だろ? 知ってるよ。格好みて俺たちが誰だかわかんないのか?」
扉を守る二人の衛兵に向かって、俺はそう言った。
黒いコートを着るのはノックスだけだ。
格好をみれば、ノックスの人間だとすぐわかるはずだけど。
「それでも止まられよ! 許可なき者が扉に近づくことは……」
手に持っていた槍を向けてきたから、俺は鞘から剣を抜いて、向けられた二本の槍を、半ばから両断する。
そのまま一人の喉に剣を突きつける。
「やかましい。こっちはいない事になってんだ。だから許可なんて必要ねぇよ」
俺はそのまま扉に近づき、剣を持っていない左手で扉を押し開いた。
両開きの扉が開き、中の様子が視界に入ってくる。
驚いた顔をしている者や、慌てた様子で椅子から腰を浮かしている者。
そして、透き通った瞳で俺を真っ直ぐ見つめるカグヤ様が見えた。
「ノックス第五部隊長。ロイ。まさか私を暗殺しにきたのではあるまい?」
「もちろん違うぜ。それなりの理由があってきた」
そういうと、俺の後ろからニコラの姉ちゃんが前に出て、頭を下げた。
「ノックス第三部隊長。ニコラ・リオールです。お話を聞いて頂きたく参りました。無礼な手段を取ったことは謝罪いたします」
「確かに手段は好ましくはないな。しかし、話は聞こう。だがその前に、ロイ。剣を下ろすのだ。何があったかはまだ知らぬが、そなたが剣を突きつける者に非があったわけではあるまい?」
カグヤ様にいわれて、俺は剣を下ろして鞘にしまう。
話を聞いてくれるっていうなら、問題ない。最悪、人質とってでも話を聞いてもらおうって考えてたから、正直一安心だ。
ニコラの姉ちゃんが前にでて、カグヤ様のところへ向かおうとする。
しかし、それを一人の初老の男が阻んだ。
「無礼であろう! その場で跪き、その場で話をするのだ!」
男の声に、上等そうな服を着た奴らが賛同するように声をあげた。大臣どもだろうな。
顔を見たことはないけど、大臣の中では一番偉そうだ。カグヤ様の近くの席に座ってるし。
ニコラの姉ちゃんは知っているようで、真っ直ぐ見据えながら男に応じた。
「メティス公爵。ここは円卓の間。例え国王陛下に対して、無礼であっても言わねばならぬと思ったことはいう場所です。そして、私は見ていただきたい物を持っています」
「ふん! だからどうしたというのだ! 円卓の間での無礼が許されるのは、陛下が選んだ大臣や知識人だ! 落ちぶれた伯爵家の娘で、野蛮な軍人に許される無礼などないわ!!」
「そうですか。ではカグヤ様がお認めになればかまわないということですね? カグヤ様。見ていただきたい物があります」
ニコラの姉ちゃんが視線をカグヤ様に向けた。
カグヤ様は大きく頷いて、答える。
「見よう。だが、しかし。帯剣は許さぬ。メティスの反応は過剰ではあったが、私に帯剣した者を近づかせぬためだ。その剣は置いてから、見せたい者を見せにくるのだ」
ニコラの姉ちゃんは深々と礼をしてから、腰から細剣を鞘ごと抜いて、俺がさっきまで剣を突きつけていた衛兵に渡す。
メティスって呼ばれてた爺さんは苦々しそうにしているけど、カグヤ様の言葉のせいで、これ以上は噛み付いてこない。
どちらにも角を立たせないようにする。
それが複数の貴族と話をするときに大切だって、ユキトの兄ちゃんはいってた。今、カグヤ様がしたのも、似たようなことなんだろう。
どちらの面子もつぶさずに、けど、自分が見たいと思った物は見る。自分の望みを叶え、なおかつその後のことも考えて行動する。それは、ユキトの兄ちゃんに通じるものがある。
ニコラの姉ちゃんは、大臣たちに睨まれながらカグヤ様の近くまでいき、一枚の紙をカグヤ様に見せた。
カグヤ様の表情は変わらない。けど、一つ頷き、ニコラの姉ちゃんに問いかける。
「ほかの部隊長たちも王城にいるのか?」
「はい。通路で衛兵に囲まれたので、その衛兵の相手をしています」
「そうか。すぐに衛兵を止め、三人の部隊長を連れてくるのだ」
カグヤ様は近くにいた近衛にそう指示をだす。
指示を受けた近衛が数人を引き連れて、駆け足で円卓の間から出て行った。
「一つ一つ、順を追って聞いていく。ニコラ。そなたたちノックスは、海上で帝国の足止めを受けているという報告を、私は受けていた。どういうことだ?」
「わかっていることだけを申し上げますと、私たちノックスは半日以上前から王都におりました。この王都に来る途中に、防衛線の指揮官であるディオルード様から手紙も預かってきております」
ニコラの姉ちゃんは紙をもう一枚取り出して、カグヤ様に見せた。
カグヤ様は相変わらず表情は変えない。無表情とは違う。なんていうか、穏やかだ。いちいち、過度な反応をしないほどに落ち着いてるんだろう。
凪のときの海みたいだ。だから怖くもある。その状態を崩すほどの衝撃を受けたときには、間違いなく時化のときの海みたいな表情をみせる気がするから。
「ディオはなんといっていた?」
「ノックスへの指揮権は自分にはないから、まずは王都の陛下の下へ向かうように、と」
「なるほど。手紙もディオのもので間違いない。そうなると、疑問が一つ生じるな。なぜ、私のところに偽の情報が来ていたか、だ。まぁ情報の伝達に齟齬は生じるものだ。“偶然”かもしれぬから、これは置いておこう。
次だ。なぜ王都にいながら会いに来なかった? ディオは私に判断を仰げといったのであろう?」
「はい。私たちはそのつもりでした。ですが、王都に入るとすぐに部下と引き離され、私たちは待機命令がでていることを告げられました。私たちに命令できるのカグヤ様だけですので、疑わずにいたのですが、知人から先ほどの書類を見せられ、ここへ来ることを決意しました」
カグヤ様の目の前にあるのは二枚の紙だ。一枚はディオ様が、ノックスを推薦した手紙だ。
多分、ほかにもノックスを王都に送った理由とかも書いてあるはずだ。ディオ様が自分でいってたし。
あえて早馬は出さないよ。ノックスは早すぎるからね、って。
まぁそれが原因でこんなことになってるから、元凶はディオ様といえなくもないな。
「なるほどな。最後の質問だ。なぜ、衛兵に囲まれていた?」
「カグヤ様に会いにいくために王城に、申し訳ありませんが密かに潜入させていただきました。そして、この円卓の間を目指している途中に、いきなり衛兵たちに囲まれました。彼らは、捕縛命令がでています、といっておりました」
カグヤ様が大きく頷いた。
そして、円卓のついている評議会と大臣たちを見回す。
「“偶然”、私への報告に齟齬がでて、“偶然”、私が出した覚えのない命令書が作られ」
カグヤ様は大臣と評議会の奴らに、レンが持ってきた書類を見せた。
あるはずの認可がない命令書だ。一目でわかるだろう。もっともそういう書類に触れることの多い奴らだ。
全員が驚いてる。だけど、単純に驚いている奴と、命令書が出てきたことに驚いている奴。つまり、命令書の作成に関わっていた奴がいるだろう。さすがに全員は見抜けないけど、一人だけ顔色が悪い奴がいるから、そいつは間違いないだろう。
「“偶然”、城の衛兵にノックスの捕縛命令がでた。これは本当に偶然だろうか? 更に、衛兵を動かすような自体にも関わらず、私はなにも報告を受けてはいない。
ノックスは私の直属の独立部隊だ。その指揮権は私にしかない。それを知っていて、あえて私の認可を得ずに命令書を作ったものがいる。メティス。そのようなことが可能なのは誰だ?」
さっきから顔色の悪いメティスっておっさんに、カグヤ様は質問した。
間違いなく、あのメティスっておっさんが関わってる。けど、一人でやったとも限らない。
国王への報告を改ざんしたり、差し止めたり、偽の命令書を作ったりするってのは大変なことだろう。一人ってことのほうが考えにくいか。
「……われわれ大臣や評議会をお疑いですか……?」
「信用の問題ではない。私は可能な者はどういった者たちなのか聞いたのだ。答えよ」
「……大臣や評議会の面々。つまり、この場の円卓に座っている者たちです……」
カグヤ様はそれに頷き、再度、円卓に座っている奴らを見回した。
そして、自分の右横に座る壮年の男の場所で視線を止める。
「レイナード。そなたはどう思う?」
「そうですなぁ。ユキト・クレイ殿の救出を快く思わない者の仕業でしょうな」
レイナードと呼ばれた壮年の男は、カグヤ様にそう答えた。けど、その答えはその場の評議会の人間や大臣には受けが悪かったらしい。
「レイナード議長! いきなり何をいっておられるのですか!?」
「レイナード! 貴様! 先ほどまではクレイの救出に反対していたではないか!!」
「反対はした。救出部隊を編成することには、な。別に救出をしないほうがいいといったわけではない。
陛下。もしも、本気で犯人をお探しなら、私が探し当てますが?」
「たかが評議会議長の分際で、言葉が過ぎるぞ!」
「我らの議長に、分際で、とはなにごとだ! そちらこそ、大臣でありながら陛下の補佐も満足にできないくせに、偉そうな顔をするな!」
場が一気に荒れた。
しかし、ニコラの姉ちゃんはそんなことを気にした様子もなく、カグヤ様の横で平然としている。
まぁ、戦場に比べれば、文官の言い争いなんて子供の喧嘩にしかみえないからな。
そして、俺たちと同様の感覚を持っているカグヤ様も、冷めた目で言い争いを見つめていた。
「あらあら。ヴェリスの大臣に、有識者の集まりである評議会の委員が声を荒げてるなんて。いったい、何事かしらね?」
「知らんよ。まぁ、くだらない理由だってのは間違いないだろうな」
「どうでしょうか? 騒ぎを起こして会議を中断。色々とある問題を有耶無耶にするのが目的では?」
俺の後ろから三者三様の言葉が聞こえてくる。
ミカーナたちだ。
そして、最後のミカーナの発言に、評議会の奴らと大臣は冷や汗を流してる。図星かよ。
シーンとなった円卓の間を見渡してから、ミカーナが最初に礼をした。
「ノックス第四部隊長。ミカーナ・ハザード」
「ノックス第二部隊長。エリカ・ファーニル」
「ノックス第一部隊長。アルス・クロウ。ただいま帰還いたしました」
「よく戻った。頭をあげよ。そなたちが来るのを待っていた。椅子を五つ増やせ」
「陛下!? この者たちに席を与えるおつもりですか!?」
メティスの爺さんが過剰な反応を示す。よっぽど軍の人間や平民とかが嫌いなんだろうな。
「そのつもりだ。ノックスの総隊長であるユキトの救出について話をするのだ。参加する権利はある。そして、ノックスは謀略に巻き込まれ、その誇りを傷つけられた。誇りを傷つけた者たちを知る権利はある」
「ノックスはユキト・クレイの部下たちです! こやつらは会議を必ずユキト・クレイ救出の方向へ誘導します!
それに会議に参加する者は平等であり、大局的に物事を見れるものが相応しい! 前線で駒のように動くだけの者たちなど不要です!」
「まったくその通りだ! だいたい、ノックスが敗れたせいでヴェリスは皇国からの支援を受けれなくなったのです! 今回の騒動といい、罰するべきです!」
「そうだ! 下賎な者どもに席を与えては、ヴェリスに品位が下がってしまいます!!」
好き勝手いいやがって。
俺たちが必死に戦っているときに、お前らが何をしてたっていうんだ。ユキトの兄ちゃんが寝る間を惜しんで、必死に考えてたときに、お前らがなにをしてくれたっていうんだ。
右手が腰の剣へと伸びる。
けど、その前にエリカの姉ちゃんとミカーナがキレた。
「カグヤ・ハルベルト国王陛下。私はノックス第二部隊長としての席はいらないわ。そのかわり、ヴェリスに滅ぼされた国の王族として、席を求めるわ。構わなくて?」
「それなら私は軍人の立場から席を求めましょう。ヴェリスに求めたのは皇国本国の防衛です。それに対して、ヴェリスは五千程度のノックスを派遣するだけでした。皇国第一艦隊を借り受けておきながら、です。
大臣の方々の発言で、本当に遺憾ではありますが、まるで私たちは”捨て駒”だったのではないかと、思ってしまいました。
なぜ、援軍がなかったのでしょうか? 答えによっては多くの兵がヴェリスを見限るでしょう。納得できる答えをください」
二人とも目が据わってる。
アルスのおっさんも剣に手を掛けていたけど、もう手をどけてる。完全に俺たちの出る幕じゃなくなった。
「はっはっは! いやはや、墓穴を掘るとは、今のあなたのことをいうのでしょうなぁ。メティス殿」
「な、なんだと!?」
「小国とはいえ、エリカ・ファーニル殿はそこの王族だったのは周知の事実。それをヴェリスが滅ぼし、しかもエリカ殿は先王が攫ったと聞く。先王のことを突かれるのはヴェリスが一番避けねばならぬのに、当人を怒らせるとは、傑作だ。
それに会議を誘導というが、あなたたちのいう下賎で粗野な軍人に誘導されるのなら、あなた方がいる意味はなんですかな? だいたい、ノックスの奮闘があればこそ、ヴェリスは帝国とアルビオンを相手にできたのです。そうでなければあと数万の兵を皇国に送り、なおかつ、それらの輸送にかかる費用や時間を使わねばならなかった。
そんな状況で、ようやく帰還したヴェリスで謀略に巻き込まれ、目の前で暴言を吐かれれば、誰でも怒るでしょう。世の中には怒らせてはいけない人というのがいる。それがあなたたちはわかってはいないようだ」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、長々と大臣たちにそういったあと、レイナードは真剣な顔でカグヤ様を見る。
「円卓の間故、率直に申し上げます。陛下。まず、ノックスの部隊長に言わねばならぬことがあるはずです」
レイナードの言葉を聞き、カグヤ様は一度目を瞑り、そうだな、といって深く頷いた。そして、ニコラの姉ちゃん、アルスのおっさん、エリカの姉ちゃん、ミカーナ、俺の順番でゆっくり見たあと、軽く頭を下げた。
「アルス、エリカ、ニコラ、ミカーナ、ロイ。ご苦労だった。よくがんばってくれた。感謝している。そして、辛い戦いをさせてしまいすまなかった。すべては私の責任だ。
そなたたちが抱える怒りはよくわかる。だが、まだ戦いは終わってはいない。許せとはいわない。償いもあとでしっかりとしよう。だから、今は怒りを飲み込んでほしい。
私はそなたたちや、皇国の地で散った戦友たちの戦いを無駄にはしたくないのでな」
やっぱりこの人は変な王様だ。
けど、なんだかとてもうれしかった。
ユキトの兄ちゃんがこの人を王様にした理由が、なんとなくわかった気がした。




