閑話 ロイの章5
王都に着いた俺たちノックスを待ってたのは、待機命令だった。
王城ではカグヤ様や評議会、そして大臣たちが会議中のためらしい。
けど。
「いつまで待機なんだ?」
「私たちがディオ様の意向を受けてきたのは伝わっているはずです。このままずっと待機ってことはないでしょうけど、私たちがユキト様を助けるべきだと、主張するのはわかっているでしょうから、それが嫌な人たちがいろいろと手を回してくると思います」
アルスのおっさんの呟きに、ニコラの姉ちゃんが答える。
それを聞いて、アルスのおっさんは肩を竦めて、ふてくされたように椅子に座った。
「なぁ、つまり、俺たちって妨害されてんのか?」
「そうですね。私たち部隊長を部下から引き離して、この部屋で待機させている人間がいるのは間違いありません。おそらくは大臣の誰かでしょう。ただ、命令が来ているということは、それに対してカグヤ様も一応は賛成しているというのが問題ですね」
「外には護衛という名の監視がけっこういるわね。これじゃあ、待機っていうより隔離よね」
窓から外を見ていたエリカの姉ちゃんが軽い口調でそんなことをいった。
まったく焦った様子をみせないのは頼もしいんだけど、エリカの姉ちゃんはどうでもいいことには興味を示さない性格だし、この状況に興味を示してないだけかもしれない。
ミカーナを見れば、ため息を吐いている。あまりの危機感の無さにあきれてるんだろう。
「なぁ、ニコラの姉ちゃん。どうにかなんないのか?」
こういうときに一番頼りになるのはニコラの姉ちゃんだ。
ユキトの兄ちゃんがいないときに、作戦を考えたり、指示をくれるのは大体、ニコラの姉ちゃんだ。
俺たち部隊長の中で、唯一、策士側の人間、つまりユキトの兄ちゃんに近い人間だから、ユキトの兄ちゃんの代わりが務まるのはニコラの姉ちゃんだけだ。
「難しいかな。問題なのは、正式に命令が来ちゃってるってことなの。命令を破れば悪いのは私たちで、命令違反なら捕らえられても文句はいえないんだよ」
「命令違反で俺たちが捕まると、状況は更に悪くなるってことだろう? 嫌でもじっとしてるしかないな」
アルスのおっさんがそういって、椅子の背もたれに体重を預ける。
エリカの姉ちゃんも椅子に腰掛けて、寛ぎ始めた。
マジで打つ手は無いのかよ。
「ミカーナ。とりあえず、どうにかならないのかよ。このままじゃ、ユキトの兄ちゃんを助けないって結論が出ちまうぜ?」
「今の私たちの身分は、ノックスの部隊長です。ここで問題を起こせば、部下たちに影響がでてしまいます……。私たちだけだったら王城へ無理に向かうという選択もできますが、今、それをやれば、私たちは罪人になり、ノックスは解体されます。そして、そんな部下を育成したユキト様への風当たりも強くなってしまいます……」
俺たちだけの問題じゃない。
それが一番の問題か。
もしもヴェリスがユキトの兄ちゃんを助けないことに決めたら、俺とミカーナはヴェリス軍から抜けて、アルビオンにいく。
けど、それはあくまで個人となってからの話であって、まだ、ノックスの部隊長である以上、部下のことは考えなきゃいけない。それに、捕まったらユキトの兄ちゃんも助けにいけなくなる。
やっぱり気持ちを抑えて待つしかないのか。
そう思い、顔を俯かせたとき、窓のほうから声が聞こえてきた。
「辛気臭い顔を並べてるなぁ」
窓から部屋に入ってきた奴がいた。
小柄な体格の奴だった。確か、ユキトの兄ちゃんの傍にいた隠密だ。
男みたいな喋り方で、男みたいな格好はしてるけど、女だっていってたな。
「レン!? どうしてここへ!?」
ニコラの姉ちゃんが女の名前を呼ぶ。
そういえば、ニコラの姉ちゃんとよく喋る仲だったな。
「よぉニコラ。元気そうだな」
「え、あ、うん。レンも元気そうだね」
「そんな挨拶をして状況ですか。レン。何かあったんですか?」
ニコラの姉ちゃんの対応に痺れを切らしたミカーナが、レンに用件を聞く。
「何かあったっていうか、お前らが当事者だな。ほら、これ読んでみろ」
レンが一枚の紙をミカーナへと見せた。
最初は怪訝そうな顔していたミカーナだが、読み進めていくうちに顔色が変わり始めた。
「これは……」
「おい、ミカーナ。何が書いてあるんだ?」
「……これはノックスへの待機命令書です。けど、これにはカグヤ様の認可がありません」
「そんな!? じゃあ、私たちへの命令は……偽装!?」
話についてけない。
いったい、どういうことだ。
俺の内心を察したのか、ミカーナが説明を始める。
「いいですか。私たちノックスは、軍総司令の直属としてできた特殊部隊です。命令権を有しているのは国王陛下か、その軍総司令です。そして、今は軍総司令という役職はカグヤ様が兼任する形になっています。ですから、私たちに命令するなら、カグヤ様の認可が必要なんです」
「それが無いってことか。大臣の野郎どもめ、好き勝手やりやがって!」
「もう一つ問題がある。国王陛下には、ノックスが王都にいることは伝わってない。だから、こんな真似ができたんだけどな」
「それも大臣どもの仕業か?」
「大臣と評議会の仕業だな。で? どうする? オレとしては旦那がヴェリスに戻ってきてもらわないと困るから、お前たちには動いてほしいんだけど」
レンの言葉を聞いて、アルスのおっさんが笑みを浮かべた。
エリカの姉ちゃんは脱いでいたコートを着て、外に出る準備を始めてる。
「命令が偽装なら、別に従う必要はねぇだろ?」
「その命令書をもって、カグヤ様に見せれば、状況はこっちに有利になるわよね?」
アルスのおっさんも、エリカの姉ちゃんも、やる気満々だ。
俺はニコラの姉ちゃんに視線を向ける。
「なぁ、ニコラの姉ちゃん。待機する必要はなくて、敵の弱みも掴んだ。あと、俺たちは何をすればいいんだ?」
「あとは簡単だよ。カグヤ様に会いに行くだけ。もっとも、私たちへの待機命令が偽装だなんて、周りに護衛や王城の警備は知らないだろうから、一悶着あると思うけど」
「問題ありません、怪我をさせなければ」
ミカーナが自分の弓を担いで、矢を確認しながらそういった。
俺たちの武器は取り上げられてない。ただの待機命令だったからだ。これが拘束命令とかだったら、武器は取り上げられたんだろうけど、大臣どももカグヤ様に黙って、そこまではできなかった。
それが運のつきだ。
「なぁ、ニコラの姉ちゃん。つまりは……暴れていいってことだよな?」
「そうだね。怪我をさせなきゃ、まぁ、何をしてもいいよ」
「わかりやすくていいな。じゃあ、まずは外の護衛からか」
外の奴らに恨みはねぇけど、ちょっとこっちの憂さ晴らしにつきあってもらうとするか。
■■■
偽りの待機命令で閉じ込められてた部屋を抜け出して、俺たちは王城の近くまで来てた。
俺たちが先ほどまでいたのは兵が待機する宿舎だったのだけど、俺たちと護衛以外は、任務に出ていたのか、いなかった。
おかげで、護衛を何とかするだけでよかったんだが。
「あれって、やりすぎじゃねぇかなぁ……」
「まだいっているんですか? 終わったことを気にしても仕方ありませんよ?」
ミカーナがなんてこともないようにいうが、ミカーナと、あとエリカの姉ちゃんの仕打ちには背筋を凍らされた。
いくら自分たちを閉じ込めてた奴らっていっても、あいつらは上からの命令に従ったに過ぎない。俺たちを閉じ込めてたっていう自覚だってなかったはずだ。
そんなあいつらに対して、あんな惨い仕打ちをするなんて。
怪我“は”させなかったけど、それ以上のトラウマや痛みを与えた気がする。
「多分、立ち直るのに時間がかかると思うんだ……」
「確かにな。あれはキツイぞ……」
アルスのおっさんが顔をしかめながら、俺の言葉に同意する。
やられたら、当分は立ち直れないのは、間違いないだろう。
「痛みで動けなくさせただけです。おおげさですよ」
「お前は女だから、あの痛みを知らないんだ……。だから、あんな惨いことをできるんだ……」
「急所ですから。矢で射られなかっただけ、手加減したほうです」
なんて恐ろしいことをサラリといいやがるんだ。この女は。
もっとほかに手があったはずだろうに。
「向こうにもいろいろと役得があったはずよ? 私とミカーナだもの。それなりに幸せだったと思うわ」
「まぁ、否定はしないが、天国から地獄へと落とす行為だったってことは理解しろ。二人とも。そして、俺たちの前で二度とするな」
アルスのおっさんが真剣な顔でそう二人に忠告する。
ミカーナとエリカの姉ちゃんは、善処します、とか、はいはい、とかいって、軽く聞き流している。
二人とも反省の色はない。これだから女は怖いんだ。
俺たちがいた部屋の前には二人の護衛がいた。まず、その二人に仲間を呼ばれないようにしなければいけないから、俺とアルスのおっさんで一気に気絶させるべく、手順を確認していた。
けど、その作戦が面倒だと、エリカの姉ちゃんが言い出して、ミカーナと共になんてこともないようにドアを開けて出てしまった。
驚愕し、慌てて部屋の外にでた俺とアルスのおっさんの目に飛び込んできたのは、誘惑するように二人の護衛の男の首に腕を回したミカーナとエリカの姉ちゃんだった。
そして、次の瞬間、二人の膝が男の急所を的確に打ち抜いた。
見ているこっちが痛みで悶絶しそうな光景だったが、やられた当人たちはいうまでもなく、もっと痛かったようで、泡を吹いて気絶してた。
エリカの姉ちゃんの、男なんて楽勝ね、って言葉に、女っていう生物の恐ろしさが詰まっていたと思う。
そんな悲劇があったことなど、まるで知らない外の護衛たちに俺たち五人と、隠密のレンで奇襲を仕掛け、さっさと全員気絶させてから王城近くまで来たけど、最初の二人への仕打ちを思い出す度に、同情せずにはいられない。
隠密のレンはやることがあるらしくて、そこで別れたけど、あいつも同情とかはしてなかったし、女っていうのは男の痛みに対して無頓着すぎると思う。
「た、確かにやりすぎた面もありすぎたかもしれないですけど、今はどうやって王城に入るかに意識を向けましょう! そうしましょう!」
沈む俺たちに気を使って、ニコラの姉ちゃんが明るく話題を変えてくれる。
ま、明るく話題を変えても、変えた先の話題はそんなに明るくはないんだけど。
「さすがに王城前で騒ぎを起こすのは拙いよなぁ」
「王都の民の目がありますからね。王城内に入ることさえできれば、多少の騒ぎを起こしても、王城内だけで騒ぎをとどめられるのですが」
ノックスの部隊長用のコートは今は着てないけど、ノックスの部隊長とか以前に、国に仕える軍人が王城の前で揉め事を起こすのは、非常に問題なのは俺でもわかる。
民の不安をいたずらに煽るだけじゃなくて、兵士たちにだって動揺は広がる。
それはヴェリスっていう国に大きな影響を与えてしまう。ユキトの兄ちゃんを助けることは諦められないけど、そのためにユキトの兄ちゃんの苦労を水の泡にするようなこともできない。
「まいったわねぇ。王城の警備は厳重だし、忍び込むのはちょっと現実的じゃないわよね」
「そりゃあそうだろうな。他国の一流の隠密が侵入できねぇんだ。専門じゃねぇ俺たちができるわけねぇよ」
「まさか、自国の王城に忍び込む方法を考える日がくるとはなぁ。人生ってわからねぇもんだ」
アルスのおっさんがそう感慨深そうに呟く。
だけど、その発言は。
「アルスのおっさん。マジで、おっさんぽいぞ。その発言」
「んだと!? 俺の深い言葉を馬鹿にすんじゃねぇよ!」
「馬鹿にはしてねぇよ。ただ、年食ってるように聞こえたんだよ」
「年食ってねぇし。経験豊富なんだよ!」
「経験豊富なら城への潜入方法を考えてくれないかしら?」
「いやいや、だから、どれだけ経験を積んでても、未経験なことが出てくるから人生ってわかんねぇなって発言だっただろ? なんで、未経験なことについて聞いてくんだよ。だいたい、王城に一番詳しいのは、エリカ。お前だろ?」
アルスのおっさんがエリカの姉ちゃんにそう振るが、エリカの姉ちゃんは冷ややかな目をアルスのおっさんに向けながら告げた。
「私がいたのは王城じゃなくて、“後宮”よ。嫌なことを思い出させないでくれる?」
人を凍らせて殺せるんじゃないかって思うくらい冷たい視線がアルスのおっさんに向けられる。
よかったぁ。
ユキトの兄ちゃんが、エリカは小国の王妃で、非公式ではあるけど先王の側室のような扱いだったから、立場的にはノックスで一番高いって言ってたから、その立場を使えば入れるんじゃない? っていうところだった。
アルスのおっさんが先にやらかしてくれて助かった。一歩間違えたら、俺がアルスのおっさんみたいに、エリカの姉ちゃんの怒りを買うところだった。
「最低ですね」
「さすがに配慮に欠けてます」
ミカーナとニコラの姉ちゃんがアルスのおっさんに追い討ちをかけた。
女って怖え。
「おいおい……この扱いにはさすがの俺も傷つくぜ……」
空を見上げながら、アルスのおっさんがそう呟く。けど、味方はできない。ノックスの部隊長は女のほうが多いんだ。女の味方でいるのが正解に決まってる。
そんなことを考えてると、後ろから馬車が走ってくる。上等そうなのは一目でわかった。
俺たちがいるのは、王城へと繋がる大通りだから、王城にいる身分の高い人の馬車だろう。
その馬車が、俺たちの手前で止まった。
「えっ!? ばれた!?」
「んなわけあるか! コート着てなきゃ、そう簡単にはばれねぇよ」
「ミカーナの知り合いって可能性はあるかな?」
「王城には居ましたが、身分の高い知り合いなど作った覚えはありません」
あと可能性があるのは。
エリカの姉ちゃんに視線を送ると、エリカの姉ちゃんが肩を竦ませて、苦笑する。
「私の知り合いでしょうね」
「エリカ、エリカ・ファーニル」
馬車から出てきたのは金髪の女の人だった。
年齢は二十台後半くらいか。かなり綺麗な人だ。けど、どっかでみたことがあるような気がする。
「クレア様!?」
エリカの姉ちゃんが珍しく驚いた表情を見せた。
ミカーナとニコラの姉ちゃんが慌てて膝をついた。それを見てから、アルスのおっさんも膝をつく。
「えーと……」
「クレア・アークライト様。ディオルード様のお母様よ」
「あー、だから見覚えがあると思ったのか」
「ロイ。私はあなたに敬意を覚えるわ。ある意味」
「なんか、褒めてないってことはわかった」
「とりあえず、膝をつきなさいな。カグヤ様の育ての親でもあるから、この方はヴェリスでは上から数えたほうが早いほど身分の高いお方よ」
エリカの姉ちゃんが小声でそう教えてくれた。
だから、ミカーナたちは臣下の礼を取ったのか。
俺もやらなくちゃと思ったら、クレア様が手でそれを制す。
「礼は結構よ。あなたたちも頭を上げて。それよりも、なぜここにノックスがいるのかしら? カグヤは海上で足止めをくらっているって言っていたけれど」
「はぁ? それは大臣と評議会の奴らの嘘だぜ! 俺たちは半日以上前から王都にいる!」
「それは本当なの?」
俺の言葉の真偽をクレア様は、エリカの姉ちゃんに問う。
「本当です。それに偽の命令書のせいで、足止めもくらってしまいました」
エリカの姉ちゃんはそういって、持っていた偽の命令書をみせる。
クレア様の表情が険しいものに変わる。
「なるほど。大臣と評議会は、何をしてでも、あの青年を助けたくはないようね。それで、あなたたちは王城に入る方法を考えていたところかしら?」
「そのとおりです」
「幸運だわ。私にとっても、あなたたちにとっても。乗りなさい。私の馬車ならバレずに入れるわ」
「マジか!? さすがディオ様の母さんだな! 心が広いぜ!」
「ええ、本当に心が広くて助かるわ。ロイの首という意味でだけど」
エリカの姉ちゃんがあきれたように首を左右に振って、ため息を吐いた。
最後のほうは聞こえなかったけど、喜びこそすれ、ため息を吐くような状況じゃないと思うだけどなぁ。
「じゃあ、急ぎましょうか。私が城を出たときには既に会議は始まっていたわ。結論が出てからじゃ遅いものね」
そういって、クレア様は俺たちを促した。




