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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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閑話 ロイの章4

 ユーレン伯爵の城から一日ほどの距離に、ユーレン伯爵領では最大の砦がある。

 名前はレイリー砦。初代ユーレン伯爵の名前から取られた名前だ。そして、ヴェリスの絶対防衛線の一つを構築する砦だ

 その砦に俺たちノックスは入っていた。


「どうにかヴェリスの勢力圏まではたどり着けたな」


 アルスのおっさんの言葉に俺は頷く。

 けど、ここが目標だったわけじゃない。俺たちの目標はアルビオンにいって、ユキトの兄ちゃんを助けることだ。

 ここで満足しちゃいけない。けど。


「ずっと部隊だけ行動してたから、この数は頼もしいわね」


 俺と同じことをエリカの姉ちゃんも思ってたようだ。

 俺たちは砦の上層部にある司令室にいる。そこからは整列したいくつかの部隊が見えた。

 絶対防衛線というだけあって、ここにはヴェリスの戦力が集中している。

 数にして四万。そのほかの砦と合わせれば、このユーレン伯爵領には七万近い戦力がいることになる。


「帝国軍が足踏みするわけだ」


 俺はこの前、戦ったトリステンを思い出す。

 個人の力は俺やアルスのおっさん以上で、名前が大陸に轟く名将だ。軍を率いても強いんだろう。そんな奴が率いる帝国軍を、ヴェリスはこの絶対防衛線で防ぎ続けていた。


「足踏みさせるだけじゃなくて、できれば押し返したいんだけどね」


 後ろから聞こえてきた声に、俺たちは振り返り、すぐに頭を下げた。

 この砦の守将にして、ユーレン伯爵領にある絶対防衛線の総指令。

 ディオ様がそこにいた。


「お久しぶりです。ディオ様」


 俺たちを代表して、ミカーナがそう挨拶する。

 殿下はミカーナの言葉に頷く。


「本当に久しぶりだね。皇国ではよくやってくれた。援軍すら出せずに本当にすまないと思ってる」

「いえ、すべては私たちの責任です」

「君たちに責任などないさ。五人の活躍は聞いている。できればゆっくり休んでほしいのだけど」


 殿下が俺を見ながらそういった。

 多分、俺が一番表情に出ていたからだろう。


「休む気なんかないぜ? ディオ様」

「ロイ。言葉遣いに気をつけなさいな」

「そうです。不敬ですよ」

「僕は気にしないから平気だよ。それで、ロイ。皇国でずいぶんと功績をあげたようだね。その分だと、しっかりと力もつけたようだ」


 ディオ様は笑みを浮かべながらそういった。

 ただ褒めているわけじゃないはずだ。

 俺が驕ってるって叱る気だろうか。


「ディオ様。俺は驕ったりしてないぜ? 自分の実力はわかってるさ」

「その心配はしてないよ。ただ、僕は君たち部隊長の力は知っているし、評価もしている。個人的にいえば、君たちにユキトの救出を任せたいと思ってる」


 それが嘘だってことは、俺でもわかった。

 自分の感情を押し殺してるのが丸わかりだ。絶対、自分が助けにいきたいんだろう。

 けど、帝国の侵攻を食い止めるために絶対に必要なこの防衛線を任されている。個人的な感情では動けないんだろう。


「じゃあ任せてくれよ。軍の総指令はディオ様だろ?」

「それは昔の話だよ。今の僕は防衛線の指揮権はあっても、すべての軍への指揮権はないんだ」

「……降格されたのかよ」

「ロイ! 申し訳ありません! ディオ様!」


 ミカーナが俺を注意したあとに、ディオ様に頭を下げる。 

 けど、ディオ様は苦笑して、首を横に振る。


「前線は人手不足でね。自分から願い出たのさ」

「なるほど。で? ディオ様の代わりに軍の総指揮取ってんのは誰?」

「決まってる。陛下だよ」


 ディオ様はさらりと言った。けど、こっちは驚きだ。

 このヴェリスに陛下って呼ばれる人間は一人しかいない。


「カグヤ様が全軍の指揮を取ってんのかよ……。ディオ様と逆のほうがよくね?」

「成長しているのは君たちだけじゃないさ。姉上は国王としての力をしっかりつけている。なにも問題はないよ。実際問題、アルビオンも帝国もヴェリスの防衛線を抜くことができていないしね」

「ま、そこらへんは興味ないんだわ。俺たちは」


 黙っていたアルスのおっさんがそう言い放った。

 さすがに国の王子を前に、国の防衛に興味はないっていうのはどうなんだ。ま、俺も大して興味はなかったけど。

 とりあえず、ディオ様の言いたいことはもうわかった。


「俺たちがアルビオンに向かうには、カグヤ様の許可が必要。そういうことだろ?」

「そのとおりだよ。一応、手紙は書くけれど、確約はできない。今の姉上は昔とは違う。情に流されて、判断を誤ることはない」

「つまりは、ユキト・クレイの救出に、国として価値を見出せなければ、救出はしない可能性もあるってことかしら?」


 エリカの姉ちゃんの言葉に、ディオ様が頷く。

 マジかよ。前だったら、真っ先に救出しにいきそうだけど。


「姉上の周りには、国中から集められた知識人たちで構成された評議会がいる。ユキトの代役として集められた彼らは、しっかりその役目を果たしている。そして、彼らは今のヴェリスにユキトが必要とは考えていないだろうね」

「自らの立場が脅かされるからでしょうか?」


 ニコラの姉ちゃんが沈んだ顔で質問した。

 確かに、ユキトの兄ちゃんの代わりなら、ユキトの兄ちゃんに戻ってこられるのは拙いよな。


「それもある。けれど、経緯はどうであれ、ユキトは敗北した。敗軍の将をわざわざ救出することに、彼らは賛同しないだろう。救出部隊に割く戦力を防衛に当てるべきだ、と主張するのは目に見えている。実際、ヴェリスに救出部隊を出すほどの余裕はないから、正論ではある」

「今までさんざんユキトの兄ちゃんに頼ってきた癖に、敵に捕まれば用済みかよ。勝手なんだな」

「返す言葉もないよ……。けど、希望がないわけじゃない」

「策があるのか? ディオ様」

「策じゃないよ。予想さ。王都っていうか、姉上の傍にはソフィア様がいる。ヴェリスとしては、ソフィア様の力を借りているところもある。ソフィア様が単身でもユキトの救出のためにアルビオンへと向かうと主張すれば、流れは変わるはずだ」


 ディオ様の表情には自信が垣間見える。

 至上の乙女とよばれるソフィア様がヴェリスにいるのは、ユキトの兄ちゃんがいたからだ。そのユキトの兄ちゃんがアルビオンにいるなら、アルビオンへ行くだろうな。

 ヴェリスとしては、あの人をみすみす敵地へ送るのは嫌だろうから、止められないなら護衛をつけるはず。


「俺たちの味方はソフィア様ってことか」

「そうだね。彼女はヴェリスにはいるけれど、ヴェリスとは関係ない。彼女の行動を止めることはヴェリスには不可能なんだ。もちろん、ヴェリスと関係ない以上、護衛をつけないってことも可能だけど、そうなるとヴェリスに味方している魔術師たちとの関係が悪化する。ヴェリスとしては、ソフィア様の行動が非常に大切なのさ」


 それだけ聞ければ十分だ。

 ソフィア様がユキトの兄ちゃんの救出に向かう際の護衛は、俺たちがやればいい。

 元々、皇国にいた部隊だ。ヴェリスは痛くもかゆくもないだろう。

 方針は決まった。

 あとは動くだけだ。


「なら、行くか」

「そうね。国の方針を決める会議なら、もう始まっていてもおかしくはないわ」

「急がねぇとな」


 アルスのおっさんの言葉に皆が頷いた。

 部下たちには悪いけど、もう少しだけ強行軍だ。




■■■




 ユーレン伯爵領から王都まではどれだけ馬を飛ばしても五日から六日はかかる。これは馬を乗りつぶすくらい走っての日数だ。

 貴重な軍馬を乗りつぶすわけにいかないから、俺たちは休息を取りながら走っていた。

 ユーレン伯爵領から三日ほど走ったところにある城。ハルパー城で俺たちはこの日の休息を取ることにした。

 ハルパー城にはそれほど戦力は集まってはいない。ヴェリスの中央部であるため、両端の国境に戦力を持っていかれているからだ。

 そんなハルパー城の城壁をブラブラと歩いていると、ミカーナとばったり遭遇した。


「散歩か?」

「違います。この城には何人か知り合いがいますから。挨拶してまわってただけです」

「知り合い? ああ、そういえば、ここは内乱のときにユキトの兄ちゃんやお前が戦った場所か」


 ヴェリスで起きた内乱の終盤。この城を巡って最大の戦が繰り広げられた。

 城を守る反乱軍の指揮官はユキトの兄ちゃん。

対して、攻める側の指揮官はカグヤ様。

 どちらも相手にするのはごめんだ。

 そしてミカーナはユキトの兄ちゃんの副官として戦闘に参加した。そのときの繋がりが今でも残ってるんだろう。


「アルスさんもニコラさんも参加していました。もっとも、ニコラさんとは敵同士でしたが」

「ニコラの姉ちゃんは前線にあんまり出なかったって言ってたぜ。ついていけなかったとも言ってたな」

「そうでしょうね……。互いに激しい攻防を繰り広げていました。反乱軍は数でこそ勝っていましたが、兵の質はカグヤ様たちが数段上でした。それをユキト様は必死に埋め、カグヤ様はそんなユキト様を討つために自ら出陣してきました」


 そのときを思い出しているのか、ミカーナは城を見渡す。

 そして、いきなり俺の近くを指差した。


「そこです。そこにユキト様が立って、カグヤ様を引きつけ、私に狙撃を命じたんです」

「無茶するな……。でも通用しなかったんだろ?」

「はい。失敗し、アルスさんと二人でカグヤ様と戦いました。けど、傷一つつけられず、ソフィア様があらかじめ魔力をこめていた扇のおかげで、なんとか撤退させることができました」

「ま、あのカグヤ様が相手だからな。それで、そこから噂の撤退が始まったのか?」


 ユキトの兄ちゃんが撤退を決め、城を放棄しようとし、そこにカグヤ様が夜襲を仕掛けた。

 両軍混乱する中、ユキトの兄ちゃんは撤退が完了するまで交戦し、そのあと、部下たちを逃がして、一人でカグヤ様と相対した。


「そうですね。そこからは怒涛でした。アンナ・ディードリッヒ様から停戦の知らせがきて、反乱軍を纏めている間に、ユキト様とカグヤ様は王都で先王を討ちました。蚊帳の外とはあのときのことをいうのでしょうね……」

「蚊帳の外ねぇ……。今の俺たちもそんな感じじゃね?」

「このままヴェリスにいればそうでしょうね。でも、私は二度とあのときのような無力感を味わう気はありません」


 ミカーナのいう“あのとき”はいつをさすんだろうか。

 ヴェリスの内乱のときに、王都決戦に参加できなかったときだろうか。

 それとも、皇国でユキトの兄ちゃんから引き剥がされたときだろうか。

 多分、皇国のときだろうな。あの落ち込みようは尋常じゃなかった。

 姫さんに連れてこられたミカーナの顔に生気はなくて、幽霊なんじゃないかと思ったほどだ。

 けど、ミカーナは立ち直った。ユキトの兄ちゃんを助けるっていう新たな目標を支えにして。


「俺も味わう気はねぇよ」

「……ロイ。お願いがあります」

「珍しいな? なんだよ。聞くだけ聞いてやる」

「……ユキト様のためにヴェリスを捨ててはくれませんか?」


 その言葉を口にしたミカーナの目は真剣だった。

 ヴェリスを捨てる。つまりは、ヴェリスから抜けるってことだ。

 ヴェリスがユキトの兄ちゃんを助けないって決めた場合は、ヴェリスを抜け、一個人としてユキトの兄ちゃんを助けにいってほしい。そうミカーナはいってきたんだ。


「お前も捨てるのか?」

「もちろんです。とても恥知らずな願いなのは承知しています。ですが、あなた以外には頼めません」

「ずいぶん信頼されたもんだな。いつから俺をそんな信頼するようになったんだ?」

「最初から信頼しています。あなたは……ユキト様が自ら育てることを選んだ将。それだけで信頼するには十分です」


 どうだか。

 俺の記憶では、いろいろと信頼されてなかったように思えるけど。

 でも、まぁ、信頼されてるっていわれるのは悪くはない。


「なるほどな……お前、俺の夢知ってるっけ?」

「大陸最強の将軍になる、でしたか? 私と似ていて、非常に不愉快でしたよ。聞いたときは。けど、負けたくないとも思いました」

「奇遇だな。俺もだ。内乱の英雄、ユキト・クレイに見出されたと思ったら、大して年の変わらない奴が副官やってて、しかも似たような夢を持ってた。気に食わないったらないぜ」

「……夢はあきらめられませんか?」

「馬鹿いうな。俺はヴェリスの将軍として、大陸最強の将軍になるなんていってねぇ。大陸最強の将軍になれるなら、どの国だって構いやしない。ユキトの兄ちゃんと一緒なら、どの国も受け入れてくれるだろうし……いいぜ。俺はお前のお願いに乗ってやる」


 ノックスの部隊長ってのは確実な出世街道だ。

 それを捨てるのは惜しいけど、ユキトの兄ちゃんと一緒にいたほうが、間違いなく夢には近い。

 俺やミカーナとは違って、アルスのおっさんには傭兵時代からの家族のような部下たちがいる。自分の感情だけじゃ動けないだろう。ニコラの姉ちゃんには貴族としての立場がある。拘っているかは微妙だけど。ニコラの姉ちゃんは没落貴族だし。

 エリカの姉ちゃんはヴェリスの先王と関わりがありすぎるから、さすがに動けないだろう。

 俺やミカーナはその点、自由が利く。

 俺たちにしかできないなら、やるしかない。


「このコートは気に入ってんだけどな……」

「そうですね。脱ぐような状況にならないよう、祈るとしましょう」

「そうだな。二人だけで助けにいったら、ユキトの兄ちゃんは怒りそうだし」


 怖い怖い、とおどけつつ、俺は王都のほうへ視線を向けた。

 あと、数日でたどり着く王都。

 そこで俺たちの進む道が決まる。

 できれば、満場一致で救出が決定してほしいけど、それは無理だろうな。


「ロイ。そろそろ冷えます。本城に戻りましょう」

「……そうだな」


 ミカーナに促され、俺は踵を返す。

 そのときにコートが翻る。

 この感覚が好きなんだけど、おさらばかもしれないって思うと、少し残念だな。

 そんなどうでもいいことを思いつつ、俺はミカーナとともに明日に備えるためにハルパー城の本城へと入った。


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