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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第一章 思惑4

「質問をしてもよろしいでしょうか?」


 魔獣やランドール派の襲撃があった次の日。

一緒の馬車に乗っていたザックがそう唐突に聞いてきた。

 質問があるなら構わない。けれど。


「アイリーンの許可が得られたらいいよ」

「気安く名前を呼ばないでくれる?」

「……よろしいでしょうか?」


 四人が座れる馬車の中で、俺とザックは隣あって座っている。そして俺の前にはアイリーンが座っている。

 アイリーンは相変わらず冷たいし、辛辣だ。

 しかし、今回はちょっと違った。


「構わないわ。ただ、私も質問したいことがあるわ」

「お願いしますって可愛く言えたら答え……いやだなぁ冗談だって。本気にしないでよ」


 ちょっとふざけてみたら、首筋に短剣を突きつけられていた。

 冷や汗が背中を伝うのを感じた。この子はミカーナ以上にからかってはいけないタイプの女の子だ。

 アイリーンが冷ややかな視線を送り続けたまま、短剣をしまう。しかし、いったいどこから出したのだろう。まったく見えなかった。


「ウィリアムズ。先に質問してもいいわよ」

「はっ。ではお先に失礼いたします。クレイ殿。今の大陸の情勢は非常に混沌としています。クレイ殿はこのあと、どのような風になると思いますか?」

「俺がストラトスを止めて、アルビオンは戦争前の状態に戻る。そして、帝国はヴェリスから軍を退き、大陸の王やその代理たちが大陸の平和のために会議をするよ」

「……」

「妄想を聞いてるんじゃないわよ?」

「これが一番確率の高い未来なのに……。でもまぁ、そうだな。俺が失敗したと想定して、ストラトスがアルビオンに居続けるなら、共和国が大陸を支配すると思うよ」


 俺の言葉にザックは目を見開き、激しく動揺した。


「共和国がですか!? その根拠は!?」

「根拠もなにも、最後に残るのが共和国だからだよ。帝国はヴェリスの粘り強い抵抗に手を焼いている。だからそのうち、アルビオンに標的を変えるはずだよ。そして、アルビオンとの戦いで疲弊した帝国をヴェリスや皇国は見逃さない。そうして四カ国の潰し合いが起きれば、共和国は傍観するだけで勝てる」

「そう上手くいくかしら? ストラトスの目的は大陸中を戦乱に巻き込むことのはずよ。それなら、共和国も巻き込まれるはずじゃないかしら?」

「巻き込んだところで結果は変わらないよ。既で四カ国は消耗しすぎてる。もしもストラトスが共和国の手の者だとしたら、大陸中がしてやられたことになるね」


 そういいつつ、俺はそれはないだろうと思っていた。

 ストラトスが共和国の手の者だとしたら、少なくともアルビオンをここまで隙だらけにはしないだろう。徹底的に使い潰して、帝国、皇国、ヴェリスを疲弊させることに使うはずだ。

 あまりに早くアルビオンが敗北することになると、アルビオンを制した国に共和国は侵攻されてしまう。

 島との抗争が続く共和国としては、現在のヴェリスと同じように上下から挟み込まれる形になる。それは絶対に避けなければいけない事態だ。

 だからストラトスが共和国の間者とか関係者ってことはないと思う。だが、それは何の気休めにもならない。

 今の大陸は王手一歩手前くらいまで追い詰められている。こちらが一手でも誤れば、速攻で王手をかけられ、そしてそこからの挽回は不可能になるだろう。


「もしかしなくても、自分の想像以上に今の大陸の状況は」

「危険だよ。今はまだどの国も、国内の中枢へと敵国を近づけてはいないけれど、どこかが崩れれば、砂上の楼閣のように均衡は崩れ去る。そして生まれるのは何も生み出さない大量の死だ」

「そこまで悲観するような状況には思えないけど、最悪ってことかしら?」

「常に最悪を想定して動くのが、失敗しないための近道だと思ってるんだけど?」

「間違ってはいないわ。けど、あんまり悲観的だと周りはついてこないわよ。それで? ウィリアムズの質問は終了でいいのかしら?」

「は、はい! 自分の質問は以上であります!」


 ウィリアムズが背筋を正してそう答える。

 それに、そう、と呟き、アイリーンは頷く。

 そして、俺へ鋭い視線を向けた。


「じゃあ、私の質問ね」

「どうぞ。なんでも答えるよ」

「それは良い事を聞いたわ。じゃあ、答えてちょうだい。なぜ、あんたは皇国へと向かったの?」


 その質問は正直予想外だった。

 そんな質問がアイリーンから出てくるとは思わなかったからだ。

 まったくアイリーンには関係のないことだ。


「どうして……そんなことを聞くの?」

「アルビオンはヴェリスに間者をそれなりに潜ませているわ。だから、あんたがカグヤ・ハルベルトに王としての在り方を教えていたのは知っている。でも、あんたは途中でそれを放り出して皇国へと向かった。なぜ?」

「……俺が皇国のアーノルド大提督と会談をしたのは知っているかい?」

「……初耳よ」

「だろうね。極秘裏で、ヴェリスでもあまり知っている人間はいない。ま、その会談の最中に、俺はアーノルド提督にヴェリスの海上を守ることを要求した。そして、その対価として、皇国の防衛を要求された。まぁ、だから俺は皇国に行かざるを得なかったんだ」


 それで終わりのつもりだった。けれど、アイリーンの緑色の瞳がそれを許してはくれない。

 俺の横で感心しているザックのように、言葉をそのまま信じてくれれば楽なのに。


「それは表面上の理由でしょ? 皇国の防衛ならあんたが行く必要はなかった。いえ、あんたならいくらでも“自分が行かない理由”を考えられたんじゃないかしら? あんたの行動で、一番不自然だわ。

あんたはヴェリスのために動き続けた。なのに、あのときはそうじゃなかった。例え、極秘の会談があったとしても、私はその違和感を拭えない。本当の理由はなにかしら?」

「……君に関係あるの?」

「個人として協力する。そういったのはあんたよ。けど、途中で無責任に放り出されたらたまらないわ。私にはあんたが無責任にヴェリスを……カグヤ・ハルベルトを放り出したようにみえた。それはヴェリスで保護されているソフィア様を無責任に手放す行為にも映るわ。私は納得が欲しいわけじゃない。どんな意図があったのかを聞いているのよ」


 まったく、もう。

遠慮という言葉を知らないのだろうか。この子は。

けれど、アイリーンやザックのようなアルビオンの人間に話す分には構わないか。


「俺は……あの時、カグヤ様を自分の手元から放り出した。それは他者には無責任にみえたと思うし、俺自身、無責任だったと思う。一度、任された以上、しっかり完遂するのは礼儀だ。

 けど、王の在り方や人の導き方なんてその人によって違う。俺が教えてどうこうなる問題じゃない。だから、俺は基礎的なこと。王とはどういう存在か、王としての仕事はどんなものかを教えた。そして、あとは全てカグヤ様自身に託した」

「それが無責任だといってるのよ? 基礎を教えて、あとは自分でやれだなんて、魔術の訓練でも有り得ないわ。人を教えるときは、最初はしっかりと補助をしてあげて、ゆっくり手を離すものよ」


 アイリーンの言葉に刺はない。

 その程度のことはわかっているだろう、といった雰囲気が言葉にある。

 そうだ。

 俺はそのことを理解したうえでカグヤ様から手を離した。

 なぜなら。


「“普通”ならね。あのときは状況も、人物も“普通”じゃなかった。ヴェリスは多くの国を敵に回し、国は内乱で疲弊していた。立て直しには時間が必要で、けれど時間はなかった。各国の侵攻は始まり、ヴェリスは不安定な状態での開戦を強いられていた。

 例えあのとき、俺がヴェリスに残っていても、俺じゃヴェリスを立て直せなかった。あのときのヴェリスが求めていたのは強く、賢い王だったんだ」

「……“黒姫”カグヤ・ハルベルト陛下なら、そうなれると思ったのですか?」


 ザックの言葉に頷く。

 経験は力だ。そして、自信につながる。

 カグヤ様はあのとき、自信を喪失していた。誰かに寄りかかることでどうにか自分を保っていた。けれど、そんな王ではあのときのヴェリスを立て直すことはできなかった。

 俺に寄りかかるカグヤ様は、俺の言葉には頷くだろう。けれど、それでは俺を越えれない。あのときは越えてもらわねばならなかった。

 ベイドや、弟であるディオ様すらカグヤ様を真の王とは認めていなかった。いや、権力争いをする自分を止められないなら、王としては認めない。そんな厳しい思いをディオ様は抱いていたように思える。

 ディオ様はカグヤ様を信じていた。カグヤ様ならどのような人物でも使いこなせると思っていた。だから、ベイドを招き入れた。

 野心の強いベイドは扱いづらい。けれど、能力は本物だ。奴すら認める王。それをディオ様は願っていた。

 そして俺も願っていた。

 いや、信じていた。

 俺はカグヤ様の才能を。


「カグヤ・ハルベルトは紛れのない天才だ。ヴェリスを導く王になってほしかった。だから無責任であり、荒療治であるのは承知の上で、俺はあの人から離れた。それが俺がヴェリスを離れた理由だ」

「……たった一人を成長させるために……混迷する国から離れたんですか?」

「不思議に思うのは無理はないし、賭けの部分が多かったのも否定しない。けど……あの人を常人の物差しで測るのは間違ってる。天才ゆえにあの人は教えれば何でもできる。天才ゆえにどんな失敗からも学べる。天才ゆえに……どんな過酷な状況でも適応できる。あの人は俺が出会った全ての人の中で最高の天才だ。正直、俺が過保護に教えてたら、成長の妨げになっただろうね」

「そうね……今のヴェリスをみるかぎり、あんたは賭けに勝ったといえるわね。カグヤ・ハルベルトはヴェリスの貴族たちを纏め上げ、二つの絶対防衛線を引いて、アルビオンの四賢君と帝国の軍将を相手にヴェリスを守りきっている。その間に自らが戦場に出たのは僅か一度だけ。それ以外ではずっと王都で指揮を取り続けてると聞くからびっくりよね。

 武勇に優れ、自らが戦場を駆け回ることで武功をあげてきた将軍とは思えないわ」


 自然と俺は笑みを浮かべてしまう。

 過去、現在、未来において、カグヤ様を凌ぐ王は五人といないだろう。少なくとも、現在においては最高にして最強の王なのは間違いない。

 二大国の侵攻、それも大陸屈指の将軍の侵攻を受け止めるのは俺には不可能だった。俺がいれば、今でもカグヤ様は俺の庇護下にあって、ベイドとディオ様は水面下での攻防を続けていただろう。


「ヴェリスが安定すれば、ソフィア様の安全も確保できる。全ては誤差はあれど、上手くいっていた。唯一誤算があるとすれば、皇国軍と共に攻め上がるはずだったアルビオンに、人質として向かっている点かな」

「アルビオンに来るのは予定通りなのですか!?」

「当然だろ? アルビオンにはストラトスがいる。それを止めるのが一番の目的なんだから。それに、アルビオンの突然の変化をみて、公王がストラトスに操られているのは察しがついてた。それなら尚更、俺は行かなきゃいけない。その状況をできるのは俺だけだからね」


 軽くコートの左胸部分を叩く。

 そこには扇が入っている。今はその扇がカギだ。


「よぉくわかったわ。あんたがいい加減な男だってことがね」

「今の話を聞いて、どうしていい加減って評価になるの?」

「当たり前でしょ。あんたは賭けに出た。勝っているうちはいいけれど、いずれ負けるわ。ほら、いい加減じゃない」

「世の中に絶対はないから、大なり小なり賭けの要素は入ってくるよ。それに俺の中ではそんなに分の悪い賭けじゃなかったしね」


 肩を竦めてそういうと、ザックが恐る恐る俺に聞いてくる。


「よろしいでしょうか?」

「なに?」

「なぜ……そこまで信じれたんですか?」

「カグヤ様をってことだよね? ま、唯一直接戦って負けた相手だしね」


 それに俺の目に映る総合的なステータスの数値でカグヤ様を上回る人間は、今のところいない。おそらく人間じゃ総合的にカグヤ様を上回るのは不可能だろう。

 俺の目の前にいるアイリーンだって見てきた中では屈指の数値を誇っているが、それでもカグヤ様には及ばない。

 部分的に上回ることができても、総合的にカグヤ様以上の人間はいない。それが俺がカグヤ様を信じる根拠だ。

 とはいえ、そんなことをいえるわけはないけれど。

 魔法は神秘の力だ。魔術は結局は技術的に魔法を再現しているに過ぎない。だから、魔法は魔術師の目標だ。

 だから、魔術師に魔法を持っていることを知られるのは拙い。

 俺が魔法を持っているのを知っているのはディオ様とレルファだけだ。その二人以外には喋っていない。

 理由は簡単。俺が魔法をコントロールできていないからだ。

 これはアルビオンに向かおうと思った理由の一つだ。

 絶対に発動させないようにする、や、随時発動させる、なんてことは俺はできない。ましてや細かい数値だけみるなんてことはもっと不可能だ。

 だから、俺は魔法に頼らない。いや、頼らないようにしてきた。魔術の威力は知っている。それを持っても再現できない魔法だ。もしも暴走したときのことを考えれば、安易には頼れない。

 けど、そうもいってはいられない。だから、俺はアルビオンにいこうと思った。まぁ、皇国軍を率いてアルビオンを占領しようと思ったんだけど。

 アルビオンになら魔法をコントロール術があるかもしれないと思ったからだ。

 止められない力は暴力と変わらない。味方すら巻き込む可能性があるものに、積極的には頼れない。そして、いつまでも不安定な状態でもいられない。

 魔法を持ち、自由自在に操る者が、大陸の歴史で僅かだが登場する。彼らはその神秘の力を操る様から、“魔法使い”と呼ばれた。

 俺は魔法を持ってはいても“魔法使い”ではない。だから、ストラトスを倒すついでに魔法使いになりにいく。

 まぁ、上手くことが運べばだけど。

 心の中でそう呟きつつ、俺はヴェリスの方向を見た。

 ストラトスを倒すための策は既に始まっている。

 “彼女”はもう動いているだろうか。


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