表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
69/114

第一章 思惑3

「あんた、捕虜の自覚がないの?」

「ぶっちゃけないかな」


 俺の言葉を聞いて、呆れたようにアイリーンがため息を吐いた。

 まぁそうだろうな。俺も捕虜が好き勝手動いたら、そういう反応をする。

 ランドールが仕掛けたと思われる奇襲部隊は、魔獣をて早く片付けたアイリーンによって、その多くが捕縛された。

 これから尋問が始まるんだろう。


「でも、俺の助言のおかげで奇襲を受けずに済んだのは事実だよね?」

「そうね。上手く迎え撃てたのはあんたのおかげよ。けど、やり方はほかにあったはず。例えば、そこの護衛を伝令役にするとか」


 俺はアイリーンが指差した方向を見る。

 そこには地面の上で正座をさせられているザックがいた。

 正座させられている理由は、まぁ俺が勝手に動くのを止めなかったから、っていうことだから、俺のせいっていえば俺のせいだ。

 ザックは半泣きで、すみませんでした、と言い続けている。その姿をみると、流石に罪悪感が芽生えてくる。


「俺のせいだし、彼を許してあげてくれない?」

「私としては、あんたこそ反省しなさいって感じなんだけど?」

「一応、君たちの味方をしたつもりなんだけど……」

「味方ねぇ……」


 疑わしそうな視線をたっぷりと浴びせてくるアイリーンから目を逸らす。

 やましいことはなにもないけれど、なんとなく視線を逸らさせる雰囲気を醸し出している。


「ま、いいわ。ザック・ウィリアムズ。立ちなさい」

「はっ!」


 ザックは真剣な顔つきで立ち上がろうとし、失敗する。

 ずっと地面に正座していたせいで、足がしびれたようだ。気持ちはわかる。わかるけど、アイリーンの前でよろけるのはいかがなものだろうか。

 アイリーンの冷ややかな視線を浴びて、ザックは一目でわかるほどに汗を流し、今度は頑張って直立不動の体勢になる。


「ザック・ウィリアムズ。あんたをこの男の護衛に付け加えるわ。私と一緒にこの男を監視しなさい」

「はっ! ア、アイリーン様! 一つよろしいでしょうか!?」

「なに?」

「一緒にということは、四六時中ということでしょうか!?」

「そうよ」


 ああ、アイリーンのいってたことは本当だったか。

 アイリーンの答えを聞いて、ザックは感激のあまり、正座している最中も瞳から零さなかった涙をこぼしている。

 感涙ってことなんだろうけど、俺にはどうみてもザックに下心があるようにしかみえない。

 あの涙に本当に感激しかないというなら、俺はザックにコートをあげてもいい。

 まぁ、それは絶対にないけれど。確実に心の奥底では、役得に歓喜しているはずだ。


「それじゃあ、私は他の捕虜をみてくるわ。ウィリアムズ。こいつを見張ってなさい」

「はっ!」


 ザックは右拳を左胸に押し付けて、軽く会釈する。

 アルビオンの騎士たちの挨拶だ。

 そのままアイリーンが歩いていくのを見送った俺は、横にいるザックに質問する。


「実は残念だろ?」

「い、いえ、そのようなことは……」


 顔が見るからに残念そうだ。

 そして、戦闘のせいで時刻はもう次の日になっている。

 ザックは護衛と見張りも兼ねているから眠れないだろうし、アイリーンはアイリーンで護衛兼見張りを一人つけた以上、今日は俺を監視しようとも思わないだろう。

 期待していたものは得られないし、キツい見張りの仕事もある。これで喜んでたら、相当なドMといえるだろう。


「ま、いいさ。中に入ろう。君の暇潰しの相手くらいにはなるよ」


 そういって、俺はザックとともに家にはいった。




■■■




 椅子に座った俺は、ザックにも座るように勧めたが、ザックはそれを丁寧に断った。


「有事の際に対処できないからかい?」

「それもあります。ですが、身分の高い方とともに椅子に座るなど、自分には荷が重いので……」


 身分が高い?

 アルビオンでは俺は身分が高い人間だと思われてるのか。いや、敵国の指揮官ならそう思われても仕方ないか。


「俺は平民だよ。正式な立場でいえば五千人の部隊を率いる隊長だ。由緒正しい家系の出ではないし、貴族として受勲されたわけでもない」

「そうなのですか? いえ……それでも自分は座るわけにはいきません。身分が同じ平民であったとしても、あなたと自分が同格と思うほど、自惚れてはいないつもりです」

「そう。それならそれでいいよ。じゃあ、話相手をしてもらってもいいかい?」

「はい。どのような話を致しましょうか?」


 かしこまるザックをみながら、俺は話題を探す。

 どんな話題がいいだろうか。

 気分的には楽しい話がいい。心の底から笑えるような話だったら最高だ。


「じゃあ……何か面白い話をして」

「はい! ……面白い話ですか?」


 意気込んで返事をしたザックは、大きくまばたきをしながら聞いてくる。

 聞き間違いかと思ったんだろうか。


「うん。面白い話。また面白いことでもいいよ」

「面白いことですか……そうですね……」


 キョロキョロと何か面白いものはないかと、ザックは探し始める。その光景だけで結構面白い。

 そしてザックはある物に目をつけた。

 安楽椅子らしき椅子にいきなり腰を掛けると、ザックはパッと見では目を開けているのか開けてないのか分からないほど目を細める。


「よぉ来たのぉ」


 誰のモノマネかはすぐにわかった。

 声が案外似ている。そして、この状況でのそのチョイスはとても相手を馬鹿にしている。


「あはは! ランドールにそっくりだよ!」

「咄嗟に思いついたのですが、面白かったようで何よりです」


 ふぅ、とザックは汗を拭う。かなり緊張していたらしい。

 こういうのを無茶ぶりというんだろうけど、よくもまぁ咄嗟に対応できるものだ。

 それにしても、四賢君のランドールを小馬鹿にするのは良くて、俺の横に座るのは無理だっていうのがちょっと理解できない。


「ランドールには敬意を払わないの?」

「……すごい方だとは思います。ですが、奴は盟友であった自分の師を裏切りました。それだけは絶対に許せません」

「師を裏切った? 君の師っていったい誰?」


 ランドールと関わりのある人間なら、それなりに身分や地位が高い人間だろう。

 師というくらいだから、何かに秀でた人間のはずだけど。


「……自分の師は四賢君、ケンシン・シバ。アルビオンの人間以外で初めて四賢君に選ばれた方で、その実力は四賢君内でも一目置かれる存在でした」

「名前だけは聞いたことがある。アルビオンの防衛を担っている人物だな?」

「いえ、それは国民を不安にさせないための嘘です……。シバ先生は今、アルビオンで幽閉されています……」

「幽閉……? なぜ?」


 俺がそう聞くと、ザックは項垂れながら話し始めた。


「シバ先生は四賢君として、アルビオンが各国に侵攻することには反対していました。そして、それはランドールも同様の意見だったんです。ランドールは、公王陛下を力づくでも止めねばならない、と強行に主張し、シバ先生の高弟たちも集め、秘密裏に会合を開きました。そして、その会合の存在をランドールは公王陛下に密告し、シバ先生や高弟の皆さんは反逆の罪で捕らえられました……」

「元々ストラトスに協力していたのか、それともバレたから裏切ったのか。どちらにしろ、反逆しようとした事実がある以上、無条件には擁護できないね」

「違います! シバ先生は対話を最も重視されている方です! ランドールが言葉巧みに高弟の方々を唆したのを聞いて、あのときは止めに向かったんです!」

「ケンシン・シバの行動の真意がどうであれ、判断を下す公王には反逆に映った。そして、公王の傍には思考を歪めるストラトスがいる。例え、まともに抗議していても結果はあまりかわらなかったと思うよ」


 厳しいようだけど、迂闊だったシバのミスだ。

 そもそも高弟たちの手綱をしっかり握れていれば、こんなことにならなかっただろう。

 政治に疎い、または無関心な人間がよく嵌る罠だ。

 ただ、少し気になるのはランドールの行動だ。そもそもランドールはストラトスに操られているのだろうか。

 操られているなら突然の翻意は納得がいく。だが、操られていないならば、その行動には何らかの意図があるように思える。

 ま、今、考えても仕方ないことか。


「それで師匠を救うために、君はここにいるの?」

「……そうです。自分は師匠たちを助けたい。そのためにここにいます」

「そう。一つだけ聞きたいんだけど、君の師匠は捕まるときに抵抗はしなかったの?」

「抵抗はされませんでした。自分は師匠の付き人として一緒にいましたが、そのときは何も」

「なるほど」


 四賢君の一人に選ばれるくらいだ。かなりの腕前だったのは間違いない。それにも関わらず抵抗しなかったのは、抵抗することに意味が見いだせなかったからか。それとも、アルビオンにとってそれが最善だと思ったからか。

 個人の気持ちを抜きにして考えれば、四賢君がアルビオンの公都で暴れるのは、アルビオンという国とっては非常に拙い。

 四賢君という国の守護者が公王に反旗を翻したということもそうだが、四賢君が逃亡しようとすれば、捕まえるのにかなりの力が必要になる。それこそ、同じ四賢君が必要になるだろう。

 四賢君同士のぶつかり合い。それはアルビオンの国力を大きく削ぐ。それがわかっていたから、ケンシン・シバは“アルビオンのために”抵抗しなかったのかもしれない。

 完全な憶測だが、そうだとするならかなり難儀な人だ。


「しかし、君はどうして投獄されなかったの?」

「弟子といっても、自分は末席でしたので。他にも何人か弟子で捕まっていないのはいます。ですが、実力のある兄弟子たちは全員捕まってしまいました……」


 実力のある人間が捕らわれているっていうのは嫌な感じだ。それはつまり、ストラトスの持ち駒が増えているということだ。

 強力な戦闘力を持つ人間がストラトスの手のうちにあるっていうのが、どれだけ厄介なのかは身をもって知っている。さらにいえば、向こうには知略、謀略に長けたランドールもいる。

 厄介さでいえば内乱のときの国王軍以上かもしれない。


「厄介な状況だなぁ」

「あら? 私はあんたの存在自体が厄介と思っているんだけど?」


 いきなりドアが開かれ、アイリーンが家へと入ってきた。

 大鎌を持っていないのは、他のところへ置いてきたのだろうか。

 ザックが背筋を伸ばす。しかし若干、顔がほころんでいる。


「無理矢理連れてきて、厄介って言い方はないんじゃないかな? 助けてもあげたでしょ?」

「それは上の命令だから。私があんたを連れて行きたいのはアルビオンじゃないわ」

「へぇ、じゃあどこに連れてきたいの?」

「上よ」


 アイリーンが指を上に向けながらいった。

 当然、屋根の上とかって意味じゃないだろう。それよりもっと上。生と死の境界がどうのこうのって世界へ連れて行きたいんだろう。

 怖い子だ。まだまだ俺を殺したいらしい。


「あっ……そうですか……」

「それで? ウィリアムズ。アルビオンの現状を話したのかしら?」

「は、はい。シバ先生の話を少し……」

「そう。ま、四賢君がまともに機能していないってことさえ伝わってればいいわ。この意味はわかるわよね?」


 アイリーンの言葉に俺は頷く。

 四賢君は名前の通り、四人いるが、一人は投獄され、二人は派閥に所属し、秘密裏に争っている。

 最後の四賢君はヴェリスへの侵攻軍を率いているが、四賢君としての役目を果たしているのは、この最後の人物だけだ。

 四賢君はアルビオンを守護することが目的の特別な役職であり、アルビオンはそれに頼ってきた。いわば、四賢君は防衛の要なのだ。今は侵攻に使われているけれど。

 その四賢君が機能していない。それはつまり、アルビオンに隙があるということだ。


「帝国軍はヴェリスに戦力を送りつつも、アルビオンとの国境線にも兵力を集中させ始めてるわ。それに対して、公王陛下……いえ、ストラトスは何の対策も講じてない。あいつの目的が戦火を拡大させることなら、帝国の侵攻を促すために国境守備隊をヴェリス方面に移す可能性だってあるわ」

「時間がない、そういうことだよね?」

「そうよ。アルビオン国内でも、アイテール皇国への侵攻、そしてあんたを引き入れるために即時撤退したせいで、国民から不満があがってる。時間をかければアルビオンは崩壊するわ」

「そうだね。そんでもって、俺は大陸全体での戦争は望んでいない。だから、アルビオンには正常に戻ってほしい。目的は一致しているね」


 俺の目とアイリーンの目が合った。

 アイリーンは目をそらさない。

 しっかりと俺を見据えてくる。


「今回、あんたは私の部隊を助けてくれた。それだけでは不十分な気がするけど、時間がないから仕方ないわ。私をあんたをとりあえずは信頼する」

「安易だね。ケンシン・シバのようになるよ?」

「私をあの武人と一緒にしないで。あいつが投獄されたのは、あいつが愚直すぎて、味方も敵も多く作っていたからよ。私は違うわ」


 大した自信だ。

 アイリーンは俺が裏切らないとか、または敵と内通してるとか、そんなことを考えているんじゃない。

 例え、俺が裏切ろうが、内通していようが、どうにでもできる自信があるんだ。


「自信は油断に繋がるよ?」

「忠告は受け止めておくわ。それで? あんたは私たちに協力する気なの? それとも、積極的には協力せずに、どちらの派閥にいようと構わないって方向性でいるの?」

「そうだねぇ……君やザックが信頼に足る人物だってのは……まぁ短い会話でもわかった。けど、君たちの長はわからない。だから、答えは保留かな?」


 流石に、協力する、とはすぐにはいえない。

 派閥の争いもストラトスが仕組んだことの可能性もある。ここは敵地で、俺は完全アウェーの身だ。行動や決定には慎重にならなければいけない。


「そう。今はそれでいいわ。どうせ、あんたは私たちの派閥からは逃げられない。協力してくれるなら楽だけど、そうでないならそうでないで、別に困らないわ」


 アイリーンが面白くなさそうに顔を背けた。

 もしかして、協力関係を保留にされたのが気に入らなかったのだろうか。いや、それもそうか。

 自分が恨みを飲み込んで提案したことだ。保留にされれば面白くないではすまないだろう。


「まぁ、その話はおいておこうよ。それで? 尋問の結果はどうだったの?」

「あら? 協力しない人間に話す必要があるかしら?」

「君たちの派閥にはまだ協力するとはいえないけれど……君やザック個人になら俺は協力しても構わないよ」

「都合のいい口ね。でも、それは助かるわ。尋問の結果、っていうのも変ね。尋問なんてしてないんだから」

「どういうこと?」


 アイリーンが呆れたようにため息を吐く。

 その表情がなんとなく疲れたようにみえて、俺は少し嫌な予感がした。


「捕虜は全員自殺したわ。おとなしくしてたのに、突然狂ったように暴れだしたの」

「情報は得られなかったってわけか……」


 そういいつつ、俺は一つだけ得られたことがあると思っていた。

 後催眠というものがある。潜在意識にいくつかの行動をすり込んでおき、時間をおいて相手を操れる。

 ストラトスの魔術なら、それくらい余裕だろう。敵に捕まったなら、または尋問されそうになったら自殺しろ、とでも後催眠をかけておけば、奴の術中に深く掛かっているものなら自殺しかねない。

 望まぬことはできない催眠術と、ストラトスの魔術は似ている。けれど、明らかにストラトスの魔術のほうが強力だ。だから、やれないってことはないだろう。

 まぁ、わかったのはそれではなく、ストラトスが変わらずにゲス野郎だってことだ。

 それだけわかれば十分だ。やはりあいつは生かしておけない。

 アイリーンの話を聞きつつ、俺は何度も奴を排除することを心に誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ