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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
68/114

閑話 ロイの章3

「なるほどな。自信満々なわけだ」


 夜。

 遅れていた船と合流した俺たちは、夜襲をするためにヴェリスの港に近寄っていた。

 帝国側の監視船が何隻かいたけれど、全て姫さんの“とっておき”で無力化されてる。


「魔術属性・凍結。その希少な使い手であるリアーシア殿下しか使えないって時点で、兵器としては欠陥品よね」


 俺と一緒にナーヴィスの甲板の上にいたエリカの姉ちゃんが、呆れたようにそういった。

 確かに、目の前の光景を作り出せるのは姫さんだけだろうな。

 俺の目の前には船体の大半を凍らされて、身動きがとれなくなった帝国の船がある。

 今、俺たちはその横を悠々と通り過ぎている最中だ。

 姫さんの魔力を増幅して、大砲でぶっぱなす。

 簡単にいうと、こういうことらしいけど、多分、もっと複雑なんだろうな。


「エリカの姉ちゃんの炎も増幅できんのかな?」

「さぁ? でも難しいんじゃないかしら? 結局のところ、連結魔術の再現だから、できなくはないでしょうけど、炎じゃ大砲が溶けちゃうでしょうし」

「そういうもんか。そういえば姫さんも、そんな何発も撃てるもんじゃないっていってたな」

「それはリアーリア殿下自身の問題よ。いくら増幅されてるっていっても、リアーシア殿下の魔力が元なんだから、リアーシア殿下の魔力が無くなったら終わりなの」


 便利で理不尽な魔術も、それなりに欠点があるんだな。

 確かに、ユキトの兄ちゃんは魔術での攻撃は要所要所で行うけど、連発とか殆どさせないしな。

 あれは魔術師を休ませてたのか。


「そろそろ上陸です。二人とも準備をしてください」


 考え事していると、ミカーナが声をかけてきた。

 港はもうすぐ目の前だ。

 海上からの夜襲は想定してないのか、警備の兵すら立っていない。

 上陸したあと、俺たちは馬をできるだけ奪取しつつ、できるなら帝国の施設を破壊する。

 この施設破壊には、火力が必要だから、必然的に第二部隊の担当になる。

 残りの部隊は第二部隊の安全の確保と、敵を混乱させることが任務だ。

 しかし。


「帝国ってのは、まだ俺たちがやりあったことのない国だけど、どんな国なんだ?」

「帝国は五大国最大の国であると同時に、最も技術力の発達した国です。その軍の特徴は、魔術を機械的に再現した“魔銃”を使用する点です」

「魔術を機械的に再現? 全員魔術使えるのか?」


 ミカーナの説明に、俺は顔をしかめながら反応する。

 なんて厄介なんだ。

 全員が魔術を使えるだなんて、アルビオンよりも厄介だぞ。

 けど、俺の言葉にエリカの姉ちゃんが首を左右に振る。


「違うわ。全員、魔術の劣化版を使えるの。威力、射程、命中率。どれをとっても魔術より数段落ちるわ。優っている点は発動の早さくらいかしら。それも多少の差だし、なにより、通常の魔術よりも消費魔力が高いから、普通の人間なら数発で打ち止めよ」

「なんだよ、それ……使う意味あんのか?」

「私たちはないでしょう。けど、帝国にはあるんです」


 ミカーナのいっている意味がよくわからない。

 俺たちに使う意味はなくても、向こうには使う意味がある。

 どういうことだ?


「剣や弓、魔術といったモノを十分に扱える人間には意味はなくても、それらを満足に扱えない人間には、しっかりと意味があるのよ。なにせ、私たちが使おうが、子供が使おうが、威力や射程に差はほとんど出ないんだから」

「えーと、ちょっとまって。今、整理中」

「つまり、弱者の武器だということです。誰でも使えることが最大の長所です」


 なるほど。

 ミカーナにしたり顔で説明されたのは癪だが、わかりやすかった。

 とにかく、帝国は魔銃っていうのを使って、劣化魔術師の数を揃えているってことか。


「帝国は、いえ、大陸西部の人々は、魔力に優れているわけでも、身体能力が高いわけでもありません。これといって特徴がない彼らは、知恵を用いて差を埋め、数で相手を圧倒してきました。そうやって作られた帝国の軍は、自らの弱さを知っている分、厄介です」

「もう一つ問題があります……」


 甲板上にフラフラと覚束ない足取りで、ニコラの姉ちゃんが姿を現した。

 敵船の死角に回り込むために、かなりエグい動きをこの船はした。そのせいでニコラの姉ちゃんは、船酔いで倒れてたはずだけど、どうにか復活したか。

 まだ顔は微かに青いけど、まぁ立って歩けるだけマシか。

 アルスのおっさんなんか、二日酔いと船酔いの合わせ技で、いまだに部屋から出てこれてないし。


「ニコラの姉ちゃん。問題ってなんだ?」

「帝国軍が誇る帝国三軍将。そのうち、二人がヴェリスに派遣されています。一人は“海軍将”カール・ベッケンバウアー。この人はおそらく、海上にいるはずですから、大丈夫だと思います。問題は、もう一人。“陸軍将”トルステン・ベルギウスです。港にいると思ったほうがいいでしょう」

「私たちの行く先々には、どうして名のある将軍ばっかりいるのかしら? 本当に疑問だわ」


 エリカの姉ちゃんの言葉に、俺たちは顔をしかめる。

 同意見だが、あえて口に出したら、気が重くなるだろう。

 いった張本人は飄々としてる。自分が負けるだなんて、これっぽっちも考えてないんだろうな。


「陸軍将が出てきた場合も、一応は想定して作戦は考えてあります。港からの離脱が目的ですし、まともにやりあわなければ、どうにかなるでしょう」

「まともにやりあわなきゃ駄目なときはどうするんだ?」

「あら? 聞かなくてもわかるでしょう?」

「言うまでもなく、強行突破です」


 物騒な発言に、ニコラの姉ちゃんが慌てている。

 戦わないようにするのが一番であり、出会っても逃げるべき。そうニコラの姉ちゃんはいう。

 けれど、歴戦の将軍が易々と俺たちを逃がしてくれるとは思えない。

 多分、戦うことになるんだろうなぁ。

 そんなことを思いつつ、俺たちは上陸の準備に入った。




■■■




 港への夜襲は面白いほど上手く行った。

 皇国水軍が撤退を始め、海上を押さえていたと思っていた所での、海上からの夜襲だ。

 予測どころか、予想すらしていなかったのだろう。

 帝国軍は大混乱で、港にあるいくつかの施設は、既にエリカの姉ちゃんが率いる第二部隊によって爆破されていた。

 火が建物に燃え移り、被害は徐々に拡大していく。

 完全な不意打ちだ。ユキトの兄ちゃんの無茶苦茶な作戦に、しっかりと応えてきたノックスだからこその成功といえるだろう。


「ったく。数だけは流石に多いな……」


 こっちに向かって黒い魔銃を構えていた帝国兵に近寄って、切り捨てながら、そう呟く。

 魔銃は撃つ瞬間に溜めが入って、微かに光る。

 その間に近づけば、撃つ暇もなく相手を倒すことができる。

 とはいえ、それは一対一の話で、流石に一対多になると、そうもいってられない。

 だから、俺はさっきから走り回っていた。

 俺の隊の役目は陽動。ただ、部下はもう撤退を始めてる。そろそろ俺も撤退しなければ、周りに置いていかれる。

 馬がどっかに繋がれていないかと探してみるけど、どこにも見当たらない。

 これは頑張って走るしかないか。

 そう思い、港の出口へ向かおうとして、俺は足を止めた。

 奇妙な形の槍を持った赤い鎧の男。

 そいつが俺の前に立ちはだかったからだ。

 精悍って言葉がぴったりの顔立ちで、短く刈り上げた金色の髪や鋭い灰色の目が軍人であることを感じさせる。

 よくよくみれば、赤い鎧は妙にカクカクしている。機械みたいな鎧だ。

 そして、それは槍も一緒だ。

 槍の長さは持ち主の男と同じくらいで、先端に両刃の刃がついており、その下に円形の箱みたいなモノが取り付けられている。

 着ている鎧も、持っている鎧も奇妙な男だ。

 けど、強い。

 一目でわかった。

 こいつは幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた強者だ。


「我が帝国軍の陣営に夜襲を仕掛けてくるとは……どこの部隊だ?」

「見てわからねぇなら名乗る気はねぇ。どうしても聞きたいっていうなら、力づくで聞いてみろよ?」


 挑発しながら、剣の柄を握っている手に汗をかいているのを感じる。

 こいつはヤバイ。

 勝てるかどうか怪しいって思うのは初めてじゃない。だけど、こいつから感じる不気味さは、初めてだ。

 俺の勘が告げてる。こいつとはやりあわないほうがいいって。

 けど、ここで背を向ければ、間違いなく殺される。

 俺に残されている活路は、こいつと一戦交えて、どうにか倒すか、動けなくさせるかしかない。

 俺が剣を構えると、赤い鎧の男も槍を両手で構える。


「では、そうするとしよう!」


 単純な突進からの突き。

 だが、それが異常に速かった。

 向こうの動き出しと同時に、こっちも動いたのに、既にこっちの間合いに踏み込まれていた。

 完全に避けるのは不可能だと、とっさに判断して、剣で槍を逸らしに掛かる。

 槍の先に剣を置き、自分の左側へと槍を逸らす。

 腕に尋常ではない負荷がかかる。それはつまり、それだけ槍の一撃が重いってことだ。

 左を通過した槍が、轟音と爆風を伴った余波で、地面を抉る。

 余波で地面を抉るなど、普通は有り得ない。直撃すれば、貫通ではすまないだろう。

 槍の一撃を見て、思わず体が退きそうになるが、それをなんとか堪えて、剣の間合いを保つ。

 この距離なら、俺のほうが速い。

 槍を引きに掛かっている男の懐に飛び込み、流れの動作で下段から剣を振り上げた。

 突きだと避けられる可能性がある。斬撃なら避けるのは難しい。問題点としては威力だが、俺の斬撃なら鎧ごと断ち切れる。

 そう思っていたのに、俺の剣は受け止められた。

 男の左腕によって。

 とっさに男の左腕についているのが、剣を受け止めるための篭手であることに気付く。普通の鎧の篭手よりも重装だったのは、このためか。

 悔やんでいる間に、槍が引き戻され、俺へと向けられる。

 自分の背丈もある槍を片手で操ってみせるあたり、男の膂力は群を抜いている。

 剣を篭手に押さえられている状況では、さっきのような受け流しは不可能だ。

 間に合うかわからなかったが、倒れこむようにして右側へと転がる。

 さきほどまで俺がいた場所に、槍が突き刺さるのを視界の端で確認する。迷わなかったことが功を奏した。ちょっとでも迷っていたら、死んでいただろう。


「その年で大したものだ。武に関しては天賦の才を持っているようだな。それに、場数も踏んでいるようだ」

「お褒めの言葉をもらえて嬉しいぜ。だが、俺はここに褒められにきたわけじゃない」


 剣を上段に構える。

 体を相手に晒すことになるが、その代わりに強烈な攻撃が可能だ。

 あの鎧は硬い。普通に斬ったり、突いたりしただけじゃ壊せない。


「なるほど……一撃に託すか……よかろう。ならば私も一撃で応えよう」


 男が右足を引き、両手で槍を構える。先ほどのような突進攻撃じゃない。あれは近寄る相手を迎撃するための構えだ。

 俺があいつの間合いに入れば、速攻で迎撃されるだろう。

 けど、いつまでもここで膠着状態を続けるわけにはいかない。港の入口へ向かわないと、一人だけ脱出しそこねてしまう。

 ユキトの兄ちゃんを助けるって決めたんだ。ここで足止めを食らってるわけにはいかないんだ。

 意思を強くもって、俺は男の間合いに踏み行った。

 男の突きが俺へと繰り出される。

 俺はその突きに向かって、剣を振り下ろした。

 まずは、厄介な槍を弾き、二擊目で決める。

 一撃に全てを掛けている男には、二擊目はない。この突きを弾けば俺の勝ちだ。


「甘い!」


 男が叫ぶ。

 槍の刃の下にあった円形の箱が光った。

 目くらましにしては光量が小さい。違うなにかだ。

 けど、その何かが分からず、剣と槍がぶつかり合おうとする。

 その瞬間。

 槍の刃が伸びた。

 力が乗り切る寸前で激突した俺の剣は、槍の力を受け止めきれずに刀身にヒビが入っていった。

 そして、その衝撃は俺まで及んだ。

 突きが発生させた強烈な爆風に俺は吹き飛ばされる。

 一瞬、星空が見える。それを綺麗と思うまえに、体中に痛みが走った。

 地面に叩きつけられたとわかるのに、少し時間がかかった。


「がっ……くっ……」

「帝国技術部が開発した“ブーストスピア”という武器でな。円形部分の内部で魔術を爆発させ、その衝撃で槍の刃が飛び出す。威力は見ての通りだが……耐久性には問題があるな」


 痛む体をなんとか起こして男の槍をみれば、至るところにヒビが入っていて、刃がほぼ粉々になっている。

 こっちの剣も使い物にはならないけど、状況は五分じゃない。


「武器の差がなければ危ないところだった。最後に名前だけを聞いておこう」


 男はそう言いながら、一般の兵が持っていたのとは形が違う魔銃を取り出して、俺に向けた。

 やっぱり持ってたか。予備の武器くらい持っているだろうな、と思ったけど、当たって欲しくはなかった。


「……ノックス“第五部隊長”……ロイ」

「なるほど。その黒いコートを見て、途中からもしやと思ったが……。強いわけだ。賞賛に値する。だが、運がなかったな」


 そういって男は引き金に指をかける。

 どうにか指の動きを読んで、避けなきゃ本当に殺される。

 ちょっとでも読み違えれば終わりだ。

 痛みで集中を邪魔されるし、なにより体が思うように動かない。

 けど、ここは終わる場所じゃない。


「はっ……俺の悪運は尋常じゃねぇぞ……?」

「そうか。ならば、ここからの逆転劇に期待しよう。一応、私も名乗っておこうか。帝国陸軍最高司令官“陸軍将”のトルステン・ベルギウスだ。ノックスのロイ。君の名は忘れない」

「あら? じゃあ私の名前も覚えておいてくれないかしら?」


 声と共にトルステンの横から巨大な火球が飛んでくる。

 トルステンは大きく後方に飛んで、その火球を避ける。


「何者だ?」

「ノックス“第二部隊長”エリカ・ファーニルよ。覚えておきなさいな、色男さん」

「救援か」

「いいえ。たまたま通りかかっただけです」


 死角からの声にトルステンは動こうとするが、それよりも速く飛来した矢が、トルステンの持つ魔銃を打ち抜く。


「ちっ!」

「一応名乗っておきましょうか。ノックス“第四部隊長”ミカーナ・ハザードです。お見知りおきを、ベルギウス閣下」


 完全に小馬鹿にしている。

 けど、ミカーナの挑発とも取れる言葉にトルステンは取り乱したりしない。

 冷静にエリカの姉ちゃんとミカーナを見比べて、そして二人のさらに後方を見る。


「ここは退いたほうがいいようだな。ノックスの部隊長が三人も相手では、流石に分が悪い」


 三人?

 俺を戦力に数えるはずがないから。


「なんだ? 逃げるのか?」

「私は無茶な戦いはしない。無手で君とは戦わない。アルス・クロウ」


 ふらりと現れたアルスのおっさんに、トルステンはそう告げる。


「三年前くらいか? あのときの決着をつける気で来たんだが……まぁ退くなら退くで構わん。早く退け」

「そうさせてもらおう」


 トルステンは何度か後方に飛ぶと、建物の影へと消えていく。

 今の話しぶりだと、アルスのおっさんと知り合いみたいだったけど。


「奴と戦ってよく無事だったな?」

「ありがとう、助かった……エリカの姉ちゃんが遅かったら、死んでたさ。知り合いかよ?」

「昔な。戦場でやりあったことがある。俺も仲間の助けがなけりゃ、あのとき殺されてただろうな」

「そっか。でも……次にやりあうときは俺が勝つ」

「はいはい。威勢が良いのがわかったから、早く退くわよ。全部隊の撤退指揮をニコラに押し付けてるんだから。また、あの子が泣いちゃうわ」


 まぁここにいない時点でなんとなくそんな気がしたけど、またニコラの姉ちゃんは損な役回りを押し付けられたのか。

 あとで謝らないと。

 そう思いつつ、俺は痛む体を引きずって、エリカの姉ちゃんが連れてきた馬に近寄った。


「ああ、そうだ。ニコラの姉ちゃん、ミカーナも、ありがとう」

「あら? 今日は素直ね?」

「たまたま通りかかっただけです。気にしなくていいですよ」

「んだよ。人がせっかく素直に礼をいったんだから、素直に受け取れよ」

「負け犬から受け取るモノなんてありません」

「てめぇ……!」

「いいから行くぞ!」


 俺たちはそんないつもの会話をしつつ、港から脱出した。


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