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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第一章 思惑2

 アルビオンの公都に向かう途中。

 日が落ち始める前に、俺の護送隊は近場の村に入った。


「少し早い休息な気がするけど?」

「魔獣の少ないヴェリスと一緒にしないで。アルビオンには魔術師でも苦戦する魔獣が多く存在するの。日が落ちてからの行動なんて、自殺行為よ」


 アイリーンが呆れたように呟くが、俺が言わんとしたことはそうではない。

 確かに魔獣の危険性はあるだろう。だが、対立していたランドールを出し抜いて、ここまで来ているのだ。

 警戒するのは魔獣だけではない。

 できるだけ距離を稼いだほうがいいと思うが。

 まぁ、俺には関係のないことか。ランドールに捕まれば、ストラトスに近づくのは容易になる。

 どちらの側にいても、俺の扱いは変わらない。だったら、わざわざ介入する必要はない。流れに身を任せるだけだ。

 アイリーンに連れられて入った民家で、そんなことを考えつつ、俺は疑問を抱く。

 人がいないのだ。当然のようにアイリーンたちは家を使っているが、その家の持ち主たちがいないのだ。

 魔獣が多いならば、ここで村ができることはないだろう。そう考えれば、ここは魔獣の行動ルートから外れているはず。

 では、なぜいないのか。

 頭によぎったのは“疎開”という言葉だった


【疎開。軍事作戦中の兵を散らし、攻撃目標となり難い状況を作ること。または、非戦闘員を戦禍から逃れさせる政策】


 画面に映し出された意味をみて、俺は納得する。

 ここは皇国との国境から一日以内でたどり着ける場所だ。

 終始攻勢だったとはいえ、アルビオンが国境付近の民を避難させていてもおかしくはない。


「どこぞの軍師が皇国に入った時点で、アルビオンは国境付近の民を皆、避難させたのよ。危険だから」

「心外だな。一般市民を巻き込む策を使ったことは一度だってないよ」

「そうでしょうね。そんな屑野郎なら、あの人はあんたを必要となんてしない」


 あの人、というのは、アイリーンの派閥の長だろう。

 四賢君という特殊な地位を持ち、なおかつ、三大公爵家の一つであるメイスフィールド家の跡取りであるアイリーンを従えているのだから、アルビオンでも相当高い地位の人間だろう。

 ぱっと思いつく限りでは、リーズベルクやメイスフィールドの当主か、公王の親族ぐらいだろうか。

 アルビオンの貴族がどれほど力を持っているかはわからないが、至上の乙女と呼ばれるソフィアや、四賢君であるアイリーンを輩出している公爵家の権力が弱いということは、まずありえないだろう。

 ストラトスを排除して、アルビオンを秩序の番人へと戻すことが俺の目的だ。そのために、アルビオンには混乱してもらわねばならない。けれど、あまりに弱体化されても困る。

 大陸中央部のアルビオンの弱体化は、また新たな火種になるだろう。

 混乱はできるだけ一時的なモノに収めなければいけない。

 混乱を抑えるための手は既に打ってあるけれど、三大公爵家ともいわれる内、二つが手を結んで、公王に歯向かうような事態は流石に抑えられないだろう。

 上手く事態をコントロールしなくてはいけない。できれば、俺に全面的に協力してくれると助かるんだが、そういうわけにもいかないだろう。

 家の中にあった木の椅子に座り、ふぅと息を吐き、俺は対面に座ったアイリーンに気付く。


「……もしかして、ここで寝るの?」

「そうよ。非常に不愉快だけど、公都につくまでの間、あんたは私とずっと一緒に行動するの。当然、泊まる家も一緒よ」

「はぁ……」

「ため息を吐きたいのはこっちの方よ。なんで、あんたなんかと一つ屋根の下にいなくちゃいけないの?」

「俺に聞かないでくれる? 大体、俺だって同じ気分だよ」

「あんたには得があるからいいでしょ」


 アイリーンの言葉に俺は少し考え込む。

 俺を心底殺したいと願っている少女と、同じ屋根の下にいるのが得?

 冗談じゃない。そんなデンジャラスな状況を喜ぶほど、狂ってはいない。


「いったい、何が得なの?」

「私と同じ屋根の下で寝るだなんて、アルビオンじゃ感涙ものよ?」

「残念だったね。俺はアルビオンの人間ではないし、美人には慣れている」


 自分に自信を持つのは結構だが、誰にでも自分の魅力が通用すると思うのは、間違いだろう。

 ソフィアやカグヤ様を見てきているせいか、俺の美人に対する耐性は、恐ろしいほど上がっている。

 アイリーンは確かに整った顔立ちではあるが、美人耐性のある俺を感涙させるほどではない。


「失礼な男ね。まぁいいわ。あんたに喜ばれても、嬉しくはないし」

「君は本当に俺を嫌ってるね。教えてくれない? 俺は君に何をした? 部下や同胞を殺されただけじゃないんだろう?」


 ここに来るまでの間、アイリーンと部下のやりとりを何度か見た。

 だから、アイリーンが部下を大切にしていて、部下からも信頼されているのもわかる。だが、いってしまえばそれだけだ。

 仇である人間を殺したいと思うほど、部下に愛情を注いでいるようには見えない。

 必要以上に親身になれば、戦場で辛い思いをする。俺にはアイリーンはそれをわかっているように思えた。

 だから、俺を殺したいと思うのは、他に理由があるはずだ。


「……大したことじゃないわ。メイスフィールド家の分家、本当に小さな家ではあるけれど、形の上では貴族を名乗れる家の息子。私の幼馴染だった。そして、私が侵攻軍の指揮官に着任する数日前、所属してた部隊がケイオン砦に攻め込んだ。ここまでいえばわかるかしら?」


 防衛線の要だった中央の砦、ケイオン砦。そこに攻め込んだ部隊を、確かに俺たちは撃退した。

 完膚なきまでに。


「手紙じゃ将軍の副官に任じられたって書いてあったわ……。ドジでグズで、気が利かない駄目な男だったけど……私にとっては大切な幼馴染だった!」


 叫びが俺の耳に届くとほぼ同時に、壁に立てかけられていた大鎌がアイリーンの手に握られていた。

 そして、その刃は俺の首に向けられた。

 緑色の瞳の奥には、ドス黒い感情が渦巻いているんだろう。

 目に映る画面の中で、戦闘力がどんどん上昇していく。

 だが。

 アイリーンの腕ならば、俺の首を刎ねるのはそんなに難しいことじゃないだろう。

 すぐにやらないのは迷っているからだ。そして、すぐにやれなかった以上、アイリーンには俺の首は刎ねられないだろう。

 しばしの硬直状態のあと、アイリーンが大鎌を下ろした。

 アイリーンはそのまま大鎌を壁に立て掛け直すと、フラフラと出口へと向かう。


「……兵の様子を見てくるわ。逃げようなんて思わないことね」

「そんな自殺行為はする気がないよ。君は気の毒だと思うけど、戦場ではよくある話で、俺もずっと戦ってきた戦友たちを失っている。同情はする気はない」

「だから、なに!? 自分を殺すのは間違っているとでもいう気!?」

「いや、そうはいわない。ただ、俺が知っている事実だけを教えておく」

「……なに?」


 アイリーンが怪訝そうな表情をみせる。

 正直、その顔は俺がしたい。

 あのケイオン砦を攻めた部隊は、確かに完膚無きまでに叩いたが。


「俺たちノックスは、あの日、将軍をうち損ねている」

「!?……馬鹿なことをいわないで……! 戦死という報告を受けているわ!」

「それが疑問だ。確かに俺は将軍を狙った。だが、奇襲を受けたにも関わらず、あの部隊の司令部は、迅速に撤退した。こちらは二人の部隊長を投入した完璧な奇襲だった。逃げられるはずはないと思っていたから、俺は掃討戦へと意識を切り替えたほど、こちらは圧勝だった。けれど、そのあと、報告書を読んで、敵の将軍に逃げられていることに気づいた。運が良かっただけだと、あのときは判断して気にも留めなかったけど、よくよく考えれば、こちらの奇襲にも気づけず、体勢も立て直せなかった指揮官が、こちらの部隊長二人から逃げれるはずがない」

「……私の幼馴染が撤退指揮を取ったっていうの?」

「副官なら有り得ると思っただけさ。ただ……将軍が戦死のはずはない。少なくとも、ノックスは仕留めそこなったし、皇国軍にもそんな記録はなかった」

「……なるほど。あんたの話が本当だとして、私の幼馴染が生きている理由にはならないわ。あんたたちが無慈悲に連結魔術で焼いた可能性だってある」


 確かにその通りだ。

 副官だからといって、将軍の傍にいるわけじゃない。

 後方にいた将軍には逃げられたが、砦を攻めをしていた兵たちは、ほぼ掃討した。

 前方にいたとするならば、確実に俺たちが殺している。

 それに、アイリーンの幼馴染を殺した可能性のある俺が、こんなことをいっても、ただの責任逃れにしか聞こえないだろう。

 別に恨まれている状況を打破したかったわけじゃない。ただ、あまりにアイリーンの姿が痛々しくて、希望もあるというのを伝えたかった。

 その希望がどれだけ儚いものでも、ないよりはマシだろう。


「まったくもってその通りだ。そして、俺がアルビオンの兵を殺した事実も変わらない。君には俺を殺す権利がある」

「……そんな権利なんて必要ないわ。私は殺す権利があったなんて、言い訳をしながら相手の命を奪ったりはしない。舐めないで。私はアルビオンの公王陛下より四賢君に任じられたアルビオンの守護者。あんたなんかと一緒にしないで」


 手痛いしっぺ返しをくらってしまった。

 そんなに意識して出た言葉ではないけれど、多分、俺は心のどこかで、相手の命を奪うときの言い訳を欲しているんだろう。

 だから、言葉に出てしまった。

 それが俺の甘さなのかもしれない。


「そうだね。君は俺とは違う。俺より君はずっと強い……」

「今更ね。あんたのような情けない男なんかに……!?」


 俺への辛辣な言葉を、アイリーンは途中で止めて、後ろを振り返る。

 なぜアイリーンが言葉を区切り、後ろを振り返ったのか。その理由に気付くのに、俺は少し時間がかかった。

 少し集中していると、犬の遠吠えのような音が聞こえてきた。


【サーベルウルフ。四足歩行の魔獣で、遠吠えでコミュニケーションを取る。その知能は高く、最低でも十以上の群れで行動し、狩りの際には高度な連携を取る】


 こういう時は、このスキルは便利だ。

 魔法と呼ばれるだけはある。

 だが、知識を得られたところで、今の俺にはどうすることもできない。


「サーベルウルフね。ここにいなさい。奴らは私たちほど優しくはないから、逃げようなんて思わないことね」

「わかっているよ。けど、護衛くらい置いていってくれないかい?」

「安心しなさい。村の手前でしっかり防ぐから」

「そうじゃなくて、この混乱に乗じて、人間に襲われるのが嫌なんだ」

「……私の部下に裏切り者がいるとでもいうの?」

「さぁ? 最初から味方じゃないかもよ? まぁ俺としてはどっちの陣営にいても構わないんだけど、君の主君が気になるからね」

「そう。じゃあ護衛を送るわ。それと、私の主君は公王陛下よ」


 それだけ言い残し、アイリーンは勢いよく家から飛び出していく。

 残された俺は、ふぅと息を吐く。

 魔獣も結局は動物だ。

 自分のテリトリーを持っている。そこに侵入してくる人間を襲うことはあっても、自分から人間のテリトリーに入ることはなかなかないだろう。

 人間一人なら、魔獣にとっては格好の餌だが、人間は数が多い。数は力だ。動物の本能はそれを知っている。しかも、ここには二千の兵と、アイリーンがいる。

 野生の本能を持っている魔獣が、好き好んで攻め込んでくるとは考えにくい。しかも、サーベルウルフは知能が高いと書いてあった。

 そんな魔獣が、自分たちの群れで敵わない敵に挑むだろうか。

 よほど腹を空かしていたならわかるが、そんなにタイミング良く、腹を空かした魔獣と遭遇するとは考えにくい。

 考えすぎな気もする。

 だが、そうじゃない可能性もある。

 どちらの陣営にいようと、俺がやることは変わらない。けれど。状況に流されてばかりでは、いずれ何もできなくなってしまう。

 家の外から物音がする。

 鎧の音だ。

 おそらくアイリーンが寄越した護衛か、もしくはランドール側の内通者だ。


「失礼します!」


 こちらの返事も聞かずに入ってきたのは金色の髪の少年だった。

 アルビオンの制式仕様の鎧を身に付け、手には剣を持っている。

 姿だけみれば、普通に護衛としてやってきた、と判断しただろう。

 剣が真っ赤に染まっていなければ。

 アイリーンは村の外でサーベルウルフを食い止めるといった。

 そして、アイリーンが出て行ってからそんなに時間は経っていない。

 もっといえば、ここは村の中央だ。

 魔獣を斬って、ここに来たとするなら、さぞや特殊な移動手段を持っているということになる。

 冷静に考えるなら。


「ランドールの命令か? それともストラトスか?」

「ランドール様です。来ていただけますね?」

「例え派閥は違っても、同じ国の同胞だろ? なぜ、斬った?」

「大丈夫ですよ。多分、生きてますから。それで、来ていただけますか?」


 適当な奴だ。

 顔に浮かんでいる軽薄な笑みは、こちらを苛立たせる。

 だが、戦闘力は六十後半。武器もない俺が戦ったところで敵わないだろう。


「断ったらどうなるんだ?」

「無理矢理連れて行きます。多少手荒になると思いますが」

「それは怖いな。わかった。君に従おう。俺はどうすればいい?」

「おとなしくついてきてください。少し離れたところに、こちらの部隊が待機しています」

「その部隊で、魔獣を追い払って一安心しているアイリーンの部隊を攻撃するのかい?」


 俺の言葉に少年はニヤリと笑って頷く。

 やっぱり、魔獣の襲撃は偶然じゃなかったか。

 しかし、こんなおしゃべりなのに、よくもまぁスパイなんかが務まったものだ。

 ランドールの部下には有能なのがいないのか、それとも、今は調子に乗っているが、こいつは普段は優秀なのか。

 いや、普段が優秀でも、今、調子に乗っている時点でこいつは無能か。

 ここは敵地のど真ん中。そこで俺と話をして、情報を引き出されているんだから。


「それを聞いたら、さすがについてくわけにはいかないな」

「……そうですか。では、少し痛い目を見てもらいますよ?」

「そうはさせない!」


 少年の後ろから声が発せられる。

 少年は慌てて振り向く。

 俺の視界にも、声の主の姿が映る。

 今まで寝ていたのだろうか。茶色の髪に酷い寝癖をつけた少年がそこにいた。


「第十八大隊第三小隊副小隊長、ザック・ウィリアムズ! アイリーン様の命令で、のわぉ!? いきなり攻撃するなんて卑怯だぞ!?」

「やかましい! 死ね!!」


 ザック・ウィリアムズという少年は、長々と名乗っている間に攻撃された。

 まぁそうなるだろうな、と思ったが、ザックは鞘から瞬時に剣を引き抜いて、内通者の剣を受け止めている。


「だがしかし! こんなこともあろうかと! のわぁ!?」


 また喋っている間に攻撃された。

 しかし、その攻撃はザックに届く前に、何かによって阻まれる。


「なっ!?」

「防御魔術を準備済みだ!!」


 ザックは剣の腹の部分で、驚いている内通者を思いっきりぶっ叩いた。

 糸の切れた人形のように、内通者は地面へと崩れ去る。


「よし!」


 よし、じゃないよ。

 ガッツポーズを決めるザックに、俺は心の中でそう突っ込む。

 ステータスを見れば、七十台でバランスの良い数値をしている。この数値があれば、意識のある状態で、内通者を捕らえられただろうに。

 この内通者の子がいっていた部隊の情報が欲しかったんだけど。

 まぁそれは贅沢か。


「ありがとう、助かった」

「いえ、任務ですから」


 キリッとした顔でそう言ってくるが、寝癖で爆発している頭でやられても、まったく決まらない。

 小さくため息を吐いて、俺はアイリーンに奇襲の可能性を伝えるために、魔獣の襲撃を受けているだろう場所へと歩き始める。


「どちらへ!? ここにいて頂かないと、自分が拙いことになるのですが!?」

「敵が他にもいることを伝えにいかないと。君は俺の護衛なんだろう? じゃあ、ついてきて」

「えーと……」

「おいていくよ? 仲間を守りたいでしょ?」


 少し逡巡してから、意を決したようにザックは俺についてきた。

 まぁどれだけ緊急時でも、捕虜である俺を自由に動かした以上、お叱りは免れないだろうけど、それは言わないほうがいいだろう。

 できるだけ庇ってあげようと心に決めて、俺は歩く足を速めた。


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