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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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閑話 ロイの章2

 ナーヴィスの艦橋には、十人ほどの人間がいた。

 姫さんの話じゃ、全員が魔術師だ。

 なんでも、ナーヴィスは魔術師じゃなければ動かせないらしい。


「水の魔術師の水流操作を使用しておる。魔動炉が試作段階故、未だに人数が必要じゃが、いずれはもっと少数で運用できるようになるじゃろう」

「その魔動炉ってなんだ?」


 俺の疑問を聞いて、姫さんはため息を吐く。

 また、馬鹿だと思いやがったな。


「魔動炉は、大気中の魔力を集め、増幅することができる機械じゃ。この魔動炉があるおかげで、皇国の船は他国の追従を許さぬのじゃ」

「……もうちょっと簡単にいってくれ」

「随分と簡略にいったつもりじゃが? お主の理解力が乏しすぎるのが問題なのじゃ」

「ユキトの兄ちゃんは、誰にでもわかるように説明できる人が、頭の良い人だ、って言ってたけど?」


 姫さんが眉をピクリと動かす。

 どうも気に障ったみたいだ。


「妾がユキト・クレイに劣るといいたいようじゃなぁ?」

「いや、ただ、もっとわかりやすく教えてっていっただけ」

「ロイ。わかりやすくいえば、魔動炉は魔術師の機械版よ。魔力を集めて、魔術に似た現象を起こせるの」

「さすがエリカの姉ちゃん! 頭良いな!」

「お主らは……。流石はユキト・クレイの部下じゃな……性格の悪さが移っておるぞ」


 姫さんが頬を引きつらせながら、そういった。

 姫さんの横で、ニコラの姉ちゃんがしきりに頭を下げている。

 俺はわかりやすい説明を求めただけなのに、なんで、性格が悪いっていわれるんだ。


「それでさ? そのすげぇ船が作戦になんか関係あんの?」

「大アリじゃ。この船は自由自在に海を走れる。じゃから、お主を港まで送り届けることは容易い……のじゃが、港に入ったあとが問題じゃ」

「どうしてだ?」

「この船と、他の船とでは船速が違いすぎるのじゃ。港へ入れるのは、この船だけじゃろう。他の船では、沈められてしまう」

「じゃあ意味ないじゃんか……俺らだけじゃ、幾ら何でも厳しすぎるぜ」


 この船に乗ってるノックスの人間は十人。その人数じゃ、港を突破するのだって難しい。

 ったく、偉そうなこといってたくせに、結局役に立たないじゃねぇか。


「なにか、失礼なことを考えておるな?」

「別に。ただ、大口叩いたんだ。なんか考えはあるんだよな?」

「当然じゃ。策はある。ここにお主らを呼んだのは、港に入ったあとの作戦を考えるためじゃ。まぁ、あと、港に入る際に、船が揺れるじゃろうから、覚悟しておくのじゃな」


 今、さらっと恐ろしいことをいったような気がする。

 ニコラの姉ちゃんをみれば、ガクガクと震えている。


「わ、私、今の揺れでも充分、酔いそうなんですけど……」

「覚悟を決めておくのじゃ。陸に上がったときに戦えないなど、あまりに滑稽じゃからな」

「覚悟でどうにかなるのかよ……」

「備えておけば、どうにかなるはずじゃ。さて、港に上陸したあと、突破ないし制圧を行うのがよいと思うのじゃが?」

「その場で留まるわけにもいきませんし、それが一番でしょうね」


 姫さんは、丸いテーブルの上に地図を広げる。ユーレン伯爵領の地図だ。

 姫さんの言葉にエリカの姉ちゃんが頷く。

 こういう作戦の話のときは、黙ってるに限る。

 といっても、聞き役に回ったところで、俺にできることは少ない。

 意見を求められることはないし、自分で考えても、姫さんたち以上の作戦なんて思いつかない。

 けど、考えることを放棄するなってユキトの兄ちゃんにいわれてる。

 だから、俺なりに考えることはやめない。

 姫さんを信用するなら、ノックスの大半が港に上陸できるってことだ。そこから、港を突破するには、何が必要になってくるか。

 とりあえず、港はヴェリスの最南端だ。そこから王都までいくのはかなり時間がかかる。けれど、俺たちは時間をかけてはいられない。

 速く移動するには何が必要だろうか。

 馬だ。

 船に馬は乗ってない。だから、どこかで馬を調達する必要がある。

 けど、ヴェリス軍の防衛線までの距離もかなりある。徒歩で突破しても、追撃部隊に追いつかれる可能性もある。

 そうなると、やっぱり馬を奪うのが一番か。


「帝国はヴェリスへの侵攻のために、補給物資を港に置いてあるはずです。それらを奪い、持っていけない物は焼き払いましょう」

「上手くすれば、帝国への大きな牽制になるわね。けれど、港においてある補給物資の中に、馬がなければ問題外よ?」

「それは有り得ないでしょう。ヴェリスの騎馬隊は大陸一です。歩兵だけでは蹴散らされてしまいます。物資の輸送のことも考えれば、軍馬を輸送してるのはほぼ間違いないと思います」

「そうじゃな。しかし、ノックスの兵の数は、四千以上じゃ。都合よく数が揃うかのぉ?」


 皇国での戦いで、ノックスは何度も兵を減らして、補充をしてきた。

 その中には皇国の人間もいて、ヴェリスに向かうノックスから離れることを選択した奴も多い。

 それでも四千以上はいるから、確かに馬の数は問題だ。

 そう考えて、俺はあることに気付く。

 根本的なことではあるが。


「なぁ、ニコラの姉ちゃん。今、ヴェリスってどのくらいまで、帝国に侵攻されてるんだ?」

「うーん、数日前の情報だから、正確ではないんだけど。今、ユーレン伯爵領の半分くらいが帝国に支配されてるって聞いてるよ」

「ってことは、単純に、ユーレン伯爵領の半分は移動しなきゃってことだよな? うーん、ただ移動するだけなら、馬は必要ないけど……」

「やっぱり追っ手がつくのが問題よねぇ」


 ユーレン伯爵領は、ヴェリスの最南端の領地にして、唯一港をもっている土地だ。

 帝国からしたら、絶対に抑えとかなきゃ駄目な場所だろう。

 そこにやってきた俺たちは、帝国からすれば想定外の敵軍だ。

 しかも、皇国で俺たちが暴れまわったのは知っているだろうから、たぶん、全力で潰しにくると思う。

 追撃してこないっていうのは有り得ない。けど、追撃をされたら、俺たちは困る。

 やばい。詰んでる気がする。

 こういうときに、ユキトの兄ちゃんがいてくれたら。

 いや、そうやってユキトの兄ちゃんばかりに頼ってたから、俺たちは負けたんだ。

 ニコラの姉ちゃんがいってた。俺たち部隊長が、自分たちでしっかり部隊を運用できていれば、ユキトの兄ちゃんはもっと余裕を持てたはずだ、って。

 そうすれば、敵の策にだって気付けてたかもしれない。敗北の責任には、俺たちの甘えがあったのは間違いない。

 自分には向いてないから、自分は得意じゃないから、そういって他人に任せるのは、悪いことじゃないってユキトの兄ちゃんはいってた。けど、丸投げするのは駄目だともいってた。

 いわれていた。なのに、俺は全てをユキトの兄ちゃんに丸投げしてた。俺は戦場で剣を振るうのが仕事だって思ってた。

 全然、わかってなかった。自分が着ている部隊長のコートの意味を。

 これを預けてくれたユキトの兄ちゃんの期待を。

 遅いかもしれないけど、俺はその期待に応えたい。

 だから、なんか閃いてくれ。俺の頭。


「どれだけ悩んだところで、あなたにはいい案は思いつかないとおもいますよ」

「なんだと!? もういっぺんいってみろ! ミカーナ!!」


 声だけわかった。

 後ろを振り返れば、案の定、そこにはミカーナがいた。

 鎧をきて、いつものしっかり者へと戻ってる。

 どうやら、どうにか復活したみたいだ。

 口の悪さも復活したのは、歓迎できないけれど。


「あなたには思いつきません、っていったんです」

「じゃあ聞くが、お前には思いつくのか?」

「ええ、全てを解決できる案があります」

「それは気になるのぉ。いうてみよ」


 姫さんが食いついた。

 俺相手ならハッタリや、穴がある案でも通じるかもしれないが、姫さんにはそういうのは通用しないはずだ。

 ざまぁみろ、ミカーナ。恥をかけ。


「簡単です。夜襲をすれば、全て解決します。馬の数が足りなくても、夜襲で混乱させれば、敵は追撃部隊を出す余裕はないでしょう。それに、夜なら見つかりにくくもなります」

「なるほど。問題は、妾たち皇国水軍が夜襲を仕掛けられるか、という点か。まぁ乗り心地は保証できないが、問題はないじゃろう」

「じゃあ決まりね」

「私たちの得意の夜襲ですね」


 決まっちゃった。

 なんでだよ。俺がいうことには、みんな色々と突っ込むのに、ミカーナのいうことにはなんで突っ込まないんだよ。

 いや、周りに頼っちゃ駄目だ。

 俺が穴を探して、突っ込むんだ。

 前、ユキトの兄ちゃんが、夜襲の注意点を二ついってたはずだ。

 確か、夜襲は味方との連携がとりづらいから、作戦前にしっかりとした説明が必要になるっていってた。

 後ろの船を待つ間、そこらへんはどうにでもなる。夜襲の決行日は、船が集結してからのはずだし、さっきの姫さんの話が本当なら、皇国から出張ってる艦隊にも援護を要請する。

 だから、時間が必要な準備は問題じゃない。なにより、ニコラの姉ちゃんがいったみたいに、俺たちノックスは夜襲が得意だ。隊員たちは夜襲の経験が豊富で、やらなければいけないことは、いわなくてもできる。

 それに、ユキトの兄ちゃんが決まりごとを作っていたから、夜襲をするっていうだけで、ノックスは夜襲に移れる。船の上からだろうが、攻める場所が港だろうが、俺たちには関係ない。

 もう一つは、視界が不安定で、行動に制限が掛かるっていってた。

 複雑な作戦行動は不可能で、やろうとすると、指揮系統が乱れて、自滅するっていってたっけ。

 今回は港を攻めるだけじゃない。そのあと、夜の間、移動しなくちゃいけない。これが解決しない限り、ミカーナの策は成立しない。


「おい、ミカーナ。夜の間、移動するんだろ? どうやって移動するんだ?」

「私が先導します」


 確かにミカーナは夜目が異常に利く。だけど、不慣れな道では、見えたところでは意味がない。


「どうやって案内するんだ? ユーレン伯爵領で育ったっていっても、お前、全部知ってるわけじゃないだろ?」

「知っています。私は、ユキト様の下につく前は、領内を巡回する騎馬隊所属でしたから、ユーレン伯爵領内で、私が知らない所はほとんどありません」


 ちくしょう。

 そこらへんを考慮しての作戦か。

 くそ、穴が見当たらない。

 思わず舌打ちをしそうになったとき、ミカーナと目があった。そして。

 笑われた。


「私はずっとユキト様の傍にいたんです。あなたのように穴のある作戦は立てません」

「なんだとぉ!?」

「ロイ。残念だけど、事実よ」

「エリカの姉ちゃん!? そういうこというなよ!? 俺だって精一杯考えてんだから!」

「考えていても、成果が伴わなければ、評価はできません。そうですよね? ニコラさん?」

「えーと……努力はいつか報われるよ!」


 ニコラの姉ちゃんにそういわれると、逆に辛い。

 なんだよ。みんなして。

 くそぉ。今に見てろよ。ユキトの兄ちゃん顔負けの作戦でみんなを驚かせてやる。

 だから、ミカーナ。今は小さな仕返しだけにしといてやる。


「まぁ、ミカーナは頭脳労働派だしな。さっきまで引きこもってたし。せいぜい良い作戦を考えてくれよ。俺はこいつで働かせてもらうぜ」


 剣の鞘を叩きながら、俺は満面の笑みをミカーナに向ける。

 ミカーナの頬がひきつった。


「……聞き捨てなりませんね……。私が戦場で役に立たないと……?」

「船の準備ができる間も含めると、お前、十日くらい動いてないだろう? 戦場を走り回れるのか?」

「舐められたものです。そこまでいうなら、また勝負といきますか?」

「よく言った! より多くの敵を倒したほうが勝ちだ! 圧倒的な差で勝つから、覚えてろよ!」

「はぁ……いつも通りに戻ったって喜ぶべきかなぁ……」


 俺とミカーナのやり取りを聞いて、ニコラの姉ちゃんがお腹のあたりをさすりながら、そう呟いた。

 喜ぶべきだろ。

 沈んでたら、勝つことなんてできない。

 ユキトの兄ちゃんがいないんだ。部隊長たちがいつも通りじゃないなら、勝てる戦も落としちまう。

 まずは、港を突破して、王都でカグヤ様に会う。

 そんでもって、アルビオンに向かう。

 そのためにもこの戦いは負けられないんだ。

 俺はそう心の中でつぶやいて、剣を強く握った。


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