第三章 孤軍6
二話連続投稿です。
戦争前の皇国とアルビオンの国境。
そこで、アルビオン軍は待機していた。
五万の兵数でもって。
「約定が守られなければ、即侵攻開始ってことかしら?」
「約定を守っても、侵攻の可能性はあるけどね。俺を皇国から引き剥がし、フィオをここで亡き者にすれば、アルビオン軍を阻む将は、リガール太守くらいになるからね」
シャルロットの呟きに、俺はそう答える。
シャルロットは露骨に嫌そうな顔をする。
「そういうことを言うのは、止めてくれないかしら? ここで戦闘なんて嫌よ」
「まぁ確率は低いよ。向こうも停戦できるなら停戦したいだろうからね」
「どういう意味かしら? アルビオンの皇国侵攻軍は、ほぼ無傷のはずだけど?」
シャルロットの疑問は最もだ。
確かに、俺たちが交戦した三万ですら、被害は軽微だろう。
さらに、行軍中だった四万は文字通り、無傷だ。
“皇国”だけを相手にするならば、再度の侵攻の可能性は高まる。
しかし、アルビオンの相手は皇国だけではない。
ヴェリスとは交戦中であるし、帝国はヴェリスを海上から攻めているとはいえ、戦力にまだまだ余裕がある。アルビオンとの同盟を破り、侵攻してくる可能性もなくはない。
また、共和国も島との戦争で、大陸の戦争には加われていないが、いつ気が変わって、アルビオンを攻めるとも知れない。
短期決戦を想定し、共和国側の守備軍を皇国侵攻軍に加え、数は揃えてきたが、その前に半年以上も皇国軍とノックスと交戦している。
その間の被害は、皇国より多いはずだ。
少なくとも、今のアルビオンには、二つの国を同時に攻める余力はない。そして、兵にもそこまでの気力はないだろう。
再度の侵攻を仕掛ければ、間違いなくヴェリスの反抗と、帝国の野心に火をつける。そして、それを跳ね返せれる保証はない。
いや、ヴェリスと帝国の侵攻を受け止めるのは不可能だ。再度の侵攻は有り得ない。
そう判断し俺は、ふぅと息を吐き、周りを見渡す。
皇国とアルビオンの国境線。そこには向き合う形の二つの砦がある。
どちらも両国の最前線だ。いや、だったというべきか。
ついこの間まで、皇国側の砦はアルビオンに奪われていた。今も、一応、守備兵はいるが、砦を死守できる数はいない。そして、砦自体も激しい攻撃で、所々破壊されており、修復は追いついていない。
これが皇国の現状だ。アルビオンの侵攻により、兵の数は減り、最前線の砦も満足に守れない。
元の防衛ラインを構築するのに、どれほどの時間が掛かるだろうか。守る範囲が広くなれば、それだけ兵が必要になる。
そして、そんな簡単に人は増えない。時間が必要になる。
ゆっくりとため息を吐く。
俺がいるのは、そんな砦の外。砦の門の目の前だ。
今から、フィオと俺の交換が始まる。
砦と砦の間が交換場所だ。
護衛兼監視として、騎士たちがついてくる。
のだが。
「策があるのならば、お教えください! 軍師殿!」
この調子では監視には不適格と言わざるを得ないだろう。
皇都から俺についてきた護衛の騎士たちは、今、砦の一室に閉じ込められている。
俺の目の前で、意気込む若い騎士たちの仕業だ。まぁ若いといっても、俺と年は対して変わらないくらいの青年たちだ。
彼らは最前線の砦で戦い続けていた騎士たちで、俺をアルビオンに売ることに不満を持っていた。そして、その不満が当日になって、爆発した。
彼らにとって、俺は同盟国の指揮官である前に、過酷な最前線を共に戦い抜いた戦友であり、そんな俺を売ってまで平和を得たいとは思っていないようだった。
「我々はあなたに命を救われました! その恩はここで返します! どうか我らをお使いください!」
「そうです! ご命令とあらば、敵軍にも突撃します! あなたはここで死んではならない人だ!」
まったく。
ここで行われるのは人質の交換であり、処刑ではない。さらにいえば、ここで戦いがおきれば、防衛網を整えきれていない皇国は、すぐにフェレノール近辺まで侵攻を許してしまうだろう。
わからないわけではないだろうに。
自国の民や領土よりも、他国の人間をただの感情に任せて優先するなど、騎士失格だ。
まぁその点で言えば、俺も言えた義理ではないが。俺は騎士ではないし、構わないはずだ。
そんな言い訳を心の中でしつつ、俺は、騎士たちに気づかれないようにため息を吐く。チラリと横をみれば、隣でシャルロットが呆れてモノもいえない、といった感じの表情を浮かべている。
俺も呆れてはいるが、呆れてばかりもいられない。
若さ故の暴走を起こしている目の前の騎士たちに、正論をいっては逆効果だろう。いや、彼らには、正論は正論として受け入れられないだろう。
彼らはさっきからずっと、道義に反している、と言い続けている。
確かに、同盟国の人間を売るのは道義に反しているだろうが、国に忠誠を誓う騎士が、国の決定に逆らうのも、また、道義に反している。
気持ちは嬉しい。だが、彼らに乗ってしまえば、皇国はアルビオンの魔術に焼かれてしまう。
それは避けねばならないことだ。
「軍師殿!!」
「策はある。けれど、それを実行するのは、アルビオンに入ってからだ。今、君たちの助けは必要ない。気持ちはありがたく受け取るけれど、君たちに皇国を裏切らせるつもりは俺にはない」
呼びかけに答える形で、俺は彼らにそう告げる。
あまり刺激しないように言葉を選んだつもりだ。俺の前にいる騎士たちの数は十人ほど。けれど、砦内には、彼らに賛同している騎士が大勢いる。
それこそ、俺を逃がす隙を作るには十分なほどの人数がいる。
動かれては困る。
タイミングを誤れば、フィオが危険に晒されてしまう。そして何より、アルビオンに侵略の口実を与えてしまう。
アルビオンとしては、どっちでも構わないのだろう。
俺とノックスさえ排除できれば、皇国は早期に攻略できる。そう考えたから、俺を排除にかかってきた。
戦略的にみて、アルビオンは皇国と停戦、そして和平になればベストだ。しかし、侵略の口実ができ、準備不足の皇国を再度攻めるという展開は、ベストではなくてとも、ベターではある。
どっちに転ぼうが、アルビオンにとっては都合がいいのだ。ただ、俺にとっては、ここで皇国とアルビオンが、再度ぶつかり合うのは都合が悪い。
この機会を逃せば、アルビオンの中枢に入る機会は二度とめぐってはこないだろう。そうなれば、戦争が終わらなくなってしまう。
そして、戦争が終わらなければ、ヴェリスが敗戦する可能性は高い。
ヴェリスには長期戦を戦い抜くスタミナはない。先王の代には頻繁に戦争をしており、最近では内乱から、小国連合との戦争と、戦いが続いている。
大国の中で一番先に根を上げるのはヴェリスだ。
できるだけ早く、戦争を終わらせなければならないという、焦燥が俺の中にある。
だから、ここで争ってもらっては困る。
「しかし! それでは!」
「ありがとう。だが、大丈夫だ。それに、向こうにはフィオナ皇女がいる。俺に仲間と別れる時間を作るためだけに、人質になってくれた恩人だ。君たちが、俺を助けたいと、そう思うように、俺も助けたいと思っている」
「では、フィオナ皇女と軍師殿が入れ替わる瞬間を狙いましょう!」
妙案とばかりに、一人の騎士が叫ぶ。
それを聞いて、周りの騎士たちが目を輝かせる。確かに狙いどころは間違ってはいないだろう。
しかし、だ。
「交換の際に、向こうは四賢君を出してくるはずだ。それに、向こうも同数の護衛を引き連れてくる。しかも、交換場所は見晴らしのいい平地だ。奇襲は不可能だ」
「先に砦から動けば、こちらが数的有利に立てます!」
「敵はアルビオンだというのを忘れたかい? 砦と砦の間の交換場所は魔術の射程圏内だ。連結魔術で一気に殲滅されてしまう」
出てくる意見に対して、その都度、採用しない理由を説明していく。
採用するとかしないとか以前に、俺はアルビオンに行く気なのだから、このやり取りに意味はないのだけど。
しかし、俺のそんな意思を、騎士たちは察してはくれない。
「他になにか手はないんですか!?」
「考えろ! 何かあるはずだ!」
「いや、不可能なら仕方ない! ここは我らが囮となって、アルビオンを食い止めよう!」
騎士たちの意思はくじけない。
お願いだから、そろそろ諦めてくれ、と思ったときに、シャルロットが大きくため息を吐いた。
そのため息を、騎士たちが聞きとがめる。
「なにか不満があるようだが?」
「不満だらけよ。あなたたち、どこの国の人間なの?」
「皇国に決まっているだろう!」
何を当たり前のことを聞いているんだ、と言わんばかりに、一人の騎士が答えを返す。
それを聞いて、さらにシャルロットがため息を吐く。
「なら、どこの国の騎士なの?」
「皇国だ! 馬鹿にしているのか!?」
騎士の問いに、シャルロットは答えを返さない。
しばし無言だったシャルロットはゆっくり、そして大きくため息を吐き、しゃべり始める。
「皇国の人間で、皇国の騎士であるなら、最も考えるべきは皇国のことではなくて?」
「同盟国の将を売り渡すなど、あってはならないことだ! 確かに皇国は大切だが、人としての道理というものがあろう! それに……騎士としての誇りが、このような手段で手に入れる平和を容認できん!」
「人として、騎士として、ご立派ではあるけれど……個人的な感情を、国の決定よりも優先させるなら、あなたたちはもう……皇国の騎士ではないわ。いえ、もっといえば、皇国を危険に晒す敵よ? わかっていて?」
シャルロットの言葉を聞いて、若い騎士たちが怒りを爆発させる。
「我々は皇国の騎士として、皇国の誇りと威信を守るために行っているのだ!」
「皇国が再度侵攻されれば、あなたたちが今まで殺してきた何百、何千倍って人が死ぬのよ? その中にはあなたたちの家族や大切な人がいるかもしれないわ。それでも、ヴェリスの軍師を助けるのが、皇国のためだといえるかしら?」
下手な返答をすれば、その場で斬り捨てるのではないか、と思うほど、シャルロットは殺気を込めて、騎士たちに告げた。
若いとはいえ、流石に前線で死線を越えてきた騎士たちだ。
シャルロットの殺気をしっかり感じ取っている。
シャルロットは、誰も答えられないのをみて、騎士たちから俺へと視線を移す。
「これ以上は不要よ。そろそろ時間だし、交換場所に向かうわよ」
「わかった。護衛をよろしくね」
「承知してるわ。あなたたちは交換場所から離れて待機していなさい。もしも馬鹿なことをしでかしたら、私があなたたちを殺すわ」
味方のはずのシャルロットに、明確な殺気を向けられた騎士たちが震え上がる。
この分なら大丈夫だろう。
騎士たちの青ざめた表情をみて、俺はそう判断する。
問題は、アルビオン側にいるフィオだ。
シャルロットは、フィオは俺を連れて逃げる気でいる、と予想していたが、できればそんなことはして欲しくはない。
誘いには乗らないといったが、実際フィオを前にして、必死に願われたときに、俺はそれを突き放すことができるのか。
正直、怪しい。
だからフィオにはおとなしくしていてもらいたい。
多分、それは無理な願いなんだろうけれど。
■■■
交換場所に指定された砦と砦の間に、俺とシャルロットは到着した。
シャルロットの言いつけ通り、騎士たちは少し後ろで待機している。
俺たちが到着したのを確認したのか、アルビオン側もこちらに向かってくる。
馬に乗った騎士たちと、馬車が一台の構成だ。
「あの馬車にフィオが乗ってるのか……」
「あら? 心配そうね?」
「当たり前だろ。敵軍に捕まってたんだよ?」
「今まで、心配する素振りをみせなかったから、てっきり心配じゃないのかと思ってたわ」
シャルロットは意外そうな表情を浮かべて、そう言ってきた。
心配に決まっている。ただ、同時に、危害を加えられることはないだろう、という確信はあった。
だから、表に出すほど心配はしてはいなかった。
けど、全く心配していなかったわけではない。
そこまで薄情な男ではないつもりだ。
「心配だよ。フィオがどれだけ頭が良くて、どれだけ強くても、心配なのは変わらないさ」
「本人に伝えてあげたら喜ぶわよ? そして、あなたを是が非でも逃がそうとするでしょうね」
「じゃあ、伝えない方向でいくよ」
シャルロットとそんな軽口をかわしていると、馬車が近くで止まる。
騎士が馬車のドアを開いた。
まず出てきたのはランドールだった。
杖をつき、覚束ない足取りで、馬車から下りる。騎士に支えられている姿をみれば、アルビオンが誇る四賢君とは思えない。
しかし、人をみかけで判断すると痛い目をみる。
魔術師の国、アルビオンの四賢君は、四人が四人とも、最上級の魔術師だ。
たとえ、老齢のランドールといえど、俺程度なら、一歩も動かずに殺すことができるだろう。最上級の魔術師とはそういう存在だ。
続いて出てきたのはフィオだった。
手を差し出した騎士を無視し、一人で馬車から降りてくる。
表情から察するに、不機嫌なようだ。
馬車の中でランドールに何か言われたのだろうか。
「よく来たのぉ。儂だったら絶対に逃げとるぞ?」
「国の命運が掛かっていますから、そんな勝手はできませんよ」
「所詮は他国。儂なら、気にせず逃げるがのぉ」
「俺はランドール卿ではありませんから」
「ふっ……逃げなかったのは、フィオナ皇女がいたからであろう?」
ランドールの言葉に、フィオが眉を少し動かして、反応を示す。
揺さぶりだ。それは分かっている。だからといって、嘘をつくのも得策ではない。
「理由の一つではあります。けれど、それだけが理由ではありません」
「フォッフォッフォ。女のためとは、流石にいえんか?」
茶化した言い方をするランドールを、フィオが睨む。
そんなフィオの様子に肩を竦め、ランドールは俺に背を向ける。
「別れの挨拶くらいは必要じゃろ? できるだけ手短にのぉ」
そういって、アルビオンの騎士たちと共に、俺とフィオから距離を取る。
なるほど。逃げるならどうぞ、といったところか。
この分だと、フィオを煽っているな。
「ユキちゃん……」
「フィオ。大丈夫? 何もされてない?」
「うん。大丈夫だよ」
フィオは笑顔で俺に返しつつ、何かタイミングを見計らっているようだった。
シャルロットも何か様子が変だと感じたのか、フィオへ声を掛ける。
「フィオナ。変なことを考えちゃダメよ?」
「大丈夫だよ。シャル」
フィオはシャルロットに笑顔を向けつつ、自然な動作で俺へと近づく。
口がしきりに動いている。何かをつぶやいているようだが、声はこちらには届いてこない。
そして。
「失敗しないから」
「フィオナ!?」
こちらに向かってくる際に、口が動いていたのは、詠唱だったのだろう。
フィオナはくるりと半回転し、俺たちに背を向ける。
そのまま、両手を上にあげて、高らかに叫ぶ。
「フレズベルク!!」
フィオの上で強い光が生まれ、俺の視界を奪う。
次に目を開けたときには、巨大な鳥が空に浮かんでいた。
神鳥フレズベルク。
砦へ向けて放たれる連結魔術をことごとく防ぎ切った防御力と、ただの羽ばたきで、陣形を吹き飛ばす攻撃力をもった、理不尽な神獣。
それが召喚された。
停戦の条件である、人質の交換最中に、皇国の皇女の手によって。
「ぜ、全軍! 攻撃準備!!」
「連結魔術を用意しろ! 騎馬隊も出るぞ!」
アルビオン側の砦の方から、大きな怒声が響いてくる。
それに負けじと、皇国側の砦も騒がしくなる。
「こ、こちらも出るぞ!」
「フィオナ皇女と軍師殿を守れ!!」
少し後方に待機させていた若い騎士たちは、何も疑わずにこちらへと走ってきている。
彼らが到着してしまえば、終わりだ。
戦争はその瞬間から再開される。
ランドールの目的は、扇のはず。ここで俺に逃げられれば、わざわざ停戦を持ちかけた意味がなくなる。
俺をみすみす逃がすわけがない。
フィオを煽り、こうやって行動に移させたのは、それがアルビオンにとって最も得だからだ。
アルビオン、いや、ランドールにとって、最高の展開は、扇が手に入り、俺とフィオがいなくなり、なおかつ皇国に攻め込めることだ。
俺を捕らえることさえできれば、それは全て叶う。
扇を手に入れられ、フィオは抵抗をやめるだろう。捕まってしまえば、俺たちの身柄はランドールの思うがままだ。
そして、交渉を決裂させた皇国に、問答無用で攻め込める。停戦が既に成立したと思っている皇国では、防ぐことはできないだろう。
「ユキちゃんは渡さない!」
「フィオ……」
「フィオナ! あなた、自分が何をしているのかわかっているの!?」
「わかってるよ! 責任は私が取る! ユキちゃんも、皇国も、私が守るから! 協力して!」
フィオの言葉にシャルロットが唇を噛み締めた。
こうなってしまった以上、シャルロットにはフィオを止めることはできない。そして、フィオに協力しなければ、皇国もフィオも危険にさらされる。
どうであれ、シャルロットはフィオに協力するしかないのだ。
フィオはわかっていて、行動に移したのだろう。すべて計算づくで、しっかりと勝算をもって、ことに望んでいる。
だが、二つ計算に狂いがある。
まず、俺が逃げる気はない、ということと、俺はフィオを止めることができる、ということだ。
ランドールがなぜ、フィオを煽ったのか。
おそらく、ランドールは確かめたかったのだろう。
俺が本当に神扇クラルスを持ってきているのかどうか、ということを。
小さく、俺は舌打ちをする。
アルビオンの侵攻を食い止めるには、フィオの力がいる。フィオに頼るしかない皇国は、フィオを許すしかない。
と、フィオは考えているだろうが、皇国はおそらくフィオを許しはしないだろう。いや、処罰について揉める。
そうしている間に、取り返しのつかないところまで、アルビオンに侵攻されるはずだ。
王の護衛に間者を紛れ込ませることができるのだ。皇国上層部には、アルビオンに繋がってる者もいるだろう。そういう人間の行動を、フィオは計算できていない。
そして、それがわかってしまうからこそ、俺はここでフィオを止めないといけない。
そこまで、ランドールは計算して、フィオを煽ったのだろう。フィオは政治から遠ざかってきたから、政治には疎い。
経験がないことは、予想も計算もできないのは仕方ない。
仕方ないが、皇国の運命が決してしまう以上、仕方ないでは済まされない。
「フィオ!」
「ユキちゃん! ベルクに乗って! フェレノールに行ったあと、しっかりヴェリスに送るから!」
「そうじゃない。フィオ、フレズベルクの召喚を解くんだ。フィオのやり方じゃ、皇国は滅びる」
俺の言葉に、フィオは俺に手を差し出した状態のまま、固まった。
その目は、信じられないものをみるような目だった。
心が痛むし、できればこれから先は言いたくなんてない。けれど、言わなければならない。
「だからフィオ。俺はフィオの手は取れないよ……皇国のためにも、フィオのためにも」
「ユキ……ちゃん……?」
「ごめん。俺はアルビオンに行くよ。それが一番なんだ」
「……いよ……」
「なに?」
「一番なんかじゃないよ! どうしてユキちゃんが皇国のためにそこまでするの!? 行けば絶対、死んじゃうんだよ!?」
フィオが俺へと近づいてくる。
できれば、もっとゆっくり話をして、互いの納得をみつけたい。だけど、時間はない。
アルビオンの騎馬隊が出撃してきた。
皇国の騎士たちもすぐに到着するだろう。
そこまでに全てを終わらせないといけない。
「大丈夫だよ。死んだりなんかしない」
「嘘だよ……わかるもん……」
目に涙を浮かべながら、フィオが俺の胸に触れた。
体重が掛かってくる。フィオが倒れ込んできたからだ。
肩を掴んで受け止めると、フィオが顔を上げる。
涙を流すフィオと目があった。
「お願い……ユキちゃん……私が何とかするから」
「ごめん……本当に、ごめん」
俺は強くフィオを抱きしめる。
俺が持っているクラルスは、服の上からでも効果がある。
これだけ密着すれば。
「あ……」
フィオとの魔力の回線が途切れたせいか、フレズベルクが光を発して、消えていく。
俺はそのままフィオの頭を撫でる。
「大丈夫。だから泣かないで」
「……あの扇だね……ひどいよ……ひどいよ……私、ずっと考えて、頑張って決めたのに……」
「ごめんね。でも、俺もフィオを守りたいんだ。あのままだと、フィオはまずい立場になる」
「……いいよ……それでユキちゃんが救われるなら、私は構わなかったのに……」
「俺が構うんだよ。必ず、俺は後悔するだろうからね」
「……どうして……そこまでするの? ユキちゃんがそこまでする価値が、皇国にはあるの……?」
「さぁ、わからないよ。別に皇国が好きで守ってるわけじゃないしね」
そういって、俺はフィオに微笑む。
泣き顔のフィオが、俺の言葉に疑問を投げかける。
「じゃあ、何のため……?」
「最初はヴェリスのために。けど、今の状況だったら、ヴェリスのことだけ考えれば、逃げるのも手の一つだよ。でも、その選択は俺にはない。だって、フィオが大好きな皇国を見捨てられないだろう? 君がいる国だから守る。君が好きだといった国だから、一緒に戦って、一緒に守ろうとした国だから……俺は守るんだ」
いうべきことはいった。
このままフィオが泣き止むまで待っていたい。
だが。
もう、残り時間は少ない。
俺は泣いているフィオをシャルロットに預け、こちらに向かってきている皇国軍のほうを見る。
まずは皇国側をとめなくてはいけない。
「皇国軍全軍に告げる! その場で停止しろ!」




