第三章 孤軍4
二話連続投稿です。
皇都からフェレノールまで、俺はロナルド陛下がつけた護衛と共に向かった。
護衛といっても、その本質は監視だとは思う。けれど、俺に同情してか、いろいろと親身になってくれた。
兄弟が前線に出ていて、ノックスの援軍で命拾いしたと、お礼をいってくる人もいれば、皇国の仕打ちについて、俺に謝罪してくる人もいた。
底抜けに明るい人もいれば、孫が心配だという老人騎士もいた。
皆が親身になって、楽しく話をしてくれた。
まぁ親身になっただけで、俺への監視は緩まなかったけど。
それでも、なかなか楽しい時間だった。
そんな護衛兼監視たちに囲まれ、フェレノールについた俺は、太守館にいるリガール太守に呼び出された。
要件はフィオのことだろう。
傷ひとつ付けることも許さない、といっていた人だ。敵軍の人質にされたと聞けば、黙ってないだろう。
呼ばれなくても、謝罪にいくつもりだったから、好都合なのだけれど。
「どうして、護衛の人と引き離されるのかなぁ」
「あら? 私じゃ不満かしらぁ?」
俺の横に立っているシャルロットが、俺の肩にしなだれかかりながら、聞いてくる。
非常に不満だ。
というか、重い。
「シャルロット。離れてくれる?」
「あらあら? 嫌だった?」
「とてもね。俺にそっちの趣味はないし」
「私の心は女よ?」
「体が男なのが問題なんだよ……。それで? リーガル太守は怒ってる?」
シャルロットをどうにか引き剥がし、俺は真面目な話をする。
肩を竦め、シャルロットは首を横に振る。
「怒る気力もないわよ。落ち込んでるってところかしら?」
「じゃあ、首を折られる心配はないか」
「どうかしら? 可愛い姪を連れて行き、守れなかった男の顔をみたら、活力を取り戻すかもしれないわよ?」
「その活力が俺を殺すことに使われなければ、是非とも活力を取り戻してほしいね」
「それは無理ね。なにせ、フィオナは……太守の初恋の相手の娘だもの」
初耳だ。
いや、待て。
太守の初恋の相手が、ロナルド陛下の妻だとすると。
「弟の初恋の相手を奪ったのか?」
「違うわ。城の給仕だったそうよ。美人ではあったけど、身分が低かった。だから、太守は想いを告げなかったけれど、皇王は違った」
「なるほど。可愛がるわけだ。しかし、リガール太守は複雑だろうなぁ」
初恋の相手と、兄が結婚し、娘が生まれた。
しかし、その子供を守るために、兄は妻と娘を、自ら遠ざけた。
結局、その娘は皇国のために戦場に駆り出され、英雄と呼ばれるようになってしまった。
これが身分違いの恋の結果だというなら、皮肉なものだ。
「そうねぇ。まぁ人質になるって言い出したのは、フィオナだし、皇国はあなたに負い目があるから、正直、今回は謝罪する気だと思うわよ?」
「だといいけどね……」
言いつつ、肩を竦めて、ため息を吐く。
太守館は前に来たときと変わっていない。
当たり前か。前に来てから、一ヶ月も経っていない。
「結果論ではあるけれど、あなたが生贄になってくれたおかげで、フェレノールは戦場にならずに済んだ。そして、多くの皇国の兵が死なずに済んだ。そのことについては、多くの人が感謝してるわ」
「生贄ねぇ……俺としては、和平の使者くらいのつもりなんだけど」
「確かに、あなたがアルビオンにいくおかげで、和平は成立するけど……使者ではないわね。やっぱり生贄がしっくりくるわ」
生贄だなんていわれるのは嫌だ。
たとえ、客観的にみて、そういう扱いだとしても。
俺のそんな心情を察したのか、シャルロットが笑う。
「流石に生贄呼ばわりは嫌かしら?」
「当たり前でしょ? 俺は生還する気でいるんだから」
「いうだけなら誰でもいえるわ。具体的にはどうやって生還するつもり?」
「アルビオンで味方を増やし、敵を罠に嵌める。武器は話術と、知識かな」
まったく具体的ではないが、そういうと、シャルロットが意外そうに呟く。
「あら? 本当に生きて帰ってくるつもり?」
「そういってるでしょ? まぁ帰るのはヴェリスだけどね」
「アルビオンは魔術師の国。国民の大半が魔術師。つまりは、普通の兵士より高い攻撃力を当たり前に持っているということよ? その国に捕まって、脱出するだなんて」
「知ってる。至難の技……っていうか不可能だろうね」
俺の言葉を聞いて、シャルロットはため息を吐く。
「はいはい。わかったわ。あなたと喋るのは、フィオナと喋るより大変だわ。私の理解が及ばないところで、あなたは勝算を見出している。そういうことね?」
「勝算っていっていいのか、正直わからないけどね。そこまで勝ち目があるわけじゃないし」
「自信があるのか、ないのか、はっきりしなさいよ。まったく、フィオナといい、あなたといい、軍師っていうのは、わからないわねぇ」
フィオを軍師と称したシャルロットは、間違ってはいない。フィオは間違いなく軍師だ。しかし、俺と同列に扱ったのは間違っている。
フィオは正攻法を得意とし、俺は、搦手を得意としている。
大軍同士の正面からのぶつかり合いや、自軍の方が戦力的に優位な場合は、フィオは俺以上の活躍をみせるだろう。だが、奇襲や、こちらが劣勢の場合は、俺のほうに軍配があがる。
多分、俺のほうが性格が悪いからだろう。相手の弱みに付け込んだり、裏をかいたりするのは、俺のほうが得意なのだ。
まぁフィオには一撃必殺のフレズベルクがいるから、小細工など必要ないという見方もできるけれど。
「俺とフィオは、軍師としての傾向が違うよ」
「そんな難しい話を私がすると思っているの? 私は単純に二人が似ているように感じたから、軍師って枠でくくっただけよ」
「俺とフィオが似てる?」
社交的なフィオと内向的な俺では、似ている要素を探す方が難しい気がする。
強いて似ている点といえば、知力の数値が近いが、これは俺にしか見えないものだし。
似ている点を探していると、呆れたようにシャルロットが呟く。
「わかっていなかったのかしら? 二人とも結構似てるわよ?」
「どこが? 見当もつかないよ」
「そうねぇ。一番似ているところは……いつも“誰か”のことを考えているところかしらねぇ」
誰かのことを考えている。
そういわれ、確かにと思ってしまった自分がいた。
俺も、そしておそらくフィオも。
自分のことより、他者のことを考える時間のほうが長い。
「それは……そうかもしれないな」
「ほかには、他人の目を気にするところかしら?」
「よく出てくるなぁ……」
俺のことをよくみているから、共通点が出てくるわけじゃない。
フィオのことをよく知っているから、俺をちょっとみただけでも、似ているところがわかるのだ。
というか、そうであってほしい。あの激しい戦いの最中でも、観察されていたと思うと、寒気が走る。
「私はフィオナのことは何でも知っているもの。まぁ最近は変わり始めたけれど、あなたの影響でね」
「俺の影響? フィオは俺にどんな影響を受けたの?」
俺と出会ってから、フィオが変わったような気はしない。
だが、俺の影響を受けたということは、俺と出会ってから変わったんだろう。
それがシャルロットにしかわからないような、本当に小さなことなのか、それとも今までのフィオを揺るがしかねないほど、大きなことなのか。少し気になる。
「あなたとフィオナは、決定的に違う点があるわ。何かわかる?」
「……容姿?」
「頭良いのか、悪いのか。本当に判断に困るわね」
なんだよ。決定的に違うっていうから、それくらいしか思い浮かばなかったのに。
まぁ話の流れ的に、内面だろうことは予想できるけど。
見当もつかない。
「わからないよ」
「行動力よ。あの子は……優しいけれど、無茶も無理もしない。目の前で失われていく命に悲しみ、涙は流すけれど、自分の身を犠牲にしてまで、助けに向かったりしない」
「確かにフィオは、フェレノールから動かなかった。けれど、あれはリガール太守に止められていたからじゃないの?」
「フィオナならいつでも抜け出せるわ。抜け出さなかったのは、行動に移す勇気が足りなかったからよ。あの子は、戦場に出て、人を救いたい、国を救いたいと思っていたわ。けど、フェレノールでの、避難民への支援以上のことはしなかった。太守を言い訳に、あの子は動かなかったの」
なかなか手厳しいことをいう。
フィオは確かに、俺が迎えにいくまで、現状に甘んじていた。
さまざまなことを理由にして、フェレノールから離れることはしなかった。
いま思えば、ロナルド陛下がフィオに出陣要請を断られても、強制的に戦場に連れて行かなかったのは、娘への甘さだったんだろう。
平時なら優しいといえるだろうが、あのとき、皇国はそんなことを言ってられる状況ではなかった。全てを使ってでも、アルビオンの侵攻を食い止める。そのくらいの気概がなければいけない状況だった。
あの時点でフィオが参入していれば、戦況は大分マシだった。それは、ロナルド陛下も、リガール太守も、フィオ自身もわかっているだろう。
そう考えると、俺はフィオに対して怒っていいような気もする。いや、フィオが人質に自らならなければ、怒りに任せて、乱暴な言葉を投げかけていたかもしれない。
「けど……フィオは変わった。目の前で助からない状況に陥った人間に、仲間との別れをさせるためだけに、自ら人質になるほどに」
「……そうね。でも、あれは多分、あなたへ抱き続けていた負い目が、フィオナを動かしたのよ?」
「知ってる。フィオがもっと早く、自分の力、地位に責任をもって動いていれば、俺がアルビオンにいくことはなかったと思う。けど、安心しなよ。この件でフィオを恨んでなんかいないよ」
「ええ。安心したわ。けど、あの子があなたを助けたのは、それだけじゃないのには、気づいているかしら?」
それ以外の理由。
俺への負い目以外の理由とは、なんだろうか。
正直、さっぱりわからない。さきほどから、人の心情に関することばかりで、まったく答えれていない。
シャルロットが厳つい顔で笑ってる。答えに詰まっている俺が面白いんだろう。
「わからないよ」
「あら? 何でも知っているとまでいわれる軍師が、さっきから、わからないことだらけね?」
「人の心は読めないしね。それに無知が恥だけど、無知を認められないのはもっと恥だと思ってる」
「だから聞くの? 予想くらいはできるでしょう?」
「そうだなぁ……大切な友人、仲間だと思ってくれてた、からかな?」
我ながらいっていて恥ずかしい。
大切な友人だと、俺は思っている。少なくとも、命をかけて、共に戦場に出た戦友だ。付き合いは短いけれど、信頼できると思っている。
だが、シャルロットは首を横に振った。
「近いけど、違うわ」
「近い? どういうこと?」
「本当にわかっていないのね? フィオナはあなたに惚れているのよ?」
惚れている。
一瞬、シャルロットの言葉の意味が理解できず、俺はスキルを発動させた。
【惚れる。異性を心惹かれること。その人の魅力に心をうばわれること】
画面には二通りの意味が書かれている。
どっちにしたって恥ずかしいことにはかわりない。
けど。
「俺って魅力的だからなぁ。あまりの智謀に心奪われた、みたいな?」
「なに混乱しているのかしら? 普通にあなたを異性として慕ってるのよ。今、憧れに近くて、本人もはっきりとは自覚してないみたいだけど」
「いやいや! 言っちゃ駄目でしょ!? っていうか憶測でしょ!?」
「見てればわかるわよ。大体、あの子は、あなたが初めて、対等に話ができる同年代の男の子なのよ? 気を使わずに済むっていう意味でも、頭脳的な意味でもね。しかも、あなたはフィオナをフェレノールから引っ張り出した。自分とは違う行動力を持っていた。憧れて、惹かれるのも無理ないわ」
なんてことだ。
今まで、それこそ、地球から合わせても、女の子にモテた試しなんてない。
のに。
それを間接的に、厳ついオカマのおっさんに教えられるなんて。
最悪だ。
フィオに直接いわれたら、さぞやいい気分だっただろうに。今は素直に喜べない。
「まぁ……本人が言ってたわけじゃないんでしょ?」
「そうね。でも、あなたに好意を抱いているのは間違いないわ。フィオって愛称は、母親が使ってた愛称で、特別なものだもの」
「呼ぶ人がいないってそういう意味かよ……にしても、ずいぶんとフィオについて詳しいけど、シャルロットはどれくらいの付き合いなんだ?」
少し気になる。
なぜ、シャルロットはフィオの護衛をしているのか。
あの過保護な太守が、見た目も内面も危険すぎるシャルロットを率先して、フィオの護衛につけるとは考えにくい。
シャルロットは、太守の命令といっていたが、それにしては事情に精通しすぎてる。
「フィオナが生まれた時くらいからよ。元々、私は皇王に雇われたフィオナの母親の護衛だもの。生後間もないフィオナを抱えて、母親を城から連れ出したの。だから、事情は全て知ってるのよ。陛下が、本当はフィオナのことを大切に思っているのも、もちろん知ってるわ」
予想外に古い付き合いだ。
正直、びっくりだ。まさか全ての事情に通じてる人がフィオの傍にいるとは。
「教えてあげないの?」
「話すときがくれば、陛下が話すわ。まぁそういうのはいいのよ。今は、あなたのことよ。フィオはおそらくだけど、あなたを連れて逃げる気でいるわよ?」
シャルロットの声色が鋭くなる。というか、低くなって、ドスの効いた声になる。
めちゃくちゃ怖いから止めてほしい。
けれど、いっている内容は、まぁわかる。
俺が逃げるチャンスがあるとすれば、フィオが解放され、俺がアルビオン軍に捕まる瞬間。
そして、フィオにはフレズベルクがいる。召喚さえできれば、ヴェリスまで逃げるのはわけないだろう。
「申し訳ないけれど……例え俺のことを慕ってくれる子の誘いだろうと、俺はその誘いには乗れない……」
「そう……あなたは逃げないのね……」
「残念そうにいわないでよ。逃げるっていったら、力づくでアルビオンに引き渡す気だったんでしょ?」
太守館への道のりは覚えている。
しかし、シャルロットは遠回りをしていた。人気のない方向へ。
何かきな臭く感じていたが、俺に本当に逃亡の意思がないか確認するためなら、納得がいく。
「……試して悪かったわ。フィオナの気持ちも大切よ。けれど、皇国の民の命も大切なの。あなたには何としても、アルビオンに行ってもらうわ」
「だから了承してるでしょ? 大丈夫だよ。俺が何かするとしたら……それはアルビオンについてからだから」
笑みを浮かべつつ、俺は思考する。
ストラトスに掛ける罠はもう決まっている。
あとは、どうやって掛けるか。追い込むかだ。
「申し訳ないと思うなら、少し用意してもらいたいものがあるんだけど、いいかな?」
奴の性格は、読みやすい。
やることも想像できる。
奴の趣向は逆手に取らせてもらうとしよう。
俺を自分の懐に引きずりこんだことを後悔させてやる。
待っていろ。ストラトス。




