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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第一部 内乱編
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第一章 序6

 城から村までは少し時間が掛かる。猟犬と言われる部隊は、村に数十名を残して、城の外に野営していた。その野営地の近くで俺は馬から下りて、こちらを警戒しながらジリジリと近寄ってくる男たちに向かって大きめの声で告げた。


「交渉に来た。この部隊の隊長と話がしたい」

「ほぉ。交渉か。どんな交渉だ? 美女を追加してくれるのか?」


 ゆらりゆらりと歩いてきた隻眼の男がそう言うと、俺とラーグ隊長を警戒していた男たちは大声で笑い始めた。こいつが隊長で間違いないだろう。戦闘力もこの中では一番高い七十後半だ。これから上がると思えば大した使い手だろう。


「隊長とお見受けしたが?」

「ああ、俺がこいつらの頭のダンだ。お前は?」

「ディオルード殿下配下のユキト・クレイです。こちらは護衛隊長のラーグ隊長です。誰の護衛かは言わなくてもわかりますね?」

「そりゃあ、世界一の美女のだろ? 夜も世界一か確かめたくて、俺たちは寝られなかったんだ!」


 また品の悪い笑い声が響く。どうやら思った以上に躾のなっていない犬のようだ。本当にソフィアをあそこで止めておいてよかった。何をされるか分かったもんじゃない。


「貴様らぁ……!」

「ラーグ隊長。交渉は任せると約束してくれた筈です。下がっていてください。そちらも部下の方を下げて頂けませんか?」

「いいぜ。但し武器は置かないぜ?」

「構いません。あろうがなかろうが、私ではどうにもできませんから」

「へぇ。身の程は知ってるみたいだなぁ」


 ラーグ隊長とダンの部下たちが徐々に下がる。それを見て、俺はまず確認する。


「国王陛下直属の部隊と聞きました」

「ああ、最低な王の最低な家来さ。文字通り甘い蜜をたっぷり吸わせてもらってるぜ。へっへっへ」

「なるほど。では今まで通り甘い蜜を吸えるように譲歩案を持ってきました」

「譲歩案? どう言う事だ?」

「これは隠しておきたかった秘密です。それを持ち帰り、国王陛下への手土産として頂きたい」


 俺がそう言って右手を軽く上げると、ラーグ隊長が夜空に向かって火球を放つ。

 ダンは咄嗟に腰の剣に手を掛けるが、俺が全く動かない事に気付いて、剣は抜かなかった。だが、それは大きな誤りだ。俺は手だけは動かしていた。耳を塞ぐために。

 一瞬後、大きな怒号がこの辺り一帯に響いた。耳を塞いでいても痛みを感じるほどの音量だ。最初の方は耳を塞いでいなかった猟犬の奴らはさぞや苦しい事だろう。


「な、なんだ!?」

「声だ! しかも城から聞こえてくるぞ!?」

「一体、何人で声を出してやがる!?」


 しばらく止むことのない怒号に猟犬も苦しみ、俺とラーグ隊長も苦しんだ。自分で考えた事とは言え、うるさくて堪らないし、頭が痛い。しばらく続いた怒号はピタリと止む。一定の時間がすぎるまで声を出すように伝えた為、俺自身も頭がくらくらするくらいダメージを受けた。


「は、八千人の声は凄いですね……」

「は、八千だと!? そんな人がなぜあの城に居る!?」

「だから言ったではありませんか。隠しておきたい秘密だと。本当なら密かな援軍として前線に向かう軍ですが、あなた方にバレた以上は仕方ありません。堂々と送るとしましょう」

「……どこからそんな軍が……?」

「アルビオンですよ。まぁ中には騎士とかじゃない人も多分に居ますが、数は力になります。あなた方が狙う世界一の美女の為に集まった人たちです。今にも暴走しそうなのをどうにか押さえつけて交渉に持ち込んだんです。さっさと退いてください!」

「……ひ、退けるか! あの王は情報よりも金よりも美女を愛する。取り逃がしたとすれば俺たちに明日はない!」


 ダンの顔に恐怖が浮かぶ。なるほど、そこら辺の首輪はしっかりしてるのか。けど、これはちょっと拙いな。自暴自棄になられたら困る。画面を見れば一気にステータスが上がってる。なるほど、死兵とはこう言う事か。背水の陣が有効な訳だ。


「では八千と戦うと!? 勘弁してください! ユーレン伯爵から戦を起こすなと厳命されているんです! 人死は御免です!」

「やかましい! こっちは命懸けなんだ! 退いて欲しけりゃ至上の乙女を連れてこい!」

「声を落としてください! あの護衛隊長はその気になれば私とあなたを丸焼きにできるんですよ!」

「なぜそんなのを連れてきた!」

「逆です! 連れられて来たです! 良いですか。至上の乙女は出てきません。なぜなら出ようとする度に護衛に止められているからです。それで、出来れば最小限の犠牲で終わらせて欲しいと言う願いをあの護衛隊長にして、あの護衛隊長は私を交渉の場に連れてきた。しかし、私は殿下にあの城を任された責任者だ。この扱いには不満を持っていると言っていい」

「簡潔に話せ」

「あなた方に至上の乙女が城を出た後、情報を」


 俺はそこで言葉を切る。ダンの後ろに、待ち望んだ物が見えたからだ。ラーグ隊長も気づいたのだろう。こちらに向かって歩いて来る。

 見えたのは小さな魔術による火球だ。だからこそ見間違いはない。奇襲部隊が成功したと言う事だ。それならこんな所で時間稼ぎをするだけ無駄だ。後はラーグ隊長に連れられて後退し、ソフィアとその護衛、そして奇襲部隊以外の百五十人と協力して戦えばいい。

 そう思っていた俺は、いきなり首に腕を回され、短剣を突きつけられた。


「動くな……。責任者のこいつが死ぬのはアルビオン的には上手くねぇだろ?」

「責任者? 何の事だ?」


 おいおいおい。まさか。冗談だろ。それは幾ら何でも酷すぎる。予想外にも程がある。


「はぁ? こいつはあの城を任された責任者だろうが!」

「あの城はユーレン伯爵の弟君が代わりに治めている。そいつはただの王子の使用人だ。殺したければ殺せ」

「な、何だと!? て、てめぇ! 騙しやがったのか!?」


 そう言ってダンが腕に力を込めようとした瞬間、ラーグ隊長が動こうとして、すぐに動きを止めた。

 ラーグ隊長だけじゃない。俺もダンも、その場に居た全員が多少の差はあれど、とんでもない怒号に声を上げながら耳を塞いだ。ダンは俺から手を離し、短剣を落とした。俺は俺で対応が遅れたせいで頭がガンガンしている。

 何から何まで予想外だが、俺はとにかくラーグ隊長の下に行こうと走る。だが、足を掴まれ、そのまま転んでしまう。掴んだのはダンだ。耳から血が出てるのを見れば、鼓膜が破れたのだろう。すでに耳の痛みは気にしていないようだ。

 ダンは俺に馬乗りになると、いつの間にか拾い直した短剣を右手に持って振り上げる。

 終わった。そう思い、一瞬、親友に刺された時の事を思い出す。あの熱さは二度と味わいたくなどない。スローにすら見えるダンの動きだが、徐々に俺に短剣が近づいてきてるのがわかる。

 だが、次の瞬間、ダンの右腕に矢が突き刺さった。


「ぐあぁぁ!!」


 いつの間にか怒号は止んでいる。気付くと同時に俺は力一杯両腕でダンを押し返し、下敷きの状態から抜け出す。

 どうにかホッとしたのも束の間。ダンの部下たちがこっちに向かってきている。大音量の声を聞いたせいで、皆少しばかりふらついてるが、俺もフラフラだ。


「下がれ、クレイ!」

「無茶言わないで!」


 何とか這うようにしてラーグ隊長の足元まで行くが、ラーグ隊長はもっと下がれと言う。とんでもない無茶ぶりだ。少し時間を置かなきゃ歩くこともできないだろう。


「いいえ。そこで十分です」

「ソフィア様!? 前に出ては危険です!」

「大丈夫です。この人数なら……問題ありません!」


 ソフィアが両腕をダンたちに向ける。

 最初は小さな風だったが、徐々に大きな風となって、ダンたちに襲いかかり始めた。人を吹き飛ばすほどの風ではない。だからダンたちは歯を食いしばって耐えていられる。でも、ソフィアの狙いは別の事だろう。

 人は飛ばずとも、武器は飛ぶ。落ちている物は勿論、力なく握っているもの、地面に刺さっているもの。それらが徐々に上空へと舞い上がり始める。流石に腰に差してあるようなのは飛ばせなかったが、殆どの武器は上空に上がった。このまま武器を落とせば文字通り終わるのだが、ソフィアはそんな事はせずに、風を操り、別の場所に武器を落とす。

 どうにか風に耐えきり、疲弊したダンたちを待っていたのは百五十人の兵たちだった。武器もなく、戦う気力も失せたダンたちに抗う術はなく、抵抗らしい抵抗もせずにおとなしく捕まった。

 途中からは予想外の連続で、かなり命も危うかったが、まぁ上手く行ったほうだろう。

 俺は大きく息を吐いて、歓声を上げる兵たちを見回した。




■■■




「本当に良い腕してるね」

「私が腕を射らなければ、どうするおつもりだったんですか?」


 休憩のために大きめの岩に背中を預けていると、ミカーナが姿を見せたので、声をかけたら、そう質問されてしまった。

 どうと言われても、打つ手がなかったから答えられない。


「まぁ……何も出来なかったんじゃない?」

「随分と明るく言いますね。死ぬ所でしたよ?」

「知ってる。けどあの恐怖は二度目だからね。一度目に味わった時に俺の中の何かは壊れたのかもね。それとも慣れたのかな? 不思議と恐怖は尾を引いてない」

「前にも殺され掛けた事が?」

「うーん、まぁそんな所。だから、ありがとう」


 笑顔でお礼を言ったら、ミカーナは目は何度も瞬かせる。よほど意外だったみたいだ。


「なぜお礼を?」

「助けてくれたし、もう一度あの熱さを感じずに済んだしね。助けられるのは二度目だから、何か本格的なお礼が必要だね」

「……では、私の夢に協力してください」

「どんな夢?」

「カグヤ様のように諸国に名を馳せる将軍になると言う夢があります。まず出世しなければいけないので、口利きをお願いします」


 真剣な顔で告げるミカーナを見て、俺は思わず笑ってしまう。剣が得意そうなバリバリの騎士なのに弓が得意だったり、出世には興味なさそうなのに、めっちゃあったり、この子は本当に面白い。


「私は!」

「良い夢だと思うよ。大きな夢だ。手伝える範囲で良いのであれば、俺は協力するよ。まずは奇襲の結果報告から聞こうか」

「……部隊の内、二名が負傷しましたが、後は無事です。村人は当然、皆、無事です」

「出来過ぎだね。相手が弱かったからかな?」

「……最後の方が問題ですが、あなたの作戦が良かったのだと思いますよ。軍師殿」


 そう言ってミカーナは背を向けて行ってしまう。

 代わりに今度はソフィアがこちらに歩いてくる。周りに人は居ないが、ここは敬語の方が良いだろう。


「調子はどうですか?」

「体が怠くて力は出ませんけど、まぁ命があるだけ良い方かと。あのいきなりの怒号はソフィア様ですか?」

「はい。咄嗟だったので加減ができませんでしたが……」


 大音量の怒号の正体は城下町の人たちも合わせて、約八百人ほどの大声だ。それをそのままソフィアが風でこちらに送り込んだだけだ。耳元で叫ばれたようなものなので、ある種の音波兵器だ。この規模で出来る魔術師はソフィアくらいしか居ないらしいが。

 怒号の本当の目的は耳を一時的に封じ、村から意識を遠ざけること。怒号の間に、裏門から奇襲部隊は出陣し、大勝利を勝ち取ったのだ。奇襲部隊の戦果は予想外なほどだが、取り敢えずは思い描いた通りにはなった。


「ユキト……」

「なに?」

「申し訳ありませんでした……」

「ありがとうを期待してたから、とても予想外だよ」


 いきなり頭を下げられた俺はビックリだ。主に護衛部隊に見られていないかという点では恐怖を感じたと言ってもいい。


「……私は風を操れば……遠くの声を拾えるんです。だからユキトがどれだけ言葉を尽くして、頑張ってくれたのか知っています。それに対して私は何も報いていません……」

「ちょっと待って。まず、今回、奇跡的に死者が居ないのはソフィアのおかげだ。ソフィアが守ったんだ。だから報いるとかは良い。問題はそこじゃない。どんな会話を……聞いてたの?」

「村を見捨てると言う話や、先ほどの時間稼ぎの時のです」

「それよりもっと前に、主に俺とディオ様の会話とかを聞いてたりはしないよね?」


 拙い話しかしてない。主にソフィアの話は本当に拙い。ユーレン伯爵の言葉は勿論、その後、ディオ様と二人でソフィアが何故あんなに美人なのかを論じた事もある。

 一瞬でソフィアが真っ赤になった。同時に俺も真っ赤だろう。聞かれていた。あの会話が。男同士だから出来た会話なのに。


「き、聞こうと思った訳ではなく……そのぉ……二人の会話は聞いてて楽しいので……ついつい、風で運んでしまうんです……」

「……有効射程はどれくらい?」

「え……?」

「どれくらい離れると聞けなくなる?」

「そうですね……大きな街の端から端くらいが限界ですね」

「分かった。よぉくわかった。話す場所はしっかり考えるよ」

「……怒ってますか……?」

「怒ってないけど、すごく恥ずかしいよ。こんなに恥ずかしいのはいつ以来だろう……。先に言ってよ。知ってたら……話題に気をつけたのに……」


 そう言いながら、俺は一番大きなため息を吐いた。




 この三日後。この戦果を聞いたディオ様によって俺は前線に召喚されることになり、ソフィアもアルビオンへの帰路につく事になった。

 ヴェリスの内乱は徐々に佳境に入りつつあったのだ。

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