第三章 孤軍3
王の間に静寂が流れる。
当たり前だ。
この場で、いや、この国で最も高い地位いる人が喋らないのだから、俺たちが喋れるわけがない。
通常の謁見の位置まで進んだ俺とミカーナ、そしてリアーシア殿下は、膝を付け、ロナルド陛下の言葉を待っている。
一方、ロナルド陛下といえば、先ほどからずっと俺を見ている。見てはいるのだが、どうにも、何を考えているのかわからない目だ。
表情からも内心を読み取れない。
隠しているからだろう。
今、この人は何を思っているのだろうか。
俺への罪悪感を抱いているのか、それとも愚かな軍師と嘲笑っているのか。
どちらにしろ、会話がなくては始まらない。そして、それを切り出すことは、俺にはできない。
さてどうしたものかと思ったら、リアーシア殿下が助け舟を出してくれる。
「伯父上。呼んだ理由を伺いたいのじゃが?」
リアーシア殿下は、緊張した様子もなく、ロナルド陛下に問う。
立場上、敬うべき人だとわかっていても、個人として敬っているわけではない。
リアーシア殿下の内心はそんなところか。
そんなリアーシア殿下の内心を敏感に感じ取ったのか。ロナルド陛下が無表情のまま告げる。
「リアーシア。お前の前にいるのは、伯父ではない。皇王だ」
「皇王らしいことをしてから、いうてほしいものじゃのぉ」
そっぽを向いて、リアーシア殿下はそんな皮肉を吐いた。
挑発は、相手を会話に引き込むときに有効な手の一つではあるが、相手と場所を考えねば、悪手にもなりえる。
今がそのときだ。
「リアーシア。アーノルドの娘らしく、お前は実に生意気で小賢しい。だが、私がお前を呼んだのは、ついでだ。退席させられたくなければ、その口は閉じていることだ」
ロナルド陛下はそういって、リアーシア殿下の言葉を封じにかかった。
だが、リアーシア殿下を見つめる目は、苛立ちや嫌悪感とは別なものに見える。
あの目は、少なくとも、悪感情を宿した目ではない。
俺とロナルド陛下の目が合う。
すぐにロナルド陛下の目は、何を考えているのかわからない目へと戻った。
俺は一瞬、さきほどのリアーシア殿下へ向けた目の意味が気になったが、ここで言葉を発する機会を失うと、これから先は機会がないと思ったため、頭の奥にそれを押しやり、ロナルド陛下に訊ねる。
「では、私に用があったということでしょうか?」
ロナルド陛下は俺の言葉に大きく頷き。
俺を嘲笑うように告げた。
「そうだ。私が地獄に落とす男の顔を覚えておこうと思ってな」
俺の少し後ろにいるミカーナが、腰をあげようとしたのが、気配というか、音でわかった。
だから、とっさに手でミカーナを制する。
ミカーナは一介の部隊長。他国の人間とはいえ、その気になれば、皇王にはどうとでもできる。その気になれば、の話だが。
人が道端の小石を転がしたところで、何も感じないように、皇王にとって、ミカーナの存在は視界にも入らないほど、小さいものだろう。
だから、ミカーナが少し動いた程度では、気にはしない。
だが、ミカーナが食ってかかったとなれば、話は別だ。
ミカーナを連れてきたのは、失敗だったかもしれない。
ミカーナなら自制できると思っていたが、少し見積もりが甘かった。
これは、できるだけ早めに話を終わらせる必要がある。
「なるほど。私としても、“今後”のために是非とも陛下には、顔を覚えておいて頂きたいと思っています」
“今後”という部分に力を込める。
ロナルド陛下が初めて、表情を変えた。
確かに、俺にとって、アルビオンに行くというのは、地獄に落とされることと大差ないことだが、別に死が確定したわけじゃない。
完璧ではない人が関わる以上、絶対はない。
確率が限りなく零に近くても、絶対ではないなら、どうにでもなる。
「……アルビオンから生きて出られると思っているのか?」
「アルビオンがなぜ、私の身を欲したか。聞いていらっしゃいますか?」
ロナルド陛下は、俺を見る目を少しだけ細める。
俺の質問の意図を考えているんだろう。
答えはいくらでも考えられる。
まず、俺はアルビオンの国宝ともいうべき、神扇クラルスを持っている。
更に、俺はヴェリスの重鎮たちと近しい仲で、自分でいうのもなんだが、ヴェリスの重要人物の一人だ。
もっといえば、アルビオンの兵士たちを最も殺した指揮官でもある。
最後に、まことに不本意だが、至上の乙女を惑わした男という、噂が流れているため、その面からも、俺の身、というか首には価値がある。
ロナルド陛下はどれを選択するだろうか。
それとも違う答えを持ってくるだろうか。
答えを待っていると、ロナルド陛下はゆっくり首を振る。
「私は……何も聞いてはいない」
そう来たか。
アルビオンからは何も聞いてはいない。
そういえば、俺の会話に乗せられる心配はない。更に、あとで皇国は何も知らなかったといえる。
しいてデメリットがあるとすれば、当代の皇王が無能だという話が広まり、皇王の威信が下がることだが。
今の口ぶりから察するに、ロナルド陛下は、そこらへんの評価は気にしていないように思える。
「聞いていないとはなんじゃ!? 交渉をしていたのは伯父上じゃぞ!?」
「私は提案されただけだ。ヴェリスの軍師、ユキト・クレイの身柄を渡せば、アルビオンは軍を退くとな。半年の停戦の間に、本格的な和平交渉が始まる。和平が成功するとおもえば、他国、特にヴェリスからの信用など安いものだと思わんか?」
「信用を失うとわかっていながら、あえて私を売り渡したと?」
ロナルド陛下は頷く。
そして、酷薄な笑みを浮かべながら、俺に謝罪した。
「すまないと思っているよ。ユキト・クレイ」
表情だけみれば、明らかにすまないとは思ってはいない。
だけど、何か違和感がある。
この男は明らかに俺と似た類の人間だ。
人に良く見られるために、違う自分を演じている。
俺が、“ヴェリスの軍師”を演じるように、この男も“皇王”を演じている。
しかし、演じてはいるのはわかるのだが、その結果、周りの評判は下がっている。
何かを演じる以上、周りに、こう思われたい、という意思があるはずだ。
俺の場合は、頼りになる軍師を演じなければ、と思っているし、ソフィアは、至上の乙女を演じなければ、と思っている。それは、そういう風に周りが思っているからだ。
つまり、俺やソフィアは周りからの、悪く言えば圧力で演じている。
だが、この男は違うはずだ。
なにせ、周りが求める皇王像と、今のこの男では真逆だからだ。
だから、この男は、完全な憶測ではあるけれど。
意識して、愚王を演じている。
俺には、この男の本性が、俺の前で酷薄な笑みを浮かべている姿だとは思えない。そして、別に本性があるならば、今の姿は、あえて作ったものということになる。
他国からの信用を非常に大切だ。それもわからないような男を、あのアーノルド提督が王の座につけておくだろうか。
答えは否だ。
だが、理由がわからない。
この男、ロナルド・ブラックフォードが、あえて愚王を演じているのは、なぜか。
俺を売ることで、アルビオンとの停戦、そして和平が得られる。だが、得られるものと、失うものでいえば、失うものの方が大きい。
わかっていて、俺を売るのか。
俺を売らねばならない状況にあったのか。それとも、それが最善だと判断したのか。
わからない。一体、この男はなにを考えているんだ。
「白々しい……!!」
後ろからの声に、俺は思わず振り向く。
しまった。考えに集中しすぎて、ミカーナの様子に気付かなかった。
「……ノックス第四部隊隊長、ミカーナ・ハザード。誰に口を聞いているか……分かっているのか?」
ロナルド陛下は目を見開く。
俺はミカーナの腕を引っ張って、座らせようとするが、ミカーナはビクともしない。
「知っています……。我が国を裏切り、ユキト様を売った張本人! 私の敵です!」
「私はこれでも、ヴェリスの同盟国、皇国の王なのだが……わかっているか?」
「既に皇国など同盟国ではありません! ヴェリスの」
「ミカーナ!!」
俺は大きな声でミカーナを制止する。
はっとしたミカーナが我に帰り、そして、周囲を見渡した。
俺たちは囲まれていた。
どこからともなく現れた、皇国の騎士たちによって。
「私の許可なく立ち上がったこと、私に対する暴言。まぁ皇国全体に対する侮辱は聞かなかったことにしてやろう。それでも、身柄は拘束させてもらうぞ?」
「お待ちください! 部下の非礼は謝罪します! ですから!」
「そうじゃ、伯父上! 今のは確かに無礼ではあるが、伯父上の言動にも非はある!!」
周囲の騎士たちが、リアーシア殿下の様子に怯んだ。
どうやら騎士たちは、ロナルド陛下よりも、リアーシア殿下のほうが、上だと考えているようだ。
まぁ威厳やら、能力やらで圧倒的に差があるのは確かだが。
そういう騎士の心情も、ロナルド陛下が操作しているとしたならば。
リアーシア殿下がいる前で、待機させた騎士を呼んだのは。
ある程度、妥協するためか。
「そうか……。では、ミカーナ・ハザードを別室に連行しろ。リアーシア。お前は監視だ。これから、私は、ヴェリスの軍師と、二人で処遇について話し合う」
「……寛大な処置に感謝いたします。リアーシア様。ミカーナをよろしくおねがいします。ミカーナも。おとなしくしているんだ」
俺の言葉に、ミカーナは力なく頷いた。
最初からミカーナは冷静じゃなかった。けれど、怒りを抑えることはできていた。
しかし、その抑えを、ロナルド陛下が外した。
沈黙が王の間を支配し、それから逃れるようにして、騎士とリアーシア殿下、そしてミカーナが退出した。
■■■
王の間には、俺とロナルド陛下だけだ。
さっきの騎士たちをみる辺り、二人だけというのは表面上だろう。どこかに護衛が隠れているはず。
「私の私室だろうと、この王の間だろうと、護衛の騎士たちは離れはしない」
「……言葉の意図が掴みかねます。それは、護衛がまだいる、ということでよろしいですか?」
俺の言葉に、ロナルド陛下は曖昧な笑みを浮かべた。
初めて、ロナルド陛下の素の表情を見た気がした。
「あの護衛の中には、アルビオンからの間者が混じっていると報告があった。だから、君と二人で話すには、どうしても、護衛を引き離さなければいけなかった。非礼は詫びよう」
「……だから、わざとミカーナを挑発したのですか?」
「それもある。だが、彼女を拘束したのは、人質の意味が大きい。義理堅い君が、逃亡するとは思えないが、フィオナが人質になっている以上、何が何でも、君にはアルビオンにいってもらわねば困る」
穏やかな笑みを浮かべるロナルド陛下を見つつ、俺はゆっくり息を吐く。
向こうから仮面を外してくるとは思わなかった。
だが、これが本性か。
アーノルド提督に似ている。特に、フィオの名を口にしたときの顔は、俺にリアーシア殿下の安否を確認したときの、アーノルド提督にそっくりだ。
「人質などなくても、逃げたりはしません」
「そうだろう。けれど、賢い君は逃亡の方法を思いついてしまうかもしれない。私としては、それは困るのだよ」
「……フィオのためですか?」
俺がフィオのことを聞けば、ロナルド陛下は困ったような表情を浮かべた。
一度、目を瞑り、ロナルド陛下は頷く。
「そうだ。私は……あの子の無事を願っている。おそらく……この国で一番」
「では……なぜ、嫌がるフィオを戦場に出したんですか?」
「私は皇王だ。魔獣の大発生の際、アーノルドは海におり、リガールは国境にいた。皇国の中央部には、兵を引き入れる者はおらず……私には隠していた自分の娘を使う道しか残されていなかった」
「隠していた……?」
俺の言葉にロナルド陛下は頷き、ふぅと息を吐いた。
「あの子が生まれた時点で、アーノルドから、強い魔力を持っていることは聞いていた。だから、私の子供と認めてしまえば、あの子は、皇王家の血筋として、他国との戦争や政略結婚の道具に使われる運命に縛られてしまう……だから、私はあの子を隠した。平民……普通の子供として生きてほしかった……」
言葉に苦悩がにじみ出ている。
願ったのはフィオの幸せだったのだろう。けれど、皇王としての責任が、それを許さなかった。
幸せを願った我が子を、戦場に送り出したときの心情は、想像もしたくはない。
だが、同情もできない。そのせいで、フィオは父に認知されない子供として育てられ、都合のいい駒として、今も使われているのだから。
「フィオは……あなたのことを嫌っています」
「知っている。そういう風に接した。今更、父親面はできないのでね。……私は、愚王であることを望まれて、王位についた」
唐突に、ロナルド陛下が喋りだした。
だが、それは予想できたことだ。
三人の兄弟がおり、均一、または、一人だけ圧倒的に優秀ならば、問題はない。だが、この兄弟は、一人だけ圧倒的に低い能力を持ち、他の二人は桁外れに優れている。
優れた二人のどちらかを選べば、必ず角が立つ。本人たちがどうであれ、周りの者が納得しないからだ。
それは国を弱める原因になる。
ならば、無能な一人に王位を渡せばいい。そう考えて、この人に皇国の先王は王位を譲ったのだと、俺は予想していた。
「国を割らないためにですか?」
「君は察しがいいな。そうだ。二人の弟は優秀だ。リガールは騎士たちに好かれ、アーノルドは文官たちに好かれていた。どちらも王位にふさわしかった。だから、間をとって、私は王位を継いだ。二人に争わせないためだ。といっても、我々兄弟は、王家には珍しく、仲がいいのだがね」
「……陛下が仲を取り持っているのですか?」
「あの二人が私に気を使っているのだよ。……まぁだから、私には最低限の責任があった。つまり、皇王失格だといわれない責任だ。そして、その責任のせいで、フィオナを苦しめた。本当に申し訳ないことをしたと思っているよ」
そこで疑問が生じる。
皇王としての最低ラインを守るために、この人はフィオを戦場に送った。
しかし、俺を売るという行動は、それには反する。いや、リアーシア殿下に対する対応も含めて、愚王を演じすぎて、周りの反感を買っているのは、どうしてだろうか。
「では……なぜ、今、その努力を水の泡にするようなことをしているのですか?」
「……皇国は、帝国とアルビオンについても、滅ぼされるのはわかっていた。だから、最後の賭けでヴェリスと手を組んだ。しかし、予想だにしないアルビオンの本格侵攻で、前線地帯は崩壊した。このまま戦っても、民が苦しむだけだ」
「戦うことを諦めた、と?」
「その通りだ。君が皇国入りした時点で、アルビオンから本格的に侵攻することは告げられていた。ただの脅しだと思っていたのだが、まさか、ヴェリスを攻めるよりも、こちらを落とすことを優先してくるとは……正直、予想外だった」
俺たちが入国してから、前線に送られるまでのタイムラグはそのせいか。
だが、弱いほうを狙うのは当然だ。アルビオンの本格侵攻を予想できないのは、考えが浅い、皇国が悪い。
いや、それらを予想し対策を考える、皇国の頭脳であるアーノルド提督が、帝国海軍相手に手こずった時点で、皇国の予定は崩れさったのか。
「第一艦隊は、そうそうに帝国海軍を蹴散らし、皇国に戻ってくるはずだった。そして、君とアーノルドの二人で、アルビオンからの侵攻を跳ね返す。そのはずだったのだが……現実は中々うまくいなかないものだな」
確かに、皇国が生き残る上で、それが一番可能性がある方法だ。
実際、俺も、アーノルド提督と共に戦うことは想定していた。帝国の行動を読みきれなかったのが、敗因といえば敗因だ。
しかし。
「俺とフィオが協力し、皇国の戦線は互角でした。四賢君が二人とはいえ、まだ可能性はあったと思います」
「逆だ。君とフィオナの二人で、どうにか互角に持ち込める。それだけ切迫した戦況だった。そして、ヴェリスも、海上の半分を帝国海軍に抑えられているため、こちらには援軍を送れない。このまま戦えば、民の犠牲が増えるだけだった」
一理ある。しかし、国の最上位者が考えるべきことではないだろう。
この人は、国よりも、民を優先しているように思える。
それはとても大切なことではあるけれど、それは結果的に多くの人々を苦難に陥らせかねない。
「国も民も、両方守るのは至難の技です。ですから、どちらかを優先せねばならないときもあります」
「知っている。だから、私は諦めた。皇国という国を」
その言葉で、ようやく全てがつながった。
この人は最初から、皇国という国を守る気がなかった。だから、国の信用など、どうでもよかったのだ。
大事なのは民の命と生活。それさえ守れるならば、皇国という国がなくなってもかまわない。
この人はそう考えている。
極端な考えだ。
国を守れぬなら、せめて民の犠牲を減らす。その考え方は否定はしない。だけど、その先が不安定すぎる。
和平の後、アルビオンに降伏、併合されることを、ロナルド陛下はやむなしと考えている。そして、皇国の責任はすべて愚王にあるとして、最小限の犠牲で済まそうとも考えているんだろう。
けれど、アルビオンの支配が安定するとは限らない。降伏を認められない人もいるだろう。
全てが思った通りにいったとしても、アルビオンには、あのストラトスがいる。
あいつがアルビオンに関わっている以上、皇国が無事に済むとは思えない。
「アルビオンの上層部に、ある男がいます」
「……ユーリ・ストラトスのことなら知っている。だから、君をアルビオンに送ることを了承した」
「……俺にストラトスを討て、と?」
「皇国の情報網にも、ヴェリス内乱で暗躍した男が、アルビオンにいることは掴んでいた。だから、アルビオンとも正式な同盟は結ばなかった。だが、状況は変わっている。君がストラトスを討つことに成功すれば、アルビオンの暴走は止まるだろう。そして、皇国も……愚王がいなくなって、健全な国になる。君が失敗すれば、皇国は降伏、併合され、愚王は処刑される。全ては君次第だ。どうせ、頼まれなくてもその気なのだろう?」
いなくなる、と、処刑ではどれほどの差があるのだろうか。
結局、どちらにしろ、この人は責任を背負い込む気でいる。
それがこの人の王としての在り方なのだと、そういってしまえば簡単だが。
それではあまりにも不幸だ。
「陛下……あなたは諦めが早い」
「全てを守れるなら、私も守りたい。けれど、私には力がない。戦乱の世で、国を生きながらえさせるほどの力は、私にはないのだ。だから、何かを諦めるしかない」
「少し前まで、俺も諦めることが得意でした。とくに、自分に関することはすぐに諦めていました……。けれど、そんな俺でも心配だといってくれる人がいた。だから、俺は諦めない。国を離れることもあります。敵から撤退もします、敵に降伏もします。けれど、俺は勝つことを、生きることを諦めたりはしない。あなたはフィオの父親だ。父親として謝罪する義務がある。それをするまでは、諦めるべきではないと思います」
「いってくれるな。けれど、それは能力のある者の言葉だ。持たない者には辛い言葉だ……」
「あなたの性格は、戦乱の世には不向きかもしれませんが、平和な時代では、名君となりえます。これから、俺が平和な時代にします。戦いたくない者が、無理をして戦わなくてもいいような時代に。それならば、あなたは何も諦める必要はない」
「できると思うのかい? 既に戦争は始まっている。そして、我々……いや、君たちは劣勢だ。どう覆す?」
真摯な問いかけだった。
真っ直ぐ相手を見て、嘘を許さない、そんな思いを感じた。
だから、正直に答えた。
「元凶を断ちます。この戦争、おそらくストラトスが起こしたものです。理由は不明ですが。
実際問題、アルビオンさえ、どうにかできれば、戦争を終わらせるのは、さほど難しくはありません」
「簡単にいってくれる。各国の王は私ほど無能ではないぞ?」
「交渉は得意です。それに、言葉が通じないなら、力で従えるだけです」
「平和な時代とは真逆な言葉に聞こえるが?」
「未来の犠牲を減らすために、今、犠牲を積み重ねます。十年続く戦争が、五年で終わるなら、価値はあります」
平和を叫び、望みながら、剣を取るのは間違っているのかもしれない。
けれど、無抵抗にやられるなんて、命の無駄だ。
すくなくとも、俺はそんなの御免だと思っている。多くの人がそうだと思う。
王の間に、人が歩く音が聞こえてくる。
護衛の騎士たちが戻ってきたんだろう。
アルビオンの間者がいる以上、これ以上、話すのはまずいだろう。
「俺の引渡しが終わったら、必ずミカーナは解放してください」
「それは約束しよう。ブラックフォードの名にかけて」
「感謝します。それともう一つ、お願いがあります」
「なんだ?」
「フィオに優しくしてあげてください。先ほど、リアーシア様の姿をみて、喜んでおられましたよね? 言葉だけ、態度だけでもかまいません。フィオに優しくしてあげてください」
「……今更だと思うが……」
「あなたが死地に向かわせる者の頼みです」
卑怯な頼み方だとわかってはいる。だが、こうでもいわなければ、この人は頷いてはくれないだろう。
ロナルド陛下はため息を吐き、首を縦に振った。
「わかった。努力することは約束する」
「十分です。では、ミカーナのことをよろしくお願いします。くれぐれも、約束は破らぬように。彼女は大切な副官で……恩人であり、仲間です。何かあれば、俺はあなたを許しはしない」
一応、用心のために、そう脅しを掛ける。
全てが嘘の可能性もありえる。
この脅しだけでも、ミカーナの安全はグッと保証されるだろう。
まぁその心配はないだろうが。
目を見れば、こちらを偽ろうとしているかぐらいはわかるし、ステータスを見れば、動揺しているかも推察できる。
そして、ロナルド陛下は、こちらを偽ろうとはしていないし、ステータスもぶれてはいない。
「心得た。フィオナの無事が確認でき次第、解放し、ヴェリスに送ることを約束しよう」
「……では陛下。吉報をおまちください」
俺はそういうと、コートを翻して、ロナルド陛下に背中を向けた。
ストラトスを討つことに迷いはない。けれど、確実に討てる保証はない。
一つだけ策を考えてはあるが、ストラトスに通用するかは怪しい。かなり運頼みでもある。
けれど、いかないという選択はない。
フィオナが待っている。そして、ミカーナの安全もかかっている。
成功すれば、皇国とヴェリスは救われる。失敗すれば、皇国はアルビオンに降伏し、ヴェリスは最大のピンチを迎える。
何ともプレッシャーの掛かることだ。
そのうえ、交渉を持ちかけてきたランドールは、信用できない。ここまで味方がいない状況というのは、初めてかもしれない。
状況の悪さにため息を吐きつつ、俺は軽く肩を回す。
やらなきゃ駄目なことの以上、悲観していてもしかたない。
それに。
「あの野郎は一発殴らなきゃだしな」
小さく呟き、俺は王の間から退出した。




