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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第三章 孤軍2

 アルビオン軍は退いていった。フィオを人質として。

 そして俺たちノックスも、全員が合流して、撤退に入っていた。ヴェリスへの。


「納得いきません」


 皇都の中央にそびえ立つ皇城。そこへ向かう途中に、俺の少し後ろを歩いているミカーナがそうぼそりと呟く。

 それはここまでの道中で散々いってきたことであり、俺は何度もミカーナに謝罪し、説明をしてきた。そしてその説明を聞いて、ミカーナは納得した。

 だからもう相手にはしない。いちいち相手していては体と心が壊れてしまう。不満を抱えているのはミカーナだけではない。

 俺がアルビオンに行くことを聞いたノックスの隊員たちは、全員一丸となって抗議してきた。それらを宥めるのにどれほど時間と言葉を使ったことか。

 皇国に裏切られた形になった隊員たちの不満は尋常ではなく、俺がアルビオンに行くことと、ノックスがヴェリスに帰還することは納得はしたが、それだけだ。

 皇都までノックスに同行してきた皇国軍との諍いは絶えず、危険すぎる為、ミカーナ以外は全員、先に船が待機している港に送ってある。勿論、騒ぎは起こさないように厳重注意の上でだ。


「……ソフィア様とカグヤ様に怒られますよ?」

「だろうね。けど、他に方法がないから仕方ないでしょ? 既にフィオが人質になっている以上、逃げたら皇国は全力で追ってくる。逃げきれるかい?」

「逃がしてみせます」

「みんなで、だよ。既にヴェリスは孤立無援なんだ。戦力を消耗しすぎると、その後が困る」

「ユキト様がいなければ、困る所の話では済まなくなります」

「俺が逃げたことがバレたとして、皇国水軍がどうでるかなんて、すぐ分かるよね?」


 皇国を出る際に船を出すのは皇国だ。そして、その船を操作しているのは皇国水軍の者だ。その人たちが協力してくれなければ、ヴェリスには行けない。

 移動の全てを皇国に依存している時点で、逃亡するのは現実的ではない。特に海は危なすぎる。下手をすれば抵抗すらできずに死んでしまう。

 それならばまだ皇国に従い、アルビオンに行く方がマシだ。結局はマシ程度だが。


「バレなければいいだけです」

「バレたら? もしもがある以上、俺はそんなことできないよ」


 自分だけならまだしも、ノックス全体、そしてフィオの命に関わってしまう。ここでの逃亡はやらない方が賢明だ。

 やるならアルビオンに行ってからだろう。そして、その時には外部からの助けが必要になってくる。


「今は我慢してよ。そして機会が来たら助けに来て。君たちだけが頼りなんだから、あんまり冷静さを失わないでよ」

「……申し訳ありませんでした」


 ミカーナは仏頂面でそう謝罪する。

 どれだけ不本意だろうが、ここはどうにか感情を抑えて欲しい。

 俺だっていいたいことは山ほどある。

 まぁ今からいいに行くのだけど。

 俺がミカーナと皇都にいるのは二つの理由がある。

行き帰りの時間的に皇都までが俺がいける限界地点だということと、皇王に会うためだ。

フィオが人質になってくれた為、ノックスを見送ることが可能になったとはいえ、時間の制約は存在する。その時間の制約を考慮すると、俺は皇都で皆と別れなければいけない。

当初は見送ってアルビオン軍の下へ向かうつもりだったのだが、悠々とそびえ立つ皇城を見て、徐々に腹が立ってきた為、少し予定を変更し、皇王への面会を求めることにしたのだ。

ミカーナを連れてきたのは、向こうが拒否った場合への対処法だ。向こうが拒否れば実力行使だ。それくらいは許されるだろう。

俺はこの国の為に売られたのだから。


「しかし……俺も冷静じゃないかな?」

「こんな時でも冷静で、感情が感じられないような上官は嫌です」

「好き嫌いは良くないよ。ヴェリスに帰ったら、俺が不在の間は違う指揮官がつくかもしれないしね」


 あくまでも不在の間の話だが。

 まぁ特殊部隊であるノックスの指揮官は普通の指揮官では務まらない。部隊長から代役を立てるか、それともカグヤ様かディオ様辺りがやるんだと思う。

 とりあえず、変な奴がなるのは困る。俺の大切な命綱であるし、なにより手塩にかけた部下たちだ。一時とはいえ、信頼できない奴には預けられない。


「私はユキト様の副官です。そして、私の上官はあなただけだと思っています」

「……まぁそれならそれでいいよ。ただ、カグヤ様やディオ様には従ってね?」

「あのお二人は仰ぐべき主君です。上官とは違いますから」


 どんな線引きがミカーナの中でされてるかは分からないけれど、確実にいえるのは、俺以外は上官とは認めないということだろう。


「困るんだけどねぇ」

「では、帰ってきてください。私だけではありません。ノックスの全員が待っています」

「善処するよ。できれば助けに来てほしいけど」

「国境付近まではご自分で頑張ってきてください。それからの安全は保証します」


 手厳しい。敵の首都から国境付近まで行くのが、どれほど難しいことか分からない筈ないのに。


「……国境付近まで行くとなると、馬が必要か。計算に入れとくよ」

「はい。お待ちしてます」

「ふぅ……さて、一応、こんな状況を作り出してくれた人に挨拶しにいくとしようか」


 皇城の手前まで来た俺はそう呟き、


「ユキト・クレイだ。皇王陛下に会いに来た。取次を願おうか」


 そう番兵に伝えた。




■■■




 取次はあっさり通った。

 準備の為、しばし別室での待機を命じられたが、何か俺たちにしてこようとする気配はない。


「拍子抜けといった所ですか?」


 椅子に座っている俺の表情を伺いながら、ミカーナがそう尋ねてくる。

 それに頷きつつ、俺は考える。

 皇王の真意を、だ。

 自らが売った敵国の軍師と会うことに何の意味がある。俺だったら、会わない。そう思っているからミカーナを連れてきたんだ。無理でも会ってもらうために。

 別に意地でも会わなきゃいけない訳じゃない。けれど、ここで俺が皇王、ひいては皇国に罪悪感を植え付けておけば、その後が楽になると思っていた。

 だが、皇王はあっさり応じた。

 理由がわからない。気まぐれか、それとも明確な理由があるからだろうか。

 そんなことを考えていると、ノックも無しに部屋のドアが開いた。


「難しい顔で悩んでおるようじゃな」


 ドアを開けて入ってきた小柄な人物に俺は見覚えがあった。いや、見覚えがあった所の話ではない。

 特徴的な銀髪に飛びぬけた容姿、そしてその外見には不釣り合いな古風な喋り方。服装は前に見た時と同じ、黒のゴシックドレス。

 彼女は一度、俺が人質にした人物だ。


「リアーシア様? どうしてこちらに?」

「妾は皇国の皇位継承権をもっておる。この城にいるのが当然じゃろ?」

「確かにその通りですが……アーノルド提督と一緒にヴェリスにいるものだと思っていましたので」


 椅子から立ち上がり、俺はゆっくり頭を下げる。


「お久しぶりでございます。ご健勝のようでなによりです」

「久しぶりじゃの。そこの副官も、妾を嵌めた時以来じゃな?」


 リアーシア様の皮肉にミカーナは表情を一切変えず、


「はい。お久しぶりです。姫。確かに、姫を危機に陥れた時以来です」


 そう言った。

 言われたリアーシア様は少し不機嫌そうな表情を浮かべ、ミカーナから視線を外し、俺へと視線を向ける。

 そのまま腰まである銀髪を揺らし、俺の傍まで来る。

 そして。

 唐突に頭を下げた。


「リアーシア様!?」

「我が皇国の仕打ち許されよ。父の命で妾は陛下の相談役として、戦場から皇国に戻っておった。それにもかかわらず、お主を売るという愚行を止めることが出来なかった……。全ては妾が無能故じゃ。申し訳ない……」


 顔が見えないほど深々と頭を下げたリアーシア様の表情は伺えない。

 だが、予想はできる。リアーシア様は悔やんで、自分を責めている。それならば、浮かべている表情は綺麗なものではないだろう。


「お顔をあげてください。此度のことはしょうがありません。リアーシア様が幾ら悔やまれようが、幾ら頭を下げようが、ここからどうにかなるものでもありません」

「ユキト様!」


 リアーシア様の細い肩が少し揺れる。

俺のあんまりな物言いにミカーナが小さいがキツい声で俺の名前を呼ぶが、応じない。

 自責の念を持っている人に慰めなんて必要ない。

 必要なのは。


「ですので、一つお願い事をしても構いませんか?」

「な、なんじゃ……?」


 恐る恐る顔をあげたリアーシア様に笑みを向けつつ、俺は軽く屈んで視線を合わせる。


「我が部下がヴェリスに帰ります。どうかリアーシア様が送り届けてはいただけませんか?」

「お主の部下を……か?」

「はい。リアーシア様になら……お任せできます」


 半泣きのような表情だったリアーシア様は、少し間をおき、毅然とした表情を見せる。

 それはどこかで見たような表情だった。

そう思って、すぐに答えに辿り着く。

 フィオが見せた表情と同じなのだ。従姉妹同士とはいえ、ここまでそっくりな表情を浮かべるとは珍しい。


「リアーシア・ドゥーネハイルの名と命にかけて。必ずお主の部下たちをヴェリスに送り届けると約束しよう」

「感謝します。おかげで不安は一つ消え去りました」

「不安がまだあるのか? なんだ? 言うてみよ」


 先ほどまでの傷心はどこへやら。

 不安は全て解決してみせると言わんばかりの勢いに、俺は苦笑を浮かべつつ、首を横に振る。


「言ってもリアーシア様にはどうすることもできないかと。不安というよりは疑念ですので」

「構わん。言うてみるのじゃ!」


 ここら辺はまだまだ年相応というかなんというか。

 好奇心を抑えることを覚えねば、またしてやられてしまうだろう。

 まぁそこら辺を教えるのはアーノルド提督の役目で、俺ではないし、構わないか。


「そうですか。では……俺の不安、疑念は、皇王陛下が何を考えているかわからない。その一点です」

「……それは妾も感じておった。陛下は何を考えておるのかわからんのじゃ……」


 シュンと肩を落とすリアーシア様を見て、心の中でやっぱりと呟く。

 リアーシア様が俺の疑念への答えを持っているならば、謝ったりなどしないだろう。

 まずするのは弁明だった筈だ。

 そうでない時点で、リアーシア様が俺が望む答えを持っていないことは分かった。分かっていた。

 落ち込まれるのが嫌だから言わなかったのに、聞いてくるからこうなるんだ。

 ミカーナの視線が少し厳しい。どうもミカーナはリアーシア様との駆け引きの最中にした俺の脅し。

 先王を引き合いにだしてのモノが気に食わなかったらしく、どうもリアーシア様に肩を持つようになっている。

 リアーシア様を人質として、護送中の時も、リアーシア様の心情を見抜いてか、男性陣をリアーシア様に近づけることはしなかった。


「俺のせいじゃないのに……」

「相手を傷つけず、落ち込ませずに退かせる方法くらいお持ちでは?」

「そんな方法があるなら、敵国に身売りになんかされないよ。さて、そろそろ時間かな?」


 ドアをノックする音が聞こえる。

 そのすぐあとに、若い女の声が聞こえてくる。


「ユキト・クレイ様、ミカーナ様、リアーシア様。準備が整いましたので、王の間へとご案内させて頂きます」

「妾が呼ばれるのはどうしてじゃ?」

「陛下がお呼びしろと。陛下がお待ちしております。どうかお早くお願い申し上げます」


 首を傾げるリアーシア様を見つつ、俺は皇王の心理を読もうとし、やめた。

 これから会う人間の心理を読むなど馬鹿げてる。親しい人間ならまだしも、俺が会ったのは皇国に来た時の一度だけ、交わした言葉も少ない。

 姪であるリアーシア様すら内心を読めないといっているのに、俺が読めるわけがない。

 そうであるならば、会って確かめるだけだ。




■■■




 凡庸という言葉がある。

 久しぶりにスキルを使って、意味を調べる。

 【凡庸・平凡で取り柄のないこと】

 視線の先に出てきた画面に映った意味は、そのまま視線の更に先にいる人物の評価に繋がる。

 五大国の一つに数えられる皇国の王、即位してから他国との戦争を一切起こしてはいない王。皇国の平和の象徴にして。

 俺をアルビオンに売った張本人。

 アイテール皇国の現皇王。

 ロナルド・ブラックフォード。

 皇王にのみ名乗ることの許されるブラックフォードを受け継ぐ者で、前王の長男。

 フィオの父にして、異質な能力を持つアーノルド提督やリガール太守の兄。

 容姿はアーノルド提督に似ている。というか、そっくりだ。皇王と言われず、アーノルド提督として出てきたら、多くの人が間違えてしまうだろう。それくらい似ている。

 容姿だけは。

 ステータス画面に映る数字は戦闘力が三十台。そのほかも四十から五十が殆ど。知力はちょうど八十あるが、大国の王にしてはやや、いや、かなり見劣りするだろう。

兄弟がそれぞれの数値でかなり優れているだけに、その凡庸さは尚目立つ。


「そんなにアーノルドに似ているか?」


 高い位置にある玉座に足を組んで座っていたロナルド陛下が、唐突にそう俺へ問いかけてくる。

 まだ玉座の前で膝をついたわけでも、言葉を発したわけでもない。

 扉から入り、今から王の前へ進み出ようとする人間に、王自ら声を掛けるのは珍しい。

 だが、この部屋には彼を咎めようとする人間はいない。

 これは位的な問題ではない。

 誰もいないのだ。王の間に。皇王の周囲にすらいない。

 国の大臣も、護衛の騎士もいない。

 ただ一人、高い位置にある玉座にロナルド陛下が座っている。広い王の間で一人とは、何とも空虚なものだ。


「……率直に申し上げて、とても似ております」

「だろうな。昔から『容姿だけ』は似ていると言われ続けてきた」


 距離があるため、少し声を張る必要がある。

 近づくべきなのだろうが、わざわざ遠い位置で声を掛けたのは、それ以上近づくなという意味に思えて、近づくことはできない。

 俺の副官であるミカーナが動かないのは当然として、リアーシア様も動かないから、判断としては間違っていないのだろう。


「久しぶりだな。ヴェリスの軍師。初めて会った時は自己紹介すらしなかったな。アイテール皇国が現王、ロナルド・ブラックフォードだ」


 遠目からでもわかるほど、ロナルド陛下は口の端をあげた。

 嘲笑とも取れる笑みを浮かべたロナルド陛下に、俺はそっくりそのまま同じ笑みを返した。


「お久しぶりです。皇王陛下。ユキト・クレイ。ただいま帰還致しました」


 あの笑みだけでわかった。

 この人は俺と似ている。

 あの笑みは作られた笑みだ。

 表情を作り、人に見られる自分を作り、そして無理をしながら自分の限界以上の自分を演じている愚か者。

 優秀な兄弟と比較され続けて育ったのだろう。そしてその兄弟を押しのけて即位してしまった。プレッシャーは尋常ではないだろう。

 いつ兄弟が反乱を起こすか分からず、自分の限界以上の姿、王を演じ続けなければいけない。

 難儀な性格をしてそうだ。

 そう思い、俺は初めて気付く。

 俺が相対した中で、この人が一番。

 俺、本来の能力値に近い人なのだと。

 

 


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