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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第二章 防衛戦3

 無双という言葉がある。スキルで意味を確認してみれば、並ぶ者が居ないほど優れた者を指す言葉らしい。だがゲームの影響か、昨今の若者は少数で大勢を圧倒する事と捉えている。その若者には俺も居るのだが。

 何故、そんな事を思ったのか。それは目の前でゲームの中で起きる無双の光景が展開されているからだ。

 四人は戦闘力九十超えを果たしている猛者だ。今は戦場のせいか更に戦闘力を向上させている。そこら辺を考慮して、俺は四人の実力をしっかり評価していたつもりだったのだが。


「これはかなり上方修正が必要かな?」


 俺は目の前で起きている一方的な展開を見つつ、そう言う。だが、俺に分かるのは一方的な展開というだけで、皆が何をしているかまでは分からない。

 それは全体を見ていては追いつけないほど、個々人が激しく動き回っているからだ。だから、俺は一人一人を注視する事にした。

 まずは最も目立っているミカーナだ。既に屠った敵兵の数は七十を超えている。何故わかるのかと言えば、正確にミカーナが数えているからだ。

 ミカーナは敵が周囲に居ない時は盾を掲げて梯子を登ってくる兵士を狙い、矢を放つ。ミカーナに狙われた兵士は盾に臆病なほど隠れていない限り、隙を突かれ、その命を絶たれているようだ。ようだというのは、俺は梯子を登っている最中の光景は位置的に見えないからだ。判断基準はミカーナの数字だ。先ほどから矢を放つ度に数は更新されている。

 間合いの広さも自分の特徴の一つだとミカーナは言ったが、俺が驚いたのはミカーナが登ってきた兵士たちも圧倒している点だ。ミカーナは弓兵でありながら、近い間合いも強いのだ。

 今も登ってきた敵兵を三人ほど相手にしている。ミカーナが近い間合い、つまり接近戦も強いのは、敵の攻撃が一切当たらないからだ。

 剣で斬りかかってきた相手の横にスルリと入り、すれ違い様に手に持った矢を喉元に刺す。そしてその矢を引き抜きながらその場を離れ、残りの二人の攻撃から逃れる。

 距離を置かれてはミカーナに一方的にやられてしまう為、二人の敵兵は瞬時にミカーナとの間合いを詰めようとするが、ミカーナは逆に自分から間合いを詰め、二人の意表を突く。

 一人は躊躇い、一人はがむしゃらに剣を突き出す。その突きをミカーナは容易に掻い潜り、突きを放った敵兵の懐へ入りこみ、もう一人が迂闊に攻撃できないようにする。

 懐にはいられた敵兵は取り回しに不利な剣を捨て、徒手空拳でミカーナへ挑むが、ミカーナの動きの方が速い。

 ミカーナは足を跳ね上げ、敵兵の顎を蹴り上げる。そしてその一撃で殆ど意識が飛んだ敵兵の喉元を矢で切り裂く。

 そのままミカーナは体勢を低くして、最後の敵兵へと向かう。最後の敵兵を剣を上段に構えて、ミカーナを迎撃しようとするが、ミカーナは剣が振り下ろされる瞬間、横に回った。

 側宙と言えばいいだろうか。それを行ったミカーナは空中にある自らの足で敵兵の腕を絡め取り、そのまま地面へと落とす。

 ミカーナの足に絡まれ、両腕を地面に叩きつけられた敵兵は驚きで目を見開いているが、それはやがて死への恐怖へと変わる。

 ミカーナは着地と同時に弓を構えて、矢を番えていた。足で腕を抑えられた敵兵には避ける術はない。

 放たれた矢は喉を貫通する。ミカーナは矢の節約の為なのか、刺さった矢を引き抜き、また別の敵を射る為に周囲に視線を走らせ始めた。

 そんなミカーナとは対照的なのがロイだ。ロイは敵を全て正面から撃破している。そして全て一太刀で終わらせている。

 前にアルス隊長がロイの剣を剛剣と評したが、確かにその表現はピッタリだ。


「オラァァ!!」


 ロイが横から思いっきり振り抜いた剣は敵兵を容易に吹き飛ばし、砦の外に落とされていく。


「五十七!」

「おいおい、落とすのは数えんなよ?」

「何でだよ!?」

「しっかり屠ったか分からないだろ?」

「はぁ? めんどくさ! まぁいいや。しっかりやれば文句はねぇんだろ! 五十七!!」


 アルス隊長と喋りながら、ロイは右からの薙ぎ払いで敵兵を絶命させる。

 ロイは体の大きさは俺と大して変わらない。それでも敵を圧倒できるのは体全体を使った剣技があるからだ。破壊力重視のロイの剣の始動はアルス隊長と比べると遅いが、動き始めてからの速さと力強さは圧倒的だ。

 ロイが向かってくる敵兵を迎え撃つ形で剣を上段から振り下ろす。敵兵が受け止めようと出した剣をへし折り、ロイの剣は敵をあっさり切り裂く。


「五十八! 次!」

「ふん。ヴェリスの小僧が調子にのりおって」


 ロイの前に大柄の男が立ちふさがる。

 周りの反応を見るにそれなりに位の高い男なのだろう。その男を前にしても、ロイはいつもの調子を崩さない。


「皇国攻略軍第八歩兵連隊の」

「聞いてねぇよ!!」


 自らの所属を名乗ろうとした大柄の男の横腹を、ロイはそう言いながら切り裂いた。


「ノックス第五部隊長のロイだ。覚えとけ!」


 膝をついた男の首を飛ばしながらそう言って、ロイは周囲を見る。


「今ので五十九。次!」

「あらあら? まだ六十にも行ってないのかしら?」


 ロイの数字を聞いたエリカがそう言ってロイを挑発する。


「む? エリカ姉ちゃんとは違って俺は相手を選んでるんだよ!」

「勝負は敵を屠った数よ? 弱い敵だろうが強い敵だろうが、一は一よ」


 そう言いながらエリカは巧みにムチを使って、敵兵を狩っていく。

 三人の強者が良い様に暴れる中で自由自在に動くムチは脅威だ。それも炎を纏い、高い攻撃力を持っているなら尚更だ。

 ミカーナたち三人の勢いに怯む敵、様子を見る敵。そこら辺がエリカのターゲットになっている。完全な死角から来るムチを敵兵は避ける事はおろか、反応すらできずにくらっていく。

 エリカのムチは喉を貫き、体を裂く為、気づけないのは致命的だ。まぁ気づいた所で。


「無駄よ」


 エリカが振った炎のムチは触れた剣をあっさりと両断する。受け止める事すら不可能なのだ。


「六十七。このままだとミカーナの独走を止められないわね?」

「いやいや、既に四人で二百人超を倒してるんだから、これ以上勢いをつけるような事は止めてよ」

「あら? 私たちの実力に怖気づいたのかしら? みんなまだ本気じゃないわよ? 特に第一部隊長殿は」


 そう言ってエリカがアルス隊長に視線を向ける。それに釣られて俺もアルス隊長を見るが、アルス隊長は全く目立ってなかった。

 敵兵を瞬時に切り裂くスピードこそ目を見張るが、倒した敵兵は一番少なく、尚且つ動きも最小限で抑えているせいか殆どない。


「珍しく二人が戦いやすいように立ち回ってあげてるのよ」

「確かにそれは珍しいね」


 アルス隊長は基本的に好戦的だ。先鋒を務める事も多く、ノックスの中では一番戦果を上げているだろう。だが、猪突猛進かと言われるとノーだ。

 アルス隊長は優れた観察眼を持っている。それが武器であり、アルス隊長が敵兵ばかりの乱戦をくぐり抜ける事ができる理由だ。

 ミカーナやロイの派手な動きはしない。最小限の動きで急所を攻撃し、敵を屠っていく。

 とても効率的な殺し方だ。その動きは洗練されており、敵兵は目の前に居ながら反応出来てはいない。速いだけじゃなく読みづらいのだろう。

 そしてアルス隊長が狙う敵はロイやミカーナの死角に回ろうとする敵だ。アルス隊長が中央から殆ど動かず、ロイやミカーナの死角をカバーしている為、必然的にロイやミカーナの死角に回ろうとする敵はアルス隊長と接敵し、瞬殺されるのだ。

 この手の集団戦では戦闘力だけがモノを言う訳じゃない。戦い方、武器など様々が要素が重なってくる。できるだけ少ない労力で敵を倒そうとするアルス隊長のやり方は長期的に見れば有効だろう。

 それを証明するように、動きすぎたロイとミカーナは少し勢いを落としている。


「だから飛ばし過ぎだって言ったろ?」

「余計なお世話です……」

「強情だな。まぁロイとお前さんは少し休んでろ。こっからは俺の時間だ」


 ミカーナにそう言った瞬間。アルス隊長の姿が俺の視界から消えた。いや、消えたように見えたが正しいか。

 敵兵の後ろにアルス隊長の姿はあった。いつの間に敵兵の後ろに回ったのか。そして敵兵の喉をいつの間に切り裂いたのか。よく見ていたにも関わらず、全く見えなかった。


「五十五、五十六。さぁ掛かってこい!」


 アルス隊長の左右の剣が太陽の光を反射して鈍く光る。いきなり動き出したアルス隊長がどれだけ危険か分かったのか、敵兵の動きがピタリと止まってしまう。

 動けば斬られると分かったのだろう。だけど、動かない事は良策とは思えない。


「それならこっちから行くぜ?」


 そう言ってアルス隊長は敵首の力で軽く左右の剣を回し、一気に敵兵との間合いを詰める。アルス隊長の動き出しがキッカケで敵兵もそれに対応しようと動き始めるが、遅い。

 アルス隊長はその場に居た十人ほどを瞬時に切り裂く。敵兵は全く反応すらできず、血しぶきを上げて倒れていく。


「さて、これで六十六か。一気に突き放してやるぜ!!」


 そういうアルス隊長だが、元々、この限定した戦いを長く続ける気は俺にはない。こちらの目的は時間稼ぎで、それが済んだなら無理をして四人に戦ってもらう必要はない。

 そして砦の上空で待機していたフレズベルクが動き出したのを見て、俺はエリカに炎の壁を取り払うように告げた。


「ここからは第二幕だ」




■■■




 炎の壁を取り払らうと、皇国軍は整然と整列していた。だが、四人に葬られた夥しいほどのアルビオン軍の兵士の亡骸を見て、それらは多少乱れる。これでもアルス隊長とロイが適度に砦の外に死体を蹴り捨てている為、少ない方なのだが。


「アルビオン軍の兵士たちよ! たかが四人すら倒せぬ軍が掲げる正義がどれほど脆弱か、どれほど小さなモノか分かったか!? 何故、倒せなかったのかを、貴様ら風に言ってやろう! それは我々に正義があるからだ!!」


 炎の壁を取り払ったと同時に俺は扇を大きく掲げながらそう告げる。

 正直な話、正義だとかはあまり関係ないのだが、一応、皇国側の指揮を上げる意味を込めてそう言ってみる。


「誇り高きアルビオン軍の兵士たちよ! 敵の言葉に耳を貸す必要などない! 敵は虐殺者だ! 正義などあるものか!!」

「我らの正義は戦争を終わらせる事! ただそれだけだ! その為に幾ら血を流そうと、我らは気にはしない! これから先、何十年と続くかもしれないしれない戦乱の世を早く終わらせる事ができるなら……我らは喜んで虐殺者になろう!!」


 ディックの言葉に重ねるように俺はそう言う。それは嘘偽りない気持ちだ。これから続くかもしれない戦乱の世を終わらせる為に、武力が必要なら武力を取るし、言葉が必要なら言葉を取る。そして血を流す必要があるなら、それを俺はためらわない。

 これから先の子供たちの為に。今は、不本意ながら戦う者ために。

 俺は争いを止める為に争いを使おう。正義とは程遠いように聞こえるかもしれない。けれど、正しき義は人を生かす事を言う。それなら、これから先の人々を生かす為の俺の道は正義と呼べるだろう。

まぁ所詮は自己の正当化だが。


「その正義に我々、皇国も寄り立っている! 皇国軍よ! これは今の皇国を守る戦いではない! これは皇国の未来を守る為の戦いだ! 皆の子供が! 愛すべき人が! 笑って暮らせようにする為の戦いだ!! 何も恐れるな! 勝つのは我々……皇国とヴェリスの同盟軍だ!!」


 フィオが俺の言葉にそう被せてきた。良いタイミングだ。舌戦では完全にこっちの圧勝だ。アルビオン軍の勢いも削がれ始めている。これなら八千の皇国軍でも三万と互角以上には戦えるだろう。

 皇国軍が弓を構える。そして大量の矢が放たれた。その中には連結魔術もあり、俺たちばかりに気を取られていたアルビオン軍では瞬時には対応出来ないだろう。


「四人とも。一度下がるよ。フィオが回してくれる魔術師たちと合流する」

「俺はまだまだやれるぞ?」

「しっかり出番は用意しますから。とりあえず下がります。ここでは皇国軍の動きを妨げてしまいます」


 皇国軍の中央の最前線に俺たちが居るのは拙い。集団に混じったイレギュラーというのは、集団を個々人へと分けてしまう。纏まりを無くしてしまうのだ。

 せっかくフィオが指揮をとって、組織的な反抗に出ているのに、それを邪魔する訳にはいかない。再度、俺たちが前に出るのはフィオとの相談後だ。

 それに既に先ほどまでの局所的な戦いではなくなってきている。同じ所に留まって戦うよりは、離れた所から様子を見て、危険な所への救援に行った方が俺たちは役に立てるだろう。


「ったく。しょうがねぇな」

「物分りが良くて助かります。みんなもいいね?」

「問題ないぜ」

「私もよ」


 最後にミカーナを俺は見る。

 ミカーナは矢の補充があるため、退く事には異議はない筈。

 そう思っていたのだが。


「まだやれました……」

「はいはい。それは知ってるよ。別に戦場から離れる訳じゃないんだからそんなにふてくされなくてもいいでしょ?」


 随分と不機嫌そうな顔を見せた為、俺は思わず苦笑を漏らしながらそう言って、動こうとしないミカーナを引っ張って、一度後方に下がった。


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