第二章 防衛戦2
フレズベルクの背中から下り、砦へと降り立った俺たちは砦の最前列へと向かった。周りでは皇国軍の兵士が俺たちを少し距離を置いて見ている。
時間稼ぎをするなら、敵の目を一点に集中させた方がいい。その為の先ほどの言葉だ。
俺という存在を餌に、敵の視線、攻撃を集める。そして、それらを部隊長たちで退ける。
作戦と言えるか微妙だが、今からやる事はそれだ。
問題は俺たちノックスの存在に困惑している砦の兵士たちだ。今まで、砦の中で共に戦うという状況は一度として無かった。俺たちノックスは基本的に援軍だったからだ。
砦の死守は皇国軍に任せ、俺たちは砦を攻撃するアルビオン軍を攻撃する。共に戦いながら、距離を置いていた。それは連携など必要なく、個として戦えるからだ。
しかし、今回はそういう訳にはいかない。いかないのだが、俺たちと皇国軍は即興の連携は出来ないだろう。いや、できたとしても、アルビオン軍相手に即興の連携など意味はない。
だから、俺たちにとっては、周りでこちらを伺っている皇国軍は邪魔なのだ。少なくともフィオの指揮の下で戦うようになるまでは。
「アルビオン軍の勇者たちよ! 敵は少数だ! ユキト・クレイを討ち、神扇クラルスを白き旗の下に取り戻すのだ!!」
ディックの号令と共にアルビオン軍の前衛部隊が前進を始める。
レイアール砦は一本道にある砦だ。横に抜けるには道は険しく、大軍は抜けられない。だから、レイアール砦を落とすならば正面から来るのが唯一の手だ。
アルビオン軍は先ほどまでは魔術師の差を利用し、圧倒的な火力で攻めていたのだが、今は歩兵を前進させ始めた。犠牲が出ても仕方ないと踏んだのだろう。
とは言え、それは愚策だ。あのまま魔術攻撃に比重を置いて、時間を掛けて攻めればいいものを。こちらの間合いに向こうから入ってくるなら好都合だ。
「フィオが魔術師を送ってくるまではここで持ちこたえる。できれば周りの皇国軍と一緒に戦いたくはないのだけど?」
「そうね。壁でも作ろうかしら?」
「出来るの?」
「やれというなら。でも、皇国軍をもう少し私たちから離させないと怪我させちゃうわ」
なるほど。皇国軍を離せって事か。俺はエリカの提案を飲み、扇を高く掲げる。
アルビオンの前進を見て、俺たちに近寄り始めた皇国軍に俺は告げる。
「皇国軍全軍に告ぐ! しばらく手出し無用だ! 我らから離れてもらおう! 巻き込みかねない!」
皇国軍の足が止まる。そして少しづつ後ずさり始める。
俺の言葉だけの効果じゃない。エリカだ。
エリカの周りに出現した炎の球が俺たちの周囲を旋回し始め、徐々に大きさを増し、旋回する範囲も広くなっているのを見て、皇国軍は下がり始めたのだ。
炎の球は大きさを増してくると、幾つかに分裂し、更に旋回の範囲を広くする。
そして俺たちから十メートルほど離れた所で炎は爆ぜた。
爆ぜた炎は上へと上がり、横に広がる。上から見ればUのように見える形になるだろうか。その真ん中に俺たちは居る。
「背水の陣ならぬ背炎の陣か」
周囲はエリカが作り出した炎の壁に囲まれた。皇国軍の兵士たちの困惑の声が聞こえてくる。当然、アルビオン軍も困惑しているだろう。こ
アルビオン軍は俺を狙いに来た。その俺がわざわざ狙いやすいように孤立したのだ。意味が分からないだろう。
「四人と一人の足手まとい対三万か」
「アルス隊長、足手まといって俺かな?」
「他に居るのか?」
アルス隊長が何を言ってるんだというような表情で返してくる。これでも最近は動けるようになってきた方だと思っていたのだけど。
周りを見れば、皆が同じような表情を浮かべている。
「この中で一番弱いのは誰が見てもユキト様です」
「強さは状況だと思います」
「俺はどんな状況でもユキトの兄ちゃんには負けない自信あるぜ?」
「ロイにはね。エリカやミカーナにならもしかしたらがあるかもしれないよ?」
女性である二人になら筋力面でなら負けない筈だ。少なくともエリカは魔力が使えなければ絶対、俺より弱い筈だ。
「魔力が使えなくても、丸腰でも私はあなたには負けないわよ?」
「考えが顔に出てますよ。ユキト様。当然、私も負けません」
ミカーナとエリカにそう突っ込みを入れられる。非常に不服だ。
エリカが言っていた。強い者は無意識に魔力を使っていると。身体能力の上昇や反応速度などが人並み外れている人間は、ほぼ魔力の恩恵なのだという。
だから、魔力を自由自在に使える魔術師は、訓練していなくても、それなりに肉弾戦でも戦える。だが、武器の熟練に回す時間を、魔術を磨く事に傾けている魔術師はそういう事はあまりしない。剣や槍を振るよりも魔術で吹き飛ばした方が威力があるからだ。
明らかに華奢なエリカが部隊長たちと共に戦えるのはその魔力があるからだと思っていたのだが。
「どれだけ身体能力があろうと、武器を扱い慣れてない人物は脅威にはならないわ。私は魔力を魔術以外に使う訓練をしっかり行っているから、魔力がなくても、あなたに負ける事は無いわ」
「ユキト様は護身程度ならできても、本格的に相手を倒す訓練を行っていませんから。私たちにとっては全く、これっぽっちも脅威になど成りえません」
辛辣な女性陣だ。戦えない事を気にしている俺にそんな事を言うなんて。
確かに俺は戦う術を持っていない。戦う力はそこそこ持っていても、そこに技術が伴わなければ脅威にならない。そういうミカーナの言葉は理解できるのだが。
「足手まといねぇ……」
「ほらほら拗ねないの。あなたの力は腕っ節ではないのではなくて?」
「そうそう。ユキトの兄ちゃんの仕事は作戦を立てる事だろ?」
「そっから先は俺たちの仕事だ」
三人がフォローを入れてくるが、何か虚しい。足手まといであることを俺自身が理解してしまったからだろう。
「私たちの役目はあなたの作戦で戦う事です。あなたの役目は私たちを使う事です。役割が違いますし、指揮官であるユキト様が一人で何でも出来るのであれば、私たちは必要ありません。ご自分に無い力を持った私たちだからユキト様は集めたのでしょう? これよりは私たちが力を見せる時です。どうか悠然として、その場を動かないでください」
誰ひとりとして近づけさせません。
そう言ってミカーナは二つ持ってきている弓の内、取り回しを重視した短めの弓を準備し始める。
そのミカーナの言葉が合図だったのか、それぞれが武器を準備し始める。
「そういえば私が武器を使う所を見せるのは初めてだったわね?」
「確かに。基本的に魔術の命令しかしないしね」
「ユキトの兄ちゃんは部隊ごとで戦う事しか命令しないから、俺たちは結構不満なんだぜ?」
「ああ。暴れたりねぇし、何よりお前さんの作戦だとあっさり勝っちまうからな。俺たち個人の武勇は全く出番はねぇ。目立つのは指揮力で、そういう面が目立つからニコラがいつも肝心な所をおさえちまう」
アルス隊長はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべる。今の言葉はようは目立つ機会を自分たちにも与えろという事だろうか。
確かに、ニコラは隊を指揮する事に特化している。そして、そういうニコラを俺は高く評価している。それが皆不満だったのだろうか。
「私たちにも得意分野があります。少なくとも、個人の武勇という点では、私たちはニコラさんには負けません」
ミカーナが今日は随分とやる気だと思ったら、そういう事か。
俺はステータスを見れるから、皆の力を本人以上に把握しているのだけど、皆は俺の評価を気にしたり、上手く生かされてないって思ってたりもするか。そういう気配りは足りなかったらしい。
そして今回はようやく訪れたアピールの機会だ。気合も入るか。確かに四人とも元々、人を率いる人間じゃない。アルス隊長は傭兵団を率いていたが、基本的に個人で動く方だし、ミカーナもどちらかと言えば、少数で動き回る方が合っている。ロイとエリカは人を指揮する機会が殆ど無かった人間だ。一人で戦う方が楽なのだろう。
部隊で動く事が当たり前すぎて個人を活かす事が殆ど無かったけれど、少し考えを変える必要があるかな。
「ユキト様は国王陛下やソフィア様のように強い方ばかりを見ていますから、私たちの力が物足りないと思うのも分かります。ですが、雑兵程度であるなら、私たちもそれなりやるんですよ?」
そう言ってミカーナが少し前に出る。そのミカーナの横にアルス隊長とロイが並び、少し下がった場所にエリカが控える。多分、エリカは俺の身を守る役なんだろう。
「いつにも増してミカーナは気合が入ってるな?」
「そうでしょうか? 私はいつも通りですよ?」
「嘘つけ。ここであいつの評価をあげとこうって思惑が透けて見えるぞ?」
「それはご想像にお任せします」
アルス隊長とミカーナがそんな会話する。
アルビオン軍は俺たちの行為を挑発と取ったのか。まぁその通りなのだが。
前衛に居た指揮官たちはこぞって自らの部下たちに俺の所へ向かうように命令したようだ。
砦に前衛の兵士が登るには梯子を掛ける必要がある。アルビオンはこのレイアール砦までの道のりを踏破する為に大きな攻城兵器を持ってきてはいない。その為、連結魔術に頼らないのであれば、物量作戦しかない。
ないのだが、俺の言葉と挑発のせいで、今、アルビオン軍の目的は砦を落とす事ではなく、俺を殺す事にある。そしてその視線も俺に注がれている。だからこそ、砦の中心部に居る俺に向かってアルビオン軍は殺到しようとしている。前衛に居るだろう一万近いアルビオン軍の兵士が、広い砦の一部に、だ。
「上手く梯子を掛けられていないわね?」
「最初に言ったでしょ? 統率された軍ほど指示がなければ動けない。つまりは柔軟に対応するのは難しいのさ。指示がなきゃね」
「こういう混乱も含めての時間稼ぎかしら?」
「どれくらい稼げとは言われてないしね」
俺の傍にいるエリカに説明する。これで幾らかは時間を稼げるだろう。
とはいえだ。所詮は小細工だ。部隊の隊長達が声を掛け合い、すぐに対応してくるだろう。そしてそこからは続々と登ってくるアルビオン軍の兵士と四人の戦いだ。
前衛部隊はおよそ一万。当然ながらその全てと一斉に戦う訳ではない。だが、間違いなく四人は自分より多い敵と同時に戦う事になるだろう。
「この炎の壁は私の意思で消す事が出来るわ。私たちがもう戦えないと判断したら、指示をくださいな」
「わかったよ。まぁみんなが限界を迎える前に皇国軍をフィオが掌握するだろうけどね」
そう俺が言うと、ロイが剣を引き抜きながら言う。
「そうなってくるとこの特別舞台は時間制限ありってことだよな? 誰が一番活躍するか賭けないか?」
「あらあら、強気ね? 何で競うのかしら?」
「他人の採点では誰も納得しないでしょう。ここは戦場です。最も賞賛されるのは」
「敵を一番屠った奴だな」
「では、数えるのを忘れないでください」
驚いた事にミカーナがロイの提案に乗った。普段なら不謹慎とでも言いそうだが、今は指揮官ではなく一人の戦士なのだろう。
戦場に出ている以上、覚悟を持って向かってくる相手に情けを掛けるのは恥ずべき行為なのだと、前にディオ様が言っていた。
戦場の狂気に飲まれるのではなく、飲み込んだ上で相手を殺す。アルス隊長は俺にそう言っていた。高揚感に包まれ、敵を切り裂く姿しか見た事がないため、あまり信用できないが。
そう言われても、俺にはあまりピンと来ない。俺と四人とは意識の差に明確な違いがある。戦士と軍師の差だろう。この差は埋まらない。俺が前線に出て、戦士としての目線を持つ事でしか。
だが、それは無理だろう。四人はただの戦士じゃない。
並ぶ者の方が少ない強者たちだ。
「ではお先に」
ミカーナがそう言って、弓を瞬時に構える。
その照準は梯子を登り始めている先頭の兵士に向けられる。そして俺がそいつに向けられていると分かった時にはそいつの額に矢が刺さっていた。
「一」
「おいおい……」
「それはズルいだろ!?」
ロイがそう叫ぶが、既にミカーナは第二射を放っている。
「二。皆さんに付き合う理由はありませんから。間合いの広さも私の特徴の一つですし。三」
「それもそうね。いちいち付き合う必要はないわ」
そう言って、エリカが何かをコートの中から取り出し、右手で思いっきり振る。
それが何か分かる前に、ミカーナの矢を盾で防ぎ、どうにか一番乗りを果たした男の首が飛んだ。
「一かしら? 魔術を使うとこんなにチマチマする必要はないのだけど?」
「魔力は節約して。それと、それは何かな?」
「ムチよ。私の魔力で自由自在に動かせる魔術兵装。だからこんな事も可能よ?」
流石にミカーナだけでは手が足りないのか、三人ほどが一気に登ってくる。だが、それらはエリカが横に振ったムチによって一気に吹き飛ばされる。ムチには炎が纏わされている。それがムチでは有り得ない破壊力の正体だろう。
そのムチの進路上に居たアルス隊長とロイが伏せてよけながら、文句を言う。
「危ないだろ!?」
「当たったらどうする気だよ!?」
「避けると思ったから振ったのよ。ほら、私はこれで合計四よ? 二人も頑張りなさいな」
確かにアルス隊長とロイは未だにゼロだ。まぁ接敵すらしてないのだが。
二人は顔を見合わせ、そしてミカーナとエリカばかりに獲物を取られる訳にはいけないと、敵に自分たちから向かって行った。




