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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第二章 防衛戦

 聞こえてくる爆音が戦の激しさを感じさせる。

 フレズベルグに乗っているのは俺とフィオ、ミカーナ達ノックスの部隊長、そしてフィオの護衛であるシャルロット。

 この七人がレイアール砦への援軍だ。量を質で覆そうとする無謀とも言える作戦だが、何も三万の兵を全て倒さねばならない訳じゃない。ある程度の損害を与えて、撤退させれば良いだけだ。

 まぁ頭で考えるよりやる方は半端ではなく難しいが、不可能ではない。


「徹底訓練された軍であるほど、指揮官の命令がなければ動く事はできない」

「狙いは指揮官か?」


 フレズベルグの背中で俺がそう言うと、アルス隊長が好戦的な笑みを浮かべて聞いてくる。

 エリカが紅蓮の魔女と呼ばれているように、アルス隊長にも二つ名がある。

 将刈りのアルス。傭兵として激しい戦に何度も投入され、どうにか戦況を好転させるためにアルス隊長は有力な将軍や指揮官を見つけては狩り続けた。それで付いた二つ名だ。勿論、強い相手と戦うという本人の願望も多分に含まれての行動だろう。

 しかし、ノックスに入ってからアルス隊長には随分と自制してもらっていた。勝手に行動されると部隊がめちゃくちゃになるからだ。何より、アルス隊長の部下がついて来れない。だが、今はそういう足かせはない。


「お願いする事になると思います。けど、最初は砦の防衛に回りましょう」

「私が皇国軍を掌握するまでの時間稼ぎをしてくれるって思っていいんだよね?」


 俺の意図を確認する為にフィオがそう聞いてくる。それに対して、俺は頷きを返す。


「けど、そっちは五人よ? 私はフィオナの傍を離れられないし、どうやって時間稼ぎをするのかしら?」


 シャルロットが真面目な顔でそう言ってきた。真面目な時でも口調はいつも通りだから、こっちとしてはかなり集中力を削られるのだが、突っ込んだら負けだ。


「戦うだけが時間稼ぎじゃないさ。まぁ最初に注意を集める必要があるけど、それはまぁ自然と集まるでしょ」


 俺の自信満々な言葉にシャルロットが怪訝な顔をするが、フィオが俺に何も言わない為、シャルロットも俺には何も言わない。

 軍師タイプである俺とフィオだが、今回の役割ははっきりしている。

 俺が前衛でフィオが後衛だ。

 皇国軍の全体指揮をフィオが取り、俺は前線で好き勝手に動く。その際に皇国軍に指示を出す事もあるだろうが、そこら辺のフォローをフィオにしてもらう。その為にはフィオが全軍を掌握する必要がある。

 だから最初にやることは時間稼ぎだ。


「フィオ。もしも回せるようなら連結魔術が出来るのをこっちに回して欲しい」

「わかったよ。最優先で回すね」

「頼む。エリカ。最初は魔力を節約してくれ。連結魔術をやってもらう」

「構わないけれど、あんまり使えない子たちだと時間が掛かるわよ?」


 フレズベルクの羽毛を触りながら寛いでいるエリカにそう伝えると、そんな答えが返ってきた。

 皇国軍の魔術師の力というか、レイアール砦の魔術師の実力は俺は詳しく知らない。


「だってさ?」

「できるだけ腕利きを回すよ。けど、結果は出してね?」

「それは総隊長に言ってくださいな。殿下。私は指示通りに動くだけですから」


 さらっと自分から俺に責任を移す言葉を吐くエリカだが、まぁ問題はない。責任を取るのが上官の役目で、部下の力を最大限に引き出すのも上官の役目だ。


「心配しなくても、敵を撤退させるくらいならやってみせるよ」

「ユキトの兄ちゃん。いつになく自信満々だな? どうしたんだ?」


 ロイが不思議そうにそう聞いてくる。確かに俺にはかなり余裕がある。だが、それに特別な理由は無い。


「負ける訳がないと思ってるから、かな? レイアール砦の戦いは前哨戦さ。圧倒的な力の差で勝つ必要があるし、この面子ならそれはそんなに難しくはないと思ってる」

「三万対八千だぜ? 俺たちが、えーと何人分の働きをすればいいんだ?」

「二万二千人分の働きをして、ようやく互角ですが?」


 ミカーナがロイの言葉を取る形で発言する。ロイはミカーナに食ってかかるが、ミカーナは相手にしない。

 こうして見ると仲のいい姉弟のように見える。言えば否定するだろうが。


「ノックスの部隊長は一騎当千の猛者たちだって言われてる。多分、それは間違いじゃない。けど、それは個人で戦った場合だ。四人が力を合わせて、俺が指揮をする。その時に発揮出来る力は四千人分なんかじゃ収まらないよ。二万ちょっとくらい……大した差じゃないだろ?」

「ユキト様がそう仰られるなら、そうなのでしょう。二万二千の差を埋める位、私たちだけで十分だと思っておきます」


 ミカーナがそういうと、そのあとにフィオが笑顔で続ける。


「なら私とシャルロットも一杯働かなきゃだね! 私たちの国を守る戦いを他国の人にばかり任せてられないし」

「その通りねぇ。圧倒的な差で勝つ必要があるなら、私たちも二人で一万人分くらいの働きをしなきゃかしら?」

「ううん。戦うのは私たちだけじゃないよ。砦で今、戦っている八千人の仲間と力を合わせて、互角に持ち込もう。そうすれば、ユキちゃん達が生み出す力で必ず勝てるから」


 八千人を率いて、三万と互角の戦いに持ち込む。それは中々に難易度の高い事なのだが、フィオは笑顔だ。

 多分、あの笑顔の下じゃ不安で仕方ないのだろうが、その様子は見せたりしない。それは指揮官だからだろう。下に弱みを見せたりはしない。それは指揮官に必要な要素だ。

 フィオを安心させるために大げさなほど強気に振舞ってみたが、いらんお世話だったようだ。人の軍と戦うのは初めてだが、フィオにそんな事は関係ないのだろう。

 既に覚悟を決めている相手に気を使うなど馬鹿らしい。

 俺は俺で部下への責任を果たさなきゃいけない。


『そろそろ着くぞ』

「このまま向かうのは芸がないか」

「そうだね。できるだけ派手に登場するのが一番だよ! 目立てばそれだけ士気も上がるし!」


 フレズベルグの事は皇国軍には知れ渡っているだろう。そして俺たちに情報が入っていなかったように他国には知れていない。

 だからフレズベルクに乗って登場するだけでかなりインパクトのある登場ではあるが、どれだけ余裕を醸し出しても、こっちが劣勢なのは変わらない。できるだけ勝利に繋がるようにしたい。


「目立てばいいんだろ? それなら上から急降下していこうぜ! こう、ギューン!! って感じで!」


 ロイが右手で急降下のイメージを俺たちに伝える。

 そしてそれを見て、俺とフィオは同時にニヤリと笑った。




■■■




 雲の上。下の様子は見えないが、こちらの様子も向こうには見えない。


「ここからはとりあえず出たとこ勝負だ! 臨機応変に対応しろ!」

「うん! 大まかな指示はそのままで、相手に合わせて微妙に変化させていこう!!」


 最後の打ち合わせだ。すでにフレズベルクは降下を開始している。

 風はフレズベルクが打ち消しているが、羽毛にしがみついていないと、降下中のフレズベルクから離れてしまう。

 非力な俺のフォローにはアルス隊長が横でいつ手が離れてもいいように待機している。非常に不愉快だ。いくら俺でも流石にそんなヘマはしない。

 フィオはフィオでシャルロットが傍に控えている。

 雲を抜けて、砦に向かって放たれる色とりどりの連結魔術の線が見える。花火のように見えなくはないが、あの光はそんなに生易しいものじゃない。


「ベルク!! 砦の前面に出て!!」

『心得た』


 フィオの指示でフレズベルクは大きな翼を広げ、連結魔術の嵐を浴び続けている砦の前面で急ブレーキを掛ける。砦の兵士にもかなりの風が行っただろうが、悲惨なのはアルビオンの兵士だ。ホコリのように飛ばされている。

 巨大な鳥の登場は戦場に静寂を与えた。

 アルビオン側すれば突然現れ、こちらに被害を与えた認識外の死神に見えただろう。

 皇国軍には劣勢の中、待ち望んだ人物の登場を告げる確かな証に見えただろう。


「これより皇国第二防衛戦線の指揮は私! フィオナ・オルブライトが取る!!」


 フレズベルクの頭の上から、フィオは砦に向かってそう叫んだ。

 それだけで十分だった。フレズベルクの登場はイコールでフィオナの登場であり、フィオナの姿と言葉はそれを確信へと変える。だから余計な言葉は皇国軍には必要なかった。

 一瞬の間の後。怒号が砦から生まれた。劣勢側であり、先ほどまで一方的にやられていた砦の兵士たちがフィオの登場で息を吹き返した。

 フィオはそのままフレズベルクを駆け下りる。そしてシャルロットに抱えられるようにして砦へとジャンプする。

 これで皇国軍の士気はアルビオンと五分以上だろう。しかし、数の差を確実に埋めるほどではない。

ここから皇国軍の士気を更に上げるのは難しい。

 なら、敵のを下げるだけだ。


「みんなついてきて」


 そう言って俺は四人を引き連れて、フレズベルクの頭の方へと移動した。

 そこからはレイアール砦を攻撃する為に展開しているアルビオン軍、約三万がしっかりと見えた。そして逆も同じだろう。

 黒い髪に黒い目。黒い着物。そしてその上に不自然に羽織った黒いコート。

 アルビオン側はすぐに分かっただろう。俺が誰なのか。

 俺のアルビオンでの評価は一定しない。

 ソフィアをヴェリスの先王から守った英雄という者もいれば、ソフィアをヴェリスに攫った許されざる罪人という者もいる。いや、皇国の防衛戦線でアルビオン軍と直接矛を交えてからは明確に敵と認識する者が多くなっただろう。

 ソフィアの事を抜きにしても今現在、最もアルビオン軍の兵を屠った指揮官は俺だ。恨まれるにはそれで十分だろう。

 だから俺の言葉には向こうは注目するだろう。良い意味でも悪い意味でも。


「白き旗の下に集った白き騎士たちよ! 矛を交える前に諸君らに伝えねばならない事がある!!」


 俺の声は割と通る。戦場が静寂に支配されている今ならかなり遠くまで響くだろう。

 俺がする事は時間稼ぎだが、俺自身、調べたい事があった。

 まずはメイスフィールドが居るかどうかの問題だ。


「伺おうか! ヴェリスの軍師!」


 皇国軍の中軍辺りから俺の言葉に応える声があがる。男の声だ。メイスフィールドは女の筈だ。

 こういう時に応じるのは大将だ。まぁ大将が応じない場合も別に難しくはないのだが。


「伝言を託されている! できればメイスフィールド殿に面と向かって伝えたいのだが!?」

「はっはっは!! それは残念であったな! ここにメイスフィールド閣下は居られない!! 皇国軍程度には出るまでも無いと言う事だ!! 代わりに副将であるこのディックが伺おう!!」


 得意げに笑う鎧姿の男に俺は冷ややかな目を向ける。

 距離がありすぎるせいで男である事、声からしてそんなに若くないという事くらいしかわからない。ステータスも見れないが、あっさりメイスフィールドがいない事をバラした事を考えれば、そこまでの人物ではないだろう。

 勿論、策の可能性もある。だが、策ならもっと違うやり方で伝えるだろう。言い方がストレートすぎる。


「相分かった! それではディック将軍! 至上の乙女からの伝言を伝えよう!!」


 俺のその言葉にアルビオン軍が響めく。そして俺は懐から扇を取り出して開く。

 国宝級の一品であるこの扇はアルビオン軍からすれば、俺が持っているのは目眩がするような光景だろう。まぁそんなアルビオン軍の心情など知った事ではないが。


「神扇クラルスを取り出し、一体、どんな事を言うつもりだ!? 至上の乙女はヴェリスに攫われたと聞いている!? 我らを激怒させる事が目的か!?」

「その考えが浅はかだと知れ!! 伝言は簡潔だ! アルビオン軍は正義に反する戦いを今すぐ中止し、祖国へと戻って欲しい。これが伝言だ!」


 命令ではない。あくまで願いだ。もしも機会があったら、自分が戦を望まぬ事を伝えて欲しい。そう言って、ソフィアは俺にこの言葉を託した。

 今まで奇襲が殆どだった為、言う機会など皆無だったが、良い機会だから言ったのだが、まぁ俺の口から出た言葉だ。アルビオン軍の反応は面白いほど想像通りだった。

 アルビオン軍は大きく笑い始めた。本当に可笑しくて仕方ないと言う感じだ。


「ヴェリスの軍師は千の兵法を操ると聞いたが……そのような偽りの言葉で我々が撤退すると思っているのか!? もしもそれが兵法の一つなら残りの九百以上も大した事はあるまいな!!」


 ディックはそう言ってこちらに届くように一際大きく笑い始める。

 そんなアルビオン軍を見る俺や四人の部隊長の目は冷たい。少しでもソフィアと喋った事がある人間ならば、ソフィアが戦を最も忌避しているのが分かる筈だ。

 帝国との戦いの際、ソフィアは嵐を起こし、船を多く転覆させたが、溺れる帝国の兵士を助ける為に風向きを陸方向へと変え、全員を陸に打ち上げさせたと言う。だからソフィア自身は帝国軍の兵士の命を奪ったりはしていない。

 その兵士たちは捕虜としてヴェリスに囚われているが、命が無くなるよりましだろう。

 ソフィアが例えどれだけ慈悲を掛けようと、そんな事で救える命など全体の僅かだ。それはソフィアも分かっているだろう。自分の甘さも。自分だけが手を血で汚さない事への罪悪感も感じている事だろう。

 それでもソフィアはその手を血で汚したりはしない。どれだけ綺麗事でも、ソフィアはそれを貫き通すだろう。そして綺麗な手を掲げ、戦う事の愚かしさを説く。

 何が至上の乙女だ。何も分からず飾り立て、自らの都合の良いように偶像を作り上げているだけじゃないか。

 笑う三万のアルビオン軍を見て、そんな事を思いつつ、俺は自分が怒りを感じている事を気付く。そして、今はそれを解き放っても良い時だと言う事も理解していた。

 だから。


「例え自分の身を狙った相手であっても、決してその相手を傷つける事はしない!! ソフィア・リーズベルクはそんな女性だ!! 例えどんな時であっても平和な一時の大切さを忘れたりしない!! そんな女性だ!! お前たちは何を見てきた!? 彼女が戦を止めろと言うのがそんなに可笑しい事か!? 胸に手を当てて自問しろ!! ここに彼女が居れば、貴様らになんと言うかを!!」


 笑いを遮り、俺は声を荒げてそう言い切った。

 シーンと戦場がまた静まり返る。

 ソフィアは平和を愛する者であると、アルビオンの国民には認識されているし、それは間違いじゃない。

 俺という存在が発した言葉故にアルビオン軍の兵士は笑ったが、冷静に考えれば、その言葉をソフィアが言う事に違和感など微塵もありはしないのだ。


「惑わされるな! 相手はヴェリスの軍師だぞ! 至上の乙女を攫った張本人だ!! この場に至上の乙女が居れば、秩序の番人足るアルビオンの正義の為に戦う我らを賞賛してくれるだろう!!」

「何が正義だ!! 笑わせるな! アルビオンは大陸の平和をその手に握っていた!! 積極的に争わず、他国と調和するアルビオンは間違いなく大陸の秩序を守る番人だった!! だが、今のアルビオンは違う! 皇国への侵攻が正義か!? どう見ても領土的野心を持った侵攻だ! 貴様らが動いたせいで大陸は今、四つの大国が争う泥沼の戦乱に向おうとしている! 分かっているのか!? 今の世の人々が……アルビオンが正義だと思っていると本気で思っているのか!?」


 アルビオン側にも言い分はあるだろう。先王時代のヴェリスは間違いなく大陸中央への侵攻を狙う国であり、それを討とうする事には誰も文句は言わなかっただろう。そして、王位を継いだのはその娘であるカグヤ様だ。

 正義は立場で変わる。そして見方や言い分も。アルビオンを正当化する言葉を考えろと言われたら、俺はヴェリスを正当化する言葉よりも多くの言葉を思いつくだろう。だが、この皇国侵攻を正当化しろと言うのは難しい。

 皇国はヴェリスと正式に同盟したが、皇国の存在はアルビオンにとって見逃しても問題ないものだ。ヴェリスを滅ぼし、その後、皇国を外交で追い詰めれば戦など必要はない。敢えて、それをしなかったのは、戦が終わった後では帝国に横槍を入れられて、満足な領土を手に入れられない可能性があるからだ。

 今の皇国侵攻は領土を狙ったモノである事を否定は出来ない。だから、アルビオンがこれまで掲げてきた秩序の番人としての正義には反する。自らが掲げてきた正義をアルビオンは自分で破ったのだ。


「それでも秩序の番人などとほざくなら掛かってこい! ヴェリス王国独立機動部隊ノックスの総隊長、ユキト・クレイがその名に掛けて、その腐った正義ごと叩き砕いてやる!!」


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