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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第一章 最前線6

 駐屯地の中央に張られた天幕の中に俺とミカーナ以外の部隊長、そしてフィオが居た。フィオに呼び出されたのだ。


「うめぇ!」

「確かにな! 駐屯地でこんな美味い飯が食えるとは思わなかったぜ! 」

「そうね。美味しいわ」

「はい。美味しいです」


 ノックスが支配された。 冗談ではなく完璧に掌握されたと言っていいだろう。全員、敵の手に落ちた。 かつてないほど巨大な敵だ。勝つ術が思いつかない。

 平の隊員や部隊長が完全に俺の手から離れている。俺だけではどうする事もできない。


「ふふん。ユキちゃんも私の料理食べる? 」


 自信満々で俺の傍に寄ってきたフィオを見て、俺はアホな考えを中断する。

 事態は簡単だ。フィオが料理を作り、胃袋からノックスを掌握したのだ。胃袋を握るというのはどこの世界でも破壊力は抜群だという事に気づかされた。


「その自信満々さが嫌だから遠慮しとくよ」

「何でー!? せっかく美味しく作ったのにー」

「あんまり美味い食事に慣れると、後が怖いからね」

「大丈夫だよ。ずっと皇国に居ればいいだけだし」


 やっぱりそれが狙いか。ヴェリスの軍師が率いる独立部隊が皇国に吸収されたら一大事。しかも理由が胃袋を掌握されたからとか、笑えない。


「ノックスはヴェリスに帰ります」

「そんな寂しいこと言わないでよ。わかってるよ。ユキちゃんにとって皇国が仮の居場所だってことくらい」


 少し寂しげに笑うフィオを見て、俺はちょっと罪悪感を刺激される。

 だが。


「演技には騙されないぞ」

「もう、疑り深いなぁ。今の発言は傷付いたよ!」

「はいはい。悪かったよ。それで? フィオはいつまで居るんだい?」


 フェレノールを発ってから既に一週間が過ぎている。

 幸いというべきか、フィオの睨んだとおりというべきか。アルビオンからの攻撃は一度として無かった。


「私が参戦する事を伝える早馬は、叔父さんとユキちゃんが遊んでる間に出してるあるけど、皇都からの伝者が来ないと私は参戦できないの。それでフェレノールから皇都まではどんなに頑張っても三日は掛かるし、皇都からここまでは四日は掛かるんだよ? 私が居るのは変かな?」

「いや、さっき伝者来ただろ? もう砦に向かってるよ?」

「私が居るのは変かな?」

「冷静に考えて……変でしょ。皇国軍の最高司令官に任命されてる人間が他国の部隊に居るだけじゃなくて、飯も作ってるってどんな状況だよ」


 笑顔で再度問いかけてきたフィオに向かって、そう冷静に返すと、フィオはブンブンと両手を振りながら叫ぶ。


「最高司令官ならどこに居たっていいでしょぉ!! それに真打ちは最後に登場するから格好良いんだよ!?」

「最後が本音か。しかしだよ? 戦況を考えて。最高司令官なら居るべき場所は最も重要の場所だよ? それはどう考えてもここじゃないのは確かだし」

「まだ居たいの! もう! ベルクに頼んだら私の方が早くついちゃうから、もうちょっと居るくらい許してよ!」


そう言った後、頬を膨らませてふてくされるフィオに俺は肩をすくめつつ、ゆっくり首を振る。


「我が儘の時間は御終いさ。フィオの参戦はもう向こうに知れてる可能性はある。アルビオンが最も恐れるのはフィオの参戦だ。それが現実になったなら、多少時期じゃなくても攻めてくる筈だよ」

「正しくその通りになりました」


 俺の言葉を肯定する声が天幕に響く。ミカーナが入って来て、そう告げたのだ。

 少し息を切らしたミカーナが俺とフィオを真っ直ぐ見てくる。その目に込められてるのは覚悟だ。

 言い方から察するに事態は予想通りに進んだか。


「アルビオン軍三万が右の砦・レイアールに攻め込みました」


 レイアール砦に居る兵数は八千。しかし配備されている装備はそこまで上等じゃない。最もアルビオンが攻め込んでくると思われていたのは左側のハウザー砦だからだ。ハウザー砦には一万五千の兵が配備され、強力な装備や精鋭が優先的に回されている。 その理由はアルビオン側からレイアール砦に向かう道は森や山で険しく、大軍で攻め込むには適さないからだ。正直、三万という数字は誤報なのかと思いたいくらいだ。

 だが、向こうは四賢君だ。この一週間が準備期間と思えば納得も行く。


「この一週間で少しずつ兵を送っていたか」

「けど三万の大軍を見逃すなんて……」

「険しいと言う事は隠れる場所は幾らでもあるってことだし、砦の兵にも油断が生まれていた筈だ。その隙を突いてきたって事だよ。フィオ。兵の混乱はもう仕方ない。前線に向かおう」

「……そうだね。レイアール砦で八千対三万は分が悪いかな。四賢君が出てきたらちょっと自信がないよ」


 フィオはそう言って苦笑する。先ほどまでの我が儘は無い。既に指揮官としてのフィオへと切り替わっている。フィオの予想より行動は早い。けれど、フィオは既にそれへの対処を考え始めている。思考の切り替えが早い指揮官は臨機応変に対応ができる。味方ならかなり頼もしい。

 しかし、三万はただの三万じゃないだろう。報告ではアルビオンの皇国侵攻軍は総勢七万だ。その内の三万だ。精鋭と見るべきだろう。

 そして後ろにはまだ四万が控えている。

防衛戦線を構築する最後の砦。中央にある小さな砦、ケイオン砦にはどう頑張っても大軍を送る事は出来ない。こちらもアルビオンもだ。だから、ケイオン砦の戦いは少数精鋭になる。当然、最も精鋭を置いてあるし、俺たちノックスが今まで備えていた。

 けれど、今、一番拙いのは。


「ノックスはハウザー砦に向かう。すぐに準備しろ。二方向、もしくは三方向からの同時侵攻のはずだ」

 

 そう天幕にいる部隊長に指示を出す。部隊長たちはそれぞれ、天幕の外に待機していた部下を呼び寄せ、隊の準備をさせる。

 俺は一度、息を吐き、状況を再度整理する。

装備と人がどれだけ充実していても、四賢君が自ら率いる軍にはそこまで持たないだろう。ハウザーには至急援軍が必要だ。

 当然、中央のケイオン砦にも必要だが、ケイオン砦は常に周囲に目を光らせており、あの警戒ぶりでは気づかれずに近づくのは不可能だ。そしてまだ伝令は来ていない。ならば後回しでも間に合う。

 問題は左右だ。いや、ノックスが増援に向かうハウザー砦は大丈夫だろう。例え四万が来ようとノックスの五千が加われば二万対四万の防衛戦だ。ハウザー砦なら例え三倍の敵が来ようと耐えるだけなら耐えれる。

 そう考えると問題は右のレイアール砦と、四賢君のアイリーン・メイスフィールドがどこに居るかという事になる。

 順当に考えればレイアール砦のアルビオン軍だろうが、三万の精鋭ならばわざわざ四賢君が直々に率いらずとも突破できる。当然、俺たちが何もしなければの話だが。

 そう考えると手ごわそうなハウザー砦方面のような気もするが、ハウザー砦も二倍の兵数差がある。火力で圧倒できるアルビオン軍が数でも上回っていれば、ハウザー砦も苦戦は免れないだろう。

 こちらは三つの砦を全て守りきらねばならないが、アルビオンは一つでも砦を落とせればいい。その考えの元、間違いなく今回のアルビオンの侵攻は仕掛けられている。こっちは戦力の配分を間違えると砦を確実に一つは失う事になる。

 少数精鋭には少数精鋭を当ててくるような気がする。数の差が生かせないケイオン砦は三つの砦で一番攻略しづらい砦であると言えるだろう。そんな事をアイリーン・メイスフィールドが思っていれば。


「今回の主攻は中央か」

「私もそう思う。左右は防がれても良いという気持ちで攻めてきたなら、いきなりの全軍投入も危険は少ないよ。まぁ全軍を投入してくるかは分からないけどね」


 確かにその通りだ。あくまで報告はレイアール砦への三万だけだ。後方の四万が動くかなんて完全にこっちの想像に過ぎない。

 しかし、戦は先を読むものだ。


「俺が敵ならそうするさ。アルビオンは皇国に時間を掛けてはいられない」

「あ、そっか。帝国だね」


 フィオの言葉に俺は頷く。帝国はヴェリスに三軍将の内、二人を投入した。完全にヴェリスを落とす気でいる。アルビオンとしては帝国にヴェリスを落とされるのは困る。あくまで自分たちが主導であり、帝国はその手伝いでなければ、戦後に優位には立てない。

 だが、ヴェリスのアルビオンへの防御は固い。これを落とすには優秀な将よりも兵力が必要になる。だから早く皇国を片付けて、アルビオンはヴェリスとの戦いに挑みたい筈だ。


「ヴェリスにはソフィアも居る。このままじゃ帝国がヴェリスを落とし、ソフィアの身柄は帝国に奪われる。それはアルビオンの国民が納得しない。そこら辺を踏まえれば、アルビオン軍は素早く決めたい。いや、決めなくちゃいけない」


 相手に状況を読めれば、相手の打つ手もわかってくる。

 こちらは防衛戦線を維持しなければならない為、砦を一つ足りとも落とされてはなならないという守り手側の事情があるように、向こうは向こうで国の意向という攻め手側の事情がある。

 もはや予想ではなく確信だ。アルビオンは全軍で打って出てくる。


「まずは左右の砦の救援が先決か」

「レイアールには私とシャルが行くよ」

「……いや、幾らフィオとシャルロットでも三万対八千じゃ身動きがとれなくなる。それは中央への対処を失う事になる。フィオが動けなくなるとフレズベルグでの高速移動が使えない。左右に振った戦力を中央に集められなくなったら、中央を突破される」

「じゃあどうするの? ノックスはハウザー砦に向かうんだよね?」


 そうだ。ノックスはハウザー砦に向かう。おそらくハウザー砦の攻撃軍にはメイスフィールドは居ない。だが、ノックスの増援がなければ四万の敵をハウザー砦は防げない。

 ノックスをハウザー砦かレイアール砦に向かわせる為に、左右の両砦への攻撃はあるはずだ。勿論、中央からメイスフィールドが来ると決まった訳ではない。だが、多分、外れてはいないだろう。左右の砦はメイスフィールドが居なくても落とせるが、中央の砦はメイスフィールドが居なければ、短期間では落とせない。脆弱ではあるが、確実に落とすには数日の日数が居る。それがケイオン砦だ。それを短期間で落としたいならメイスフィールドが精鋭を率いるしかない。

 俺がメイスフィールドの位置を考えるように、向こうもノックスの位置を考えているだろう。普通なら左右への対処がし易い中央に本隊を置き、まずは攻められているレイアールに援軍を送る。

 その布陣なら左右と中央に無難に対処できる。そしてメイスフィールドはその無難な作戦を一応は想定している筈だ。一番無難という事は一番可能性が高いという事だ。そうなると、中央の守将は俺という事になる。メイスフィールドが俺をどこまで買っているかは知らないが、甘くは見てはいないだろう。だから自身で俺を潰しに来る。

 そんな理由で俺は中央にメイスフィールドが居る事を想定し、すぐに作戦を組み上げた。


「レイアール砦には俺と四人の部隊長も同行する。そして攻めてきたアルビオン軍をすぐに撃破し、フレズベルグに乗って、中央か左へ援軍に行く。当然、レイアール砦の攻撃軍にメイスフィールドが居るなら、そこで迎え撃つ」

「四人? ってことはノックスの指揮は誰かに渡すの」


 フィオの言葉に俺が頷く。天幕に居る五人の部隊長が神妙な顔になる。いや、一人だけため息を吐いている人間がいる。


「いつも面倒事を押し付けて悪いね」

「わかってますよ。私はそういう役割を担う為にここに居ますから」


 ため息を吐いていたニコラが苦笑を浮かべる。

 ニコラはいつでも普通だ。危険を冒さず、冒険もせず、ただ普通に戦う。

 他の部隊長たちは自分の部隊を百パーセント以上の力で戦わせる力を持っているなら、ニコラは安定して八十パーセントの力で戦わせる事が出来る。それは他の部隊にしてもそうだ。

 定石通りの指揮は兵も戦い易い。強き敵に勝つのは難しいが、普段通りに戦わせる事がニコラには出来る。もっと言えば、五人の部隊長の内、唯一、俺の代わりが出来るのがニコラだ。全体の指揮を任せても、各部隊の性質を理解し、部隊長が不在でも無難な戦いを行わせる事が出来る。


「ニコラの姉ちゃんだけじゃ不安だぜ! 俺も左へ向かわせてくれよ!」


 ロイが一歩前に出てそう言ってくる。咎める視線をミカーナすら送らない。戦力のバランスを考えれば、もしもハウザー砦の攻撃軍にメイスフィールドが居た場合、ニコラは瞬時に危険に晒される。俺の作戦は右と中央に力を割り振り過ぎている。その自覚はあるけれど、いつも賭けの要素を廃して、安全な策ばかりという訳にはいかない。相手が巨大なら尚更だ。


「ロイ君。私はこれでもノックスの第三部隊長だよ。例えどんな相手が来ようと、持ちこたえるくらいは出来る。私はいつも地味だけど、地味は地味なりの使い道があるの。ユキト様はそんな私の力を最大限に引き出してくれるから、私はユキト様の指示を信じて戦うの。私に部下を預けるんだから、不安は最もだけど……ノックス第三部隊長、ニコラ・リオールの名にかけて無駄死にはさせないから」


 だから納得して欲しい。

 そうニコラはロイに語りかける。いつもとは少し違うニコラの様子にロイがたじろぐ。

 ノックスを率いるということは五千の将になるということだ。例え代行だろうと、自由は失われ、その命はより多くの敵に狙われる。メイスフィールドを抜きにしても、ニコラの命は危険に晒されるのだ。

 だが、ニコラはそこら辺の決意をすぐに固めた。騎士だとニコラは俺に出会った時に言ったが、その通りだろう。

 どれだけ頼りなく見えようが、ニコラは誇り高いヴェリスの騎士だ。死ぬ覚悟はとうにしているんだろう。

 けれど。


「死ぬ覚悟なんて俺は要求してないよ。俺がニコラに頼むのはノックスの隊員たちのことと、ニコラの命だ。メイスフィールドがいない場合は耐え抜いてほしい。居たならば、すぐに救援に行く。それまで耐え抜いてほしい。得意だろ?」

「確かに得意です。お任せください。じっと耐え抜いていれば助けが来ると分かっているなら簡単です」


 簡単な訳がない。だが、ニコラは確かに簡単そうに言ってのけた。ニコラも成長している。ノックスの部隊長となってから、ニコラは確かな自信を手に入れた。自分の役割に対する絶対的な自信だ。

 周りのフォローや周りの尻拭い。そういうことをニコラはやり続け、俺も命じてきた。確かに目立たないが、既にニコラはノックスにはなくてはならない将だ。


「アルス隊長、エリカ、ミカーナ、ロイ。自分の部隊に通達を。全体の指揮をニコラに委ねる。危険なのはどこも変わらない。いや、無理をしなければいけないという点じゃ俺たちの方が危険かもしれない。覚悟を決めて望んでほしい」

「今更覚悟を決める必要なんかねぇよ」

「そうそう。そういうのはとっくに決まってるし」

「私は死ぬ気はないけれど、まぁあなたについて行くと大抵危険だし。こんなのはいつもの事よ」


 アルス隊長、ロイ、エリカがそれぞれ俺の言葉にそう返す。

 そして俺の後ろに立っていたミカーナが珍しく微笑みながら答える。


「ユキト様の部下になったあの日から、ユキト様の命令ならどのような死地でも向かう覚悟は持っています。それは皆さんも一緒でしょうから、私たちに要らぬ気遣いは無用です。それにどうせ勝つのは私たちですから」


 そう言って自信満々に言い切ったミカーナの姿は、いつも以上に頼もしかった。

 敵は総勢で七万。こちらは総勢三万。二倍以上の戦力差に笑みが出てくる辺り、ここにいる部隊長たちはやっぱり常人ではない。

 正直、笑う気にはなれないのだが、自分の部下が笑っているのだ。こんな状況は大した事はないと。なら、その将足る俺も自信満々に笑うしかない。


「そうだな。俺が負けるのはカグヤ様だけだ。それはこれから先も変わらないし、変えさせない。出陣準備! 前線に出るぞ!!」


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