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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第一部 内乱編
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第一章 序5

「そこを退きなさい!」


 ソフィアの部屋に有無を言わせぬほど強い声が響く。部屋にいるのは俺とソフィアだけで、声を出したのはソフィアだ。命令する形の言葉を俺に向けるのは珍しいし、何より強い声を出すのは初対面の時以来だ。


「退かないよ」


 ソフィアが俺を睨みつける。思わず胃が痛くなってきた。だけど退く訳にはいかない。ここで俺が退けば、城の中にソフィアを止められる人間は居ない。そうなったらソフィアは城を抜け出してしまうだろう。そうならないようにディオ様は俺を残したんだ。意地でも退く訳にもいかない。


「退きなさいと言いました。実力行使をしなければわかりませんか?」


 ソフィアのステータスを開く。戦闘力が百を超えている。戦闘力で百を超える人が居なかった為、百が最高値と思っていたが、そうではないらしい。そして数値は変動すると言うのも初めて知った。

 最初に見た時、ソフィアの戦闘力は九十代だった。集中力とかやる気とかそういう部分の問題だろうか。ちなみに百五十あった魅力は九十まで落ちている。平素のソフィアを知っていて、今の方が魅力的だと思う奴は確かに居ないだろうな。


「それで冷静さを取り戻せるならそうすれば?」


 もとから防御など不可能なのだから、こう言うしか方法はない。力づくでソフィアが進めば、城の総力を挙げても止められない。勿論、そんな事になったら、怪我人が続出するだろう。それも分からないほどに冷静さを欠いているなら、もうどうにもならない。

 ソフィアは白いローブの上から青いマントを羽織っている。それが至上の乙女と言われるソフィアの正装だ。そして、危険な場所に行くと時は必ずと行っていいほど着用するモノでもある。防御用の魔術が組み込まれた優れものらしく、物理攻撃も魔術による攻撃も殆ど効かないらしい。

 それを着ているのは外に出る為だ。何故、外に出るのか。敵が居り、そして敵を倒そうとしているからだ。何故、倒そうとしているのか。

 敵が近くの村、ソフィアが何度か足を運んだ村を人質に、ソフィア一人で城から出てくる事を要求してきたからだ。村を人質にしているのは三百人ほどの部隊で、猟犬と言われる王直属の美女を捕まえる事が任務の荒くれ者どもの部隊らしい。ディオ様が出陣してから五日目の今日の朝の事だ。そして今は昼間。返答期限は明日の朝まで。


「ユキト!」

「叫ぼうが怒鳴ろうが無駄だよ。絶対に退かない。頼まれたって退く訳にはいかない。俺は君を止める為にここに残されたんだ。わかるだろ? まずは冷静になれないかい?」


 届けと念じつつ、俺はステータス画面越しでソフィアを見続ける。戦闘力が下がったり上がったりしている。迷っているのだろう。揺れているなら望みはある。


「まずは出来る事を探さないか? ダメなら俺も一緒に行く。一人じゃ行かせない」

「でも……一人で来いと……」

「間に受けるだけ損さ。使用人が一人くっついて行く位じゃ文句は言わないさ。相手の目的は王の下に君を連れて行く事だから、王都までは君の世話をしなくちゃいけない。そう思えば、使用人は居た方が便利だし、いざとなったら人質になる。そこまでは考えると思うよ?」


 出来るだけ時間を取って長く喋る。徐々に下がる戦闘力を見て、俺は内心ホッとする。まずは立ち止らせる事には成功した。次は現状の打開策だ。

 期限が明日の朝までなら今日の夜でも構わないと言う事だ。狙うなら夜に乗じた奇襲だろうか。

 色々と考えていると、ソフィアがフラフラと揺れる。俺は慌てて近寄って肩を支える。


「私……あの村を巻き込んでしまいました……」

「ソフィアのせいじゃない。それに、大丈夫だ。まだやれる事はあるさ。人質さえ居なければ、ソフィアなら無力化するのはそこまで難しくはないだろう?」

「はい……。私だけじゃなく、護衛の魔術師は皆、精鋭です。まともに戦えるなら犠牲を出さずに無力化できると思います」

「なら、俺は人質を解放する方法を考えるよ。でも、それもソフィアや護衛の人に頼ることになるだろうけど……」

「構いません! ユキト、私はどうなっても構いません……村を、子供たちを……」

「俺の仕事はソフィアを守る事だよ。村も君も守るさ」


 戦いなんて本当に冗談じゃない。これが見知らぬ女の子で、ディオ様から任されてなければ、渡してしまえと思ったかもしれない。けど、差し出せと言われているのはソフィアで、ディオ様からは全権を預かっている。どっちか片方だけでも覚悟を決めるには十分なのに、今は理由が二つもある。

 戦いを嫌がる気持ちはあるけれど、それよりもソフィアを渡さないって気持ちと、ディオ様への恩の方が何倍も大きい。

 ソフィアも渡すのも、ディオ様の期待を裏切るのも、どっちも冗談じゃない。絶対にさせないし、しない。




■■■




「忌憚のない意見をください。どうすべきだと思いますか?」


 ディオ様が出陣の前に留守役を集めた部屋に、俺は主だった人を集めた。

 城主代行のユーレン伯爵の弟君は病を患っており、ベッドから動く事ができない。先ほど会いに言ったら、全て任せると言われた。重すぎる期待と権限に正直吐きそうだ。

 そう思っているのは俺だけではなく、集められた面々もそうらしい。もとよりそこまで重要な役に居た人たちじゃない。困惑で言えば俺以上かもしれない。


「……村を見捨てるのは致し方ないかと……」

「そうですな。すでにディオルード様に早馬を出しました。僅かでも兵をこちらに回してくれれば問題ありますまい。籠城となっても、半月は持ちます」

「悔しいがそれしかないか……」


 場が一瞬で村を見捨てる方向に向かう。俺の中では絶対に無い選択だが、皆がそれしかないと言うように頷く。いや、一人だけ頷かない人が居た。

 茶色の髪をポニーテールにしている少女だ。年齢は俺よりは二つか三つは低いだろうか。日本なら高校一年生くらいか。ソフィアを見ているせいでちょっと感覚が狂っているが、クラスメイトならついつい授業中に見てしまうくらいには可愛いだろう。だが、愛らしいとすら言えそうな外見とは裏腹に、騎士の鎧を身にまとい、戦闘力は八十を超えている。何より速力とか言う把握し切れてないステータスが九十ちょうどだ。足が速いのか、それとも馬に乗ると速いのか。微妙な所だが、ともかく、彼女は議論には乗らず、じっと俺を見ている。


「何か?」

「第二騎馬小隊の隊長をしているミカーナ・ハザードです。質問をしてもよろしいですか?」

「ハザード? ゴルドーさんの親類?」

「祖父です。あなたが倒れているのを殿下が見つけた時に護衛についていたのは私の隊だったので、近くにある祖父の家にあなたを運びました」


 なるほど。ゴルドーさんの家で目を覚ました理由がようやく分かった。一応、今の所は全権を預かっている俺の部下になるんだろうから、敬語はいらないだろう。


「それはどうも。君にもお礼を言わなくちゃだ」

「それは後ほどで。クレイ殿は私たちより広い視野でモノを見れるのだと、思います。殿下にもその視点から助言されたのでしょう。ですから、あなたの視点から見た村を見捨てた場合の利点と欠点をお教え頂けないでしょうか?」


 俺はミカーナと名乗った少女のアシストに感謝した。視線が完全に俺に集まった。これで皆が俺の話を聞くだろう。


「では、まず最大の問題点から言いましょう。村を見捨てれば、ソフィア様は城を出ていくでしょう。勿論、要求を飲んで村を救うために」

「なんですと!?」

「どういう事ですか!?」

「そのままの意味です。何とか引き止めましたが、実力行使も辞さないと言うほどですから、村を見捨てる決定をすれば、飛び出していくと思います」

「そうなった場合……ソフィア様は?」


 ミカーナが真っ直ぐな目で俺を見てくる。見てくると言うよりは何を考えているかを探ろうとしていると言った方が的確か。もっと言えば、出し惜しみせずに早く言えと急かしてくる。


「捕まるでしょう。人質となっている村はソフィア様が何度か足を運んだ村だと言う事ですから、村を人質にされれば何もできないでしょう。もしも抵抗し、おそらくお一人でも追い返す事が出来たとしても、村には犠牲が出ます。そうなると、黙っていないのがアルビオンでしょう。至上の乙女の名に傷をつけたくないアルビオンは全ての責任を、まぁその通りですが、ヴェリスにあると言うでしょう。そうなると外交問題になり、現在、ディオ様側についている貴族が離れる可能性も出てきます」

「簡潔に告げてください」

「せっかちだね。まぁこの場の全員の首は無いと思うべきかと。アルビオンとの関係悪化の原因ですし、なによりディオ様たちが負ければ、勿論、私たちの命はありませんし」


 どんどん青ざめる面々を見て、少し、本当に少しだが、楽しんでいたら、ミカーナに止められてしまった。もう少しくらい言っても良いだろうに。見捨てるだなんて情けない事を言った人間たちには。


「では、クレイ殿は村を救うべきだと考えている。それで構いませんか?」

「君もだろ?」

「目の前で虐げられる誰かを助ける為に騎士になりました。それは今も変わりません」

「心強いね。もう面倒だし、細かいのは無視しますね。策と言えるかは微妙ですが、二つ。相手の意表をついて、村を攻撃する前に敵を無力化するか、夜に乗じて奇襲部隊を出し、村に居るだろう敵を無力化し、本隊が攻撃するか、と言うのがあります」

「前者は間違いなく村人に犠牲が出ます。まず勝てるかわかりません。数では負けていますし、猟犬は荒くれ者どもですが腕は立つと聞きます」

「少なくない数は守れる。ソフィア様とその護衛の人たちが協力を約束してくれてるから、戦闘自体はあっさり終わると思う。でも多少の犠牲は出るのは間違いないね」

「後者は賭けですね。奇襲部隊に気づかれれば終わりですし、奇襲部隊も危険です」


 ミカーナは言いながら、腕を組み思案し始める。ステータスを見て、知力も高いのは分かっていたが、なかなかどうして頭が回る子だ。今、この子は一瞬でリスクの計算をしてみせた。こういう子が居てくれるのは助かる。突発的な事態にも対処してくれるだろう。


「策を練り込む時間が必要だけど、その時間は無い。まずは夜襲をするかどうかを決めるとしようか。機会は一度きり。外せばそこで終わりだけど、何もしなければ何もかも失います。後ろ向きな意識は捨ててください」

「私は賛成です。騎士として……猟犬の所業を見過ごすことはできません」


 ミカーナの後にポツポツと賛成の声が上がる。一応は満場一致で夜襲は決定だ。勿論、相手も予想するだろうし、そこらへんをどうにかする策が必要だ。

 一つ妙案と言えるか分からないが、思いついた事がある。それにはソフィアの協力が不可欠だ。


「一度解散しましょう。敵に気づかれないよう、静かに戦いの準備をお願いします」


 ソフィアに聞かねばならないことも出来た為、俺はそう言ってその場を解散させた。

 一時的でも俺が上の立場だからか、皆が、はっ。と応えてくれた。勿論、ミカーナもだ。少なくとも、内心の不満を表に出す人は居ないらしい。それはそれで助かる。どうせ明日には終わる。今さえ乗り切れれば、それでいいのだ。

 そう思いつつ、俺はソフィアの部屋に向かった。




■■■




 夜。俺は城に居る二百人の兵を一人一人の顔、というかステータスを確認していた。

 理由は簡単。奇襲部隊を選抜しているのだ。基準は速力だ。ミカーナに聞いたら、ここにいる全員が騎馬出来るらしいから、単純に速力で選んで大丈夫だろう。ミカーナは駆けっこや騎馬での競争じゃ負け知らずらしいし、色々な速さの総合力だと思えば、それなりの判断基準にはなる。似たような数値なら戦闘力が高い方が選ぶ。まぁ奇襲を受けたら組織的反抗は難しいから、多少戦闘力が低くても問題ないと思うが、人の命がかかっているから適当には選べない。


「どういう目をしてるんですか?」


 若干、俺を睨むようにしてミカーナがそう小声で聞いてくる。悪い事をした覚えはないんだが。


「黒い目だよ?」

「そうではなくて……なぜ、騎馬の扱いに優れた者ばかりを選べるんですか?」

「俺は何でも知ってるからね。ミカーナの秘密も知ってたりするかもよ?」

「なっ!? わ、私に秘密なんてありません!」

「剣とか槍より弓の方が得意でしょ?」

「えっ……? どうしてそれを……」


 そりゃあ意味深に弓って書いてあれば、誰でも得意武器って判断するでしょ。書いてない人はどれも同じ程度なのか、それとも単純に練度が足りないのかは知らないけど。


「別に弓で出陣してもいいよ」

「突撃を担当する騎士は槍が基本です……」

「これ奇襲だしね。そこまで拘る必要ないよ。ただ、村の人を誤射しない自信があるならだけどね」

「……父は猟師でした。私も父の手伝いで何度も山に入って狩りをしてきました。目はとても良いので大丈夫です」

「じゃあ、問題ないね。奇襲部隊、五十騎の指揮を任せても大丈夫?」

「あなたが指揮官です。命令ならばどこへでも」

「お願いじゃ駄目かな?」

「威厳を示してくださいと言う意味です。はぁ、何故殿下はあなたに指揮を預けたんでしょうか……」

「人に任せられるからでしょ。まぁ今回は自分で体を張るけどね。さて、奇襲部隊は合図があったら裏門から出るように。こっちはこっちで上手くやるから、そっちも上手くやってくれ」

「御意」


 ミカーナに選抜した五十騎を任せて、俺は正門の方へゆっくり向かう。集まっていた残りの百五十人は正門へと駆け足だ。駆け足をしても、俺が行かなければ作戦は始まらないんだけど。

 ユーレン伯爵の城は小さな城下町も一体となっている為、中々正門が遠い。まぁその分、俺の策に加担してくれる人が増えているんだが。


「クレイ」

「ラーグ隊長。準備は良いですか?」

「無論だ。村が人質となった時点で、戦うことは予想済みだ。まさか貴様と肩を並べるとは思わなかったがな」


 馬に乗ってきた大男、ソフィアの護衛隊長のラーグ隊長は、俺と並ぶ形で馬を歩かせる。俺が馬に乗れないから、ラーグ隊長に乗せて貰うのだ。一応、俺の護衛も兼ねている。本人は嫌そうだが。


「すみません。すぐ終わりますから」

「貴様は気に食わん。するりと人の懐に入る所は特にな」

「親友の真似をしているだけです。元々、そんなに人付き合いの上手いほうじゃありませんよ」

「そうは見えんがな。あのソフィア様が気を許すなど、未だに信じられん」

「それは……まぁ偶然でしょうか。たまたま、気を張るのが辛いと思うほど、ソフィア様が傷ついていただけです」

「……それだ。それに我々は気付けなかった。だから二度と同じ過ちは犯すまいと、我々はソフィア様の意思を最大限に尊重して行動してきた」

「そうですね。散歩ができて嬉しそうでしたよ」

「……だが、そのせいでこんな状況になってしまった。あの方を守るのには、やはり色々なモノから遠ざけるべきなのかと、今、悩んでる所だ」


 いきなり、悩んでる所だ。と言われても反応に困ってしまう。そうですか。としか答えられないが、ラーグ隊長は恐らく他の答えを望んでいる。否定するのは簡単だし、肯定はもっと簡単だ。今まで通りに戻すだけだ。


「答えが見つからないなら、別にそれはそれでいいんじゃないかと思います。失敗があって、どうにか失敗を補填しようとするのが人生です。補填が失敗したら人生お先真っ暗ですけど、補填できるなら問題ありません。そして、ソフィア様が失敗した時にどうにかするのも仕事の内ではないですか?」

「……ふん。一理あると思った自分が情けない。そして、自分の仕事から逃げていた自分はもっと情けない。仕える人が行きたい所に行けるようにするのが護衛なのに、仕える人の行動を制限しては本末転倒だ。忘れていたよ」

「では、今から仕事をしましょう。お手伝いしますよ」

「ソフィア様が信じた貴様の実力、見せてもらうぞ?」


 そう言いながら、ラーグ隊長は俺の襟を掴むと乱暴に持ち上げ、いとも簡単に俺を馬の背に乗せた。ラーグ隊長の後ろになる形になった俺は、いきなり加速したラーグ隊長に一言告げる。


「安全運転でお願いしますね!」

「振り落とされるなよ!」

「ちょっと!?」


 そんなやり取りをしながら、俺とラーグ隊長は大きな音を立てて開いた城門をくぐり抜けた。


 


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