第一章 最前線5
リガール太守の許しを得て、どうにかフィオナ皇女を前線に連れて行けるようになったが、俺は太守館から動けずに居た。単純に体が痛いからだ。
「ボロボロだねぇ」
「おかげさまで」
ベッドに横になっている俺を見ながら、フィオナ皇女が笑顔でそう言った。
この笑顔を見ていると何でも許せてしまいそうになるが、それには乗らない。しっかりミカーナから聞いている。
リガール太守と俺が訓練場に居る時、それをしっかりフィオナ皇女が観察していたという事を。
俺を試していたのはリガール太守だけじゃなくて、フィオナ皇女も試していたのだ。
「あはは。いやー、ごめんね。一緒に行く人がどんな人なのかって気になるでしょ? それに利用されるのは嫌だし」
「俺も試されるのは嫌だったんだけど……」
「だから謝ってるでしょ? それに、ヴェリスの為に利用出来るなら利用しようって考えがなかったなんて言わせないからね?」
「うっ……」
実際問題、その通りだ。皇国を守るという俺の言葉は突き詰めると、ヴェリスを守る為に皇国を守るという言葉になる。
ヴェリスの為なら利用出来るものは利用しようと思っていたのは、否定できない事実だ。
「まぁでも、お父様繋がりじゃないから、一緒に行くよ」
「……皇王陛下と仲が悪いのか?」
「最悪だよ。あの人は私の事を道具か何かと思ってるから、例え何があろうと、お父様の為にはもう戦わないって決めてるんだよ」
「なるほど……でも、俺の説得で気が変わったって訳じゃないよね?」
何となくではあるが、俺が訪ねた時点でフィオナ皇女は戦場に出る気でいた気がする。本当に何となくではあるけれど。
「うん。私は君が来なくても戦場に行く気だったよ。避難民の人達の数は増え続ける一方で、そろそろフェレノールでも収容しきれなくなる。それに加えてアルビオンが本腰を入れてきた以上……私だけ我が儘言ってる訳にはいかないしね」
「じゃあ来ただけ無駄骨って訳か……」
「ううん。踏ん切りがついたよ。君も多分、私と一緒で、本当は戦いたくなんてないって分かったから。それでも戦わなきゃ守れないモノの為に君は戦っている。君は私よりも強い……だから、そんな君を私は見習おうって決めたんだよ」
「それはどうも。でも、言うほど俺も大した人間じゃないよ。いつもブレブレで、他人を傷つけてばかりだ」
自嘲気味にそう答えると、フィオナ皇女は何が楽しいのかニコニコと笑い始める。
「ヴェリスの軍師さんも人並みに悩むんだね」
「アイテールの大翼は能天気なようで」
「能天気とは失敬な! これでも頭は良いんだよ?」
知ってるよ。
心の中でそう呟きつつ、俺は痛む体でどうやってノックスの駐屯地に戻るかについて考え始めていた。
■■■
リガール太守に吹き飛ばされたせいで痛みの消えなかった俺は結局、フェレノールの街にある宿屋で一泊した。
体の痛みは多少は取れた。これでどうにか馬に乗る事は出来るだろう。まぁ乗る事と速く走らせる事が出来るとはまた違うのだが。
「はぁ……」
「ため息を吐くと幸せが逃げるんだよ?」
「誰かさんが過保護なおっさんを焚きつけたせいなんですが?」
「誰だろうね~」
フェレノールの街を囲う防壁の上で俺とフィオナ皇女はそんな会話をする。
なぜ防壁の上に居るのか。簡単だ。フィオナ皇女に呼び出されたからだ。
「まぁいいや。で? ミカーナやシャルロットまで呼んで、何をする気なの?」
「なにって当然、移動するに決まってるでしょ?」
何、馬鹿な事を言ってるの的な視線を俺は向けられたが、断じて俺は馬鹿な事は言っていない。ここが街の外なら分かるが、ここは防壁の上だ。ここを集合場所にする意味が分からない。
フィオナ皇女は青いロングジャケットに白いズボンと言う服装だ。これは皇国軍の指揮官が着ている軍服で、確かに戦場に行こうという意思は伝わるのだが、どうにも俺と噛み合わない。
「どうやってかな……?」
「確かに、ここから移動する方法があるんですか?」
「あら? 知らないの? フィオナの力を」
さりげなくミカーナに近寄ったシャルロットは、そう言いながら肩に手を置こうとする。
しかし、ミカーナは瞬時にシャルロットから距離を取り、俺の後ろに隠れる。というか俺を盾にする。
シャルロットはタンクトップにズボンという服装で、背中に馬鹿でかい斧を担いでいる。
外見からは歴戦の傭兵のような雰囲気を感じるが、ミカーナに向けて体をくねらせながらウィンクしているのを見ると、やはりただの変質者にしか見えない。
「ふふん。アイテールの大翼と呼ばれる所以を見せてあげるよ!」
フィオナ皇女はそう言うと、手に持っていた短槍をくるくると回し始める。
途端、フィオナ皇女の体が淡く発光し始める。
「召喚魔術。フィオナはそれの達人よ。自らの魔力を対価に呼び出されるのは強力な神獣たち。そしてフィオナが最も信頼している神獣」
「我が呼び声に応え、招来せん! 神鳥! フレズベルク!!」
円形の陣がフィオナ皇女の足元に浮かび上がり、そしてその三倍はあろうかという巨大な陣がフィオナ皇女の目の前に浮かび上がる。
そしてそれらは強い光を発し、すぐに霧散する。そしてその代わりに。
「でか……」
体長が十メートルを超えていると思われる巨大な緑の鳥が出現した。
翼を広げた時の大きさは全く想像できないが、とにかく俺が今まで見た鳥の中ではダントツでデカイ。
というか、鳥のくせに翼を広げないで宙に浮いている。なんて理不尽な生物なんだ。
『フィオナ。何かようか?』
「ごめんね。ベルク。戦なんだよ」
フィオナ皇女は苦笑を浮かべながらそう巨大な鳥、フレズベルクと話し始める。そんなにフレンドリーに話しかけないで欲しい。
呆気にとられている俺とミカーナを見て、フィオナ皇女は笑みを浮かべてフレズベルクを紹介した。
「私のペットのベルクだよ」
「ペット!?」
笑顔で巨鳥をペットと言い切ったフィオナ皇女に、俺とミカーナは度肝を抜かれた。
しかし。
『ペットのフレズベルクだ』
「認めた!?」
「神鳥の筈なのに……」
ミカーナが思わず呟くが、俺も同意見だ。神と名のつく以上、とりあえずペットである事に甘んじてはいけないだろう。
色々と衝撃的な俺たちを置いてけぼりにして、フィオナ皇女は話しを進めていく。
「ユキちゃんの部下の人に馬は任せて、私たちはベルグに乗っていこう!」
テンション高めでそう言われてもいきなり過ぎて困る。確かにフレズベルグに乗った方が早いだろうが、部下をおいていくのはちょっと拙い。
というか。
「ユキちゃん……?」
「ユキトでユキちゃん。変かな?」
「いや……変っていうか……距離感がちょっと……」
「私の事もフィオって呼びなよ。呼ぶ人居ないから」
居ないのかよ。
それは俺専用の愛称になるのだろうか。あんまり嬉しくないのは何なんだろうか。
多分、フレンドリー過ぎてちょっと俺が押され気味だからだろう。
「これから皇国軍の最高司令官になる人を愛称で呼ぶのはちょっとなぁ……」
「うーん、じゃあ命令って事にしようかな。これより私をフィオと呼ぶように。ユキちゃん総隊長」
ノリノリだし、何でもありだな。こういう人への対応は基本的に決まっている。
「はいはい。分かりましたよ。フィオ最高司令官」
適当に付き合う。これが正解だ。
■■■
フレズベルグに乗っての空中ドライブは中々楽しかった。馬と違って、フレズベルグが風を遮断してくれるため、かなり快適だったのが大きな要因だろう。
それに馬では一日掛かったノックスの駐屯地まで僅か三時間でたどり着けたのは大きい。
部下を数名置いて来る事になったが、俺とミカーナの馬を連れてきてもらわねばならない為、それについては諦めるしかない。
「ベルグは凄いでしょ?」
「ああ。これだけ早く移動できるなら、敵の裏をかくこともできる」
「軍師になるとそういう事しか考えなくなるの? もうちょっと楽しい方向に考えられない?」
「例えば?」
「ベルグに乗れば美味しいモノをすぐに食べにいけるよ!」
かなり早く答えが出てきた辺り、そんなアホな事に神鳥を使っていたんだろう。まぁ自分の魔力を使って呼び出している分には問題はないだろうが。ペットだってフレズベルグも認めているし。
「フレズベルグを馬代わりに使うのは勝手だけど、これからはどこかに行くなら俺に一言言ってね?」
「そこは大丈夫だよ。ユキちゃんも一緒に連れてくから」
「それじゃ意味がないだろ! 大体、俺と君が戦場を離れたら、この戦線は総崩れするよ……」
呆れたように俺がため息を吐くと、フィオは頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「皇国軍をあまりなめちゃ駄目だよ! 私やユキちゃんが居なくても、一月くらいは持ちこたえられるよ!」
それは絶対に無理だ。ノックスの部隊長をどう有効活用したって不可能だ。なにせ全軍統率可能な将が皇国には居ない。せいぜい砦の守将が限界だ。そのせいで俺はノックスを率いて各地への援軍として転戦しなければいけなかったのだから。
指揮権が無い以上、遊軍を使って戦線のバランスを取る以外に手がなかった。しかし、敵は大陸に名を馳せる四賢君の一人だ。そんなその場しのぎではまともに戦う事も出来ないだろう。だから、俺はフィオを呼びに行ったのだ。
「砦への人員配置の変更や防衛戦術を変更した後ならそれも可能かもしれないね。けど、今は不可能だよ」
「皇国軍は指揮を取る人が万年人材不足なんだよ……」
俺が言わずともしっかり分かっていたのか、フィオはそう言って苦笑した後にため息を吐く。
戦に必要な人材は、戦を行わなければ出て来たりはしない。その点で言えば、皇国軍の人材不足は当然といえる。
「お二人とも。そろそろ天幕の方へ向かって頂けませんか? それと皇女殿下。フレズベルグを送り返してはいただけませんか?」
ミカーナが少し言いづらそうにそう言ってくる。
それもそうか。俺たちが居るのはノックスの駐屯地のど真ん中だ。いきなり舞い降りた巨鳥に驚き、腰を抜かした者や迎撃体勢を整えた者、そして部隊長たちを呼びに行った者など、隊員たちの対応は様々だった。
そんな隊員たちをミカーナが落ち着かせている間、俺とフィオはベルグの真下で話していたのだった。
「うーん、まぁ今日の侵攻は多分無いだろうし、良いかな?」
「侵攻が無いっていう根拠は?」
「なんとなく?」
「……」
「冗談だよ! そんな顔しないでよ!」
俺が仏頂面を作ると、慌ててフィオが笑顔でごまかしながらそう言った。
直感で物事を決めるのはカグヤ様だけで十分だ。少なくとも知力が百以上あるなら根拠くらいしっかり持ってて欲しい。
「まぁ根拠になるかは分からないけど、私が四賢君なら敵が油断した所を攻めたいから、攻めるならもうちょっと日を置くよ。今は皇国軍全体に四賢君の情報が行き渡って緊張している所だし」
「それは確かに同意見だけど。もしもその裏をかかれたら?」
「身構えている砦を落とすのは結構時間が掛かるよ。我慢強く砦の人達には頑張ってもらって、私たちが救援に駆けつければ、侵攻は防げるよ。そして侵攻を防いだ時が反撃の時だよ」
それも同意見だ。ただ、それの問題点は。
「侵攻を防いだ時に反撃できるだけの戦力がこっちに残っているかってのが最大の問題だな」
「だからノックスにはあんまり防衛には動いて欲しくないかな。反撃の決め手は多分速度になるだろうから、ノックスの人たちはいつでも敵側に侵攻できる準備をしてて欲しいんだよね」
「了解。そういう風に命令しとくよ。それで? 今日はここで一泊?」
「うん。まだ私が前線に出る事を戦線を構築する兵や指揮官は知らないからね。ここで私が前線に出ても混乱を招くだけだよ」
そう言ってフィオは上を向く。視線はフレズベルグの頭だ。
フレズベルグもフィオの視線に気づいたのか、顔を下に向け、緋色の目を俺とフィオに向けてくる。
「ベルグ。周りの人が驚いてるし、今日はもう帰ろっか」
公園で遊んでいる子供に語りかけるような調子でフィオはフレズベルグに語りかける。
もしかしたら、二人の関係は親子のような感じなのかもしれない。体の大きさでフレズベルグにはビビったが、その内面までは見れない。
ステータス的には、戦闘力が百以上、速力が百三十を超えており、知力も八十以上はあるから、人間を容易に上回る力と人間と全く変わらない知能を持っているのは分かるのだが、如何せん、接した時間が短い為、内面を知る事は出来なかった。
『なるほど。では帰るとしよう』
だが、フィオのいう事を素直に聞く辺り、多分、フィオを主人や親に近い所に位置づけているのだろう。
帰るというのがどこなのかという疑問が浮かんだが、それを聞く前にフィオが何かしらの短い詠唱を終わらせてしまう。
その詠唱が終わると、フレズベルグの体が発光し、姿が一瞬で消え去る。
「どこに帰ったの?」
「神獣が住む世界だよ。私は魔力を使って通路を作り、それを使ってベルグや他の神獣を呼び出すの」
そう簡単に説明するが、神獣の住む世界というのがどういう所なのか皆目見当もつかない。地球と同じ異世界なのか、それともそれとはまた違う所なのか。
疑問は溢れてくるばかりだったが、これから一緒に居る事が多いのだから、またあとで聞けばいいかと思い直し、俺はフィオと共に用意された天幕へと向かった。




