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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第一章 最前線4

「そろそろ来る頃かなって思ってました」


 ショートボブの青の混じった銀色の髪を微かに揺らし、透き通るような茶色の瞳を俺に向けて、そう言いながらフィオナ皇女は俺とミカーナにお茶を差し出してくる。

 皇女自らお茶を入れる事に、シャルロットも俺たちを案内した少年も、何も言わない為、ここではそれが普通なのだろう。

 庶子と聞いていたが、皇女と言う立場とは無縁で、普通の子として当たり前のように育てられたのかもしれない。

 少し青みがかってはいるが、綺麗な銀色の髪が皇族の一員である事を証明している。しかし、フィオナ皇女の浮かべる笑顔はとても親しみがある。人懐っこそうな笑顔だ。皇族というのを忘れさせるほどに。

 愛嬌のある顔立ちと言えば良いだろうか。美人ではあるが、それ以上に小動物のような愛らしさが際立っている。だからだろうか。ソフィアやカグヤ様のようなずば抜けた容姿を持っている訳ではないのに、フィオナ皇女の魅力は百二十以上だ。

 内面的な美しさと言ったところか。そう思いつつ、俺は出されたお茶を口に含み、愕然とする。


「美味い……!」

「ふふん! 当然よ! フィオナのお茶は皇国一なんだから!」

「フィオナ姉ちゃんは料理も上手いんだぜ!」


 何故かシャルロットと少年が胸を張り出した。それをフィオナ皇女は微笑みながら見ている。まるで母親と子供のような光景だ。


「ユキト様。お茶に感心している場合ではないかと」

「確かに。今は絶賛皇国の危機だしね」


 俺がそう言うとシャルロットがその厳つい顔を更に険しくして、俺たちを睨む。


「フィオナを連れて行く気なら容赦はしないわよ?」

「シャル。力づくでも連れて行く。そんな風に思っているなら、わざわざ少数のお忍びなんかで来たりはしないよ」


 フィオナ皇女がそう言ってシャルロットを抑える。その表情は微笑みのままだ。こちらに敵意がない事が分かっているのか、敵意があってもどうとでも出来ると思っているのか。

 ステータス画面に映るフィオナ皇女の知力は百十。ほぼ俺と同じだ。まぁ俺の場合はディオ様からのブーストがあるから、本当に互角とは言い切れないけれど。

 戦闘力は七十前半。速力は九十台。そして魔力は百を少し超えるほど。魔力と速力が高いにも関わらず、戦闘力は低い。今までに居ないタイプだ。いや、リアーシア殿下がこれに近いか。やはり従姉妹なだけあって、ステータスも似るのか。

 そんな事を考えていると、フィオナ皇女が笑みを浮かべたまま俺に近づく。


「少しお話をしましょうか。二人で」

「そうですね。それが目的で来ましたから。そうして頂けるなら、こちらとしても助かります」


 そう返すとフィオナ皇女は笑みを深めて、俺を二階の部屋へと案内した。




■■■




「男の人を入れるのは初めてかな」


 猛反対するシャルロットを言葉だけでたやすく退け、俺を自分の部屋に招き入れたフィオナ皇女はそう言った。

 そんなことを言われても、どう反応していいか分からないのだが、ふーん。と受け流すのもあれなので、とりあえず反応は返す。


「それは光栄です」

「あはは。普段通りでいいよ。私も普段通りにするから。同年代に敬語を使うのって変な気分だし」

「それならお言葉に甘えようかな」


 フィオナ皇女は部屋にあるベッドに腰掛け、俺を真っ直ぐ見据えてくる。

 それでも顔から笑みは消えない。笑顔が絶えないというよりは笑顔しかないと言った方がいいかもしれない。それが意識的なのか無意識的なのかは置いておいて、表情から感情を読み取る事は出来ない。


「私を戦場に連れて行く気なんだよね?」

「……君がそれを望むなら」

「個人の意思を尊重する余裕があるの? 私にはあるとは思えないよ」


 またフィオナ皇女は笑った。しかし、今までとは笑い方が少し違う。悲しげな笑い方だ。

 俺はフィオナ皇女の言葉を聞いて、軽く目を瞑る。

 現在、皇国は滅亡への道を進んでいる。それを防ぐには強力な力が必要になってくる。そして、その強力な力を持っているのがフィオナ皇女だ。

 この状況では確かにフィオナ皇女個人の意思を尊重してはいられないだろう。更に彼女は皇族の一人だ。国と民の危機には命を掛ける義務がある。

 その義務に彼女の意思など関係ない。皇族に生まれた時点でそれは決定されている宿命だ。

 だが。


「戦う意思がない人を戦場に連れて行っても……誰も守れないし、何も救えない……」

「私の力が必要じゃないの……?」


 必要か必要じゃないかと言われたら、必要だ。一人でも多くの人間に協力してもらわねば、この状況を打破する事は出来ない。ましてフィオナ皇女は英雄としての知名度がある。フィオナ皇女が参戦するだけで兵の士気は上がり、多くの人々が協力してくれるだろう。

 けれど。


「人の意思を無視して、無理矢理戦わせて、それで国が救われても……戦わされた人に救いはない」


 カグヤ様は望まむ戦いに誘導された。その結果、ディオ様と争う事になり、内乱が起こった。そして、内乱が終わってもカグヤ様は消えぬ傷を負った。

 守りたい人たちさえ守れればそれで良いと思って、俺は戦ってきた。それが周りに甘えたその場しのぎの覚悟だと知らずに。

 沢山の人に血と涙を流させ、守りたい人を守った後、俺は自分だけ平和な日常に戻ろうとした。元々は俺はただの一般人で、戦いとは無縁の人間だと心のどこかで思っていたからだ。

 中途半端な俺のせいで傷ついた人が多く居る。守れなかった人、救えなかった人も居る。

 今でも死ぬ覚悟なんて定まってはいないけれど、それでも出来る限りの事を全力でやるって言うのは心に決めている。


「大局的に見て、そんな事は言ってられないと思うんだけどなぁ……」

「無理矢理ってのは、俺が一番気に食わない奴と手段が一緒で気に食わない。そんな事するなら、他の手を考えるだけだ」

「気に食わない、か……個人を尊重したり、自分の価値観を優先させたり……ヴェリスの軍師さんはわがままだね」


 フィオナ皇女は楽しげに笑みを浮かべてそう言うと、ベッドから腰を上げる。


「でも、そんなわがままな君を私は気に入ったよ! 同じ人間同士で戦うのは嫌だけど、大切なこの国が滅びるのはもっと嫌」

「じゃあ協力してくれるのか?」

「うーん、私は協力してもいいけど、説得してもらわなきゃ駄目な人がいるんだよね」


 フィオナ皇女は困ったように笑いながらそう言う。

 真っ先に俺が思いついたのはシャルロットだった。わざわざフィオナ皇女に会いに来る人間を追い返していた奴だ。戦場に連れて行くと言ったら、どんな風に怒りを表現するか分かったもんじゃない。


「あー、その顔はシャルの事を考えてるね。でも残念。説得してもらわなきゃいけない人はシャルじゃないんだよねー」

「え? シャルロットじゃないの?」

「シャルは私の護衛だもん。当然、シャルを私につけた人がいるよ」

「……どなたかな?」


 フィオナ皇女は少しだけ、本当に少しだけ小さく目を伏せ、悲しげな表情を浮かべた後、すぐに笑みを浮かべて、俺の質問に答える。


「この街の太守で、私の叔父に当たる人。リガール・マクファーデン。私の父、皇王から来る私への出陣要請を全て独断で断っているのはリガール叔父さんなんだよ」

「なるほど……。そう来たか……」


 予想外ではないが、予想通りでもない。

 この家は避難民の保護の為に作られたモノだと少年が話していた。これと似たような場所は幾つもあり、離れ離れの家族を引き合わせたり、避難民の生活と安全を保証する為のモノだと言う。そしてそれを主導しているのが太守であるリガール・マクファーデンと聞いた時、俺の中からリガール太守が私利私欲の為にフィオナ皇女を街に留めているという予想は霧散した。

 だが、ここに来てまた名前が浮上してきた。正直、フィオナ皇女からリガール太守への悪感情は伺えない。おそらく悪人ではないのだろう。

 そうなってくると説得はかなり難しい。

 とはいえ、やらない訳にはいかない。


「話をする場を設けてくれるかな?」

「うん。ただ気をつけて」


 叔父さんは過保護だから。

 フィオナ皇女の言葉を聞いて、俺は一気に胃が痛くなってきた。




■■■




 過保護だから気をつけて。

 その言葉を身を持って知る事になるとは思わなかった。

 俺が今、居る場所は太守館の中にある訓練場。そこで俺は木剣を握らされていた。

 握らせているのは目の前に居る男、リガール太守だ。

 アーノルド提督の兄弟だから似たようなインテリ系を想像していたのに、まるで違う。シャルロット以上の厳つい大男で、見た目通りの武闘派だった。

 太守としての評判が悪かったのは政務に一切の興味が無かった為で、部下に丸投げしていたかららしい。

 部下たちは好き勝手やっており、街の治安はどんどん悪くなっていったと言う。それをどうにかしたのが姪に当たるフィオナ皇女である。

 と言っても、リガール太守が政務に興味を示さなかったのは、皇王の庶子でありながら、殆ど認知されておらず、辛い立場にあったフィオナ皇女を自分の街に連れて来る事に躍起になっていたからと、フィオナ皇女が話していた。

 何でもフィオナ皇女の母親とリガール太守は昔からの知り合いで、フィオナ皇女の母親からの頼みで、リガール太守はフィオナ皇女の保護者を務めているのだと言う。

 中々複雑そうな関係な二人だが、今、問題なのは、リガール太守が娘はやらん状態の保護者だということだ。こちらの言葉に耳を貸そうともしない。


「ヴェリスの軍師……他国の者までフィオナを戦場へ誘うか……」

「話を聞いてくだ……!?」


 問答無用とばかりに振り下ろされる木剣を俺は手渡された木剣で受け止める。

 だが、俺程度の腕前じゃこの人に勝てる訳がない。

 ステータス画面に映し出された戦闘力は百を少し超えている。その代わり知力は六十台だが、まぁ兄弟に知力を吸い取られた代わりに戦闘力を吸い取ったと思えば、納得できる。

 知能特化が居たかと思えば、戦闘力特化とは、皇国の王族はバランスが取れている。

 皇国第二の街を任されているのは、非常時にはここが最前線になるからだろう。


「帝国の侵攻を防ぐ代わりにアルビオンの侵攻を防ぐ。そのための貴様らだ! できませんでは何の為の同盟か!」

「無茶苦茶を言わないでください! 皇国の防衛戦線は既に限界なのを、何とか保っているんです! 最初からあなたやフィオナ皇女が出てきてくれていれば、ここまで押される事も無かった!」

「ふん! それが本音か! 儂はこの街を離れる訳にはいかん! フィオナは戦場に行く事を躊躇った。だからこの街に居させている。それが不満か!!」


 不満だらけだ。馬鹿にされているかと正直思ったけど、リガール太守の目は本気だ。

 この人は本気でそれだけの理由でフィオナ皇女への出陣要請を跳ね除けているのだ。皇王に逆らうのと同義の行いをそんな理由で行うなんて。


「前線でどれほどの兵が死んでいると思っているんですか!?」

「知っている! それでもフィオナは前線にはださん! 魔獣との戦いですから心を痛め、疲れて帰ってきたあの子を見て、儂は誓った! 望まぬ戦いには二度とださんと!」


 横からの一撃が俺の木剣をへし折り、俺を吹き飛ばす。かなり手加減された攻撃だろうが、俺を動かせなくするには十分な威力を持っていた。


「そんな腕前でこれまで戦場を渡り歩いてきたのか? 策を考える者は剣を持たずとも良いと思っているのか? 自らは戦わず、兵に犠牲を強いる者に儂はフィオナを託したりはせんぞ!」


 勝手なことを言うな。

 そう思っているのに、俺の体は動かない。実際問題、木剣とはいえ剣を持った相手と対峙したのはヴェリスの先王と戦って以来だ。

戦場に出ても、基本的に周りが対処してくれた。俺に敵が迫る事は全くと言っていいほど無かった。

 その為に傷ついている者や命を落としている者が居るのは知っている。理解している。だから、必死に考えて、出来るだけ犠牲を減らそうと頑張ってきた。俺に出来る事はそれしかないからだ。

 それなのにこのおっさんは好き勝手言いやがって。俺だって、自分に戦える力があるなら自分で戦いたい。だけど、俺が剣を持った所で足でまといだって、自他共に認めているんだから、仕方ないだろうが。

だいたい、自分と同年代の女の子を戦場に連れて行きたくなんてない。情けなくも頼りに来ているのは、前線で戦う兵たち、仲間たちの為だ。


「前線で……今、兵がどんな死に方をするか……ご存知ですか……?」

「……それは知らん」

「魔術の炎でその身を焼かれ、爆発で吹き飛ばされ、腕に覚えがある者でも敵に近づく前に死ぬ事があります……」


 どうにか体を起こしながら俺はリガール太守を見る。ただ見ただけじゃない。睨んだという方が正しいかもしれない。


「……彼らは皇国の為に命を投げ出しています……それを知っても尚、フィオナ皇女を戦場に出さないという誓いを貫けますか……?」

「……」

「ご自身の街が危機に瀕した時、決して頼らないと誓えますか? 今、頼らないならば、今後一切頼らないでください。そうであるなら……皇国の為に俺も命を掛けましょう」


 今、救える命を救わず、後の命を救うだなんて勝手は許されない。我が儘を貫いたならば、それを最後まで全うするのが筋だ。

 今が皇国存亡の分かれ目だ。ここでフィオナ皇女を出さないならば、何が起きようと戦場には出してはいけない。この街が戦場になってもだ。それは近い将来、有り得ることだ。


「若造がいっぱしの口を聞くな。貴様はヴェリスの人間だ。戦況が悪化すればヴェリスに逃げ帰る道が残っているだろう」

「そんな事をすればヴェリスは同盟国を見捨てた国として、誰も協力してくれなくなります。ヴェリスを守る為には皇国を守る以外に道はないんです……。ヴェリスには守りたい人たちが居ます……この命を掛けてでも」


 多分、この人は俺を試してる。フィオナ皇女が自ら戦場に行く気になった以上、この人に止める権利なんてない。ならば、せめて共に行く人間がどんな人間か試してやろう。といった所だろうか。

 だから引いちゃいけない。武闘派系の人は引く事を嫌う。

 俺は半ばから折れた木剣を構える。新たに木剣を受け取るのも手だろうけど、さっきから体が痛くて動くのが辛い。できればさっさと終わらせたい。

 結果はどうでもいい。意地や力を見せれば、この人も納得するだろう。だから全力だ。

 ゆっくり息を吸い、止める。同時に真っ直ぐリガール太守に突っ込む。

 リガール太守は避ける動作を見せず、俺が突き出した折れた木剣を払う。俺の右手から木剣が弾かれる。

 だが。


「油断は戦場では命取りですよ」


 俺は懐から取り出した扇を広げ、思いっきりリガール太守へ振る。

 かなり近い距離で突風を浴びたリガール太守は体勢を崩す。


「ぬぉ!?」

「木剣以外の武器は使用してはいけないとは言われていませんよね?」


 俺は片膝をついているリガール太守にそう言って笑いかけ、その場に崩れる。

 体が痛い。吹き飛ばされたせいだ。こんなアホみたいな事をしている場合じゃないのに、俺は何をしているんだろうか。


「はっはっは!! 膝をつかされたのは久々だ! なるほど! 軍師と呼ばれるだけあって小賢しいわ! だが、味方なら心強い!」

「それはどうも……」

「フィオナを連れて行くのを認めよう! だが、傷一つつけてみろ! 儂自ら貴様のその細首をへし折るぞ!」


 笑いながら恐ろしい事を言うリガール太守に顔を引きつらせた後、俺は大きくため息を吐いた。


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