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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第三部 皇国編
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第一章 最前線3

 フェレノールに到着した俺は、護衛としてついてきた数人を街に潜ませると、ミカーナを連れて街を歩く事にした。俺が来ている事はフェレノール側には言っていないので、帽子を被り、コートを脱ぎ、お忍び仕様の服装だ。

 俺の横では、ミカーナが町娘と似たような服で歩いている。鎧か軍服の印象しかないから新鮮と言えば新鮮だ。


「私の格好がおかしいですか?」

「いや、似合ってるよ。まぁ、普段の姿が当たり前ってのも嫌な話だけどね」


 ミカーナの軍服か鎧しか見ていないと言う事は、それだけ戦いが近くにあるという事だ。

 俺よりも年下の女の子が戦っているという現実が、何とも言えない無力感を俺に叩きつける。しかもその女の子は俺の護衛だ。二重の意味でショックだ。


「私は騎士です。鎧姿が本来の形です。それに、自分で望んだ事です」


 俺の表情から俺が何を考えているのか察したのか、ミカーナがそう言ってくれる。

 ずっと俺の副官をやっているせいか、ミカーナは俺の表情から考えを読むのが上手い。そこまでわかりやすい反応をしてるつもりはないのだが、あっさり読まれてしまう。


「そうだね……自分で選んだ道だもんね……」

「そうです。ですからユキト様が気になさる事ではありません。今は、成さなければいけないことに集中してください」


 ミカーナはそう言いつつ、鋭い視線を少し後ろへ向ける。

 尾行されている。俺でも分かるくらい拙い尾行だ。距離があるため、ステータスは見えないが、動き的に完全に素人だろうか。

 少し近づいてきて、視界の端に姿を捉えれた為、外見はある程度判別できた。追ってきているのは十代前半の男の子だ。どう対処すべきか、ミカーナが視線で指示を仰いでくる。

 俺は微かに首を横に振る。こちらに害があるか分かるまでは手を出すべきじゃない。

 とはいえ、これは利用すべきだろう。

 誰であれ、俺たちに興味を持った人間がいる。フェレノール側なら、素直に声を掛ければいいだろう。それに尾行に子供を使うことはしないはずだ。

 そうなってくると、尾行をつけた相手に興味が湧いてくる。

 個人としてフィオナ・オルブライトと会いたい為、フェレノールに俺の来訪は告げなかったが、もしかしたら思わぬ形で会えるかもしれない。


「人探しと言ったら?」

「そうですね。現地の人を使うのが一番かと」


 俺とミカーナはフィオナ・オルブライトの所在を知らない。フェレノールの太守館には居ないと言うのと、今は前線からの避難民をより受け入れる為に行動しているという事しか知らない。

 自らは前線には出なかったが、避難民には親身だ。人嫌いというのは少し違うのかもしれない。そんな事を思いながら、俺はミカーナに付き従って、人ごみの中に入る。

 ミカーナは上手く尾行している男の子の死角へと移動していき、あっさりと男の子の視界から自分と俺を外してみせた。

 俺とミカーナは男の子の死角から男の子の様子を伺う。俺たちを見失った為、キョロキョロと周りを見た後、自分が撒かれた事に気づいたのか、地団駄を踏んで、男の子は悔しがる。

 おそらく男の子は報告の為に、尾行を命じた相手の下に行くだろう。

 そしてそれを俺たちは追う気でいる。人を探す時は、現地の人に案内してもらうのが一番効率的だ。案内してくれる人に、案内する気があるかどうか、まぁこの際、どうでもいい。

 最も、俺の探し人の下に行くとは限らない。だが、俺に尾行をつけるような人間だ。俺の正体に気づいているか、街に入ってきた人間を警戒しなければならない事情を抱えているような人間だろう。

 どんな人間か確かめるのも大事だろう。

 そんな事を心の中で考えつつ、ミカーナの少し後ろを歩きながら、俺は男の子の後を追った。




■■■




 フェレノールの街は治安が良いと聞いていたが、避難民を受け入れた混乱もあって、治安の悪い場所もあるらしい。

 俺たちが追っていた男の子が三人のガタイの良い男たちに絡まれてしまった。助けては尾行を命じた相手にたどり着けなくなるかもしれない。

 そう思ってしまって、俺はミカーナへの指示を躊躇ってしまった。その間に少年が何かを渡すのを断り、何か言った事で、男たちが苛立ったのか、男の子の胸ぐらを掴む。

 年端もいかない小さな男の子だ。そんな子が大人に絡まれている。助けるのに理由はいらない筈なのに、あれこれ考えたせいで、それを躊躇ってしまった。そんな自分が嫌になりながら、俺は先ほどからこちらを見ているミカーナに頷く。

 それだけで俺の意を組んでくれたミカーナは、そこら辺に落ちている小石を幾つか拾い、今にも男の子へ殴りかかろうとする男たちへ投げつける。

 殴りかかろうとしていた男へ石が命中し、男が苦悶の声を上げる。石は男の関節より少し上に当たった。いや、当てたか。関節に当てなかったのは、怪我をさせないための配慮だろう。


「てめぇ! なにしやがる!?」

「こちらの台詞です。子供に手をあげるなんて、恥ずべき行為を何故するんですか?」


 淡々と言いつつ、ミカーナは無造作と思えるように男たちへ近づいていく。

 ミカーナを正義感の強い町娘とでも勘違いしたのか、男たちが叫びながらミカーナに殴りかかろうとする。そんな男たちの腕に向かって、ミカーナは手首のスナップで石を投じる。

 振り上げた腕に小石を当てられた男たちは、顔を歪めながら、ミカーナを囲うように動き始めた。

 そんな男たちの行動を全く意に介してないのか、ミカーナは敢えて何もせずに囲ませる。

 男の子から男たちを引き離したのだ。

 俺はそれを視界の端に入れつつ、男の子の様子を見ていた。

 男の子は最初、助かったと言う表情を浮かべたが、ミカーナの顔を見て、先ほどまで尾行していた相手と気づいたのか、驚いた後、困惑の表情を浮かべていた。

 男の子のステータスに際立った点はない。戦闘力も低く、数値が少し下がる事はあっても、上がる事はない。下がったのは動揺のせいだろうから、男の子が力を隠しているとかと言うのは、まぁ無いだろう。アーノルド提督並の食わせ者で、ステータスが全く動かないほどの自制を出来る子なら、また話は別だが、そんな子供が居るとは思えないし、そんな子ならこんなに低いステータスな訳が無い。

 そこまで判断し、俺はミカーナが素手で男たちを蹴散らしたミカーナを見る。当然ながら傷一つない。というか汗すらかいていない。朝飯前とはこの事だろう。

 俺はそんな事を思いつつ、男の子へ向かって歩き、近くまで言ってから止まる。男の子が怯えた表情を浮かべたからだ。


「大丈夫?」

「……」


 男の子は無言で小さく頷く。それに頷きを返して、俺は静かに問いかける。


「俺を知ってるのかい?」

「……知らない。けど、あんたたち見たいな知らない顔の奴らは最近、良く街に来る」

「だから尾行したの?」

「……俺に気付いて、接触してくる人なら、案内してって頼まれたんだ」


 疑問が浮かぶ。当然、誰が、と言う疑問だ。

 子供に尾行を命じたのはそいつだ。しかし、気づいたら案内しろ。という指示が理解できない。気づくまでもない人なら会う必要もないという事なら、まぁ分かるが、それをするなら、もう少し尾行の上手い人間にやらせなければ、意味はないだろう。子供の尾行には俺でも気づけた。

 とはいえだ。そういう疑問もこの子供についていけば分かるだろう。



「誰に言われたんだい?」

「お姉ちゃんさ。俺たちのお姉ちゃん」


 お姉ちゃんと言うならば女性なのは間違いないだろう。男性で、お姉ちゃんと呼ばせる趣味を持った人か、性に関して難しい問題を抱えていなければの話だが。

 そんな稀有な人にはそうそう会わないだろう。この街で新参者に一番気をつけているのは、フィオナ・オルブライトの筈だ。皇女であると確認している以上、そんなヤバさを感じる人には会わない筈だ。

 そう思いつつ、俺は尾行をしていた男の子に案内を頼んだ。



■■■




「いつもはもう少し屈強そうな男が来るのだけど」


 そう言って、俺が案内された大きめの家の奥で椅子に座っていた人は腰をあげた。

 ステータスを見れば、戦闘力は九十を超えており、戦闘に関連ありそうなステータスは軒並み高い。

 俺は思わず背筋を伸ばしてしまう。別にステータスを見たからじゃない。ただ単に声に威圧感というか、威厳があるからだ。


「……少年が俺を尾行してしました」

「私が命じたの」

「……何故ですか?」


 俺の右斜め後ろに控えているミカーナは何があっても良い様にずっと待機している。だが、ステータスは基本的に嘘をつかない。戦闘力で負けている以上、ミカーナは俺の前に来た相手には勝てないだろう。勿論、罠に嵌めたり、戦えない状態にすれば別だが、それをすれば、戦闘力が下がる。

 つまり、戦闘力は嘘をつかない。だから、目の前の人の機嫌を損ねれると、おそらく俺とミカーナは拙い事になる。ここまで戦闘力が高い人が出てくるのは予想外だ。

 俺と同じ策を考える知力側の人間だと勝手に思っていたんだが。


「この街に来るのは三種類の人間。一つ目は商人みたいな商売をしに来た人。これは服装で分かるわ。二つ目は前線からの避難民、これは目で分かるわ。逃げてきて、どうすればいいか分からない目をしているから、行動もそれに釣られて挙動不審に近くなるわ。そして三つ目。逃げて来た訳ではなく、目的を持って来た人たち。そういう人たちは避難民の家族たちが多いわ。そういう人たちの手伝いをする為に、この場所はあるのだけど、たまーにあなた達みたいに違う人も混じってるの」


 ゆっくり俺の周りを回って、品定めをしてくる。俺が誰なのかまではまだ分からないらしい。


「……俺たちも人を探しに来ました。名前はフィオナ・オルブライトといいます」

「知ってるわ。ただ、いつもは国の手形を持っているのだけど?」

「……国の者ではないので」

「なるほど。噂のヴェリスからの援軍……たしかノックスって言ったかしら? そこの人かしら?」


 俺は既に帽子を取っている。黒髪黒目でノックスと言ったら、すぐにその総隊長である俺が出てくる筈だが。

 魔獣から何度も国を守った英雄にしては鈍い。いや、フィオナ・オルブライトではないのは分かっている。分かっているのだが、何となくそういう風に振舞っているように見えたから、指摘しなかったのだ。

 いや、それも違うか。指摘したくなかったと言うのが本当だ。もっと言えば、できるだけ関わり合いたくはない。


「ノックス総隊長を務めるユキト・クレイといいます……そのぉ……フィオナ皇女にお会いしたいんですが……?」

「私がフィオナよ?」

「いえ、おそらく性別が違うかと」


 俺が遠まわしに伝えようかと思っていた事を、後ろのミカーナがズバッと言ってしまう。

 そうなのだ。俺の目の前に居る人の性別は男性で、名前はシャルロット。ステータス画面に映る名前は基本的に本名なのだが、本人が心の底からそう思っている場合はその限りではない。

 おそらくこの人は自分の名前を本気でシャルロットと思っているか、名づけ親が非常に先見の明があったのだろう。

 だが、どうであれ自分という者をもっと良く見て欲しい。

 身長は百八十九センチで四捨五入すると百九十だ。気になってそういう身体的なモノも見えないかと考えたら、見えてしまった。できれば見たくはなかった。例え心は乙女だろうが、男の体重など知りたくはない。

 顔は髭面で妙に厳つい。だが、仕草はそのまんま乙女で、体をくねらせている。申し訳ないがとても気持ち悪い。見た瞬間、ミカーナが俺を置いて家から出ようとしたほどだから、破壊力は万人共通だろう。もちろん、その時は右手でミカーナを捕まえたのだが、そのせいでミカーナの直球の質問を引き出してしまった。


「私は女よ?」

「身体的には男性かと。それと、できれば私の上官に触らないで頂けますか?」


 俺の肩に手を置くシャルロットに対して、ミカーナが幾分か不機嫌そうな顔と声でそう注意してくれる。

正直ありがたい。周囲を回っているだけならまだしも、体を密着させるように触れてくるのは勘弁して欲しい。


「あら? あなたの彼氏? あなたみたいな可愛い子には似合わない冴えない子ね?」

「冴える冴えないは別として、私に釣り合わないのではなく、私が釣り合わないの間違いです。その人は私程度では横に並び立つ事もできない人ですから」

「随分買っているのね? そんなに凄い人には見えないわ。力は強そうには見えず、だからといって頭が切れるようにも見えない……。あなた……何が凄いのかしら?」


 そうシャルロットが言った瞬間、俺の肩に激痛が走る。いきなり半端じゃない力で掴まれたのだ。それも両肩だ。立ってられないくらい痛いのに、肩を掴まれているので倒れる事もできない。

 だが、ミカーナが瞬時に近寄り。


「ミカーナ!?」


 取り出した短剣でシャルロットの腕を切りつける。

 すぐにシャルロットが気づき、俺の肩から手を離した為、流血沙汰にはならなかったが、それはシャルロットが高い戦闘力を持っていたから大丈夫だったというだけだ。相手が普通の人なら腕を持って行かれてもおかしくはないほど、鋭い太刀筋だった。


「私の任務はあなたを守る事です。例え誰であろう、ユキト様に危害を加える人ならば容赦はしません」


 そう淡々と言ったミカーナの目は確実に怒っていた。しかし、それに対するシャルロットは笑っていた。


「今のは危なかったわ。なるほどなるほど。固い絆があるようね。二人には。ただ、言っておくけど、私は可愛い男の子が好きなの」

「俺は射程範囲外ですか?」

「そうね。だけど、それよりも好きなのが」

「なのが?」

「可愛い女の子よ」


 ミカーナの背筋が震え上がるのが分かった。確実に怖気が走ったのだろう。それでも俺の前から退かないのは、非常にありがたい。だが、シャルロットの目は先ほど俺を見ていた時とは違い、獲物を仕留めようとしているハンターの目だ。


「わ、私も射程圏外ですね」

「ばっちり圏内」


 ウィンクをするシャルロットに思わずに俺も背筋に寒気がよぎる。だが、直接向けられたミカーナはそれ以上だろう。

 まさかこんな敵に出くわすとは、ただフィオナ・オルブライトと話をしにきただけなのに。

 どうしてこうなったと思いつつ、俺はこの状況の打開策を考えていた。考えていたが、それは全て意味がなくなった。

 シャルロットが無力化されたからだ。


「シャル! またお客さんと喧嘩になってるの!?」

「ち、違うわ! 私はフィオナに近寄る悪い虫を」

「全く違ってないよ! ごめんなさい! シャルが迷惑をかけませんでしたか?」


 そう言って家の二階から降りてきた少女は、一度俺に頭を下げた後、すぐに顔を上げて俺の外見をじっと見つめてくる。

 そして。


「もしかして……ヴェリスの軍師さん?」

「はい……。フィオナ皇女でよろしいでしょうか……?」


 疲れた顔で俺がそう言うと、フィオナ皇女は笑顔を浮かべて首を縦に振った。


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