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閑話 前進6.5

 左右から交互に襲い掛かってくる剣を力任せに弾き返し、ロイは荒い息を吐きながら、後ろに飛んで距離を取る。

 

「もう終わりか? ロイ小隊長」


 からかい混じりの言葉をかけるのは、両手に愛用の剣を持ったアルスだ。ロイとは違い、アルスは余裕そうな表情でそうニヤリと笑う。


「うるせぇ! おっさん! 俺は部隊長だ!!」

「格付けはな。実際は小隊長なら、小隊長とさして変わらないだろ?」


 そう言うアルスの目には好戦的な光が宿っている。アルスと互角に打ち合える人間は珍しい。

 面白い奴を見つけてきたじゃないか。そう思いながら、アルスはユキトが連れてきたロイの目を見る。

 実力にそこまでの差はない。差があるのは経験だ。戦場を渡り歩いてきたアルスは、戦場で体力が尽きる恐ろしさをよく知っている。だから、最低限の動きで攻撃を避けたり、間合いを詰める方法を知っていた。

 だが、ロイは内乱で活躍したとはいえ、内乱以外の戦を知らない。体力の配分など考えたこともなく、常に全力で戦ってきた。更にいえば、自分の攻撃を悠々と受け止められる相手と対峙したのも初めてだった。

 アルスが勝負を決めにきたのを察して、ロイは剣を構える。

 だが。

 

「何をしてるんですか?」


 ミカーナの言葉で二人は動きを止める。今は明日のノックス結成式の為の準備の最中であり、ノックスの部隊長はその為に走り回っていた。総隊長であるユキトが城での仕事で忙しいからだ。

 当然、ユキトの次の地位にある五人の部隊長は、各所に指示を出したり、確認を取ったりと、基本的に忙しい。なのにアルスとロイがこうして剣で打ち合っていられるのは。


「しっかり仕事をしてくださいと言った筈ですが?」


 これで二度目です。と付け加えるミカーナの声はいつもより低く、なおかつ鋭い。

 流石にまずいと思ったアルスは、どうやって謝ろうかと考えつつ、ゆっくりミカーナから遠ざかる。

 しかし、ロイは悪びれた様子もなく、平然と言い放つ。


「訓練だよ、訓練」

「今は明日の準備が最優先事項の筈ですが?」

「そんな面倒なことやってられるかよっ。全部、お前がやれば良いじゃんか」


 十五歳のロイと、十六歳のミカーナはノックスの部隊長では、若年組でなおかつ二人の年は近い。そのせいか、ロイはミカーナにだけため口だった。そして、ミカーナはその態度が気に入らなかった。


「部隊長と名乗るなら、責任を果たしなさい」

「俺の仕事は戦場で剣を振る事だ。それ以外の事なんか二の次だぜっ!」

「それは小隊長までの考え。あなたは部隊長。仕事は多岐に渡るの。部隊長なら、いますぐ仕事に取り掛かりなさい。小隊長の考えのままなら、小隊長らしく、私の指示に従いなさい」


 ミカーナが鋭い目線をロイに向け、そう言う。上からの言葉に、ロイが眉間に皺を寄せながら反発する。


「どうしてお前に命令されなきゃいけねぇんだよ」

「止めとけ。ミカーナは俺と違って、容赦って言葉を知らないからな」

「こんな女に俺がやられるかよ」


 アルスの軽い制止をロイは鼻で笑う。

 ミカーナがロイを気に入らないように、ロイもミカーナが気に入らなかった。だが、気に入らない理由は二人共同じだった。

 相手がユキトに気に入られているのが気に食わないのだ。

 ミカーナはユキトの初陣から傍で支え続けた自負があり、ユキトの第一の部下だという意識があった。一方、ロイはユキトが直々に自分を連れてきたのは、それだけ力を見込んでくれたからだという思いがあった。

 だからこそ、ミカーナは新参のロイが自分と同格の部隊長であるのが気に入らず、ロイは自分と大して年の変わらないミカーナが、自分以上にユキトに重用されているのがきい食わなかった。

 アルスは止めるべきか悩み、すぐに止めない事に決めた。関わるとロクな目にあわないと判断したのもあるが、どうせ、ここで揉めれば、二人ともユキトの説教を喰らう事になる。なら、不満は放出した方が隊の為と思ったからだ。


「随分と軽く見られたものね。これでも、あなたの先輩なのだけど?」

「実力が下の奴を先輩なんて認めるかよ。現に、ずっとユキトの兄ちゃんに仕えてるお前と、俺は同格扱いだ。信頼されてないんじゃね?」


 逆鱗に触れたな。

 そうアルスは思った。同時に、被害が自分に及ばないようにゆっくり下がり始める。ミカーナは容赦を知らない。この距離でミカーナの矢を避けるのはほぼ不可能だと、アルスは経験をもって知っていた。


「今、訂正するなら許してあげるわ」

「はっ! 誰がするかよ。副官気取りさん」


 瞬間。ミカーナは腰に括りつけていた短めの弓を外し、同じく腰にある筒から矢を引き抜く。室内での戦闘用に開発された短弓で、取り回しのしやすさと連射性が売りの弓だ。とはいえ、そんな弓でもミカーナが引けば、必殺になる。距離が近ければ尚更だ。

 ミカーナは弓を構え、矢を番えた。

 それを見ながら、ロイはニヤリと笑いながら言う。


「双方の了解を得ていない部隊長同士の戦闘は禁じられてるんだろ? 俺はお前と戦う気はないぞ?」

「残念な事を教えてあげるわ。あなた以外の四人の部隊長は、もしもあなたが部隊長として、相応しくない態度を取った場合、如何様にしても良いというユキト様からの許可を貰っているの」

「はぁ!? 何だよそれ!?」

「ちなみに本当だぞー。殺さない程度の仕置なら問題ないとさ」


 ロイは背中に嫌な汗が走るのを感じた。

 真面目なミカーナが、ユキトに迷惑の掛かる行為をする訳がないと思っていたからこその挑発だったのだが、その前提が一瞬に崩れてしまった。至近距離で弓を構えさせた時点で、ロイはかなり不利な状況におかれている。

 ロイはミカーナの目をチラリと見て、すぐに逸らす。

 めっちゃ怒ってる。そう思いながら、ロイはとりあえず剣を構えた。防衛行動のつもりだったが、ミカーナには交戦の意思があるように映った。

 なので。


「ちょっ!?」


 ミカーナはロイの声を聞かずに矢を瞬時に放った。

 たかが矢と侮っていたロイは、自分の顔の横を高速で通過した矢が、地面に突き刺さる音を聞いて、戦慄した。

 反応すら出来なかった事がロイには衝撃だった。剣で弾く位は出来ると踏んでいたからだ。

 速い。そう思っている間に二の矢が番えられる。その動作も速い。

 ロイの実力はアルスと互角だった事を見ても高いが、それに負けないほどに他の部隊長も強く、なおかつ経験でロイに勝っていた。

 ミカーナの弓を構えるまでの速さは戦場で、生き残るために必要だからこそ、自然と身に付いたものだ。更に言えば、前に出て指揮を取る事を好むユキトの側に居たため、ミカーナの動作には無駄がない。一射一射に時間を掛けると、ユキトへの接近を許してしまうからだ。

 だから、ミカーナには弓を扱う者にある予備動作がほとんど無い。時間を掛けて遠くに飛ばすことよりも、速く、近くの敵を数多く射つ機会が多い故だ。

 

「落ち着け。顔はやめろ、顔は」

「私は冷静です」


 アルスの言葉にそうミカーナは返すが、アルスにはそうは見えなかった。当然、弓を向けられているロイも同意見だった。

 どうにかしないとやばい。そうロイとアルスが同時に思った瞬間、ミカーナは後ろからいきなり抱き締められた。

 

「あらあら。あんまりいじめちゃ駄目って言ったでしょ?」


 ミカーナに後ろからしなだれかかるようにして、エリカがそう言う。そして、そのエリカの行動で場の緊張は解ける。

 

「エリカ様!? 離してください!」

「良いけれど、弓をしまいなさいな。危ないわよ」

「……」

「ユキト様がもうすぐ来るそうよ。弓を出していては、びっくりさせるわよ?」


 それでも構わないのかしら。とエリカが身を離した後に続けると、ミカーナは渋々ながら弓をしまう。

 エリカはそれに満足そうな笑みを浮かべると、ロイとアルスを見て言う。

 

「悪いのは誰かしら?」

「アルスのおっちゃんが俺なんかあしらえるって言ったから……」

「お前が生意気に、俺を倒せる何て言うからだろうが。ちなみに、ミカーナを怒らせたのはこいつだから、俺は一切、関係ない」


 責任の擦り付けあいを見ても、エリカは笑みを崩さない。だが、アルスとロイはわかった。目が笑っていないと。


「仕事を放り出して、遊んでいたのは二人ね? そして、注意したミカーナを怒らせたのはロイね? 間違いはないかしら?」

「あー、まぁ大体あってる」


 そうアルスが頷いたのを見て、エリカは自分の掌に、小さな火を生み出す。そして、それはどんどん大きくなり、やがてはエリカの腕を覆うほどになる。

 熱くはないのだろうかと、場違いな感想を抱いたロイはエリカの妖艶な笑みが自分に向けられたことに嫌な予感を抱く。


「謝るか、焼かれるか選びなさいな」

「どうもすみませんでした!」


 ロイは瞬時に頭を下げた。意味は一切考えず、取り敢えず頭を下げた。魔術師を何度も斬ったロイだからこそ、エリカの炎が今までの魔術師の炎とは違うことに気付けた。だから、すぐさまプライドを捨て去ったのだ。

 そして、それはアルスも同じだった。九十度に腰を曲げたアルスを横目に見ながら、ロイは自分の判断が間違っていなかった事を再確認した。


「そうね。正直なのが一番よ」


 エリカはそう言って炎を直ぐに霧散させる。それを見て、ロイとアルスはホッと息を吐く。

 状況が一段落したのを見て、ミカーナは素朴な質問をした。


「エリカ様。エリカ様の仕事はどうされたんですか?」

「あら。そうね。ほったらかしだわ」


 そう言いつつ、エリカは直ぐに戻らなくちゃね。と呟きつつ、察した。いやエリカだけではなく、その場の全員が察した。

 ニコラが一番割りを食ったのだと。




■■■




「ニコラ隊長! これはどうすれば良いんですかぁ?」

「それはですね」

「ニコラ隊長! 我々は何をすれば良いんですか?」

「えーと、では、向こうの部隊と合流してですねー」

「ニコラ隊長! 明日の整列なんですが!」

「あっ! 明日の整列は」

「ニコラ隊長! だから、これはどうすれば」

「ちょっと待って下さい!」

「ニコラ隊長! 指示を下さい!」

「ニコラ隊長!」

「ニコラ隊長!」


 この場にいる四千近い部下、もっとも指示を仰ぎに来るのは小隊長だが、彼らから名前を呼ばれ、四方に走り回り、休む暇なく指示を出したり、待機を命じたりしつつ、どうにか作業を続けていたニコラだが、そろそろ自分の許容力を超えそうだと気づいた。だが、仕事を分担できる同僚は全員姿が見えない。

 配属される部隊の選択を間違えたのでは、という疑問が先ほどからニコラの頭から離れなかった。

 また遠くから呼ばれ、ニコラはそちらに向かおうとし、足がもつれ、前のめりに倒れる。

 周りがシーンとなり、心配そうな視線がニコラに集まる。ニコラは強かに打った鼻をさすりながら、半泣きで叫んだ。

 

「もう、皆さん、どこ行ったんですかぁー!?」


 そんなニコラの叫びは、馬で近くまで来ていたユキトの耳にも届き、それだけでユキトは状況を察した。

 同時に、本当にニコラを部隊長にして良かったと、心の底から安堵したのだった。

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