閑話 序3.6
ユーレン伯爵の城の城下町。そこにユキトとディオがいた。考えに行き詰まったディオが、外を歩くと言ったからだ。
城下町には食うに困った人たちが、城からの炊き出しを今か今かと待っていた。そんな人々を、支援に頼らずに生きている人たちが、軽蔑したように見ている。
その惨状を目の辺りにしたユキトは、ディオに拾われていなければ、自分もああなっていた可能性に戦慄した。
「この国の格差は凄まじいよ。他国に比べてね。手に職を持っているならまだしも、そうでない者たちは仕事を失えば、あんな風になって、抜け出せなくなる」
帽子を深く被ったディオは、いつもより険しい声でそう言った。
声に含まれた怒りを感じたものの、ユキトはどう返していいか分からずに、押し黙る。
「父にとって、民なんてどうでもいいんだ。父は自分にしか興味がないからね。だけど、国は民だ。民の居ない国だなんて、魂のない死体と同じだよ」
ディオの言葉はユキトには重かった。そこまで大きな事を考えた事はなかったからだ。この世界に来るまで他者に興味を持つ事すら珍しかったユキトにとって、顔も知らない誰か、しかも多数の事を考えるのは想像すらできない領域だった。
だから、ユキトはそんな誰かの為に怒れるディオに素直に尊敬の念を抱いた。
そんなディオが足を進める先にユキトは黙ってついていった。城下町のあちこちを自分の足で歩くディオは、自らの目で城下町の様子をしっかり確かめた。
その日の最後にディオは城と城下町を囲う城壁に向かった。
「ユキト。理由はどうであれ、内乱を起こす僕はこの国にとっては害なんだと思うんだ」
「……どうでしょうか。私にはそうは思えませんが……」
「父の下でしっかり暮らせている人たちからすると、迷惑だよね
言いにくそうしているユキトに配慮して、ディオが苦笑しながらそう言った。
「そう……ですね。ただ、そう言う人は少数じゃないんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「ディオ様は、ここはまだマシだと呟いてましたから、多分、国全体を見れば、もっと酷いんじゃないかと思いました」
自分の微かな呟きを拾って、そこから正確に見たことのない国の状態を当てたユキトを見て、ディオは満足気に頷く。
「どうかしましたか?」
「何でもないよ。ただ、道に光が差した気がしたから、まだ頑張ろうって思っただけさ」
そう言ってディオは遠く王都の方角を見る。いや、見ているのはもっと先だった。
国境の前線に出ている姉のカグヤ。ディオが挙兵した理由だ。
「姉君が心配ですか?」
「うん。とてもね。だけど、姉上なら大丈夫だと思う」
そう言ってディオは踵を返し、城への帰路についた。
その背中が頼もしく見えた反面、少し寂しげに見えたユキトは、今の状況をどうにか出来ないかと考え始めた。
■■■
ヴェリス全体の地図を画面に表示させ、ユキトは頭の中でこの内乱の行方をシミュレーションしていた。
そして、幾度目かわからないため息をはく。
「この状況じゃ勝てないよなぁ」
ユキトはそう呟き、地図を見る。ヴェリスの南にあるユーレン伯爵領の兵力だけでは及ばない。続々とディオの陣営には貴族や義勇兵が参戦しているが、まだ有力な貴族の参戦はない。
日和見を決めている貴族を引き込む事がディオの最大の課題だった。そして、そのための切り札はソフィアであり、ソフィアを自分の側において置くためにディオは出来る手段は全て取る覚悟でいた。
だが、その覚悟はユキトの存在によって意味がなさなくなる。ユキトの存在がソフィアを強力に繋ぎ止めていたからだ。
それをユキトは気付いていたが、ディオの意向に気付いても、ユキトが自分からソフィアの部屋にいく事はなかった。
あくまでソフィアが呼ばない限り、決して向かう事はしないユキトの態度は、風で声を拾えるソフィアの信頼をより一層掴んだのだが、それをユキト本人は知らない。だから、ソフィアが親しげにしてくる事に、ユキト自身が一番困惑していた。
まさかモテ期か。などとバカな考えがユキトの頭に浮かぶが、すぐにそれは無いなと考えを、頭を振って打ち消す。
そんな事をしていると、ソフィアの護衛隊の一人がユキトを呼びに来る。
ソフィアの話し相手をする時間だと気付き、ユキトは考える。どうやってラーグの小言を突破して、ソフィアの部屋にたどり着く方法を。
さて、どうするか。と思いつつ、面倒で手強い相手は相手にしない、戦わないのが一番だという結論に達する。
こんなどうでもいい発想が、ディオと話し合い、戦略に発展するとは、この時のユキトは思いもしなかった。




