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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第一部 内乱編
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第一章 序4

 俺の横でディオ様は難しい顔をして、机を見ている。いや、正確には机に広げられたヴェリスの地図か。基本的に笑顔を絶やさないディオ様が難しい顔をする時は、決まって悩んだりしている時だ。十日も一緒に居れば、自然とわかる。

 この十日ほどで俺は色々と自分の事が分かった。まずはこの世界の字が読める。よく分からない字だったが、何故か頭に日本語に変換して入ってきた。字は現在練習中だが、英語とあまり大差ない為、もう殆ど覚えつつある。

 もう一つ分かったのがスキルだ。これは疑問に反応する。けれど、本当に疑問に覚えないと自動では発動しない。だからソフィア様を見た時には反応しなかった。予備知識で、こういう人だと知っていたからだ。とは言え、それは自動の話で、情報を見たいと思えば、基本的に自然と画面は出てくると言う事がわかった。


「弱ったなぁ」

「また問題ですか?」

「うん。そうだよ。今まで日和見を決めてた貴族たちが、ユキトのおかげでこっちに回ったから、戦力的には父と僕の勢力はほぼ互角だ。ただ、五分では勝てない」


 とりあえず俺のおかげというのは語弊がある。正しくソフィア様のおかげだ。ソフィア様はまだこの城に居る。そのことで多くの貴族が、アルビオンがディオ様を支持したと捉えた。もしくは現国王の所業がアルビオンの怒りを買ったと。どっちにしろ、我先にと貴族たちはディオ様の下に参陣してきた。まぁ実際は正式に支持して貰ってる訳でも、アルビオンが怒った訳でもない。まぁソフィア様は並々ならぬ嫌悪感を現国王に向けてはいるけれど。

 とはいえ、そう言う理由でディオ様の陣営はただの一地方の反乱軍から、国を二分する勢力まで上り詰めた。


「私のおかげはないと思いますが……」

「謙遜はするなよ。どう考えてもソフィア様がこの城に残っているのはユキト、君のおかげだ」

「そうですぞ。ユキト殿」


 そうディオ様に同意したのは、この部屋の隣にある部屋から、沢山の資料を持ってきた初老の男性、オズワルド・ユーレン伯爵だ。随分と年は取っているが、綺麗に撫で付けられた茶髪には白いモノは混じっておらず、未だに現役バリバリの人で、俺とディオ様と比べても、テンションが高い。


「ユーレン伯爵……」

「私は羨ましい! あのような絶世の美女に名を呼ばれ、しかも夜は必ず話し相手に呼ばれるなど! このユーレン! 羨ましくて、毎日代わって欲しくて仕方ありませんぞ!」


 本気の目だ。相変わらず現役だな。交代した瞬間、ソフィア様はそれこそ風に乗ってアルビオンに帰る気がする。ユーレン伯爵を吹っ飛ばして。


「あー、そのぉ、ただの話し相手ですから」

「ただの、ねぇ。ソフィア様から必ず、ユキトをアルビオンに連れて行っても構いませんかと言われていてねぇ。かなり本気の目だったよ」

「……どう返すんですか?」

「考えておきますって返してる。これで当分はアルビオンに帰らないだろうね。戦力は集まるし、兵たちもたまに見かけるソフィア様の姿だけで士気はどんどん上がるしで、本当に助かってるよ」


 ディオ様はちょっと悪い笑顔を浮かべてる。兵たちに見せるためだけにわざわざバルコニーや外で昼食を取ってるのか。ようやく合点がいった。話し相手と言うよりは、使用人のような扱いの俺も当然ながら準備を手伝う。忙しいし手間だから、せめてもっと近い所で食事をして欲しい。


「このユーレン伯爵家の城に、至上の乙女がいらっしゃる。さぞや先代たちは喜んでいることでしょう!」

「そんなものですか?」

「ユキト殿は自分がどれだけ幸せか分かっておられない! なぜ夜に二人っきりで間違いがおきないんですか!?」

「起こす訳ないでしょ!? 何ですか、その怒り方は!?」

「ははは、ユキトと居ると退屈しないよ」

「ディオ様!? ユーレン伯爵の言葉は流石に拙いですよ!? 外交問題に発展しますよ!?」

「幾らディオルード様の話し相手といえど、至上の乙女に手を出すなんて、羨ましいことを許しませんぞ!」

「だからしませんって!」


 突っかかってくるユーレン伯爵の相手をして、ディオ様の話しを聞く。

 ここ数日はそんな毎日が続いていた。そう、あの知らせが城に届くまでは。




■■■




 夜。と言っても夕食を食べた後、就寝前の少しの時間だが、俺はソフィア様の部屋に呼ばれる。

 厳重な警備が敷かれる部屋の前に立ち、護衛の人たちから怒りと、恐らく嫉妬の混じった視線を向けられ、精神的に消耗した状態で、俺は毎日ソフィア様の部屋に入ることになる。


「失礼します」


 一言断り、ドアを開けて、すぐに反転してドアを閉める。少しでも早くあの視線から逃れたいからだ。


「ふぅ……」

「そんなに嫌なら来なくても良いですよ?」


 若干不機嫌そうな声が背中越しから聞こえる。聞こえてきた方を見れば、普段着ているものより、少しだけ薄い白いローブ姿でベッドに腰掛けているソフィア様が居た。俺の服はディオ様が城下町に来ていた商人から買ってくれた島の服の複製だ。黒い小袖と灰色の馬乗り袴。その上に薄青色の羽織を着ている。違和感で言えば、シャツとズボンだった時よりも何倍もあるのだが、これしか無いと言われれば、着るしかない。

 俺はふぅとため息を吐き、軽く首を傾げて質問する。


「じゃあ来ないよと言ったら?」

「怒ってアルビオンに帰ります。ディオルード様は困るでしょ?」

「それはもう。俺の首が危うくなるかな」


 右手で首を軽く叩きながら、俺はそれなりに砕けた口調で話す。ソフィアの要求だった。友人として接して欲しいと。だから一人称は俺だし、口調は砕けてるし、ソフィアと呼ぶようにしてる。昼間は様付けの敬語だから使い分けにちょっと困るが。


「意地悪ですね。そう言えば私が困ると知っているのに」

「お役目御免ってされると俺も困るよ。ほら、どっちも意地悪だ。俺だけが悪い訳じゃない」


 肩を竦めつつ、俺は椅子を片手で持って、ベッドの近くに置く。ここ数日はこの形で話すようになってる。ソフィア曰く、俺と話すと眠くなるからという事らしい。俺の声に安眠作用があるとは初めて知った。そう言えば大学の教授で、めちゃくちゃ眠くなる声の人が居たっけ。


「ユキト?」

「ん? 何?」

「考え事ですか?」

「少し故郷をね。眠くなる声の人が居たなぁって」


 俺がそう言うと、ソフィアは口に手を当てて笑い始める。今のどこに笑う要素があったのだろうか。ちっとも分からない


「私がユキトと話すと眠くなると言ったからですね?」

「正解。俺の声は眠くなるのかと思ってね」

「違います。多分、気が抜けるから眠くなるんです。お話は沢山したいんですけど、どうしても眠くなってしまうんです。一層のこと昼間に呼んでも良いですか?」

「ディオ様の手伝いがあるし、難しいと思うけどなぁ」

「ダメですか?」

「望みは薄いかなぁ。でも、ソフィアは昼間は散歩に出かけてるよね? 俺、必要?」


 昼間の話をした途端、ソフィアは途端に顔を綻ばせ、ベッドから降りると、馬鹿でかい部屋にある机の上に置いてあった何かを手に取って、俺に見せつけてくる。


「草の……冠?」

「はい! 村の子供たちが作ってくれたんです! お姉ちゃんは綺麗だからお姫様ねって言って!」


 さぞや嬉しかったのだろう。わざわざ頭に乗せて見せつけてくる。昼間の散歩は付近の村に行ってたのか。危険と言えば危険だが、ユーレン伯爵領は比較的治安が良いと言われているし、何よりアルビオンの護衛の人たちも居る。大事にはならないだろう。

 しかし。


「草の冠を貰ったのが嬉しかったの? それとも、綺麗って言われたのが嬉しかったの?」

「どっちもです。あ、今、そんな事でと思いましたね?」

「いや、ただ、高価な贈り物や賛辞なんて飽きるくらい貰ってるソフィアでも、そう言うモノを貰って喜ぶんだなぁって」

「嬉しいですよ。とても、興味の無い人から贈られる金や飾り付けられた言葉よりも、子供たちから貰ったモノの方が何倍も、何十倍も嬉しいです。それに……子供の頃、草や花で遊ぶことなんてありませんでしたから、子供たちが一緒に遊びましょうって声を掛けてくれた時、とても嬉しかったんです」


 頭の上から草の冠を優しく外し、ソフィアは大事そうに胸に抱える。アルビオンでソフィアのお近づきになりたいと思う人たちがどれほど居て、どれほどのお金を使って贈り物をしているか知らないが、自分たちが贈った物よりも、村の子供が作った物の方が良いとソフィアが思っている事を知ったら、どれほど嘆くだろうか。いや、次の日には沢山の草の冠が届きそうだな。


「やっぱり昼間に俺はいらないね。十分楽しそうだし」

「そう言う問題ではないのですけど……。年の近い誰かと遊ぶと言う事を、私は経験した事は無いんです」


 子供とは、遊んでいられる存在だ。当然、そこには大人の意思があり、現代でも幼稚園や学校などの予定があるが、それでも子供は遊んでいられる。けれど、人が子供でいられる時間は驚くほど短い。だから大切な時間なんだと俺は思う。

 けど、ソフィアにはそれが無い。無いのが当たり前なのかもしれない。そういう生まれだから。でも、それはとても悲しい事なんだろう。


「戦争が終わったら、ディオ様に頼んでアルビオンに連れて行ってもらおうかな」

「アルビオンに来ても、私と話す時間は無いですよ。アルビオンの私はそう言う存在ですから……」

「そっか。難しいね。でも、約束するよ。ソフィアが帰っても、またこういう時間を作るように俺は努力する。そんな約束じゃ、ソフィアの不安は晴れないかな?」


 出来るだけ優しく微笑む。誰かを安心させるために意識して笑みを作るだなんて、生まれてから殆ど経験はない。それも女の子に向かってなんて。

 自然と笑みが溢れれば良かったけど、頭の中じゃ、幾つか方法が浮かんでは、自分で却下を下してる始末だ。約束しても、叶えるまでにどれほど掛かるか分かったもんじゃない。そんな事を考えてれば、笑顔なんて出てきやしない。


「安心させる為に笑顔を浮かべてるつもりなら、必要ありませんよ」

「あら……バレた?」

「作った笑みを浮かべるのは得意ですから。見抜くのも簡単です。でも、言葉だけで十分です。アルビオンでの日々も、その約束で楽しくなるかもしれませんしね」

「あー、そのぉ。時間を下さい」

「いつまででも構いませんよ。ただ、私と会おうと思って会える人は、同盟国の重鎮でどうにかと言った所でしょうか」


 ソフィアはそう言いながら、楽しげに椅子に座る俺の周りを軽やかなステップで回る。

 ソフィアは気分が良いと、こうして動く事がある。そうしてそう言う時は必ず風の魔法を使うので、密室の部屋でも風を感じる事が出来る。

 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だったソフィアは、しばらくして疲れたのか、うつ伏せにベッドに身を投げる。


「ふふ、アルビオンじゃ絶対できません」

「友人の前でする事とも思えないけど?」

「良いんです。ユキトなら」

「全く、そんな事をして。誰かが」


 言った瞬間、ドアがノックされた。まだ俺が退出するような時間ではない。誰かが訪ねてきたのだ。普通は誰も来ることはできない。ディオ様がそう命じているし、ソフィアもそう護衛の人に頼んでいる。

 では誰か。可能性は二人。この城の主であるユーレン伯爵か。


「ディオ様かな?」


 呟きつつ、俺はドアに近づき、微かにドアを開ける。

 予想通りの人がそこに居た。しかも予想の斜め上で、鎧を着ている。


「すまないユキト。緊急事態だ。ソフィア様にお会いしたい」

「聞いて見ます。しばしお待ちを」


 言うと同時に俺はドアを閉めて、ベッドに居るソフィアを見る。

 ソフィアはベッドの横にあった青い上着を羽織っており、俺に向かって頷く。大丈夫だと言う事だろう。


「良いようです」

「失礼します。ディオルード・アークライト。挨拶に参りました」

「ディオルード様。挨拶とは?」

「先ほど報告があり、国境の守備についていた我が姉が反乱鎮圧の任に着き、一万の兵を持って、前線の城へと。私はユーレン伯爵の軍勢と共に姉と対峙する為に前線付近の城に向かいます。この城を離れるので、お別れの挨拶に来ました」


 これはディオ様が描いた通りの展開になったな。戦力が五分ならば、率いる者の力がモノを言う。愚王である現国王は、戦にだけは精通している。現国王が自ら出てくるも良し。国境付近のカグヤ様を差し向けるも良し。とにかく二人の距離を離す事を、ディオ様は念頭に置いていた。

 カグヤ様が出てきたならば、ディオ様は正面から戦う事はしないだろう。自分で言ったのだ。姉には及ばないと。


「ディオルード様。分かりました。ご武運をお祈りしています」

「ありがたく。ユキト。少しついて来てくれ」

「分かりました」


 俺はそう言って、ソフィアに目線で謝罪しつつ、部屋から出た。




■■■




 ディオ様に連れて行かれた部屋には、見た事の無い若い人たちが集まっていた。瞬時に画面が出てきて、すぐに切り替わるが、一々読んでる暇はない。

 大きめの机を囲んで皆が畏まっている。おそらくそこまで身分は高くない者たちだろう。


「ユキトで最後か」

「ここに居るのは……残る方々でしょうか?」

「流石はユキトだ。察しがいいね。そう、この者たちは留守を預ける者さ」

「私がここに連れてこられたのは、私も残ると考えてよろしいですか?」

「本当は連れて行きたいけどね。君には残ってもらう」


 ディオ様はそう言うと、机に広がっている地図の一部を指差す。


「もう伝えた通り、姉が出てきた。向かっている城はここ」


 ディオ様が指している場所にはヴェリスのほぼ中央に位置する城、カノン城だ。

 カノン城。ヴェリス最大の城。平地故に地理的優位は無いが、三層からなる巨大な城壁の為、一度も落ちた事のない城。

 出てきた画面に書かれた内容に俺は顔を顰める。最強の将軍に最大の城と言うのは嫌なコンボだ。まぁまともに戦うならだが。


「ここに入るのは予想通りだ。我々はここに姉を釘付けにして、協力してくれる貴族と共に巨大な包囲網を形成しながら国王を追い詰める。戦術的な敗北が戦略的な敗北という訳ではない。ユキト、君の助言に従ってみたよ」

「私はただ、強い姉上とは戦わない方がいいと言っただけです。そこから作戦に発展させたのはディオ様ですよ」

「そういう事にしておこうか。それでだ。これには姉と対峙して、膠着状態を作れるというのが前提にある。その役目を僕とユーレン伯爵の二人で行う。当然、位が上の者は連れて行くことになる。だから、この場に居る君たちが最上位となる」


 誰かがゴクリと喉を鳴らした。普段ならディオ様と直接会う事の無い人たちが、いきなり城を預けられるんだから、そりゃあそうだろう。なんて他人事みたいに言ってる場合じゃない。ディオ様がこっちを見ている。


「ユキト。知っての通り僕らはギリギリだ。人材的にね。それなのに君を置いていく理由はわかるかい?」

「そうですね。私が一番、ソフィア様と親しいからでしょうか?」

「その通りだ。この城は前線の城から二日の距離にある。僕たち本隊がやられない限り、敵に襲われる事はないとは思う。戦術的にも戦略的にも取っても旨味は薄いからね。重要な補給地でもなく、僕らの後背を突くには遠すぎる。しいて言うならユーレン伯爵へ揺さぶりを掛けられるって事だろうけど」

「ユーレン伯爵がディオ様を裏切る事はないでしょう。そんな城が襲われる理由は、一つしかありません。ソフィア様です。お急ぎでしょう? 早めに話をしましょう」


 いつの間にか入って来ていたユーレン伯爵が身振り手振りで急ぐように伝えてくる。あんまりしたくなかったが、ディオ様の言葉を取って、さっさと話を進めることにした。


「そう言えばそうだった。じゃあ簡潔に言おう。城の事はユーレン伯爵の弟君に任せる。けれど、荒事に向いている方じゃない、だから、もしもソフィア様を狙いに敵が来た場合はユキト、君が全権を預かれ」

「……指揮を委ねると? 戦にも出た事ない使用人のような男に?」

「けれど、僕が一番信頼していて、ソフィア様もユキトの言葉なら頷く。ソフィア様を逃がすにしろ、この城の戦力で守るにしろ、君の言葉が必要だ。なら、初めから君に全権を渡した方がいい。戦いが必要で、君が指揮出来ないなら、君が誰かに任せろ。そういうの得意だろ? 他人の長所を見抜くのが」


 それは当たり前だ。何に秀でいるのかはステータスで大体わかる。向いているモノが好きか嫌いかは置いておいて、この人はこういうのが得意とか、この子はこれが苦手だなんてのもステータスを見れば予想がつく。だが、ざっと見た限りではこの場に居る人で、指揮を取るのに適してそうな人は居ない。

 それはディオ様も分かっているんだろう。だから俺に託したんだ。正直戦いなんて、人殺しになるなんて冗談じゃない。普通なら頼まれても断る。けど、頼んできた。いや、命じてきたのはディオ様だ。


「いつか……戦いに加われと言われると思ってました」

「嫌かい?」

「正直に言えば、とても嫌です。ですが、この身はあなたに救われました。あなたが見つけれくれたから、今、衣食住に困らずに居ます。城下町で食うに困る人を見て、自分がそうなっていた可能性にぞっとする時もあります。ですから、あなたの命令ならどのような事でもしましょう。例え地獄でも……ついてこいと仰られるならついて行きます」

「僕は姉には一つを除いて何も敵わない。ただ一つ伍する事が出来るのは、周りに恵まれている事だ。緊急時において……ユキト・クレイを僕の代理とする。指示には絶対に従え。これは……ディオルード・アークライトの命令だ!」

「御意!」


 その場の全員が片膝をついて、右の拳を胸に当て、左手を床に付けた。俺を除いて。

 礼の仕方が分からなかった訳じゃない。ただ、ディオ様と目が合ってしまい、タイミングを逃しただけだ。


「ユキト。この短剣は祖父のものだ。父に王位を譲った後は隠居したけれど、僕に王としての在り方を教えてくれた。権限を渡す証として、君に渡そう」

「……有り難く」


 片膝を突き、両手で俺は黄金の鞘に入った短剣を受け取った。


 大陸暦三百十二年。セクスの月。国王に反旗を翻したディオルード王子はユーレン伯爵と共に七千の軍勢を率いて出陣した。

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