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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
37/114

第六章 変化7

「断る」

「お断りします」


 やられた。そう思ったと同時に、俺の左右に居たカグヤ様とソフィアがそう言ってしまった。たった、一言で、二人を会話に引きずり込まれてしまった。このままだと重大な言質を取られかねない。

 かといって、さっきの巫山戯た要求に怒っている二人を止めるのは難しい。二人共冷静さを一瞬で捨ててしまっている。ここから冷静を取り戻す、または取り戻させるには少し時間が掛かるだろう。そうしている間に、アーノルド提督は次の一手を打ってくる筈だ。

 しかし、この人は戦争になっても構わないのだろうか。ソフィアとカグヤ様が居る以上、現状の戦力で皇国水軍を倒すのは難しくはない。当然、そのあとに待っている帝国との戦いは難しくなるが、皇国水軍第一艦隊を犠牲にして、帝国を援護する理由が皇国にあるとは思えない。

 アーノルド提督は笑みを浮かべて、ソフィアとカグヤ様の言葉に返す。


「では戦争ですか?」

「当然」

「戦争など有り得ません」


 カグヤ様が勢いよくアーノルド提督の言葉に頷こうとするのを、できるだけ静かに、かつタイミングよく言葉を発する事で遮る。

 ヴェリスは皇国と戦争をしても構わないが、皇国はそれをするわけにはいかない。そう思っていたが、それは改めなければいけないようだ。ここまでの言動で、アーノルド提督は戦争をする事に躊躇いをみせてはいない。

 ブラフかもしれないが、それを見抜く術を俺は持っていない。未だに表情から何を考えているのかが読めないからだ。

 読めない以上は今ある事から自分なりに予想するしかない。そのために現在の状況、情報を整理したいが、それをする暇を与えてくれない、


「では人質交換の件を飲むのかな?」

「ご冗談を。そちらの人質は閣下のご子女であられるリアーシア殿下とは言え、リアーシア殿下は皇国中枢の要職にはついておられません。確かに私も要職にはついてはいませんが、ここに座って、閣下との交渉役を引き受けています。自分で言うのも何ですが、国とっては欠かせない存在の一人です」

「そうだろう。だが、リアーシアも国にとっては欠かせない存在の一人だ。先日就航したばかりの新型艦の艦長はリアーシアだ。それに独立艦隊の指揮も任せてある。それでも不足かな?」


 白々しい。国を離れても問題ないから使者に据えたのだろうに。とってつけたような役職を並べても、その事実は変えられない。

 リアーシア殿下は一月も国を離れているのだから。そして、たやすく人質に指名してくる所を見れば、アーノルド提督がリアーシア殿下にどのような評価を下しているかは多少は分かる。


「申し訳ありませんが、不足です」

「ふむ。そうなると、この交渉はやはり決裂かな?」


 やっぱりこの人は戦争に持ち込もうとしている。何故だ。被害が大きくなるのは向こうの筈なのに。何か対策があるのか。いや、ソフィアの風の魔術への対策があるなら、すぐに攻め込んでくればいい。それだけで、ソフィアの魔術を軸としているこちらは総崩れになった筈だ。

 時間稼ぎだろうか。何かを準備している。または待っている。いや、それなら遠洋で待機してればいい。攻撃の主導権は向こうにある。わざわざ時間稼ぎはしなくても良いはずだ。

 わからない。この人は何故、戦争をしたがっている。狙いなどなく、ただの戦争好きなのだろうか。


「ドゥーネハイル閣下。先ほどから、まるで戦争がしたいかのような物言いですが? もしや要らぬ犠牲を出したいとお考えなのでしょうか?」


 怒りからか、ソフィアがそう言葉を発する。人質の話辺りから随分と怒りを溜めているのは分かっていたが、そろそろ限界らしい。自分の娘を簡単に人質に指名したのも、おそらく怒りに拍車を掛けているだろう。


「要らぬ犠牲など出したくはない。だが、必要なら、犠牲は出す。勿論、最小限に留めておくがね」


 そう言ってソフィアを見たアーノルド提督の表情が、ディオ様の表情に重なって見えた。

 重なったというのは違うか。同じに見えたというべきだろう。ディオ様も何かを成す時に、必要な事は一切、迷わない。そして、決まって、覚悟を決めた表情をする。それと同じ表情をアーノルド提督はしていた。

 今の発言はおそらく本音だ。そして、本音と仮定するなら、今までの行動に矛盾が生じる。

 第一艦隊の犠牲は、最小限の犠牲ではない。そして、必要な事でもない。では、なぜ、必要ないと思われる、第一艦隊での戦争を起こそうとしているのか。

 そこまで思い至って、俺はリアーシア殿下と、自分とのやり取りを思い出す。あの時、俺はリアーシア殿下が優先順位が下の事を調べないだろうという予測して、時間を掛けた布石で、ソフィアが部屋に居ると思い込ませた。そして、その思い込みがリアーシア殿下の敗因だった。

 もしもそれを俺がやられているとしたらどうだろうか。交渉の前に既に罠に嵌っていたとしたら。

 今、俺は、俺自身が全く知らない内に崖の端に立っている可能性がある。アーノルド提督ばかりに目が行っていて、他の事に目が行っていなかったかもしれない。

 最も疑うべき事を俺は疑っていなかった。リアーシア殿下の言葉だ。アーノルド提督は、本当にリアーシア殿下に本当の事を告げていたのだろうか。嘘を教えられていたとしたら、当然、それを事実だと思っていた俺も騙されていた事になる。

 では、リアーシア殿下が教えられていた事が嘘だとして、何が嘘になるのだろうか。リアーシア殿下は、経験不足は否めなかったが、ステータス通り、頭は良い。騙すのはかなり大変だろう。例え実の父だとしても。

 それに俺自身、聞いていて、リアーシア殿下の言葉に嘘は感じなかった。すくなくともリアーシア殿下は確実に事実だと思っていた筈だ。だから、教えた事は全て事実なのだろう。そして、後から変えた。

 チラリとアーノルド提督を見れば、悠然と椅子に座っている。あの笑みは自分の真意を悟らせない為のモノ。言葉はこちらを混乱させ、考えを巡らせない為のモノ。そして、挑発のような言動は自分に注意を引き付ける為のモノ。

 何に目を向けて欲しくなかったのか。簡単だ。第一艦隊だ。いや、第一艦隊の旗を掲げ、似たような風を装っている別の艦隊か、それとも搭乗員がほぼ入れ替わっており、船だけが第一艦隊の物を使った中身が違う艦隊か。まぁどっちでもいいが、第一艦隊と思わせている、今、ヴェリスの海上に居る艦隊に、アーノルド提督は目を向けて欲しくはなかったんだろう。

 リアーシア殿下に事実を教え、それを後から変える。それならリアーシア殿下も疑わずにヴェリス側に事実として話すだろう。そして、それを事実と思い込んだヴェリス側は、海上の艦隊を第一艦隊と思い込んで、交渉に望む。実際、その通りになっている。

第一艦隊を傷つけたくはない筈と思い込んだヴェリスに対して、敢えて挑発行為を繰り返す事で、戦闘に持ち込み、敗走する。戦闘になった場合の、アーノルド提督が取る行動はそんな所だろう。そして、ヴェリスは切り札のソフィアは魔力を消費し、帝国の上陸を許すだろう。それに乗じて、ヴェリスに攻め込むのか、敢えて帝国を攻撃し、ヴェリスを助け、優位な状況で同盟を結ぶのか。選択肢は沢山あるだろう。何せ、今回、ヴェリスと戦闘になっても、皇国の被害は大した事にはならないのだから。そういう風に仕組んでいるのだ。アーノルド提督が。

ソフィアの風の魔術を使われようと、自分は確実に逃げることは可能だという自負があるからこその作戦だろう。それは多分当たっている。来ると分かってさえいれば、逃げる事は出来るだろう。

ソフィアの魔術を温存するなら、攻めくるだろうし、ソフィアの魔術を使えば、艦隊の大半を犠牲にしても、自らは逃げ切るだろう。ピンポイントでアーノルド提督の乗る船が分かれば問題ないが、それを簡単に知らせるような真似はしないだろう。

大規模な魔術を使い、嵐を起こしても、事前に察知くらいは出来るんだろう。そうでなければ、これほどの余裕は保てない筈だ。この人は確実に自分の命はどうにかなる事が分かっているから余裕なんだ。そして、自分の命さえ無事なら、皇国は無事だという自信を持っている。

 ここで暗殺すれば、ヴェリスは交渉の使者を暗殺したとして、二度とどの国とも交渉はできないだろう。そして、他国の連合にやられる。それはヴェリスの事を考えれば、絶対にできない。

 だが、素直に帰せば、どのような手段を用いても皇国に逃げられるだろう。海は向こうの庭だ。追うにしてもヴェリスの水軍では追いつく事もできないだろう。

 結局、この交渉が決裂しようが、成功しようが、アーノルド提督としてはどうでもいいんだろう。優位な形、ディオ様や俺を人質として貰えれば、それはそれで良し。それが駄目なら戦闘を行い、こちらの切り札を一枚減らす。自分の被害は最小限で。

 どっちに転んでも皇国にとっては得にしかならない。そしてヴェリスは損しかしない。

 今のままなら。


「化かし合いは終わりにしませんか? 閣下」


 人質の話はアーノルド提督が切り出した。そして話の主導権はそれからアーノルド提督の手の中にある。こちらに主導権を取り戻すなら、こちらから動かなければいけない。


「化かし合いか……言い得て妙だな?」

「全くです。先ほどまでは、化かし合いとは気付きませんでしたが」


 こちらは気づいたぞ。という意味でそう言った瞬間、アーノルド提督の目が少し大きめに開かれる。すぐに元に戻ったが、驚いたのは間違いないだろう。


「なるほど。リアでは及ばないわけだ」


 雰囲気が変わった。リアとはリアーシア殿下の事だろう。今の言葉には親しみと愛情が確かに感じられていた。

 こちらを挑発するように浮かべられていた笑みも、柔らかなモノへと変わり、その変化で張り詰めていたカグヤ様とソフィアの雰囲気も変わる。おそらく意外さのあまりに拍子抜けしたんだろう。

 多少の演技は入っていると思っていたが、なかなか力の入った役作りだったらしい。

 

「正直、私も疲れたよ。だからここで一度終わりにしよう」


 そう言って、アーノルド提督は疲れたように肩を回し、そして椅子の背もたれに体重をだらしなく掛ける。


「……このまま続けていれば、閣下の勝ちでしたが? どうして私の化かし合いという言葉に反応し、こちらを騙す事やめたのですか?」

「簡単さ。君は騙されている事に気づいた。おそらく、次の交渉の席にはついてはくれまい。帝国に私の情報をそれとなく流されれば、皇国はヴェリスに恩を売る事もできない。そして皇国は破滅の道を辿る事になるだろうね」

「ヴェリスに出来ることはその程度ですから」

「その程度でも皇国には問題なのさ。最初から皇国には、最終的にヴェリスと手を組む事以外に手は残っていなかった。だが、ヴェリスは皇国と組まずとも、帝国とアルビオンを相手に出来るだけの力がある。皇国には無い強さだ。始まる前から両国の優位は決まっていた。ここからの小細工は心象を悪くするだけだろ?」


 力なく笑うアーノルド提督に、先ほどの姿は見られない。同一人物とは思えない。年も一瞬で五年は老けたように思える。

 だが、言っている事はその通りだ。これ以上続けて、カグヤ様とソフィアの不興を買い続ければ、今はよくても次はあるまい。


「ユキト。私に説明してくれないか?」


 カグヤ様が横を見ればカグヤ様が渋い顔をしていた。反対を見れば、ソフィアが少し怪訝そうな顔をしている。二人共状況が理解できていないのだろう。


「カグヤ陛下。我々皇国は、第一艦隊のフリをした別の艦隊を、ヴェリスに率いてきました。そして、その艦隊がヴェリスに敗れようと、大した痛手にはなりません。失っても惜しくはない人選をしてきましたので」


 アーノルド提督が椅子の背もたれから背を離し、そうしゃべり始める。だが、元来猫背なのか、背中を少し曲がっている。


「なに!? それでは私たちは最初から勘違いしていたというのか……?」

「そのとおりです。ですから、この交渉で優位な形で同盟が出来るなら、同盟を結び、駄目なら戦争を仕掛け、ヴェリスの戦力を削ぐつもりでした。戦力の削がれたヴェリスは帝国に苦戦します。そこを本当の第一艦隊で奇襲、殲滅し、ヴェリスに恩を売る形で優位な交渉に持ち込む。ここまでが私の描いた図です」

「では、優位な形。例えば人質の件を了承していたとしたらどうなさるおつもりだったのですか? 不完全な艦隊で帝国海軍に勝つおつもりだったのですか?」

「勝つ必要などありません。優位な同盟さえ結べてさえいれば、ここで帝国海軍に敗れても問題はありません。すぐに第一艦隊がヴェリスに到着し、上陸準備をしている帝国の後背を討ちますから」


 どのような状況になろうと、負けても構わない。そういう風に策を練っていたんだろう。

 アーノルド提督の戦略図には勝利の義務が存在しない。そして何かをしなければいけないという絶対条件も一つしか存在しない。それはアーノルド提督の身の安全だ。それさえ守れれば、結局はより良い状況に持ち込めるようになっている。

 カグヤ様とソフィアの質問に答える様子は、一見して頼りないが、変わったのは外面だけだ。内面では全く変わっていない。切れ者は切れ者という事だろう。


「軍師殿。化かし合いは終わった。この交渉はどこからへんが着地点と考える?」

「そうですね。皇国とヴェリスは相互不可侵と国の危急には援軍を出す事を約束する同盟を結び、表向きは交渉が決裂した事にし、皇国には撤退して頂くというのが一番でしょう」

「そして迫る帝国海軍を第一艦隊で後ろから討つか。ソフィア様の風の魔術で嵐を起こせば、帝国海軍は大いに乱れるだろう。そこを殲滅するのは容易い。だが、それでは皇国が危うい」


 アルビオンと帝国に敵対すれば、当然、皇国は狙われる。アルビオンは未だに動き出してはいない。おそらくアルビオンからの侵攻は確実にあるだろう。


「はい。アルビオンへの備えに、ヴェリスは手を貸しましょう。そしてそれはヴェリスからの技術供与も兼ねるとしましょうか」

「そうして頂けるなら、第一艦隊は常にヴェリスの防衛に回せる。だが、ヴェリスも戦力的には余裕は無いのでは? アルビオンへの対処も考えれば、下手な部隊を送っても意味はないが?」


 アルビオンの皇国への侵攻を許せば、ヴェリスの海上を守る皇国水軍は皇国の防衛に回る。そうなってしまえば、またヴェリスは挟み撃ちに合い、今度こそ単身で相手をしなければならなくなる。

 そうしない為にはある程度、力のある部隊を皇国に派遣する必要がある。そして現在のヴェリスの状況で、アルビオンと戦えるだけの部隊など援軍に出せる余力はどこにもない。正規軍には。

 一つだけ、総司令であるディオ様が扱いかねている部隊がある。そしてその力に疑問を抱く者は少ないだろう。


「援軍にはノックスを送りましょう。そうすればアルビオンも皇国方面に力を裂かざるを得ず、ヴェリスへの圧力も弱まります」


 ただ、問題は。


「ユキト。その指揮は誰が取る?」

「まさかユキト本人とは言いませんよね?」


 左右の二人をどう説得するか。という事だろう。


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