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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
36/114

第六章 変化6

 俺の目の前に銀色の髪を肩口で切り揃えた背の高い男性が居る。年は見た目は二十後半から三十前半ほど。実際の年齢もそんなものだろう。

 その男性の名前はアーノルド・ドゥーネハイル。アイテール皇国の大提督の地位に居る人で、目下の俺の敵だ。

 リアーシア殿下とのやり取りの後、俺はロイを護衛として、すぐさまユーレン伯爵領に向かった。少数での利を生かし、どうにか六日ほどでユーレン伯爵の城にたどり着いた俺は、娘のリアーシア皇女殿下を返して欲しければ、一人で来いと言う使者を、海岸部で隊列を組み始めていた皇国の第一艦隊に送った。

 切れ者と評判の皇王の弟は、どう切り返すかと待ち構えていたら、本人が来た。それも要求通り一人で。

 来る可能性は考慮していたが、まさか本当に来るとは思わなかった。それほどまでに娘が可愛いのかと疑ったが、その目にリアーシア殿下は映っていなかった。見つめる先は俺。

 アーノルド・ドゥーネハイルは、俺を敵として認め、こうしてわざわざ戦う為に乗り込んできたのだ。お互いが最も得意とする戦いをする為に。

 ステータス画面に移る情報はどれも目眩がしそうになるほど高い。戦闘力は九十代。知力は百三十を超えており、魔力も百を超えている。

 アルビオン以外の四つの大国の最初の王は古来種だったと伝わっており、そのせいか、王族の血を引く者は、百を超える事は殆どないステータスで、余裕で百超えを叩きだしてくる。今のところ、百を超えているのは、ほとんど大国の王族ばかりだ。古来種の血という事だろうか。例外は数人で、その中にはソフィアも居るが、ソフィアを含め、皆が例外中の例外だ。ソフィアに関して言えば、存在的に言えば、古来種よりも更に貴重なため、普通の人間代表とは言えない。

 まぁ今はその話はどうでもいい。問題なのは俺より知力が上の男が、俺に頭脳戦を挑んできたという事だ。

 アーノルド提督は机を挟んだ向かいの椅子に腰をかけており、こちら側はソフィア、カグヤ様、俺が椅子に腰掛けている。それでもアーノルド提督は俺から視線を逸らしたりはしない。

 厄介な人に目をつけられたものだ。完全に自分のせいではあるけれど。娘を人質に取った訳だし。けれど、自ら第一艦隊を率いてきた以上、この人は今の状況を想定していた筈だ。リアーシア殿下を人質に取られ、交渉の席に引きずりだされるということを。いや、むしろ、そうなるように仕向けた、または狙っていたのかもしれない。皇国の目的も武力衝突ではなく、交渉による解決だろうし。

 アーノルド提督が率いた第一艦隊がどれほどの実力なのかは不明だが、容易には勝てないのは間違いないだろう。そして、アーノルド提督はヴェリス軍に対して、単独で戦に望む愚は犯さないだろう。協力、ないし、先に帝国を戦わせ、疲弊したヴェリスを叩く筈だ。

 水軍の最高司令官であるこの人が居る以上、前線での臨機応変な対応は幾らでも可能になる。それは、同時に、俺がリアーシア殿下に話したような状況にはならない事を意味している。

 事態は振り出しに戻った。いや、変わってはいない。多少の動きはあっても、皇国もヴェリスも明確な動きは見せていない。相手に合わせて、陣形は変えても、攻め込んではいない。先に動いた方が不利だからだ。そして、先に動くのが嫌だから、相手に動いてもらうつもりで撒いた餌に、笑顔でアーノルド提督は食いついてきた。

 危険すぎる人だ。今現在、リアーシア殿下は丁重に隣の部屋に待機してもらっている。そして、こっちにはカグヤ様とソフィアと言う強力な二枚の切り札がある。それでも、この人は笑みを絶やさない。


「アーノルド・ドゥーネハイルだ。よろしく。アークライトの軍師殿」

「ユキト・クレイと申します。閣下。今はヴェリスの軍師と名乗らせていただいてます。以後はそのように呼んでいただきたいと、お願い申し上げます」

「ヴェリスの軍師か……。ディオルード殿下の下では満足できなくなったのかな? それとも、カグヤ陛下に気を使ったのかな?」

「ご想像にお任せします」


 カグヤ様が反応を示す前に、俺は間髪入れずにそう返す。

 カグヤ様は、俺を少し不満げに見た後、自分の名前を名乗り、アーノルド提督はそれに会釈で返した。カグヤ様の反応にはさほど興味が無いらしく、それ以上、何かを言ってくる気配はない。

 とはいえ、これで終わりではない。これから、アーノルド提督がカグヤ様やソフィアに揺さぶりを入れてくる事も考慮しなくちゃいけない。今のはそれを伝える為の軽いジャブという所か。

 カグヤ様とソフィアには、俺に任せて欲しいと頼んである。おそらく、よほどの事がない限り、二人は無難な受け答えしかしないだろう。表情も取り繕って欲しいと頼んであるが、そういうのは素直であり、不器用なカグヤ様は苦手だ。分かる人には分かってしまうくらいのは反応を結構してしまうのだ。

 今も眉を少し動かし、拳を握った右手は力が入っている。どんな理由でそうなってるかまでは考える余裕はないが、あまり機嫌は宜しく無いんだろう。それでも黙っていてもらわなきゃいけないが。


「うむ。こっちはこっちで勝手に邪推するとしよう。そちらの至上の乙女殿の事も」

「お初にお目にかかります。ソフィア・リーズベルクと申します。ドゥーネハイル閣下。以後お見知りおきを」

「カグヤ陛下よりは大人だな」

「そうでしょうか? 大人と言えば、閣下のそのお言葉はまるで子供のようですね」


 辛辣な言葉をとびっきりの笑顔で放ったソフィアに、アーノルド提督は更に深い笑顔を向け返す。何を考えているのかが全く読み取れない笑顔だ。


「挨拶も済みましたし、そろそろ交渉と参りましょうか」

「確かに。私も人の子だ。娘は心配でな」


 そういうアーノルド提督の顔にそんな気配は無い。娘への執着心はどこぞの先王とはえらい違いだ。どちらも両極端で、娘が幸せかは知らないが。


「ご無事です。隣の部屋にいらっしゃいます。なにぶん、戦の最中故、身柄を少しお預かりさせていただきました。皇国が攻めてきたのかと勘違いする将兵も多く、それを納得させる意味も込めまして、閣下にはこちらにお一人で来ていただきました。これで将兵も安心するでしょう。大陸の歴史を紐解いても。攻め入ろうとする敵国の城に一人で入る最高司令官は居りませんので」


 いけしゃあしゃあと喋る俺に、アーノルド提督は笑顔を崩したりはしない。いや、先ほどまでの比較的温和な笑顔から、不敵な笑顔に変わっているから、変化は見受けられるか。


「私が最初の一人になるやも知れないが?」

「ご冗談を。まさか閣下はヴェリスと戦争をして勝てるとでも?」


 少し挑発的な言葉を返すと、アーノルド提督は不敵な笑みを濃くして、机に両肘をつき、組んだ手の上に顎を置く。


「我が皇国水軍は世界最強。ヴェリスの水軍では、質、量と共に相手にはならないと思うが?」

「おっしゃる通りです。ですからヴェリスと戦争をして勝てるとお思いか? と問いかけました。ヴェリスは確かに水軍は大した事はありません。長年、海上での戦闘も経験しておらず、水軍とは名ばかりです。ですが、こちらにはカグヤ陛下を中心とした最強の強兵達が居ります。よもや、知らぬとは言いますまい?」

「無論だ。ヴェリスの強兵は大陸随一と噂されている。なにせ、戦争に明け暮れていた国だからな」

「そうです。皇国のように平和を享受していた国とは違い、我らヴェリスは敵が多く、致し方なく、剣を取ってきました」


 アーノルド提督の戦争に明け暮れたという言葉は、戦闘狂共という意味と、無益な戦いを起こしてきたヴェリスへの皮肉だ。そして、俺の平和を享受した、と言うのは、惰弱な国という意味と、水軍以外は弱小である皇国への皮肉だ。

 お互いの国に皮肉を浴びせた形になった俺とアーノルド提督は少し視線をあわせる。睨みあった訳じゃない。ただ、相手の考えを読もうとしただけだ。そして、読めなかった。おそらく向こうも。

 この交渉の落としどころは、どのような条件で同盟するかだろう。敵対はどちらの国も未来はない。海上に居れば安全である皇国の虎の子、第一艦隊も、陸に上がってしまえば、こちらの迎撃で少なくない被害を負う。そして、それは皇国にとっては致命的だ。逆にヴェリスも、帝国と合流した上で皇国に攻められると、海岸部を失い、物資の流通や兵の移動に支障をきたし、終いには戦争に負けるだろう。

 ヴェリスを得た後、帝国とアルビオンは皇国に狙いを定める。ようは順番の問題だ。

 そして、そんな追い詰められつつある状態の両国は、同盟し、敵を跳ね返す事が両国にとって最善である事を理解している。なにせ、最高の決定権を持つアーノルド提督と俺が理解しているのだから。

 ここで、両国の面子と、俺とアーノルド提督の欲が出てくる。皇国はヴェリスの、ヴェリスは皇国よりも優位に立ちたいと思っている。当たり前だ。同盟とは言え、この苦難が立ち去れば敵同士だ。相手より優位に立っておかなければ、同盟が終わった時に困る。

 そして、どちらが主導権を握るかによって、他国の見方も変わってくる。特に今はアルビオン側についている帝国の動きは変わるだろう。こちらの同盟が有利と見れば、帝国はアルビオンを見捨てるだろう。だが、その時、帝国と交渉するのは優位に立っている国だ。

 だから、後のことを考えれば考えるほど、今、優位に立っておかねばならない。そして、これが国の面子的な問題だ。

 俺とアーノルド提督からすれば、帝国との交渉とかは正直どうでもいい。所詮、戦況が優位になった時点で加わってくる帝国との交渉権を勝ち取った所で、得られるのは微々たる支援と国の面子だ。俺とアーノルド提督は違う事を考えている。いや、すくなくとも、俺は考えている。

 それは。


「剣を取ったヴェリスは、強兵揃いとは言え、長い戦いで疲弊しています。先の内乱でも犠牲は出ました。正直に申し上げて、小国連合や、それらを主導するアルビオンとの戦いで精一杯と言うのが本音です」

「そうですか。ですが、こちらも正直に申し上げて、海賊退治などで実戦経験を踏んでいるのは第一艦隊のみ、それ以外は平和が続いたせいで弱兵ばかり。さきほど軍師殿がおっしゃられたように、大国を相手にする事など不可能な状況なのだ」


 兵をどれだけ失わないようにするか。その一点に尽きる。もっと言えば、どれだけ相手の兵を削り、自らの兵を守れるかだ。

 帝国海軍は間違いなく来る。ヴェリスとしては、皇国にその相手をお願いしたい。だが、皇国としては虎の子である第一艦隊を消耗などさせたくはない。本音で言えば、今すぐにでも第一艦隊を引き上げたいだろう。何せ、第一艦隊は国防の要だ。ここで消耗しては国を守れなくなってしまう。

 皇国を帝国にぶつけたいヴェリス。自らは高みの見物をする為に、攻め込まない事を条件に撤退した皇国。今の両国はそんな状態であり、俺とアーノルド提督は、どうやったら自分の思った通りの状況に相手を陥れられるかを考えている。


「我が皇国は優秀な指揮官が少なく、実を言えば、第一艦隊も私が指揮しなければまともに機能しないのだ」

「ご冗談を。閣下が艦隊を離れた後も、第一艦隊は一糸乱れぬ動きで隊列を組んでおられる。あれこそ世界最強の水軍の実力。是非、力を見せてほしいものです」

「はっはっは。軍師殿はお世辞が上手いな。だが、先ほど軍師殿がおっしゃられただろう? 我ら皇国は戦を長きに渡って経験していない。敵が居ては兵の動きは恐れ、戸惑い、緊張で鈍くなる。今は敵が居ないからこそ、演習通りに動けるのだ。これは我ら皇国がヴェリスを敵としては見ていない事の証明ともとって欲しい」


 こちらが下手に出て、煽てても、アーノルド提督はそれに応えたりはしない。皇国水軍の力を誇るような所を見せれば、すぐにでもたたみかけようとも思ったが、流石に隙はない。最初の言葉の時に攻めるべきだったかと後悔が胸に沸くが、あの時、では、我が国の盾になって頂きたいと言っても、上手く躱されていただろうと思い返す。あの場で言えば、こちらの狙いを口に出すことと同義で、言質を取られてしまう。それでは躱された後が不利だ。


「我らヴェリスは皇国を疑ってなど居りません。ただ、ヴェリスには敵が多い。極秘の情報ですが、現在、音に聞こえた帝国海軍がこちら向かってきているとか。これに対する水軍が我らヴェリスにはございません」

「なにをおっしゃる。カグヤ陛下が率いるヴェリスの精鋭であれば、容易に退けられるであろう。なにせ、我らも退けられるのだから」


 そう言ってアーノルド提督はニヤリと笑い、両手を大きく叩く。

 動くか。そう思ったと同時、アーノルド提督は意外な言葉を口にした。


「しかし、我ら皇国も親愛なるヴェリスを踏みにじられるのは黙っていられない。条件によっては世界最強を自負する我ら皇国水軍が帝国海軍を蹴散らしてくれよう」

「それはありがたいですな。では、その条件とは?」


 こちらにはリアーシア殿下の身柄に加え、強兵とそれをを鍛え上げたノウハウがある。

 ノックスの独立部隊の制度や魔術を使った新戦術。どれもが取引材料になる。

 取引ならばこちらが有利だ。そう思った俺の思惑を見透かしたように、アーノルド提督は言葉を発した。


「こちらを裏切らぬという保証だ。勿論、形の伴ったものでな。簡単に言えば人質だ。皇国側からは私の娘、リアーシアを今のまま、ヴェリスに留めよう。その代わり、そちらも王族を出してほしい」


 そう言ったアーノルド提督の顔は愉快なほどに歪んでいた。

 ヴェリスの王族で、すぐに動ける王族は二人。カグヤ様かディオ様だ。カグヤ様は国王だ。人質だなんて、そんな事は有り得ない。だが、今、ディオ様を引き抜かれるのも、ヴェリスとしてはありえない。立ち行かなくなってしまう。ディオ様たちの姉君であるお二人は、帝国の親ヴェリス派を通じて逃がした為、帝国に居る。この状況では呼び戻すのは不可能だ。かと言って偽の王族を差し出す訳にはいかない。向こうは総司令が娘をわざわざ出してきたのだ。誠意を持って応えねば、どのような悪評を流されるか分かったものじゃない。


「だが、ディオルード殿下は国の要職についておられる。故に、こちらは譲歩しよう。要職にはついていないが、王族ほどに価値がある人間」


 そう言って、アーノルド提督はにこやかに俺を指差し。


「お主だ。ヴェリスの軍師殿」


 そう告げた。


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