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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
35/114

第六章 変化5

 リアーシア殿下が俺を見る目に力を込めるが、すでに殿下の手札は見えた。そして、その手札じゃ俺には勝てない事も分かった。恐れる必要も、慎重に出方を伺う必要もない。今は主導権を取りに行く時だ。


「第一艦隊は虎の子の部隊の筈。ここで嵐に遭遇のするのは拙いのではないでしょうか?」

「……ハッタリではないようじゃのぉ」


 リアーシア殿下は目を細めつつ、そう呟く。多分、ハッタリだったら見抜かれていただろう。まぁ海岸部からの侵攻が考えられる以上、ソフィアを城に居させるなんて勿体無い事は絶対にしないが。


「どこから読んでおったのじゃ?」

「読んでいた訳じゃありません。ただ、最悪の事態を想定してきただけです」


 今のヴェリスにとって、最悪なのは皇国と帝国、双方が既に敵だった場合だ。そうなると、アルビオンの支援を受けた三カ国からの陸地からの侵攻よりも、海岸部に侵攻してくる二大国を食い止める方が難しい。だから、カグヤ様には海岸部に向かってもらっているし、それに合わせて、各城に詰めている兵たちも徐々に海岸部に向かっている。

 そして切り札のソフィアを秘密裏に向かわせて、海岸部の防衛は完了だ。海の上である以上、船は風や波に影響を受ける。風の最高位の魔術師であるソフィアが巻き起こす風は驚異だろう。そしてそれをくぐり抜けても、しっかりと内地まで引き込み、カグヤ様が撃退する。これが二大国を撃退する為に考えた手段だ。

 完全に個人の資質頼みな防衛計画だが、量で負けている以上、質で凌駕するより他に無い。その質でも負けたら挽回の余地は無いが、そうなったらもう諦めるしか無い。策でどうにかなる問題ではなくなる。


「皇国と帝国の連合軍が攻めて来る事を想定しての行動か……。妾や帝国の使者が動くと踏んでおったな?」

「そうですね。動かないなら、問答無用で投獄させて頂きますし、動いたなら、動いたで交渉するだけです。リアーシア殿下も、帝国からの使者の方も、身分は高いですから。何も知らされていないというのは考えにくいと思っていたので、何らかの動きを見せるとは思っていました」


 使者を敵国に置いたまま侵攻すれば、処刑、最低でも投獄される。侵攻が予め決まっている、またはその可能性があるならば、知らせるくらいはするだろう。身分が高いなら尚更だ。勿論、その心理を突いて、攻め込んでくる事も想定して、事前に攻め込まれてもいいように用意はしておいたが。


「護衛を要らぬと言う至上の乙女に護衛をずっと付けていたのは、こちらに護衛が居れば、至上の乙女も居ると思わせる為か。ぬかったわ」

「強き者、賢き者が足元を掬われる時、必ずあるのが油断です。ですから、今回は思い込みをさせるように力を費やしてみました。上手く行ったようで何よりです」


 ソフィアが実は部屋に居なかった。

ここが自由に動ける場なら、こんな初歩的な事にリアーシア殿下は引っかからなかっただろう。だが、ここはヴェリスの王城。どれだけ優秀な隠密が配下に居たとしても、得られる情報は限られてくる。全ての情報が得られないならば、確定している事は確かめたりはしないだろう。そして案の定、リアーシア様はソフィアが本当に部屋に居るかを全力で調べたりはしなかった。


「まさかずっと自身の傍に置いていた至上の乙女を城から出すとはな。警戒していたから自身の傍に置いていたのではないのか?」


 警戒していた。というのは、確かに外部から見た人間らしい言葉だ。

 ソフィアは他国の人間で、遠くの声を容易に拾える強力な魔術師だ。そんな人間を城に入れるのは、危険以外の何物でもない。だから手元に置いていた。そうリアーシア殿下は判断したんだろう。

 まぁそういう面が無いかと言われると、無いとは言い切れない。声に関しては諦めるしかない。盗聴されてるのか分からない以上、いちいち対策を立てていてはキリがない。だが、書類に関しては工夫ができる。まずは重要な書類が上がってこないカグヤ様の部屋に居てもらう。そして、その中でも重要そうなのは俺が処理する。この程度では、ソフィアが本気でヴェリスの内部を調べようとしていたら防げはしないが、その点については俺は信頼している。

 城の人間、というかベイドとディオ様も、カグヤ様の部屋に居るとわかってさえ居れば、重要な書類をカグヤ様に上げる事はないだろう。どっちかと言うと、勉強の時間が欲しいから、こっちの効果の方が期待していた。実際、ソフィアに手伝ってもらってからは、カグヤ様の仕事量は減った。ベイドとディオ様が調整しているからだろう。

 そんなこっちの事情なんて、殆ど知らない外側の人間からすれば、俺とカグヤ様がソフィアを手元に置いていると、見ても、不思議ではない。不思議ではないだけで、誰もがそう見るかは怪しいから、それを期待していた訳ではないのだけど。

 それがリアーシア殿下を相手にする際には上手い方向に転がった。


「さぁ、どうでしょうか。ただ、ソフィアがこちらに積極的に協力してくれているというのは間違いありません。それはアルビオンをひっくり返せるだけの力を持っています」

「なるほどのぉ。いつでもアルビオンへは対処出来るという訳じゃな? そして、今のところ、厄介なのが」

「はい。皇国と帝国です。どちらかが味方になってくれれば、海岸部に展開させる予定の戦力を、アルビオン方面に回せるのですが」


 そう言って、俺はリアーシア殿下を意味深に見る。

 リアーシア殿下はしばし考え込み、意を決したように俺の目を勢いよく見返してくる。

 そして。


「よかろう! その役目を」

「帝国の方に相談しようかと思います」


 リアーシア殿下の顔が固まった。そして、先ほどまでの余裕の表情が無くなり、眉を釣り上げ、勢いよく椅子から立ち上がる。

 俺の胸に届くか届かないかほどの所から、俺を鋭い目つきで睨みながら声を荒げる。


「妾を馬鹿にしているのか!?」

「とんでもございません。ただ、冷静に全体の戦局を見れば、帝国と協力した方が良いと判断しただけです」


 そう俺が言うと、リアーシア殿下は更に眉を釣り上げる。既に綺麗な顔が台無しだ。こちらに噛み付かんばかりに俺に近寄ると、リアーシア殿下は一言告げる。


「どういう意味じゃ?」

「帝国は三軍に分かれています。海軍、陸軍、そして魔軍。その三軍は強力で、ヴェリスの精鋭でも苦戦するでしょう。一方、皇国は世界最高の水軍こそ有しておりますが、そのほかの軍は五大国では最も練度の低い軍でしょう。確かにヴェリスは皇国の水軍を味方につけたいですが、ヴェリスがしっかり支援すれば、帝国の海軍でも皇国水軍に勝てるでしょう。ソフィアがいれば尚更です。そして、水軍が敗れた皇国に明日はありません。どちらを味方につけるべきかは、明白では?」


 懇切丁寧に説明した後、俺はリアーシア殿下の肩をそっと押して、俺から離す。深い意味は無い。ただ単に顔が近いから、ちょっと恥ずかしかっただけだ。


「……だが、帝国はアルビオンにつく筈じゃ。我ら皇国は、そう言われ、アルビオンに誘われておる」

「帝国もヴェリスの海岸部を奇襲するならば、といった程度でしょう。こちらにはソフィアが居り、尚且つ、備えがしっかりしていると分かれば、考えも変わるでしょう。ヴェリスの土地よりも、アルビオンの土地の方が魅力的でしょうしね。そして、それを成せるだけの力が帝国にはある」


 皇国水軍とまともにやり合う事になっても、ヴェリスの支援、そしてソフィアの援護を約束すれば、帝国はこちらに転がってくるだろう。そして、皇国水軍を叩き潰した後は、帝国と共にアルビオンを叩く。アルビオンの国土を奪った後は、水軍の立て直しに必死だろう皇国を討つ。そこまでは容易に想像できる。俺も、そしてリアーシア殿下も。

 勿論、帝国が味方になる前提での話だが。


「……皇国は何をすればよい……?」

「ご自分で考える事をお勧めします。但し、時間はあまりないのではありませんか? ここから海岸部までどれだけ頑張っても六日はかかります。リアーシア様がそれまでに行かねば、第一艦隊は攻撃を開始してしまうのでは?」

「くっ……」


 悔しげにリアーシア殿下が唇を噛み締める。ギリギリに交渉を持ちかけた事が仇になったな。自らの優位を疑わなかったんだろう。誰もがヴェリスが不利だと考えていたし、その事実は変わらないが、皇国単体程度なら幾らでも相手が出来る。そして、帝国の海軍も、皇国水軍と同時に相手をしなければ問題はない。

 むしろ、皇国水軍を叩いた方が、帝国とは交渉しやすいだろう。そして、対外的にもソフィアが率先してヴェリスに協力している事、そしてヴェリスが未だに強国である事を示せる。


「リアーシア殿下。職務がありますゆえ、私は失礼させて頂きます」

「ま、待つのじゃ!」


 俺はリアーシア殿下に服の裾を掴まれる。ここからリアーシア殿下に打てる手はあまり多くはない。なにせ、リアーシア殿下には決定権がないのだ。どのような条件を出した所で確約はできない。そして、それに俺は乗る気はない。

 ここから打てる手は、かなり暴力的だが、俺を人質辺りにして、城から抜け出すとか、そういう強引な手になるだろう。そして、俺はリアーシア殿下の目を見て、それをする気だと分かったから、一言告げた。


「やめた方が良いかと。外の護衛の方は既に無力化していますので」

「なに……?」

「隠密の方も近づけないでしょう。なにせこの部屋の周りには」


 ノックスの部隊長が五人居ますから。

 そう告げた瞬間、リアーシア殿下の手から力が抜けた。ノックスの先の戦いでの戦果は知っているだろうし、アルスやエリカは個人としてもそれなりに名の通っている人物だ。幾ら何でも戦うのは無謀すぎる。

 そして、申し訳無い事に、これもハッタリなんかじゃない。レンには予め、呼んでくるように伝えていた。俺はレンに対して、荒事を要求したりはしない。これはレンの信用を失わない為にも守らなければならない事だ。


「何か言う事はございますか?」

「……何が望みじゃ? どうせ、要求があるのじゃろ?」


 ここで敢えて突き放すのもありだが、年下の女の子をそこまで苛める趣味はないし、何より、追い詰めすぎて自暴自棄になられても困る。

 ここがターニングポイントか。


「はい。至極簡単なお願いがございます」

「……なんじゃ……?」


 少しリアーシア殿下の瞳が揺れる。絶対と思っていた優位が崩れ去った今、リアーシア殿下の身は俺の裁量次第だ。

 まぁだからって何かしようって訳じゃない。


「アルビオンと連絡を取っていた以上、帝国とも連絡は取っていましたね?」

「無論じゃ。共同で事に当たる可能性がある以上、連絡は密にしておった」

「それは、この王城内でもですか?」


 リアーシア殿下が少し黙る。俺が知りたい事が分かったからだろう。安易に教えても良いものか悩んでいるのだ。

 けれど。


「殿下。私は先王のような真似は嫌いなのですが?」


 リアーシア殿下が一瞬、体をびくつかせて、一歩、二歩と俺から距離を取る。確実にあの目は獣を見る目だが、この際、気にしてはいられない。


「……お主はそのような事をする人間とは思えぬのじゃが……?」

「必要とあれば何でもします。それが他国の方で、こちらを脅すような真似をした人ならば、尚更です。この城の地下には、先王が集めた怪しい薬やら道具が多々保管されています。処理に困っているのですが、効果を見てみるのも手ではありますね」


 そうやって、俺は先王を意識して、笑みを浮かべてみた。

 かなり効果があったようだ。リアーシア殿下は足から力が抜け、椅子に座ってしまう。


「殿下。質問にお答えください」


 少し強めの口調で言うと、リアーシア殿下はゆっくりしゃべり始める。


「……帝国の使者とは連絡しておる。だが、向こうは詳細は知らされてはおらん。ただ、侵攻の事がヴェリスに知れた際は逃げるように言われていたようじゃ」

「帝国の使者は帝国の第四皇子殿下の筈ですが……まさか捨て駒にするつもりだったと?」

「おそらくのぉ。じゃから、帝国の使者を通じての帝国との交渉は不可能じゃぞ?」

「いえ、それだけ教えて頂ければ十分です。帝国は帝国で内部での争いは激しいですから。付け入る隙は十分あります」


 第四皇子が見捨てられたとあれば、それなりに帝国内に波紋が立つだろう。それをキッカケに対立する派閥を攻める動きを見せる者たちも居るかもしれない。そうなっては戦どころではない。帝国は五大国でもっとも広大な領地を持っているが、それ故に一度、足並みが崩れると、立て直しにも時間が掛かる。


「しかし、この程度の情報では、皇国と組むには足りませんなぁ」

「な!? お主! 正直に妾は帝国との関係を言ったぞ!?」


 この反応からすれば、嘘ではないだろう。反応が素直すぎる。扱いやすい人だ。まぁこの場が皇国の城であったなら、立場は真逆だろうが。

 ここは俺のホームタウンだ。味方も多い。動きも情報も制限された相手はには負けはしない。

 後、聞きたい事は一つだけ。


「それでは最後の質問です。この答え次第では、私はリアーシア殿下の身の安全を保証しかねます」

「……」

「皇国水軍、第一艦隊を率いていらっしゃるのは、殿下のお父上ですか?」


 その質問があまりに意外だったのか、リアーシア殿下は目を何度か瞬かせ後、こくりと頷いた。


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