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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
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第六章 変化4

 三カ国による国境襲撃から一月が過ぎた。

 海と陸からの挟撃の可能性がある以上、海岸部の防衛強化は最優先で行わなければいけない。というわけで、カグヤ様には一週間ほど前から、海岸部の防衛強化の視察と息抜きを兼ねて、ユーレン伯爵の領地に向かってもらった。カグヤ様のスピードなら昨日くらいには着いているだろう。勿論、近衛隊もついて行っている。

 ユーレン伯爵の領地はヴェリスの最南端。海に面していて、交易も盛んだ。しかし、海側からの侵攻への備えは万全とは程遠い。カグヤ様には幾つかの注意点を伝え、それを踏まえて、侵攻を阻止する為にはどうすればいいか見てきて欲しいと言ってある。

 侵攻を防ぐ為に必要な設備や人材、それらを考えた上で、侵攻を防ぐのが可能かどうかも考えなければいけない。防げないなら次善策を考える必要性が出てくるし、全体の動きもそれに合わせて変えねばいけない。

 俺は先ほどまで居たソフィアの部屋から出る。今は早朝だが、別にずっと部屋に居た訳じゃない。少し用事があったのだが、それも終わった。


「相変わらず、色々と小細工をしているようだな?」


 部屋の警備をしていたラーグ隊長がそう声を掛けてくる。若干不機嫌なのは、言葉の通り、俺が色々と動き回っているからだろう。


「すみません。ただ、必要なんですよ」

「昨日もそう言ったが? 我々とソフィア様の身になれ」

「ラーグ隊長たちには申し訳ないですけど、ソフィアは割と楽しんでいると思いますよ」


 ラーグ隊長の眼光が鋭くなったので、俺は肩をすくめ、怖い怖いと呟きながら、回れ右をしてソフィアの部屋から離れる。

 ここに居ては護衛隊の面々に袋叩きにされかねない。今の状況でそれは拙い。

 そう思って部屋から離れる足を更に早めていると、見知らぬ男に声を掛けられる。


「少しお待ちを」

「……どなたでしょうか?」


 浮かんだのは執事と言う言葉だった。黒い服をピッシリと着こなして、金色の髪はしっかり撫で付けられている。だが、俺の視界に浮かんだステータス画面に映った情報が、この男が只者では無い事を示していた。

 名前はバスカル。戦闘力が九十を超えている。魔力も同様だ。これだけの使い手を俺が見逃す筈がない。つまり、城に居ながら俺と今まで会わなかった者。おそらく使者の護衛だろう。

 ヴェリスに来ていた使者は誰ひとり国には帰っていなかった。どこの国が味方で、どこの国が敵なのか分からないからだ。王城に入った使者を簡単に国に返す訳にはいかない。そこら辺の事情は、使者も分かっているのか、ヴェリスの決定に文句は言わなかった。


「アイテール皇国の使者、リアーシア・ドゥーネハイル様の護衛を務めさせて頂いております。バスカルと言う者です。リアーシア様があなた様とお話がしたいと仰っております」


 アイテール皇国から接触してきたか。敢えて、接触を避けてきた甲斐があったな。向こうが痺れを切らして接触をしてきたなら、こっちは有利に交渉を行える。

 だが。


「真に申し訳ないのですが、この後、仕事がございますので、夜でも構いませんか?」

「できるだけ早くと仰せつかっております」

「そう言われましても、使者の方との個人的な接触はなるべく控えるように言われておりますし、不在の陛下の代わりも努めねばなりません。それよりも重要な事なのでしょうか?」


 俺がそう切り返すと、バスカルは少し押し黙った後、ゆっくり言葉を発する。


「事はヴェリスの存亡に関わります故、是非、今すぐに」

「それは大変な事です。では、そうですね。仕事の区切りがつき次第、そちらに伺います。それでどうでしょうか?」


 いつ頃向かうと言うと、向こうもそれに合わせて備えるだろう。こちらが主導権を握り、こちらのタイミングで交渉に望みたい。


「……わかりました。但し、昼頃までには来て頂きたい」

「善処しましょう」


 そう言って俺は一礼し、自分に用意されている執務室に向かった。




■■■




「レン」

「はいよ。旦那の読み通り、向こうから動き出したな」

「そうだね。交渉は使者の部屋で行うから、そこら辺で待機していて」

「了解したぜ」


 姿を現さないレンと、俺は声だけのやりとりをする。姿を現さないのはレンの気分の問題だろう。短い会話で済ましたのは、あまり長い間、俺の傍に居るとレンの存在が向こうにバレかねないからだ。

 レンと同程度の隠密が向こうも配下に居る。そういう仮定で俺は動いている。

 使者たちはただ親睦を深める為にヴェリスに来た訳じゃない。ヴェリスの機密や軍の情報を調べる事も兼ねて、この王城に来ている筈だ。おそらくどこの使者も隠密を何人か連れてきている。

 ソフィアは魔術で、カグヤ様は研ぎ澄まされた感覚で、隠密の存在を幾つか確認している。それに隠密も気づいていたのか、カグヤ様とソフィアが俺の近くに居る時は、近寄っては来なかった。だが、今は違う。

 俺が一人で居る時を狙ってきたのは、一人で来いと言う事だろう。誰かを連れて行っては、交渉自体が駄目になる可能性がある。

 アイテール皇国の使者であるリアーシア・ドゥーネハイルはアイテール皇国の皇王の姪に当たる。父親は皇王の弟で、水軍を統括する大提督だ。凡庸な兄とは違い、切れ者と言われており、優秀すぎるが故に先王に疎まれ、皇王にはなれなかった人物だと言う。

 その大提督の愛娘が、わざわざヴェリスにやってきたのは、友好を結ぶ以上の思惑があるからだろう。そして、このタイミングで動いてきたと言う事は。いや、このタイミングまで動かなかったと言う事はの方が正しいか。


「皇国はヴェリスと友好を結ぶ気はないか……」


 先日、ヴェリスの国境付近で小国連合が正式な連合軍として迫りつつあるのが確認された。最初の攻撃は部隊長の独断とヴェリスに説明していたが、今回はそうではないだろう。

 キッカケはベイドが国境の守備を薄くした事。事態を動かしたのは、おそらくストラトスの暗躍。そして、動き出した歯車を止める事はできず、小国連合はアルビオンの支援を受けて、ヴェリスを攻撃しようとしている。

 俺がもしもこの状況を描いた人物だとするなら、動くタイミングはアイテール皇国、もしくはインペリウス帝国を仲間に引き込んだ時だ。強力な水軍を持つどちらかを引き込み、挟撃する。そして、もう片方の国には侵攻を仄めかして、動かぬように釘を差す。

 ヴェリスとしてはそれを防ぐ為に北のルクルム共和国に支援を求め、アルビオンの後背を攻めて欲しい所だが、ルクルム共和国は三十年ほど前から、島と小競り合いを続けており、海路をほぼ島の船によって封鎖されている。その為、アルビオンは共和国への物資を陸路で輸送したりしているため、四方の大国の中では最もアルビオンと友好を深めている国だ。島の船の包囲を破るか、アルビオンを突破し、使者を向かわせる事が出来たとしてもヴァリス側に参戦してくれる可能性は低い。

 友好を深める為にパーティーへの招待状を出したが、来たのは位の低い大臣で、その大臣も挨拶だけしてすぐに帰ってしまった。そのおかげヴェリスから抜ける事が出来ているのだが、偶然と言うよりはアルビオンが小国連合を使って攻め入る事を知っていたのではないかと、俺は考えている。

 そうなると、ヴェリスが助けを求める事ができるのは島になるのだが、ほぼ交流の無い上に、ヴェリスは非常に厄介な問題を島と起こしている。

 カグヤ様の母上は島の出身者で、ヴェリスに偶々立ち寄った際、先王に拉致された。島からの猛抗議に対して、ヴェリスは知らぬ存ぜぬで対応し、数年後、病気で亡くなったカグヤ様の母上の遺体を島へ送り届け、山賊に襲われ、囚われていたと説明し、見つけた時には手遅れだったと伝えた。

 それだけならまだ誤魔化せたかもしれないが、島の出身者かその子供にしか出ない筈の黒髪黒目が王の娘であるカグヤ様に出た。ある程度、想像力がある人間がいれば、先王がカグヤ様の母上を攫った事に気付くだろう。

 それ以降、島とヴェリスの交友はほぼ無く、時たま訪れる旅人を乗せた船だけが、双方を行き来しているだけだ。

 島に助けを求めたら、逆に攻め込まれかねない。だから島に助けを求めるのは今の状況では無しだ。少なくとも互角の戦況まで押し戻さないと、問答無用で攻め込まれる。


「しかし、詰んでるなぁ」


 俺はそう呟き、カグヤ様に見せた大陸の全体図を書いた紙を見る。

 アイテール皇国とインペリウス帝国はヴェリスにそこまで悪感情は抱いてはいないだろうが、特別友好的とも言えない。この不利な状況でヴェリスに組みしようとは思わないだろう。もしもそんな者が居たとしても少数だ。ヴェリスに与する事を良しとしない者たちを押さえ込み、国として動く事はできまい。

 ヴェリスはアルビオンを刺激した時点で非常に拙い状況あった。先王を倒し、カグヤ様が王位についても、アルビオンがヴェリスに抱く感情は変わらなかった。そして内乱で傷ついたヴェリスは、格好の的であるのは間違いない。

 ベイドはそれを察して、敢えて大陸中を巻き込んだ戦いを起こそうとしたようだが、それでは間に合わない。包囲網はもう完成しつつあったのだろう。俺が来る前から。先王の暴挙を止められなかった時点でヴェリスはほぼ詰んでいる。

 ここからの逆転は難しい。


「まぁ泣き言を言っても仕方ないか」


 ヴェリスの為に戦うと決めた以上、ここから逆転がどれだけ難しかろうと、やるしかない。

 そう心の中で呟き、俺は執務室から出て、アイテールの使者に用意された部屋に向かった。




■■■




 銀色の髪と言うのは初めて見た。エリカのプラチナブロンドとは違う。完全な銀色だ。鏡のように俺の顔が映るんじゃないかと錯覚しそうになるほど透き通っている。

 俺の目の前にいるのはリアーシア・ドゥーネハイル。黒いゴシックドレスに身を包んだ彼女は、椅子に座り、こちらを値踏みするように見ている。

 ステータス画面に浮かぶステータスは戦闘力は五十以下と低いが、知力は百を超え、魔力も九十代と極端な数値を示している。軍師や後方からの指揮官として力を発揮するタイプだろう。年が十四だと思えば、この数値は驚愕だろう。まだ伸びる可能性がかなりあるのだから。

 銀髪につり上がった紅い目。少し幼さの残る顔立ちは、数年後に大きな期待をしてしまうほど整っている。女性としての魅力云々を抜きにして、ただ美しいかどうかで言えば、現時点でもソフィアやカグヤ様にだって引けは取らないだろう。まぁ引けは取らないと言う評価に、リアーシア・ドゥーネハイルは納得しないだろうが。何となくだけど、負けず嫌いそうな気がする。この人は。

 偉そう。それが俺のリアーシア・ドゥーネハイルへの第一印象だった。実際、偉いんだから問題ないのだが、なんというか性格的に偉そうな気がする。

 そう思った後、俺は自分がまだ挨拶をしてない事に気づき、片膝をつき、挨拶する。


「お初にお目にかかります。ユキト・クレイと申します。リアーシア皇女殿下」

わらわはお主を見るのは初めてではないぞ?」


 少し口角を釣り上げ、リアーシア殿下は笑う。喋り方も想像通り、偉そうだ。


「それは失礼を。しかし、殿下のような方は、一目見れば忘れる筈はないのですが?」

「見たのは妾だけじゃろう。パーティー会場に入ってきらお主を妾は見た。お主は黒姫にばかり目が行って、気付かなかったようじゃがのぉ」


 少しからかい混じりの言葉に一応、苦笑しておくが、正直、そういうからかい混じりの言葉はこういう場で、しかも初対面の人間に言うのはやめてほしい。反応に困る。


「それは残念な事を致しました。殿下のドレス姿を拝見できず、残念です」

「白々しいのぉ。至上の乙女と黒姫を侍らしているお主から見れば、妾はそこまで興味を惹かれる女ではあるまい」


 断じて侍らしてはいない。そう心の中で呟く。そして思考を少し切り替える。最近、俺とカグヤ様とソフィアの三人が一緒に居る事を知っているのは、ごく限られた人物だけである。王城での行動を制限されている使者がわかる事ではない。

 やはり隠密を連れてきているか。


「侍らせるなど、侍っているのは私の方でございますよ」

「黒姫は教師としてのお主には絶対逆らわず、至上の乙女には茶まで淹れさせると聞いているが?」


 随分、詳しく知っているものだ。それに隠密を使って情報収集していることを隠しもしない。隠密が見つからない自信があるのか、問い詰められた所で平気なのか。まぁどちらにしろ、些細な事だと捉えているんだろう。


「その話はこれからの話に必要なのでしょうか?」

「必要だと言えば必要じゃな。大切な王を失いたくはあるまい?」


 空気が変わる。変えたのはリアーシア殿下だ。心臓が圧迫されるような重圧を感じる。今の状態じゃ、立とうと思っても立てないだろう。

 椅子に座りながら俺を見下ろすリアーシア殿下の目は鋭い。目を見るだけで息苦しくなる。


「……どういう意味でしょうか?」

「ヴェリスはほぼ詰みかけておる。それはお主が一番良くわかっておるじゃろ? そして、それを打破する為に我らがアイテール皇国の支援が必要だという事も」

「……全くその通りでございます」

「よし、では本題に入るとしようかのぉ。ユキト・クレイ。今、ヴェリスの海岸部にアイテールの最精鋭。第一艦隊が居る。いつでも攻撃可能な状態でじゃ」


 淡々と、まるで当然のように告げられる内容は、ヴェリスに死神の鎌が振り下ろされようとしている事を俺に知らしめた。


「アルビオンにつくと?」

「返答次第ではじゃ。ヴェリスが我らアイテールの属国となるなら、艦隊は、おそらく数日後に来るだろう帝国の艦隊を殲滅させるために用いよう。だが、断るならば」


 お主の王が居るユーレン伯爵領を荒野に変える。

 そう言ったリアーシア殿下の顔は笑顔だった。恐ろしい人だ。これは脅しでも何でもないのだろう。ただ、二択を迫っているだけだ。しかも、俺に。


「私にそんな権限はありません……」

「いや、ある。お主が頷くならば、黒姫は否とは言わん。そして、決定に反抗する者が居ても、お主なら始末できるじゃろ?」


 事も無げにそう言った後、リアーシア殿下は笑みを浮かべながら、さぁどっちを選択する。と俺に答えを急かす。


「援軍はありはしないぞ? 至上の乙女が昨日から風邪をこじらせているのは知っておる。この会話を聞いた所でここにはこれまい。外の隠密も同じじゃ。妾の隠密が居る以上、ここに来るのは不可能じゃろう」

「確かに、その通りでしょう。ソフィアもレンもここには来れないでしょう。特にソフィアは」


 そう言って俺は部屋の外を見る。晴天と呼ぶに相応しい天候だ。

 それを見ながら、俺はニヤリと笑ってリアーシア殿下に告げた。


「しかし、知っていますでしょうか? ヴェリスの海岸部では突然、嵐が発生する事があります。船乗りにとって、嵐は天敵ではないでしょうか?」

「何? そのような事は聞いた事は……!?」


 リアーシア殿下はようやく俺の言葉に気づいたらしい。

 突然、嵐が起こるなど有り得ない。人為的に誰かが、そう、風でも起こさない限り。


「馬鹿な! 至上の乙女は護衛と共にまだ城に居る筈じゃぞ!? 今朝もお主が容態を確認しに行った筈!」

「風のような方でして、よく護衛を置いて、一人でどこかに行ってしまうので困っているのですよ。確認したら、今朝にはもぬけの殻でした。騒ぎになるので隠してますが。さて、どこへ行ったのでしょうか? 風に乗って高速で移動できますから、昨日の夜に出ていれば、もしかしたらカグヤ様と合流しているかもしれませんね。本当に」


 困った方です。

 そう言って俺はリアーシアを見上げ、ゆっくり立ち上がった。


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