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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
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第五章 遊軍4

 敗走する連合軍を防壁の上で見ながら、ソフィアは悲しげな表情で見つめていた。

 実際問題、ソフィアはこの戦いが起きた事を悲しんでいるだろうし、その原因が自分であると言う事を気に病んでいるだろう。だが、そんなソフィアの心情とは裏腹に、ソフィアの為に戦った砦の兵は異常なほどに士気が高かった。


「勝鬨だ!! この勝利を至上の乙女! ソフィア様に捧げよう!!」


 最も高いのはパウレス将軍だ。至上の乙女を守る騎士。パウレス将軍が好みそうな展開なのは確かだろう。ただ、それだけじゃない。おそらくあの高い士気はソフィアを間近で見たからだ。

パウレス将軍も兵たちも、ソフィアの美しさにやられてしまったのだろう。その点に関しては、俺も人のことは言えない。

けれど。


「少しは空気を読んで欲しいかなぁ」


 砦の者たちに釣られて、ノックスのメンバーもソフィアの名前を連呼し始め、収拾がつかなくなりそうなので、ラーグ隊長の提案でソフィアは少しだけ姿を兵士たちに見せることにした。

 おかげで俺はおいてけぼりだ。


「はぁ~、何だかなぁ……」

「勝った割には嬉しそうじゃないな? 旦那」


 いきなり後ろから声が飛んでくるが、すでに慣れた。

 俺は肩を竦めながら振り向き、声を掛けてきた相手、レンに言葉を返す。


「戦いで勝って嬉しかったことはないよ。特に勝った直後はね」

「なるほどな。まぁ俺は旦那のその感覚は好きだぜ。人殺しは気分悪いからな。あそこで喜んでる奴らは感覚が狂ってるんだよ」


 そう言ってレンは呆れたようにため息を吐いた。レンがこの手の話で、自分の意見を口にするのは珍しい。よほど殺しに嫌悪感があるのか、それともまた違った何かがあるのか。気になるが安易に聞いて良いことでもない。


「狂わなきゃ人は殺せないよ。それで? 何かあったかい?」

「敵の兵士を尋問したら、どうも末端の奴らは状況が分からずに、ただ命令に従ってたらしい」

「動いたのは指揮官か……。いや、動かされたのは方が正しいか」


 そう言って俺は目を細めて、かすかに見える連合軍の後続を見る。

 ボロボロになり、武器を杖代わりにして敗走する彼らは、自分たちが何のために戦ったのかすら知らず、ただ命令に従っただけなのだろう。

 祖国の為、家族の為、愛する人の為、それが何かの為になると信じ、自らを奮い立たせ、彼らはヴェリスに挑んできた。彼らの覚悟は本物だったはずだ。もしかしたら、この結果を予想していた者も居たかも知れない。それでも彼らは戦った。

 利用した者が居る。自分の思惑、願望の為に。


「ストラトスか、それともベイドか……はたまた俺が知らないだれかか」


 どこの誰だかは知らないが、そいつが争いを生み出している事はわかった。

 ソフィアを巻き込んだ事も含めて、色々と落とし前をつける必要がある。


「とりあえず見つけたら一発殴ってやる」

「旦那にしては物騒な発言だけど、殴るって辺りが旦那らしいな」

「それって褒めてる?」

「一応、な」


 頭の後ろに両手を回したレンは、そう言って防壁を下りる階段を軽やかに駆け下り、すぐに俺の視界から消えた。




■■■




 砦にある数少ない個室。俺に割り振られた一室に、ノックスの部隊長が集まっていた。小隊長のロイも、一応、格付け的には部隊長である為、この場に居る。勿論、話を聞かせて、学ばせると言う意味合いが強くて、意見や提案を求めているわけじゃない。

 話をしていたのは各隊の状況、隊の戦術、兵の練度、そして部隊と部隊の連携についてだった。今回の作戦が上手く行ったのは、ニコラが全面的に周りのサポートに回ったからだ。

 元々、そう言う役割を担うことができるのも、部隊長に選んだ理由ではあるけれど、ニコラにばかりそう言う役割を任せて、依存していては、ニコラが動けない時にノックスは機能しなくなってしまう。

 そこで各自に色々と考えさせるのが今回の話し合いの目的。

 なのだが。


「眠い……難しい事はお前らだけでやってくれよ……」

「同感だぜ……ユキトの兄ちゃん。俺も眠い……」


 真面目に取り組む女性陣とは打って変わって、アルス隊長とロイはつまらなそうアクビをしながら、真面目に参加しようとはしない。まぁ無理もないか。戦を終えたばかりで、しかもアルス隊長とロイは軽くではあるが追撃を行っている為、疲労は大きいのだろう。

 それを言えば、他の三人もそれぞれ疲れている筈のだけど。

 部屋に二つしか椅子が無い関係上、椅子に座ってるのは俺だけで、皆は立っている。できればさっさと終わらせたいが、キリが良くならないと話を終わらせられない。


「あら? 話に加わらない人の部隊には援護をしてあげないわよ?」

「げ、そんな脅しアリかよ……」


 アルス隊長がそう言って顔を嫌そうに歪める。結構本気で受け取ったのだろう。少し空気が悪くなる。

 仕方ない。このままだと明日に響きかねない。そう判断して、俺は解散する事にした。


「疲れているだろうし、今日はここまでにしましょうか。但し、明日からは真面目にやってください」

「わかったよ。それじゃあ、俺はさっさと寝させてもらうぜ」

「俺も!」


 アルス隊長とロイが、先ほどまでの眠そうな表情から、一気に笑顔へと表情を切り替えて、俺の部屋から出ていこうとする。

 その時、俺の部屋の扉が軽くノックされた。


「ん? どちら様ですか?」

「ソフィアです。入っても構いませんか?」


 瞬間。俺以外の全員の様子がガラリと変わった。

 全員が脱いでいた黒いコートを纏い、直立不動になる。アルス隊長は手で髪型を直し、ロイは普段は着崩している服をしっかりと整え、少し緊張した面持ちで扉を見ている。少し顔が赤いのは、俺の気のせいではないだろう。


「みんな、いいかな?」

「私たちに聞かれても、お答えできません」


 小さな声で聞くと、ミカーナがそう言って答える。言葉を返してくれそうなのは、あとはエリカくらいだ。残りの三人はびっくりするぐらい緊張してる。


「できれば退出したいっていうのが本音ね」

「了解。ソフィア。入ってもいいよ」


 そう言ったすぐあと、ソフィアが扉を開けて部屋に入ってくる。

 いつもの白いローブ姿ではなく、緑色のワンピースのような服を着ている。直立不動の五人を見て、少し驚いたように目を見開き、しかし、ミカーナの姿を見た瞬間、すぐに笑みを浮かべる。


「またお会いできましたね。ミカーナさん」

「覚えていて下さり、光栄です。ソフィア様」


 俺の記憶では、二人が話している所は見た事はないのだけど。まぁミカーナはずっと俺の傍に居たから、ソフィアの印象に残っていたのだろう。


「さて、明日も早いし、みんなはここで解散」


 俺がそう言うと、ニコラはすぐさま俺とソフィアに礼をして扉へと向かう。しかし、アルス隊長とロイは、先ほどとは真逆の事を言ってきた。


「総隊長。もうちょっと戦術を煮詰めたいんだが」

「ユキトの兄ちゃん。俺も質問があるんだけど」


 幾ら何でも露骨すぎる。気迫すら感じたので、思わず軽く身を引いてしまった。

理由は分かる。少しでもソフィアを見ていたのだ。あわよくばお近づきにと考えているのだろう。

 アルス隊長はまた明日とあしらえば良いけれど、ロイの場合はそうもいかない。ちょっと俺にも責任があるからだ。

 ロイは最初、ミカーナを見た時、村で一番可愛かった奴より可愛いと呟いた。それに対して、俺は世の中にはもっと美人が居るぞ。とかなり期待を持たせて言った。

 次にエリカを見た時、ロイは今まで見た人の中で一番綺麗だと言った。それに対して、俺は、もっと美人な人を知っていると言った。その時、ロイは少し胡散臭げだった。

 しかし、カグヤ様を見た時に、ロイは、俺を尊敬したような目で見ながら、あの人の事だったんだな。と言った。そこで終わらせれば良かったのだが、ロイの反応があまりに純粋だったので、つい、カグヤ様と同じか、それ以上の美人を知っている。と言ってしまった。

 それからというもの、ロイはそのカグヤ様と同じかそれ以上の美人に会うのを楽しみにしていた。それこそ、目に見えるくらい。

 そして今、その美人を目の前にしている。期待させるだけ期待させたので、無下に扱うのもちょっと心が痛む。

 さてどうするべきかと悩んでいると、ソフィアが少し曇った顔を見せる。


「大事なお話の最中でしたか……?」

「まぁ軍議みたいなモノをしてたかな」

「それではお邪魔しては申し訳ないですね。ユキトとお話するのはまた今度にしましょうか」


 そう言ってソフィアは微笑み、踵を返す。

 その微笑みが作ったような笑みだったのに気づいて俺は思わずソフィアの手を掴んでいた。


「大丈夫だよ。もう終わったから。ね? ロイ、アルス隊長」


 部屋から出て行けと言外に匂わし、視線で更にそれを強める。

 俺の視線にアルス隊長は肩を竦めて一歩下がるが、ロイは下がらない。この野郎と思った瞬間、ミカーナがロイの服を掴んで、自分の下に引っ張る。

 ロイが抗議の声をあげる前に、エリカが言葉を発する。


「それでは失礼します。ソフィア様、総隊長」


 エリカはそう言って頭を下げ、ミカーナと一緒にロイを部屋から連れ出す。アルス隊長は残念そうに肩を落とし、最後に部屋から出て行った。


「本当に良かったんですか?」

「良いんだよ。ちょっとソフィアの前で良い格好しようとしただけだから」

「そうなんですか? あのロイと言う男の子はユキトと話がしたそうでしたけど?」

「話がしたい相手は俺じゃなくてソフィアだよ。今度、機会があったら声を掛けてあげて」

「私がですか? 私は戦の話はできませんよ?」

「話題なんて何でもいいよ。声を掛けてあげれば、それだけで喜ぶから。それで、ここに来た理由だけどさ」


 そう言って俺は椅子に座るよう、ソフィアを促す。

 向かい合う形で椅子に座り、俺はソフィアの表情を伺う。

 ソフィアは容易に弱みを見せたりしない。人前なら尚更だ。だけど、自然に浮かべた笑顔と作った笑顔では、少しだけ違う。

 先ほど作った笑顔を浮かべたのは、本当は帰りたくはなかったからだろう。ストラトスやアルビオンの話はまた明日聞くと言ってある。それを考えれば、ここに来た理由も察しはつく。


「不安になった?」

「そうですね。不安でした」


 そう言ってソフィアはゆっくり両手を胸の前で組む。


「今は夢じゃありませんか?」

「夢じゃないと思うよ。夢だったら、俺はまた泣くよ」


 そうやっておどけてみるが、ソフィアは軽く微笑みを浮かべるだけだ。元気がない。

 色々とあったせいとも考えれるけど、それとも何か違う気がする。


「どうしたの?」

「何でも知っているユキトも、人の心まではわかりませんか?」

「人の心が読めるなら、もっと上手く立ち回ってるよ。人の心の内なんて、誰も分かりはしないさ。俺は予想するだけ。けど、今、ソフィアが何を思っているのかは予想もつかない。だから、話して」


 言葉にしてもらわなければ伝わらない。できればそれとなく言葉を引き出せればいいのだけど、どうにも表情や仕草など、表面的な部分を取り繕う事に慣れたソフィアが相手だと、それは難しい。


「……そうですね。気付いて欲しいとか、察して欲しいだなんて、わがままですよね」

「ごめんね」

「いえ、良いんです。私がここに来たのは、ただ、寂しかったからです」

「寂しかった?」


 少し意外だ。もうちょっと違う理由を想像してたからだ。

 ストラトスに狙われているのはソフィアは知っていた。そして、今日は軍に追われ、砦に逃げ込んだ。怖いなら分かるけれど、どうして寂しいのだろうか。


「はい。アルビオンでお昼を食べると、いつもディオルード様とユキトが傍にいて、話をしながら食べたのを思い出していました。アルビオンでベッドに入ると、いつも思い出すのはユキトが傍で話をしてくれた事でした。ずっとあの日々に戻りたいと思っていました。だから……ユキトが傍に居ないのが寂しかったんです」

「ソフィア……?」

「ユキトが遠く感じます……。私の傍で話をしてくれたユキトは、今は大陸に名を広めつつある軍師になっていて……遠くの存在のようで悲しくて……寂しいです」


 そう言ってソフィアは泣きそうな顔で俺の目を真っ直ぐ見てきた。

 変わらないように努力してきた。でも変わらなきゃいけない必要に駆られて、変わった部分もある。俺としては、それでも大きく変わったつもりはなかったのだけど、ソフィアには変わったように見えたらしい。

 けれど、変わったなら別に構わない。凄く独り善がりな言い方だが、俺はソフィアの為に変わったのだから。


「ソフィア。ソフィアは俺にとって遠くの存在で、俺は今、頑張って近寄ろうとしてる。もしも変わったように見えたなら、それは近づいた証拠だと思うよ」

「……どういう意味ですか?」

「権力とか名声になんて興味はないけれど、いつかソフィアに会いに行くために俺にはそういうのが必要だったんだ。今はもう必要はなくなったけれど。ソフィアはもう俺の傍にいるしね」


 今は多くのモノを抱えてしまってる。ディオ様を手伝わなければいけないし、カグヤ様、ひいてはヴェリスの為に力を尽くさなきゃいけない。それに大勢の部下も抱えている。それら全てを放棄する事はできないけれど。


「俺が遠くに行ったように感じて、それが嫌なら、もう遠くに行ったなんて感じさせる事はしないよ。大丈夫。今も、これからも傍に居るから」


 そう言って俺はソフィアの腕を握る。

 一度手放してしまった手だ。そして手放した事を後悔した手だ。

 もう二度と放したりはしない。

 そう心に誓って、俺は安心したように笑みを浮かべたソフィアの髪を優しく撫でた。


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