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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
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第五章 遊軍2

 小国への侵略を目的に、先王は王都を当時の国境ギリギリにあった現王都へと変更した。指示を出しやすくする為と言うのと、自ら軍を率いるからだ。

 そこから十年ほど。国境は王の侵攻と共に王都から遠ざかり、最も近いレドニアとの国境も、馬で三日ほどの距離にまでなった。それでも大国の王都として考えれば、かなり近いだろう。

 俺が率いるノックスはできる限り休憩を挟まず、砦に急行していた。

 理由は二つ。あまりのんびりしていると、ベイドからの横槍が有り得るから、と言うのと、単純に国境を守るパウレス将軍が心配だったからだ。

 レンを含む隠密衆・ウンブラの偵察で、敵軍が七千ほどまで数を増やし、砦への攻撃準備に移っている事がわかった。思った以上にモールとカナンから来た部隊が多かったようだ。一方、国境を守るパウレス将軍が籠る砦は三千弱。元々は七千名ほど居たのだが、使者の護衛、道中の安全確認、使者が立ち寄る街や村への伝令などなど、多くの事を押し付けられたせいで、兵が砦に戻りきれてないのだ。

 それらの兵の多くは、パーティー終了後、国境まで使者を送り届ける任務があった為、未だに王都にいる。

その交代として派遣されている部隊は居るには居るが、砦まであと二日の距離に居ると言う。俺たちの進軍速度を考えれば、砦まではあと一日ほど。だから交代部隊より俺たちの方が早い。

 つまり、少なくともあと一日は三千対七千の戦いになる。しかもアルビオンの魔術師が加わっている軍を相手に、だ。


「こういう嫌な報告を聞くと、本当に四カ国による侵攻なんじゃないかなって思えるよ」

「私はずっとその可能性しか考えていなかったのですけど?」


 俺の横。並走する形で馬を進めているエリカがそう言って苦笑を見せる。

 申し訳ないけれど、俺から言わせれば、その可能性は皆無だ。今回の攻撃は間違いなく仕組まれたモノ。誰が仕組んだモノかはまだ不明だが、おそらく。


「ストラトスが動いたと俺は見てる」

「あのカグヤ様を操っていたっていう魔術師ね? でも、モールとカナンの部隊にレドニア、アルビオン。操るにしては対象が多すぎる気がするのだけど?」

「奴は他人を操ります。そしてもう一人の自分に仕立てる。アルビオンは置いておいて、三カ国にそれらを忍び込ませておくのは造作もないでしょう。なぜ、その操った者たちが操作魔術を使えるかは疑問ですが」


 俺がそう呟くと、エリカは少し思案したあと、俺の呟きに答える。


「魔術は技術。操作が完璧で、魔力が十分にあれば、使うのは難しくないかと」

「なるほど。一つ謎が解けたよ。そして確信も強まった」

「どうしてストラトスと思うのかしら?」


 当然の疑問を向けられる。何せ、俺の判断がこの部隊では最上位だ。決定が方針なのだから、気にならない方がおかしいだろう。

 とは言え、俺は確信していても、別に確証があるわけじゃない。三カ国の状況を考えれば、侵攻はありえないと判断し、なら、何故こんな事態になっているのか。と考え、誰かに操られている。と考えただけなのだから。


「モールとカナンの国境守備部隊は今、大慌てらしい。多分、合流した部隊が独断で動いたからだろうね。レドニアの国境部隊も全軍は動いていない。戸惑っているって感じかな。足並みが揃ってなさすぎる。多分、三カ国が一番状況を理解出来てないはずだよ」

「有り得ない事を削った結果、ストラトスの存在が浮上したと?」

「有り得ない事を起こすのがストラトスだと思ってます。ただ、ストラトスが何故、今、動いてきたのか。それが釈然としません」


 そう言うとエリカも、そうね。と言って頷くが、俺の中ではある理由が浮かび上がっていた。

 ソフィアだ。もしも怪しい一団にソフィアが居るなら、すべてが繋がる。ソフィアがヴェリスに逃げ込むのはストラトスとしては一番避けたい所だろう。だが、もしもソフィアが辛くも逃げ出したのならば、アルビオンの大部分はストラトスの手に落ちたと考えるべきだろう。


「旦那。大丈夫か?」

「何かあったかい?」


 ただ走るだけでやすやすと馬に並走するレンに驚きつつ、俺は現れたレンに聞く。ここに来たと言う事は、何か動きがあったんだろう。


「さっき通過した砦に続々とヴェリス軍が集まり始めてる。ヴェリス本営は、旦那の言うとおり、突破された事を想定して動いてるみたいだ」

「まぁそうだよね。砦にはどれくらい集まり始めてる?」

「今のところ一万。さらに増えるだろうな」


 ヴァリスは各地の城に兵を駐屯させている。それらを集結すれば、簡単に三カ国の総兵力を上回る。これも俺が侵攻が有り得ないと踏んでいる理由だ。奇襲で砦を落とした所で、今度は本格的に準備を開始したヴェリス軍が待っている。幾ら何でも無謀だ。


「わかった。レン。伝令を頼んでいいかい?」

「いいぜ」


 いつも嫌がるのに今回は素直だ。そういう時だと分かっているんだろう。

 それとも今の俺の雰囲気がそうさせているのかもしれない。普段とは違うと言うのはわかる。普段を知っている者からみれば、多分、怒っているように見えるかもしれない。

 まぁ怒っているといえば、そうなんだけど。


「後方にいるミカーナに速度をあげるように伝えて。エリカは先頭に戻って速度をあげさせて」

「急ぎますか?」

「少しだけね」


 指示を出し終えた俺は、列から離れる。横に抜けたのだ。

 俺の周りに居た兵たちがついていこうとするが、それを止める。

 視線が徐々に俺に集まる。エリカが部隊に戻り、伝令を伝え、自分の部隊を制御するのには僅かな時間が掛かる。

 それまでの余興というべき事をしよう。


「ノックスの全兵士たちよ! 走りながら聞け! 侵攻してきた軍が国境の砦に肉薄している! 既に攻撃が始まっているかもしれない! そして、ヴェリス本営の作戦は突破される事を前提とした作戦だ!」


 そこで俺は言葉を切る。多くの者たちが耳を傾けているのを確認したとからだ。

 俺はそこで馬を加速させ、先頭付近に向かう。


「彼らを助けられる援軍は二つ! 今、砦まで二日の距離にある交代部隊と、残り一日までの距離まで迫っている我々だ!」


 少しだけ兵士たちから歓声があがる。まだまだ、この程度ならこんな余興はしたりしない。


「砦のすべての者が見えぬ援軍を信じて戦うだろう!」


 俺は少しずつ後方へと馬を進める。頼りなかろうと、俺はこの部隊の総隊長だ。姿を見せる事が士気に繋がる。


「歯を食いしばり耐える彼らが守るのは、ヴァリス王国であり、ヴェリスの全ての民だ!その中には諸君らの土地も含まれており、家族も、愛する全ての者が含まれている!」


 少しずつ歓声をあげる兵が増え始めた。でも、まだ疎らだ。

全兵の士気は上がりきってない。長距離の移動は疲労を伴う。だが、高くあがった士気はそれを忘れさせてくれる。


「国境の砦が抜かれたところでヴェリスは崩れない! だが、三千の仲間が命を落とすだろう! 侵攻の理由はどうであれ、三カ国はヴェリスに深い恨みを持っている! 恨みのこもった剣が、今、三千の仲間に振り下ろされようとしている! この戦いは国土防衛の戦いではない! 仲間を救う為の戦いだ! 新たなヴェリスは仲間を見捨てはしないと! 全ての国々知らしめる戦いだ!」


後方に到達する。これから俺は列の中央に戻らなければいけない。

後方でロイの面倒を見ているミカーナの姿が見えた。俺と視線があった瞬間、弓を掲げて、答えてくれた。

 それに微かに笑みを浮かべつつ、俺は最後の言葉を発する。


「全ての兵たちよ! 騎士たちよ! 心得ろ! 我々は誇りを取り戻したのだ! 新たな王の下で! これは誇りを取り戻してから、最初の戦いだ! この戦いがヴェリスの行方を決める! 仲間を救い、ヴェリスに侵攻せんとする連合軍を打ち砕く! 全軍前進!!」


 片手を大きく掲げ、大きく振り下ろす。

 その瞬間、そこかしこで歓声が上がる。そして進軍速度も。


「……仲間を救う戦いか……」


 そうは言ったが、俺にとっては別の戦いになるだろう。

 俺にとっては、この戦いは約束を守る為の戦いだ。




■■■




 砦に放たれる火球が砦に辿り着く前に打ち消されていく。


「すげぇ……」

「連結魔術。多分アルビオンの魔術師だろうね」


 俺の横に居るロイが体を前のめりにしながら、戦いに視線を送る。ウズウズしているように見えるのは気のせいではないだろう。

 大した子だ。初めて見る大規模な魔術を見て、それに加わりたいと思うだなんて。

 俺たちが居るのは砦の左右にある巨大な山の左側。敵にも味方にもバレないように俺が山に入っていた。理由は簡単。奇襲するからだ。


「エリカ。馬上で連結魔術は?」

「難しいと思うわ」

「なら連結魔術を放ち、突撃部隊の援護の後、砦側に回り、防御に回るんだ」

「承知したわ」


 突撃するのはアルス隊長、ミカーナ、ニコラの部隊。ロイの部隊と俺直属の九百名は砦の前面に立つ。


「ミカーナとニコラは魔術師を優先的に叩いてく」

「了解です」

「了解しました」


 俺は好戦的な笑みを浮かべているアルス隊長を見る。高揚しているのか、迂闊に近づいたら斬られるのではないかと思うほど戦意と殺気に満ちている。


「アルス隊長」

「おうよ」

「敵の指揮官を出来るだけ狩ってください。連合である以上、それで動きは鈍くなります」

「承知!」


 ある程度、指示は出し終えた。後はそれぞれの部隊長の判断に掛かっている。そういう独自の行動が出来る指揮官を集めたつもりだ。けれど、実際にやってみなければ、皆が動けるかはわからない。

 本当は演習で色々と煮詰めたかったのだけど、その時間は与えられなかった。それを今更言っても仕方ないけれど、不安は不安だ。

 特に。


「ロイ。話は聞いてた?」

「え? あー、ちょっとだけ」


 あはは、と笑うロイに部隊長全員がため息を吐く。心配で仕方ないが、問題はないだろう。与える任務は簡単だ。


「砦に攻め込もうとしている兵を攻撃する。意識は完全に攻めに行っているだろうから、迎撃も取れないだろうね。だから、大事なのは一人で前に出ない事だよ? 必ず部隊で行動するんだ」

「それはずっと言われてきたから分かってる。俺は馬鹿だから全然わからないけど、ユキトの兄ちゃんは信頼してる。俺は将軍になりたい。その為には兄ちゃんの指示に従って、戦果をあげればいいんだろ?」

「まぁ簡単に言うとね」

「お袋は俺を一人で育てくれた。絶対に楽をさせてやる。だから、ここで俺は死ねない。だから勝手はしないよ。だからユキトの兄ちゃんも失敗するなよ?」


 生意気な事を。けど、今の言葉は安心出来る。この子はこの子でしっかり覚悟を決めている。

 俺は少し目を瞑る。火球を弾いたのは風だった。風は矢も弾き、迫り来る連結魔術を弾き続けている。多分、いや、ほぼ確実にあそこにはソフィアが居る筈だ。

 必ずアルビオンに行くと言った日からどれほど経っただろうか。場所はアルビオンではなく、戦場ではあるけれど。

 目の前にソフィアが居る。


「配置につけ。始めるぞ」


 連合軍には悪いが、この戦いはすぐに終わらせる。




■■■




「連結魔術用意! 周囲に合わせなさい!」


 両手を連合軍に向けたエリカがそうやって連結魔術の指揮を取る。

 見れば、全ての魔術師の魔力が均一に減り始めている。それがそこかしこで起こっている。ノックスに居る魔術師の数は二百名。その内の百名はまだ連結魔術を使えない未熟な者たちだ。その者たちの指導をエリカは短い時間で行っている。

 それらの百名はまだ連結魔術はできないが、連結魔術を補佐する為の魔術陣やら道具やらをせっせと準備をしている。

 エリカの隊の残り八百人はそんな魔術師を守る為の騎士たちだ。彼らは魔術師の盾であり、足だ。消耗した魔術師たちの撤退を助ける事も任務の一つだ。

 彼らは連結魔術が発射されたあと、魔術師たちを砦まで運んでいく。

 連結魔術を始めている魔術師たちのコートがはためき始める。魔術に込められた魔力が徐々に大きくなっているのだ。


「奇襲部隊は突撃開始! 俺たちも行くぞ、ロイ!」


 もうすぐ発射のタイミングで奇襲部隊が一気に山を駆け下り始める。先頭はミカーナの隊だ。ミカーナの隊が通った場所なら絶対に駆け下りる事に失敗したりはしない。だからミカーナの隊に続くように残りの二隊には言ってある。

 一方、こっちはそこまで急がなくても大丈夫だ。連結魔術が命中し、奇襲部隊が奇襲した後から俺たちは突撃する。


「同時に行かなくていいのか?」

「時間差攻撃って奴でね。奇襲があれば、そちらに意識が行き、そして混乱が広がる。その隙を俺たちは突く」


 慎重に山を下りながら俺はロイにそう説明する。

 ほぼ同時に、連合軍の中央辺りに幾つもの連結魔術が爆音と共に命中する。

 そして、大声と共に奇襲担当の三隊が突撃していく。


「さて、行くか。ロイ。先頭は任せたよ?」

「任せとけ!」


 俺は手を軽く振る。それを合図に千人の部隊が加速する。

 ロイの部隊は移動の際には馬に乗れても、馬に乗って戦う事はできない為、今は下馬して歩兵となっている。俺の直属の部隊も五百は歩兵になっており、馬に乗っているのは四百ほど。

 その理由は足並みを揃える為と、砦を攻める為に密集している連合軍に騎馬で突撃した後、足が止まると困るからだ。騎馬は走らなければ機能しない。

 そんな理由でこちらの部隊には歩兵が多い。そして先陣を切るのはロイたちの部隊であり、歩兵たちだ。


「突撃!!」

「おっしゃぁ!!」


 ロイが腰から剣を引き抜いて、山を駆け下り、砦を攻めている部隊に斬りかかり、そのあとに百人の部下が付き従った。

 ロイの部隊が開けた穴を広げる為に五百人の歩兵たちが更に突撃し、ようやく俺も含めた騎馬の出番が来る。とはいえ、俺がするのは戦う事じゃない。

 敢えて、奇襲部隊、ロイの部隊には旗を掲げさせていない。ただ単にヴァリスの国旗、と言ってもカグヤ様の黒鳥旗を少しアレンジしたものだが、それが一枚しか無いからだ。

 だから、よく分かるように俺は大声で伝える事にした。

 自らが味方なのだと。


「ヴェリス軍所属独立機動部隊・ノックス!! 援軍に参上した! 全てのヴェリスの兵士たちよ! この戦! このユキト・クレイが勝たせてみせる! だから」


 声を上げろ。

 その声の後、砦や敵軍に突入した部隊から怒号のような歓声があがった。


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