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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第二部 王国再建編
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第五章 遊軍

 ロディニア大陸中央部にあるアルビオンと、ロディニア南方一帯を支配するヴェリスの間には三つの小国が存在する。

 それぞれ、モール王国、カナン王国、レドニア王国の三カ国だ。先王が即位する頃には七つの小国があり、小国同士の同盟を結んでいたが、先王により四つが滅亡され、三カ国も領土を削られている。

 当然ながら、ヴェリスへの恨みは深刻だ。だが、このタイミングで動くなんて無茶はしないと思っていたが。


「レン。詳しく報告して」

「レドニアとの国境付近で不審な一団を補足した。どうやら追われてるようで、追ってるのはアルビオンの魔術師とレドニアの混成部隊だ」

「アルビオンか……モールとカナンは?」

「国境の守備部隊の一部が、混成部隊に合流しようとしている。追われてる一団はこのまま行けば、パウレス将軍の砦に入る筈だぜ。ま、受け入れればの話だけどな」


 レンの報告を聞き、俺は言葉を発せずに考え込む。その間にエリカが予想を口にする。


「襲われてる一団は口実作りで、三カ国による侵攻……? それにしては」

「規模が小さいですね」


 ミカーナが言葉を続ける。アルス隊長は押し黙っている。この手の話に首を突っ込む気はないんだろう。

 俺は視線を少しズラす。本人の快活さを表したようなオレンジ色の髪に、好戦的なつり目。俺と同じ程度の背の少年、ロイが視界に入る。

赤い生地に金色の刺繍が入った服に黒いズボン、そしてその上に黒いコートを着たロイは、話を聞いて首をかしげている。正直、その悪目立ちする服装に俺が首をかしげたいのだが、本人はいたく気に入っているからやめろとも言えない。


「なぁなぁ。ニコラの姉ちゃん。簡単に説明してくれよ」

「ん~。簡単に言うと、怪しいって事かな? 全ての動きが」

「でも敵が来てんだろ? ぶっ飛ばせばいいだけじゃね?」

「真理ではあるけどね。私たちは軍だし。でも、討つべき敵も謎なんだよ」


 百人の小隊の隊長ながら、四人の隊長たちと一緒にロイが居るのは、俺の指示だった。よほど切羽詰っていない限り、誰に対しても質問しろ、と伝えてある。そしてしっかり話を聞いて、考えろとも。

隣に居たニコラは要望通り質問に簡潔に答える。隊長陣は事前に顔合わせをしており、ロイもその時にニコラと仲良くなっていた。いや、ニコラが仲良くしてあげていると言うべきか。


「なぁユキトの兄ちゃん。片っ端からぶっ飛ばすってのは駄目なのか?」

「ロイ君!? 今はユキト様に話しかけちゃ駄目だって!」

「何でだよ? 質問しろって言ったのはユキトの兄ちゃんだぜ?」

「ロイ。少し場の空気を読めよ。どう考えても俺やお前が頭を使う状況じゃねぇだろ?」

「アルスのおっちゃんは面倒なだけだろ?」

「どう言う意味だ? ってかなんで俺だけおっちゃんなんだよ!?」

「二十七だろ? 十以上離れてたらおっちゃんだろ!」


 睨み合いから喧嘩になりそうなので、止めようとしたら、ミカーナが弓の調整をいきなり始めた。それだけでアルス隊長とロイの言い争いは止まる。


「試し撃ちの良い機会だと思ったのですけれど」

「あらあら。あんまり虐めちゃ駄目よ?」

「うるさいのが悪いんです」


 そう言うミカーナもかなり声が大きいが、ミカーナの面子の為にそれは言わないでおこう。

 皆がわいわいと騒いでいる間にやるべき事は大体決まった。

 まずは王城に行かなければならない。恐らく、この情報を知って、かなり混乱しているだろうし。


「ミカーナ。王城に行くよ。ロイもついてくるんだ」

「俺も行っていいのか!?」

「ユキト様。ロイを連れて行くのは……」

「大丈夫だよ。良い経験だしね。ロイ。勝手に騒がない事だよ。この言いつけをロイが破ったなら、俺はロイを助ける気はないからね?」

「大丈夫、大丈夫!」


 軽い返事に思わず半眼になってしまう。この子は本当に分かっているんだろうか。

 俺が何か言おうとしたら、エリカがロイに近づく。


「ロイ。良い事? よく聞きなさい」

「え? なに?」

「あなたはこの部隊の隊長よ。着ているコートも私たちと同じ部隊長の物。それはこの部隊を背負うと言う事なの」

「それは前、聞いたぜ! 責任だろ?」

「ええ。だから、その責任を理解できないなら、そのコートを脱いで行きなさいな」


 言われたロイは一瞬、ポカンとした後、すぐに表情を変えて、エリカを睨む。


「何でだよ!?」

「そのコートを着ていて、もしもあなたが王城で無礼を働いた場合、あなただけの問題ではなくなるの。あなたの部下や、あなたの上に立っているユキト様も責任問題に問われるわ」

「ちょ、ちょっと待てよ……。俺が何かしたら、他の奴らも拙いのか……?」

「そうよ。あなたは多くのモノを背負っているわ。部下の命、部隊の名誉、自身の責任、そして、私たちの期待。それら全てを支え、応える自信がないなら、コートは脱いで行きなさい」


 エリカの言葉にロイがたじろぐ。勢いだけでどうにかなると思っているロイは、物事を単純に見すぎている。その単純さに苛立ちを覚える人は少なくはないだろう。

 逆鱗に触れれば、すぐに首が飛ぶ。場所は礼儀など役に立たない戦場とは違い、上辺だけでも礼が非常に重視される王城なのだ。しかも、今は他国の使者がいる。

 責任の重さを実感させる為にちょっとリスクを犯して、連れて行こうと思ったけど、エリカの言葉でそれなりにダメージはあったかな。

 けど。


「ロイ。行くよ」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

「先ほどの大丈夫は嘘かい? 今度からはもっと熟慮してから返事をするんだね。時間が無いから行くよ。アルス隊長とエリカ、それにニコラは出陣に備えていて。恐らくどうであれ、国境には向かう事になる筈だから」


 それだけ言うと、俺は背を向けて、馬を止めてある所まで歩く。

 王都までは馬を一気に駆けさせれば、十分と掛からないだろう。何せ、ここは森一つ隔てた王都の近郊だ。できれば王都で設立式をやりたかったのだが、使者たちが予定よりも早く到着した為、こんな変速的な形になってしまった。

 ディオ様からはパーティーの終盤で出てくるように言われていたけれど、まさかこんな形で出向く事になるとは。


「まぁ、予想はしていたけれど」


 そう呟き、予想通りなら事態は最悪な方向に向かいつつある。それを再度確認し、俺は足を速めた。




■■■




 王城は蜂の巣をつついたような騒がしさだった。

 その理由は宰相であるベイドが取った行動だった。


「使者を捕縛か。まぁ国境に迫る部隊が本当に侵攻軍なら、間違った対応じゃないけれど」


 些か性急な気がする。あのベイドが情報が誤っている事を計算に入れずに行動するだろうか。それは有り得ない。

 そうなると、この行動の意味は何だろうか。


「……戦争か……」

「どうかしましたか?」

「多分、好機と見たんだろうなって思っただけさ」


 ミカーナの質問にそう答えるが、俺の答えにミカーナは曖昧な表情を浮かべる。理解出来なかったようだ。当たり前だ。わざとあやふやに言っているんだから。

 おそらくベイドは別に戦争になっても構わないと踏んだんだろう。ディオ様が言っていた。ベイドは大陸を支配する国に憧れていると。この場合はそう言う野望があると言った方が良いだろう。憧れなんて綺麗なモノじゃ無い筈だ。

 三カ国と戦いになろうと、ヴェリスは間違いなく勝てる。例え、後ろでアルビオンがどれだけ援助しようと。そして、その後のアルビオンとの戦争をうまく乗り切る事ができれば、本格的に大陸統一は見えてくる。だが、そのアルビオンとの戦争が確実化するのは拙い。ベイドは勝てると踏んでいるようだが、残念ながら、カグヤ様が前線に立っても、勝てるかどうかは五分五分、もしかしたらもっと低いかもしれない。

 アルビオンとの戦争を起こさせるのは、絶対に阻止しなくちゃいけない。勝てない戦いに部下を送り込むなんて、絶対にしたくない。

 その為にどうすればいいか。簡単だ。緩衝地帯の役目を担っている三カ国と戦わなきゃいいだけだ。

 勿論、これが本当に三カ国による侵攻なら戦わなきゃいけないが、状況はどう考えてもおかしい。

 追われている一団がもしも三カ国による策略なのだとしたら、お粗末にもほどがある。もっと他に手は幾らでもあるはずだ。なによりタイミング的に、今、狙うのは使者の命を捨てるだけだ。パーティーから使者が帰還した後でも、作戦の成功率は大して変わりはしない。

 さらに言えば、モールとカナンの動いた部隊が一部だと言うのも気になる。先遣隊的な意味を持っているにしろ、パウレス将軍が守る砦を確実に落としたいなら、もっと兵力を注ぎ込まなければいけない。その見積もりを誤ったと言えば、それまでかもしれないが、敵が愚かだったと仮定するのは危険すぎる。


「ユキト兄ちゃん……。俺、何だか気分悪くなってきた……」

「良い傾向だよ。恐怖や不安を忘れるんじゃなくて、感じて、上手く扱えるようにしないと、人を指揮するなんてできないからね」


 後ろを歩くロイにそう言いつつ、恐らくパーティーが行われている大広間に続々と衛兵が集まっている事に、俺は眉をひそめる。

 ここまで動員しなくても捕縛だけなら簡単に済む筈だけど。

 考えられるのは二つ。抵抗されているか、ヴェリス側が揉めているかだ。そして、恐らく後者だろう。カグヤ様かディオ様がベイドの行動に食ってかかっていると言った所か。多分、ディオ様だろうけど。


「ミカーナ、ロイ。俺の後ろから離れない事。そして、喋らない事。何が起ころうと喋らず、動くな。俺がどうにかする」


 そう言って、俺は衛兵たちで通れなくなっている大広間の扉を見る。微かに見えた中では、ディオ様が金色の髪の女性を背中にかばっている。恐らく使者の女性だろう。どこの国だろうか。いや、それにしても変わったとは言え、ヴェリスに女性を送り込むとは、中々挑発的と言うか、無謀というか。


「未だに確証の無い情報で使者を拘束するなど、信用を失うだけだと理解できないのか!?」

「信頼できる情報です。既に国境付近に三カ国とアルビオンを加えた四カ国の連合軍が終結しています。既に我々は敵と認識されているのです」


 趣味の悪い紫色の豪華な服を着たベイドが、白を一色の服を着たディオ様にそう言う。

 全くもって厄介な男だ。こちらが軍備を整えれば、それをすぐに利用しに来るとは。どれほど大陸を統一する事に執着しているのやら。

 俺はゆっくり歩いて、衛兵たちの間を通る。そうは言っても、それをしたのは最初の方だけで、すぐに衛兵たちは俺に気付いて道を開けてくれた。

 衛兵の動きに気づいた、パーティーの出席者たちが俺と、俺の後ろに付き従うミカーナとロイに視線を注ぐ。それを意に介さず、正しく言えば、そう見せつつ、俺はディオ様の少し後ろでベイドとディオ様の争いを厳しい顔で見ているカグヤ様の所へ向かう。

 恐らくどちらを支持すべきか悩んでいるんだろう。難しい判断なのは間違いない。

 普段は絶対に着ないだろう、肩を大きく出した黒のドレスを身にまとったカグヤ様は俺に気づき、少しだけほっとしたような顔をした。

 カグヤ様の前で俺は膝まづき、まずは謝罪する。


「緊急時とは故、許可も取らずに参った事、お詫びいたします」

「よい。そなたの情報網にも何か引っかかったか? ユキト」


 瞬間。大広間が少しざわめく。大広間には普段は王城に来ない貴族や三カ国以外の国からの使者も居る。彼らは口々に俺の名を呟く。


「あれがユキト・クレイ……若いな……」

「アークライトの軍師と呼ばれているから、もっと凄みのある人物かと思ったが」

「いや、油断はできん。ディオルード殿下の懐刀だ。本性を隠しているのだろう」


 俺に聞こえるような声で話すのは止めて欲しい。聞いていて恥ずかしい。だが、今はそんな俺の小さな羞恥心よりも大切な事がある。


「はい。レドニアの国境付近で不審な一団があり、それをレドニアとアルビオンの混成軍が追っているようです。また、その混成軍に合流しようと、モールとカナンの一部の部隊が動いてもいると報告がありました」


 再度ざわめきが起きる。今度はざわめきだけじゃない。悲鳴もあがった。見れば一人の男性が打ちひしがれている。

 三カ国のどれかの使者だろう。もしもこれが三カ国の侵攻なら、彼らは自らの主君に見捨てられた事になるのだから。


「我が父は決して、卑怯な騙し討ちなどしません!」


 ディオ様の後ろに居た女性が一歩前に出てきて、そう大きな声でカグヤ様に言う。

 カグヤ様はその女性を真っ直ぐ見据えて、名前を呼ぶ。


「メリッサ王女。私もそう思う。だが、現にこの国の、私の国の国境で争いは起ころうとしている」

「何かの間違えか、誰かの策略です! 我が父は凡庸ですが、決して無謀ではありません! 今のヴェリスに武力で攻め入る事などする訳がありません!」

「姉上。メリッサの言うとおりです。この状況はどう考えてもおかしいかと」


 ディオ様がメリッサ王女に助け舟を出す。しかし、その助け舟の出し方では。


「ディオルード様。いくら親しいメリッサ王女の為とは、私情を交えた発言は控えていただきたい」

「ファーン宰相。まるで僕が私情を交えた発言をしたかの言い方だが?」

「真に遺憾ではありますが、今のディオルード様は冷静さを失っているように見えます」


 確かにそう見える。そしてそれは俺やベイドだけの意見じゃないだろう。陛下ではなく姉上と呼んだ事からも分かる。


「僕はこの状況で迂闊に動くべきではないと考えているだけだ」

「それでは遅いのです。仮にも全軍の指揮を預かるならば、前線の兵たちの事もお考え下さい。砦で食い止める事は可能でしょう。ですが、もって数日です。そしてここから国境までも数日はかかります。すぐに動かねばならぬのです」

「陛下。ファーン宰相の言うとおりかと」

「ユキト!?」


 俺はディオ様の呼びかけには答えず、カグヤ様を見る。

 カグヤ様の瞳に迷いが映っている。それはすべてが不確かだからだ。

 だから。


「このユキト・クレイが援軍として参りましょう。その後、一団の調査、此度の侵攻の詳細について詳しく調べます。少しばかり早いですが、我が部隊、ノックスに独立遊軍として、独自の判断で動く権限を与えていただきたい」

「……私は無実の者に剣を向けたくはない。正しく在りたい。それが難しい事だと分かっている。だが、そなたにその権限を与えれば、全てを明らかになるだろうか?」


 カグヤ様の問いかけに大広間がしーんと静まり返る。自分の心臓の音が聞こえるのではないかと少し錯覚してしまうほど静かだ。


「望む答えが提示できるかは、保証しかねます」

「よい。欲しいのは真実だ。此度の三カ国の動きは不審な点が多い。使者の方々も知らぬとおっしゃる。追われている一団の事も気になる。だからそなたに独自の権利を与えよう。今からそなたは私の目だ。全てを見て、伝えるのだ。その間は」


 自らの判断で行動し、対処せよ。

 その言葉を聞き、俺は深く頭を下げて一言呟く。


「御意」


 少し間を置いた後、俺は立ち上がり、カグヤ様に背を向ける。その時にディオ様と視線が合う。

 微かにディオ様が頷く。やはりさっきのは演技か。ノックスに独立遊軍の権限を与える事に、ベイドは難色を示していた。今回の混乱をディオ様も利用して、俺に権限を渡す手助けをしてくれたのだ。

 ディオ様のおかげでベイドの邪魔は入らなかった。後は、事態を収拾するだけだ。


「行くぞ。ミカーナ、ロイ」


 出陣だ。

 そんな俺の言葉に、ミカーナとロイは力強い歩みで答えてくれた。


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