第四章 前進5
独立機動できる部隊。現代で言えば軍の特殊部隊、アメリカの海兵隊やイギリスのSASのようなモノに準じる遊撃隊を、俺はディオ様に提案し、了承された。
ディオ様の今の役職は軍総司令。つまりヴェリスの最高司令官だ。だからディオ様の許可さえ貰えれば、独立部隊を作る事は出来る。当然、カグヤ様にも許可を頂かないと行けないけれど。
そこら辺はディオ様が上手くやるから、俺はどう言う部隊にするかを考えなければいけない。
独立して動ける部隊の数は五千と、ディオ様に言われている。それ以上になると、補給と兵の補充が追いつかないからだ。
どれだけうまく戦っても犠牲は出る。そこはもう割り切るしかない。問題は、その五千でどれだけの戦果を挙げられるかだ。
「お悩みのようですね?」
「そうだね……。特殊部隊には兵一人一人の練度は勿論だけど、それを指揮する優秀な指揮官が不可欠だ。五千を五つに分けて千人。それぞれ将を置くとして、今の所、決まっているのは奇襲や回り込みを掛ける速さを持つミカーナ。堅実な指揮で崩れない粘り強さを持つニコラ。どんな戦況でも柔軟に対処できる経験を持つアルス隊長の三人だ。後、二人、圧倒的攻撃力を持った将と、魔術に秀でた将が欲しい」
俺の横でミカーナがため息を吐く。理由は分かる。高望みしすぎだからだ。
既に三人、得難い将を手に入れている。それでも単独で動く以上、圧倒的な強さが欲しい。
「私だけではユキト様の要望にはお答えできませんか……」
「頼りにはしてる。けど、ミカーナだけで敵に勝てると思うほど、俺は楽観的じゃない」
「……なるほど。では、もっと頼っていただけるように、情報をお教えしましょう」
そう言ってミカーナは言った後、しばらく黙る。なんというか、できれば言いたくなさそうな顔だ。
「嫌ならいいよ?」
「いえ、私ではなく、ユキト様が嫌がるかと……」
「どう言う意味?」
「……凄腕の魔術師には心当たりがあります。恐らく、魔術だけならカグヤ様に匹敵する実力者です」
「そんな人がいるの? っていうかよく知っているね?」
「つい先日、仕事で知りました」
それで俺は分かってしまった。ミカーナがずっと掛かりっきりになっている仕事がある。
先王の後宮に入れられていた女性の保護だ。片っ端から集められた美女は千を優に超えており、中には死亡したと思われていた人もいたため、一箇所に集め、帰る場所がある人はできるだけ丁寧に帰しているのだが、帰る場所がない人も居る。
さっきも言ったが、既に死亡したと考えられている人も居るし、家族が死んでしまった人、家族の行方がわからない人。そして元々一人だった人。
そう言う人たちのこれからについて考えているのがミカーナの仕事だ。
「先王の後宮に入れられてた人って事だよね?」
「はい。名前はエリカ・ファーニル。紅蓮の魔女と恐れられた方で、ヴァリスが滅ぼした国の王妃だった方です」
「王妃? 一体、いくつの人?」
「今年で二十三かと。十七で政略結婚を強いられ、三年後にヴェリスが宣戦布告し、国を滅ぼしました。ただ、宣戦布告の少し前に誘拐され、死亡したとされているので、先王が誘拐したのかと」
淡々とした口調とは裏腹に、ミカーナの顔は随分と怒っている。そりゃあまぁ怒るのは分かるけど、今更、先王が何してたって俺は驚きやしない。むしろ、やっぱりそれくらいしてたかって感じだ。
「帰る場所は当然無いか……どんな感じだった?」
「落ち着いていらっしゃいました。会って話していただけないでしょうか? 生きる目的を探しているようでしたので」
俺はミカーナの言葉に頷く。凄腕の魔術師なら、是非とも協力してほしいが、それ以前に、どんな人なのか興味が湧いた。
■■■
黒いローブに包まれた豊満な大人の体に思わず目が行きそうになって、俺は堪える。ここでそう言う視線を向けるのは失礼以前に最低だ。なにせ、そう言う視線に常時さらされ続ける生活を強いられた人なのだから。
エリカは椅子に座っていた。俺が入る時に立ち上がろうとしたが、俺はそれを手で制した為、立つ俺と座っているエリカの構図が出来上がった。
魔力は九十後半。知力や戦闘力も九十前半。そのほかも軒並み高いが、百を超える魅力に俺は一番最初に目が行ってしまった。魅力を求めて、ここに来た訳ではないと、俺は自分を叱咤する。
プラチナブロンドの髪と黒いローブは酷く対照的で、印象に強く残る。そして俺を真っ直ぐ見てくる緑色の目は森林のような深さを持っていた。
美人だな。と思った。当然、あの先王が選んだ人なのだから美人以外は有り得ないのだけど、カグヤ様やソフィアを見ている俺は、最近、かなり女性の外見への審査が厳しくなっている。それでも美人だと思ったのは二人には無い、大人の女性の色気と言うべきモノをエリカが多分に持っていたからだろう。
「ユキト・クレイと申します。お会い出来て光栄です。エリカ・ファーニル様」
「こちらもお会い出来て光栄です。アークライトの軍師殿」
高めの声に含まれた湿っぽさは俺の気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない。今、わざとスリットの入っている服で足を組み替えた。
俺を誘っている。なんて馬鹿な発想は有り得ない。どういう人間か見る為に試しているんだろう。先王の後宮に居た美女を買いに来たとでも思われているのかもしれない。
買いに来たと言う点では間違ってはいないけれど。
「時間が無いので、単刀直入に言わせて頂きます。俺が率いる新設部隊の魔術師隊を率いて頂けないでしょうか?」
予想外。そんな表情を見せたエリカは、すぐに俺が女としての自分に価値を見出した訳ではない事を察して、顔を赤らめて足を組むのをやめる。やはり恥ずかしかったのか。まぁ太ももまで見えてるしな。
「それは……私の魔術師としての腕を買うと言う事でよろしいかしら?」
「はい。今のヴェリスにあなた以上の魔術師はいません。勿論、断ったからと言って、何かするつもりはありませんので、心のままに答えてください」
「エリカ様。ユキト様の言葉は私が保証します。ユキト様は約束を違える事はないので」
ミカーナが後ろからそう言ってくる。それを聞いたエリカはしばらく難しい顔で悩む。
正直、俺の申し出はあまり褒められるものじゃない。エリカの選択肢は多くはないのだから。
縋るものが何も無い人間に戦場に来て欲しいと言っている。それはとても卑怯な言葉だ。打算的で、自分で言うのもなんだが、最悪だ。
でも、ここでただ座っているのは、この人にとって幸せではない気がする。勿論、俺の勝手な憶測だが。
この人は力の無い女じゃない。暴力と権力から今は解放されている。自由に気ままに生きる事がこの人には出来る。
「魔術師として、求められたのは初めてよ。二人の国王は私を女として求めたわ」
「……お嫌ですか?」
「いいえ。嬉しいわ。私に選択肢は少ないけれど、これまで私は選択をできなかった。それだけでも大分良くなった方だわ。あなたの下で戦うのも悪くないわ。ただし、条件があるの」
魅惑的な動作でエリカは俺に指を一本見せつける。魅惑的に感じたのは恐らく、腕を動かした時に揺れ動いた豊満な胸に視線が行ってしまったからだろう。エリカは普通に指を立てただけだから、完全に俺の下心が原因だ。
「魔術を研究する自由を頂戴。私が好きなのは魔術。そしてそれをここ最近はさせてもらえなかったわ。勿論、危ないモノには手を出さないから安心していいわよ?」
「その程度なら幾らでも。後は無いですか?」
「後? そうねぇ……今はあなたのその優しさで充分よ。優しい男性は久々よ」
「俺は普通だと思いますが……」
そう言った俺に笑みを見せながら、エリカは椅子から立ち上がり、俺に膝まづいた。
「エリカ・ファーニルは、その名に掛けて、ユキト・クレイに忠誠を誓う事を約束致します」
「では、俺もこの名に掛けて、あなたを裏切らない事を誓いましょう」
「ふふ、契約は成立ね。今から私はあなたの部下よ。まずは何をすればいいかしら?」
「じゃあ、すぐに立ってくれませんか? その服……」
目のやり場に困る。それを言わずとも察してくれたエリカは俺の反応にさらに笑みを深くした。
■■■
残り一人。部隊の主攻を担える将が欲しい。そう思う俺とは裏腹に、そんな都合な良い人物は見つからなかった。
個人としての武を備え、突破力、破壊力のある突撃を指揮できる人材。最も近いのはパウレス将軍だが、パウレス将軍は国境の守備軍に居る。国境部隊の将軍はさすがに引き抜けない。既にアルス隊長を無理言って組み込ませてもらっているのだ。まだ軍でそれほど頭角を現してはいない者を見つけるか、軍以外の場所から見つけるしかない。
「なかなか難しいみたいだね?」
「そうですね。俺が求める人材とは巡り会えません」
ディオ様と王城の廊下を歩きながら、俺はそんな事を言う。
個人の武がある者は多く居る。たが、大抵、そう言う人間は馬鹿正直すぎるのと、俺の言う事を聞いてくれない。自信がありすぎるのだ。
「どうしたモノか悩み中です」
「うーん、そうだなぁ。視点を変えてみるのも良いんじゃないかな?」
「視点ですか? そうですね。わざわざ現状に拘る必要もありませんし、別に今は未完でも構わないって言えば構わないですよね」
「そうそう。ユキトが育てればいいんだよ。他国が恐れる強力な将軍にね」
そう言ってディオ様はじゃあね。と言って俺とは違う方向に歩いていく。
確かに俺が育てるのはありといえばありだが、それならそれで俺の言う事を少しは聞く者じゃなきゃいけない。願わくは年下がベストだ。今後の期待値を含めば、若ければ若いほど良い。
「どうしたもんかなぁ」
「おい。旦那。お困りなら手を貸してやるぜ?」
「レン。人の後ろにいきなり立たないでって言ってるよね?」
「気づかない旦那が悪いんだぜ? それで、人探しなら手伝ってやるぜ?」
レンはウキウキしたようにそう言ってくる。そう言えば最近、レンに与える仕事は伝達係みたいのばかりで、レンの能力を最大限に活かせる仕事は回していなかった。
「そう言ってもねぇ。漠然としすぎて」
「どんぐらい漠然なんだ?」
「俺より若くて腕が立つ。それだけさ。若ければ若いほどいい」
「十代前半から中盤で腕が立つか……居ないんじゃねぇか? そんな奴、居たら、もう頭角を現してるだろ?」
「うーん、身分が低くて出世が遅れてるとか、もしくは」
「身分が低くて出世が遅れてるって奴なら知ってるぜ?」
レンの言葉に俺は反応する。俺の下に付く人間は基本的に身分なんて関係ない。俺自身、低いのだから。
「確か辺境の村の出身で、最初は一兵卒だったけど、この前の内乱の時に活躍して、五十人くらいの隊を率いてる男がいる。年は十五だけど、あげた功績からすれば、もっと出世しても良いんじゃねぇかって言われてる奴だ」
「どんな戦果をあげたの?」
「反乱軍側の人間だった筈だぜ? 中央の戦いには参加してないらしいけど。何でも敵陣に一人で突っ込んで、魔術師を斬りまくったらしい。おかげで魔術が使えない軍はボロ負け。それを三度もやってるって言う話だ」
こう言う噂は尾ひれがつくものだけど、本当なら大した腕だ。それに魔術師を狙う目も間違ってない。些か無謀ではあるけれど。
「会ってみたい。探せるかい?」
「一日くれ。それで探し出す」
「頼むよ。どんなお礼がいいかな?」
「めっちゃ美味しい飯を用意しとけ!」
笑顔でそう俺に告げたレンは足音を立てずに走り去っていく。
やっぱり分かりやすい子だ。
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既に使者を招くパーティーまで残り数日になり、中々時間が取れなかった俺は、ようやく空いた時間を使って、レンが言っていた噂の少年に会いに行った。
時間がなさすぎるから、ステータスを見て、そうでもなければさっさと帰るとしようと考えていた俺は、王都から少し離れた街の外周部で激しい演習を行う部隊を見て、戦慄した。いや、部隊と言うより、その中でも一際異彩を放つ少年を見て、だ。
「噂の方がおとなしいぜ。絶対」
「確かに。凄まじいね」
五十人の部隊同士の演習で、真っ先に切り込んだ少年の個人の武勇で、ほぼ決着がついてしまっている。あれはアルス隊長に匹敵する力をもっている。
よく目を凝らすと、遠目からでもどうにかステータスを見る事が出来た。
戦闘力九十二。知力はパウレス将軍より残念だったけど、そこら辺は教えていけばどうにかなる。
磨かれてない宝石を見つけた気分だ。所謂、原石を見つけたと言う感じだろう。
知力の低さの割に、部隊の弱い部分を崩しているのを見れば、カンが働く子なんだろう。
「すげぇ猪っぷりだな。旦那なら簡単に落とし穴とかに落としそうだぜ」
「今は簡単に落とせるだろうね。でも、彼が成長したらそれは難しい」
さっさと演習を勝利で終わらせた少年は、部隊の仲間と喜び合っている。
「ロイ、か……最後の一人は彼かな」
「いきなり千人率いらせるのか? 絶対無理だぜ?」
「まずは百人くらいからだろうね。残りは俺が指揮する」
「指示とか聞かなそうじゃね?」
「大丈夫さ。そこは俺の腕次第だし、周りにはとんでもない人たちばかりが居るからね。調子に乗ろうものなら、すぐに痛い目にあうさ」
そう言って、俺はロイに向かって歩き出した。
それから数日して、使者たちが到着し、いよいよパーティーが始まろうかと言う時に、俺の新設部隊も無事、設立を迎えた。
名前は独立機動部隊・ノックス。
結局は俺の物になってしまっている黒いコートを、安価で量産し、制服代わりにしている。
黒いコートを纏った精鋭が整列すると、まさに夜を彷彿させる。
挨拶を終え、これから設立記念のどんちゃん騒ぎを行おうかと思った時、レンから俺に急報が入った。
国境で不審な一団あり。と




