第四章 前進3
ベイドが王城に来た次の日。ディオ様と俺は城から出て、王都の市場を見て歩いていた。ディオ様は帽子を被り、商人の格好をしている。俺はいつもとは違い、淡い青色をした島の服を着ている。それだけで俺たちの正体はバレない……はずだ。
ディオ様は顔がある程度知れているため、帽子を被っているが、俺は顔よりも格好のイメージの方が知れ渡っているから、黒い服とコートを着なければ、まず気づかれる事はないだろう。
「いやぁ。絶好の散歩日和だね。ユキト」
「気分的には部屋で落ち込んでいた心境です」
隣を歩くディオ様に俺は疲れたように返す。理由は昨日、ベイドの部屋を出た後に言われた一言だ。
ベイドを信用してはいけない。
そう言われ、ようやく俺はディオ様がベイドを信用して無い事に気づいた。そしてそれを敢えて隠していた事も。
またも一杯食わされた。何故、俺はこうもディオ様の手の平で踊らされる事が多いんだろうか。
「そんなに落ち込む事じゃないさ。僕的にはソフィア様の一件以外は全て予想通りだよ」
「大体、察しはつきますよ……。だから落ち込んでいるんです……」
「それでは僕の軍師の見解を聞こうか。なぜ、僕は信用していないベイドを王城に招き入れる事に反対しなかったのだろうか?」
面白げに笑うディオ様を見て、ますます憂鬱な気分になりながら、俺はため息を吐く。
「理由は二つです。単純に人手不足だから。そして、ベイドに派閥を作らせ、一網打尽にする為です」
「正解だよ。流石は僕の軍師。凄いよ。冴えてるよ。アークライトの軍師なだけあるよ」
絶対にわざと言っている。落ち込む俺を見て楽しんでいるんだ。
その後も嫌がらせでお褒めの言葉を何個か発した後、満足したのかディオ様は一から説明を始める。
「子供の頃、ベイドは僕に、大陸の王になる気はないか? と聞いてきた。僕は興味は無いって答えた。そして、その三日後。姉上が王城から連れ出された。おかげで僕はそれからと言うモノ、姉上とは一年に二、三回しか会えなくなった。その一点だけでも僕はベイドを許せないね。それに、父を王にした一族だ。可能なら自分たちがした愚かさについて、ずっと説教したい気分だよ」
「そんな私怨を言う為に俺を連れ出したんですか……?」
「本番はここからさ。ファーンの一族は僕の祖父の代から遡る事五代に渡って宰相を輩出している。ヴェリスきっての名門さ」
「そして、ブレイグ国王の時代に不遇の時代を迎えたって事ですね」
俺は話を先に進めるために予想を口にする。ディオ様はそれを嫌がらずに笑顔で頷いて、更に話を進める。
「そうさ。代々、王に匹敵するほどの権力を持っていたファーンは、ベイドの父親の時代に、僕の父によって国境守備の役に追いやられた。ベイドは人質代わりに王城近くの城へ長く入る羽目になったのさ。まぁ今も使っているけどね。そんなわけで、ベイドは恐ろしいほど父を憎んでいた。ただ、父はそれを踏まえても、ベイドの有能さを買っていた。だから姉上の教育係になれたのさ」
「あの国王がカグヤ様を手放すっての言うがイマイチしっくり来ないんですよね」
「父は幼子に興味は示さなかった。姉上に興味を持ち始めたのは十六を過ぎた辺りだと思う。理由をつけて呼び出そうとしたけれど、ベイドがわざと国境で戦を起こすから王城には来れなかった。これには賞賛を送りたいと思ってる。唯一、良い仕事をしたよ」
完全に上から目線だ。ディオ様から見れば、ベイドは小物なんだろう。いや、小物だったんだろう。
「過信は禁物ですよ。今のディオ様は三分の二の力しかありませんから」
「そんなつもりはないんだけど……君の言う事だ。素直に受け取るよ。ベイドを甘く見たりはしない。それでだ。ベイドは姉上を御し易いように教育した。詳しく言えば、戦場に必要な事以外は、最低限の事しか教えなかった。だから、あんなに姉上は世間知らずなんだ」
嘆くようにディオ様は首を左右に振る。その世間知らずにつけ込んで、日夜からかって遊んでいる人の行動とは思えない。少なくとも世間知らずが悪いとは思っていないだろう。そう仕向けたベイドには色々と思う所があるみたいだけど。
「そこまでは分かりました。カグヤ様の信頼厚い、自称兄は王城に入り、俺にソフィアの事を告げたのは、やはり作戦ですか?」
「あんなのは兄じゃないよ。そうだろうね。あれにはしてやられたよ。ファーンの一族は代々、隠密衆をもっているって言うけれど、確かみたいだね。あれは間違いなく前から知っていたのさ。僕やユキトがそちらに掛かりっきりにする為に黙ってたんだ」
「まぁそれだけ情報収集能力があれば、俺やディオ様がソフィアと親しいのは知っているでしょうしね。そして実際問題、それを俺たちは知らず、今、国内の地盤をゆっくり固めている場合じゃなくなった」
「そうだね。本当にやられたよ。姉上とユキトが訪ねなければ、どこからか情報を漏らし、結局は王城に入ったんだろうね。僕とユキトはアルビオンに目が向き、ベイドはしたり顔で自分に賛同する者を集めていく。そして姉上は徐々に権力から遠ざけられ、やがてはお飾りの王になる。ベイドが求める王は、そう言う王だからね。そこまでがベイドの考えたある種の戦略かな」
市場に出ている店を見て回りつつ、そんな事を話す俺とディオ様だが、当然、話を聞かれる事には注意を払っている。人ごみの中で話す方が、話は聞かれにくいが、それでも完璧ではない。
だから俺とディオ様は強力な助っ人を頼んである。その者たちの力を見る意味も込めて。
「祖父の時代に重用されていた隠密集団・ウンブラ。実力は折り紙付きだけど高くてね。それにヴェリスの最大の森林に里があるせいか、中々接触できないんだ」
「どうやって接触したんですか?」
「里がある地域はユーレン伯爵の領地だから、ユーレン伯爵に戦が終わった後に頼んだのさ。内乱中は向こうも犠牲を嫌って協力を渋るだろうけど、今なら協力してくれるかもしれないってね。彼らならベイドと手を組む事もないだろうし、安心だよ」
簡単にユーレン伯爵に頼んだと言うが、自分の領地に里があるとは言え、隠密衆に協力を約束させるのに、どれほどユーレン伯爵が苦労したことか。今度お礼を言わなきゃだろうな。
「しかし、凄腕を一人派遣するって言って来たのが……」
俺はチラリと後ろを見る。俺とディオ様の後をつけている者が一人いる。まぁつけているのを知っているから分かるだけで、知らない人から見れば、つけているのはわからないだろう。それくらい絶妙な距離感であり、市場への溶け込み方だ。
「小さな男の子だったのはビックリだったね」
俺が言おうとしたセリフをディオ様が奪う。但し、俺が言おうとしたのとは決定的に違う事がある。
「ディオ様……あの子は女の子ですよ?」
俺はディオ様を見ながらそう言った後、もう一度、先ほどの子を見る。
背は小さい。俺の胸ほどしかないだろう。背中まである茶色の髪を高めの位置で結っている。ポニーテールと言った所か。
顔は見るからに童顔だ。どれだけ頑張っても中学生くらいにしか見えない。もしかしたら小学生にも見えるかもしれない。この世界で中学生とか小学生を使う人間はいないけれど。
だが、ステータスにある年齢は十七歳。ソフィアと同い年だ。そして性別は女と書かれているし、間違いないだろう。速力は百を超えている。だが、戦闘力は七十前半。諜報要員として送られてきたのは間違いないだろう。今やってるのは防諜だけど。
「……本当かい……?」
「本当です」
「僕が女の子を見間違えるなんて……」
どうにもショックだったらしい。かなり落ち込んでいる。まぁディオ様は、女の子の扱いにはやたら自信を持ってたし、そこら辺のプライドが傷ついたんだろう。
「能力は信用に値します。ま、この会話が聞かれた所で、大して問題ではないですけどね」
「屈辱だよ。ユキト。僕は自分が情けない……」
「いい加減にしてくださいよ……。ほら、もうすぐ門ですよ。早く立ち直ってください」
そう言いながら魂が抜けたような状態のディオ様を引きずって、俺は王都の外に出た。
■■■
今日は王都の外で軍の演習が行われてる。軍の演習と言うよりは、教導と言った方が正しいだろうか。
教導役はカグヤ様直属の遊撃部隊と、アルス隊長の傭兵団だ。つまりは黒鳥旗軍とディオ様の反乱軍の最精鋭だ。数は双方合わせて四百に届かない程度だ。
一方、相手をするのは黒鳥旗軍とディオ様の反乱軍を統合し、再編成を始めている新生ヴェリス軍の騎士隊一千。率いるのはパウレス将軍と黒鳥旗軍の幹部だ。
「どっちが勝つと思う?」
「聞くまでもないかと」
「一応聞かせてよ」
「アルス隊長たちが居る側です」
「二倍以上の戦力差だよ?」
それを考慮してもアルス隊長たちの勝ちは揺るがないだろう。これが五千対二千五百なら難しいが、一千対四百なら、そこまで指揮官の差は出ない。戦いが小規模過ぎるのだ。
広い視野よりも現場の機転が必要とされる以上、独立部隊として行動しているアルス隊長側の方が有利だ。
「一人が二人を倒せばいいだけです。数の差は二倍でも、それは質で埋められる差です」
「戦は数って前は言ってなかったかい?」
「五千を超えれば、数がモノを言い始めます。まぁ魔術は置いとくとしてですが」
魔術は個々の才能に依存する。究極の質と言える。これを計算に入れるとややこしくなってしまう。戦場で有利な魔術もあれば、不利な魔術もある。単純ではないのだ。
「そうだろうね。あそこに姉上が居たら、双方壊滅だろうし」
「嫌な事を思い出させないでください。俺はそれを間近で体験したんですから」
「そう言えばそうだったね。もう、姉上とユキトが戦ったなんて、随分と昔見たいに思えるよ」
「年寄りみたいな事を言わないでください。それだけ密度が濃いって事ですよ。一日の」
俺とディオ様は門の付近から、演習の邪魔にならない場所に移動する。見学に行くだなんて言ってはいないから、護衛と言えるのは先ほどの少女くらいだ。とは言え、何か異変があれば少女が知らせに来るだろうし、本来の力が出せないとは言え、ディオ様は十分強い。何かあっても問題ないっていうのが俺とディオ様の共通の見解だ。
それに。
「凄腕の弓使いが見ていてくれてますしね」
「本当だよ。どこに居るのかわからない所が恐ろしいよね」
「まったくです」
ミカーナは、それとなく遠くから見ています。と言っていた。何かあれば援護します。とも言っていたから、弓が届く距離を保っているのは間違いないだろう。
「始まったね」
「そうですね。パウレス将軍は半数の騎馬を率いて、突撃を行い、それで傭兵団を蹴散らす気みたいですね」
馬に乗っていないのは傭兵団だけだ。先に傭兵団を蹴散らせば、数の差は更に広がる。判断としては間違ってない。だけど。
「甘いかな」
傭兵たちは戦場に慣れている。それも危険な戦場に、だ。
当然、馬に乗った騎士の攻撃など、何度も経験している筈だ。だから対処法も知っている。
馬に乗る相手は武器を振り下ろす、または勢いに乗って突きを出すと言うのが一般的だ。
上から下への攻撃、勢いのついた突撃は非常に有効だ。だが、馬に乗っている以上、馬を操らなければならない。
つまり細かい制御は難しいのだ。
「馬がやられだしたね」
「最初の突撃は仕方ありません。個人の能力頼みで躱すしかない。けど、そこからは戦慣れしている傭兵たちの独壇場ですよ」
模擬剣や模擬槍で一撃入れられたら離脱するルールなのか、どんどん人が抜けていく。
パウレス将軍は勢いのままに抜けきるべきだった。敵に背を見せる事を嫌ったんだろうが、それが命取りだ。乱戦になれば馬の足は止まる。馬の制御と周囲への警戒で、思った以上に精神を消耗した騎士たちは、続々と傭兵たちの軽快な動きによって狩られていく。
「あらら、結構あっさりだね」
「パウレス将軍の横腹を突こうと動いた独立部隊も、残りの半数と戦いになりましたけど、こっちは戦況は五分ですね」
率いているのは黒鳥旗軍の幹部だろうけど、誰だろうか。数の差はあれど、縦横無尽に動く独立部隊を食い止めるのは難しい筈だけど。
「基本に忠実だね。無理せず足止めに徹してる」
「ここで突破を許せば、傭兵団に翻弄されてるパウレス将軍の部隊は総崩れですしね。とは言っても、このままじゃジリ貧なのは間違いないでしょう」
俺がそう言った瞬間、一際大きな歓声が傭兵団から挙がった。パウレス将軍がやられたんだろう。将軍がやられた為、演習はすぐに終わりを告げる。将がやられたら終わりのルールだったのか。それでいきなり突撃するのはパウレス将軍らしいと言えばらしいか。
「一度演習を見たいって言ってたから連れてきたけど、収穫はあったかい?」
「一応、と言った所でしょうか」
「君の案は面白いと思うよ。それは君に全権任せる。僕はベイドの相手をしよう。ソフィア様の件がある以上、アルビオンへの対応もしなければならない。けれど、ベイドもヴェリスを滅ぼす気はないだろうし、まぁこっちは安心してくれて構わないよ。ある程度、敵になる人間も把握する必要もあるし、やっぱりこっちは時間が掛かるね」
ベイドを使って、敵になり得る者をあぶり出し、一網打尽にする。それがディオ様の考えだろう。下手をすると、力を蓄えたベイドにやられかねないが、ディオ様はその心配はしていないようだ。
それは多分、過信とか油断とかじゃないだろう。注意した後、ディオ様にそういう色は見当たらない。
「軍は転換期を迎え、国内は未だ安定せず。その上、他国にまで視線を向けねば行かず、極めつけは厄介な古来種さんも相手にしなければいけない」
「正しく前途多難だね。でも、一つ一つを手早く片付けるのが近道だよ。あんまり焦ると失敗するし。あ、でも、ソフィア様の事で頭が一杯です。みたいな演技は多少してね」
「その必要はありませんよ」
実際、そうですから。
そう言って、俺は青空を見上げる。眩しく太陽が輝いている。太陽を見るとソフィアの笑みを思い出してしまう。
ソフィアは今、何をしているのだろうか。無事なのだろうか。
そんな事ばかりが浮かんでは消えていった。




