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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第一部 内乱編
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第一部 終章

 王の間の火は消え、王の間から出る事に成功していたカグヤ様たちと合流し、諸々の後始末を終え、俺はディオ様の部屋に居た。体中に治療の為の薬を塗り、左腕は吊っている。中々情けない格好だ。

 部屋にはもう一人、レルファがいる。火を消した後はどこかに消えていたのに、いつの間にかディオ様の部屋に居た。


「さてと、色々と問題が片付いたし、そろそろ話をしても良いと僕は思うんだけど?」

「私が許可しなくても勝手に話すのだろ? それに、それなりに見えるようになったこの異邦人は、その内、お前と自分の違和感に気付くだろう」

「話していいって聞こえるけど?」

「どうせ話すなら、私の居る前で話せと言っているのだ。後、簡潔にな。私はあまり居られない」


 レルファの言葉にディオ様は頷くと、椅子に座り、俺にも椅子に座るよう勧めてくる。

 一度断るが、もう一度勧められたので、断る事ができずに、俺も椅子に座る。


「まずは一番最初から話そうか。彼はレルファ。一言で言うなら古来種かな」

「古来種……?」


 初めて聞いた単語にスキルが発動する。

 古来種。かつて大陸に居た五つの種族の総称。総じて人間より身体能力や魔力と言った点では圧倒的に秀でていたが、種族間の戦と繁殖力の低さで種族として終わりを告げた。


「君に説明する必要はないだろ? 何でも見えるんだから」

「!? 知っていたんですか……?」

「僕は何でも知ってるからね」


 そう言ってディオ様は笑い、冗談だけどね。と付け加える。

 全く冗談に聞こえなかった。あの見透かすような目はカグヤ様に通じるものがある。


「早く話すのだ。私は時間がない」

「そう言えばそうだったね。ユキト。僕は父を倒すために、レルファに協力を要請し、ある事を果たす事を条件に、協力関係を結んだ」

「ある事?」


 ディオ様に尋ねたつもりだったが、レルファが答える。


「今の世界に積極的に干渉しようとする古来種を始末する事だ。我々、古来種は魔術で互を攻撃できないように制約を掛けている。故に、私は自分の手では止められないのだ」

「ま、待ってください! 古来種は絶滅したんじゃ……?」

「ほぼ、な。まだ数える程度は残っている。その者たちも今の世に干渉する気はないが、一人だけ厄介な者が動き出した。だから、そいつの始末をディオルード・アークライトに頼んだのだ」


 レルファはそう言って口を閉じる。厄介な者ってのがどう言う奴なのか気になるんだけど、それを教える気はないみたいだ。まぁそこらへんを話すと長いんだろう。しかし、レルファを見てもステータス画面が一切開かない。古来種は見られないんだろうか。


「そして僕は僕で、姉上の周りに父の手が伸び始めた事を知って、焦っていた。だから治った筈の病気を理由にして、王城から出て、レルファが住んでいた森に向かった。適当に名医の噂を流して、それを頼るって事にしてね」

「よく、周りは信じましたね……?」

「皆、そんな事に気がつかないよ。王都で大事だったのは父の機嫌だからね。まぁそれで、僕はレルファとある契約をした」


 ディオ様はゆっくり左腕の服を捲りあげ、肘の少し下辺りにある痣のようなモノを見せた。それが恐らく契約の証みたいなものなんだろう。しかし、見にくい所にある。


「竜の爪痕。竜人と呼ばれる古来種のレルファとの契約の証さ。僕はレルファの協力を得られる代わりに、レルファが言っていた者を始末しなきゃいけなくなった。そこで問題が出た。レルファは自分自身に世界には必要以上に干渉しないという縛りを与えている」

「何で、そんな人と契約するんですか……」

「知らなかったのさ。だから、レルファの代わりに僕に協力してくれる者が必要になった。それが君さ。ユキト」


 ディオ様がそう言って、いつもとは違う、不敵な笑みを見せる。


「じゃあ俺は……レルファの代わりにディオ様と一緒に戦う為に呼び出された……レルファの駒?」

「卑屈な言い方だな。まぁだが、間違ってはおらん。最も、駒と言うならディオルード・アークライトの駒と言った方が的確だがな」

「どう言う意味ですか?」


 レルファは俺の顔を見て大仰にため息を吐いた。まるで駄目だこいつ。と言わんばかりのため息に俺の心に僅かに苛立ちが浮かぶ。勿論、それは飲み込んだが。


「お前は自分を見ると言う事をしないのか? 何故、戦の無い世界で生きてきたお前が知識を扱えるだけの知恵を持ち合わせていた? 何故、魔人の先祖帰りと戦い、腕を折る程度で済んだ?」


 そう言われて、俺は自分のステータスを見直す。

 戦闘力は十七。あの病み上がりの時点から考えれば、健康になったから戦闘力は上がっているが、それでも低い。それこそ国王の蹴りで死んでもおかしくないほどに。

 知力は七十ちょうど。百五十が最高値で言えば半分以下だ。その他のステータスも七十を超えるステータスは一つも無い。

 そうだ。何故、俺はあれほど策を考えれた。あれほど思いっきりよく動けた。

 何故、このステータスで戦えた。

 疑問が疑問を呼んで来る。考えれば考えるほど思考の迷路に嵌ってしまう。

 いや、なにより。

 何故、違和感を覚えなかった。何故、考えなかった。

 そこが一番驚きだ。指摘されるまで俺はおかしいとすら思わなかった。


「何故、違和感を覚えなかった? っという顔だな。まぁいい。それにも理由があるからな。どれ、少し見えやすいようにしてやろう」


 そう言ってレルファは竪琴を奏で始める。その音を聞いた瞬間、ステータス画面の数値の横に僅かな揺らめきができ、そして括弧で閉じられた数値が出てきた。


「プラス四十……?」


 俺の数値の横にプラス四十やプラス四十一などの数値が出てくる。これはどう言う事なんだろうか。


「立って歩く事に違和感を覚えんだろう? それと同じだ。お前は自分が出来ると無意識で知っていた。今のお前の力はその数値を加えた合計だ」

「だから……いや、それにしたって、これは一体何の数値なんですか!?」

「それはディオルード・アークライトの力だ。いや、ディオルード・アークライトの三分の一の力か」

「えっ……?」

「お前は確実に死んでいた。その残留思念を元にお前を召喚した私は、ディオルード・アークライトの三分の一の魂を削り、お前に与えた。だからディオルード・アークライトの三分の一の力もお前に宿っている。それ故に、お前はディオルード・アークライトの駒なのだ。片割れとも言えるがな」


 そう言うと、レルファはまた竪琴を奏で始める。今度はディオ様のステータスが変わり始める。

 プラス四十以上されたステータスだ。全ての数値が百二十を超えている。これが本来のディオ様のステータスなんだろう。


「余命の話は予想なんだ。魂を三分の一も削ったのもレルファも初めてらしくてね。だからいつまで生きられるか分からないんだ。いきなり削ったせいか、倒れたり、体調はずっと優れなかったけど、まぁ最近は慣れたかな。この分なら多分、二ヶ月よりはずっと長く生きられると思うよ。まぁ明日死ぬ可能性も有り得るけどね」

「じゃあ、周りがディオ様が病気だと疑わなかったのは……」

「全く体が動いてなかったからだろうね。実際、僕もすごく違和感があるよ。正直、ここまで動けなくなるとは思わなかったよ」


 そう言って何てこともないように笑うが、とんでもない事だ。自分の三分の一の能力が無くなるなんて。

 そもそもアベレージ百二十のディオ様だからどうにかなっているけど、普通の人がやったら日常生活に支障が出かねない。九十台でも三十を削られれば六十だ。クラスでトップクラスの秀才がいきなり平均以下になるようなものだ。それまで積み上げた物が一瞬で崩されたのに、何故、ディオ様は笑っているのだろうか。


「ディオルード・アークライトの要望は二つ。男性である事、知識がある事。それだけだ。お前に何か特別な理由があった訳ではない。生者や死者には干渉できない故、その境に居る者を見つけては、呼んでいたらお前が自力でこちらに来たのだ」

「いや、そんな事は聞いてないんですけど……」

「その点で言えば、お前自身が生を掴んだと言えるだろう。そうだ。その目は魔術と似て非なるモノ、魔法だ。技術である魔術とは違い、魔法は先天的に持っている才能だ。お前の強い残留思念、後悔を力に変えて、私はこちらにお前を召喚したから、世界がその後悔を叶える魔法を与えたんだろう」


 勝手に喋り始めたレルファは言いたい事を言うと、満足したように頷くと、俺をまっすぐ見つめる。


「少しの間、私に付き合ってもらうぞ。生き返った代償と思うのだな。数日の間、傷を治し、そのあと、ディオルード・アークライトの下まで転送もしたせいで、私には殆ど魔力がない。代わりにお前が及第点の働きを見せたが、まだまだだ。奴の気配を見つけたら伝えに来る」


 それまで死んだりするな。

 そう言い残し、レルファは竪琴を奏でて、その姿を消した。

 どれだけ帰りたかったんだろうか。幾ら何でも強引に話をまとめすぎだろう。


「レルファは森の綺麗な空気が好きなんだ。だから人が多い所にはできるだけ居たくないんだよ」

「はぁ……その……一つ聞いてもいいですか?」


 俺がそう言うとディオ様は笑顔のまま頷く。

 その笑顔の下に何を考えているのか気になるけど、気になる反面、恐ろしいから見たくはない。


「どうして、お一人で解決しなかったんですか?」

「だよね。その質問は来ると思ったよ」


 ディオ様が笑いながら膝を叩く。まぁ誰だって気になるだろう。百二十を超えるステータスがあれば、おそらくだけど軍を率いるなり、他国を利用するなりして、今に近い状況に持ち込めたような気がする。カグヤ様を引き付ける役も別に特別、俺じゃなきゃいけないって訳じゃないと思うし。


「僕は……似ているんだ。父にね」

「……少し、そう思っていました」

「多分、父が嫌いだったのは同族嫌悪って奴だね。まぁ僕はあそこまで好色じゃないけれど」

「それが俺とどんな関係があるんですか?」

「異世界では多くの戦いがあって、今は平和だって聞いたんだ。だから戦いの記録を知識として持っている人間を呼べれば、異世界の戦術、戦略を取り入れられる。そう思ってた。けど、僕はそれ以上に、隣に立ってくれる友が欲しかったんだ」


 ディオ様はゆっくり首を横に振る。まるで自分の言葉を否定するように。


「違うかな。多分、止めてくれる人が欲しかったんだ」

「止める? 何をですか?」

「父を見ただろう? 本能で生き、周りには誰もいない。僕は、あんな風にはなりたくなかった。だから僕が間違えたら止めてくれる人が欲しかったんだ」


 俺はその言葉を聞いて、最初、馬車で話した時の事を思い出した。

 ”君からどれだけ罵詈雑言を浴びせられようと、僕は気にしない。本心から怒ってくれるなら、甘んじて受けるさ”

 とディオ様は言った。いきなりの言葉で戸惑ったけど、そう言う意味だったのか。最初からディオ様は俺に隣に立つ友としての役割を求めていたんだ。


「まぁ魔法を持っていたのは嬉しい誤算だったし、まさか至上の乙女を陥落させるとは思わなかったけどね」

「陥落って、もっと言い方無いんですか……?」

「その内、姉上も陥落させる予定なのかな? それなら自動的に兄弟だし、わざわざ義兄弟の契りを結ぶ必要はなくなるね」


 からかい混じりの声でどんどん言葉を発するディオ様に、俺はため息を吐きつつ、懐から扇を取り出す。

 ソフィアの話題が出たせいで、何だか、ソフィアとディオ様、そして自分が居た時間を思い出してしまった。


「カグヤ様は俺なんかを相手にしませんし、ソフィアも俺の事を友人としか見てませんよ」

「まぁそういう事にしとこうか。ソフィア様に会いたいかい?」

「とても」

「でも、ヴェリスとアルビオンの国交は断たれたままだ。まずは自国の事、そして周辺の小国との関係を改善しなきゃ、アルビオンに行く事すらできないよ」


 暗に会いたければ、それらを片付けろと言ってくるディオ様に、俺は笑みで返す。

 そんな俺の様子にディオは柔らかな笑みを浮かべ、俺の右腕を指差す。


「ユキトにも僕と同じ竜の爪痕がある筈だよ。僕は竜の左腕で、君は右腕だ。この爪痕が刻まれた者は、同じ痕を持つ者を裏切れない。レルファはまぁ刻んだ側だから別だけど、僕とユキトは互いを裏切れないんだ」


 俺は行儀悪く口で腕の部分の服を肘まで捲る。仕方ない。左手が使えないんだから。


「本当だ。あった。気付かなかった」

「まぁ互いに騙す事は可能だけどね」

「知ってます。騙されましたから。しかし、裏切れないですか……。これを世界中の人につければ争いは無くなるんですかね?」

「面白い考えだけど却下だよ。誰もが信用できる世界なんて、誰も信用できない世界と同じくらい危険だしね。それでだ、この痕にはもう一つ効果があるんだ」


 ディオ様は右手の人差し指を立てて、そう言う。

 裏切れないようにするだけでも十分なのに、まだあるのか。随分と恐ろしいものを知らぬ間に刻まれたものだ。


「互いをたやすく見捨てられなくなるんだ。絶対ではないけれど、強い力は働く。だから君は嫌がっていても、僕を助ける為に戦場に来た」

「なるほど……。しかし、一つ訂正があります」

「なんだい?」

「俺がディオ様を助けに行ったのは断じてこの爪痕のせいじゃありません。自分の意思です。少なくとも、俺はそう思ってます」


 そう言うと、ディオ様はポカンとした顔をした後、足をばたつかせながらわらい始めた。


「あはは!! いいよ! そういうことにしとくよ! いやぁ、君は本当に面白いな! 正直、姉上がユキトって言ってた時も笑いそうになったけど」

「どういう意味ですか……?」

「あの姉上が親しげに男の名前を呼ぶなんて、僕からしたら有り得ないんだ。基本的に突き放し気味だし」

「最初はクレイでしたよ。呼びにくかったんじゃないですか?」

「いや、絶対に信頼してる事を示したくて名前で呼んだんだよ。案外、姉上も乙女だよね」


 若干馬鹿にしているような口調に俺は背筋が凍る。

 こんな会話をしているのをカグヤ様に聞かれたら。

 そこで俺は思い出した。思い出してしまった。聞かれていた事を。


「酷く残念なお知らせが……」

「なんだい?」

「ソフィアは風を操って遠くの会話を聞き取れるようで……俺とディオ様の会話は筒抜けだったようです……」

「……あの、耳に掛かる金色の髪がどれほど素晴らしいかについての会話を、かい?」

「白いローブがどれほど魅惑的かについてもです……」

「……最悪だ……」


 そう言ってディオ様は今日、初めて、笑顔以外の表情を見せた。


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