第三章 決着6
「ユキト! クレア様!」
遠くからユーレン伯爵が俺とクレア様を呼ぶ。足音が多いから、王城の制圧を終えて、こちらに援軍にやってきたんだろう。
だが俺にそっちを見る余裕はない。今、俺の視界でブレイグのステータスがブレている。
もう少しで何か掴めそうで、何か見えそうな気がする。ただ、ステータス画面のブレが大きくなるほど、俺の頭の奥に鋭い痛みが走る。
止めた方が体の為だろう。だから痛みが走るのだ。けれど、目の前で戦う二人が居る。もうボロボロで、もう止めた方がいいと思わず声を掛けたくなるほど疲れているのに、目だけは絶対に諦めていない。
二人を見ていると俺も頑張ろうと思える。そして、そんな姿に憧れる。誰かに影響を与えられる二人に。
多分、俺はそういう人になりたくて、そういう人が好きなんだろう。
何でも出来て、色んな人が傍に居て、輪の中心にいる人たち。俺の親友もそうで、あの時も俺は憧れてた。でも憧れていたからわかる。そうなるのが大変だってことも。色んな人が傍に居るってことは色んな人と接しなきゃいけないって事で、何でもできるって事は、何でもやらなきゃいけないって事だ。
そんな責任は嫌だって思ってた。人と話すのは今でも苦手だ。無理をして、親友の真似をして、この世界じゃ色んな人と接してきたけれど、上手くいくのは表面上だけで、分かってくれるのは一部だけで、色々とストレスが溜まった。
思わず、ディオ様のせいだって思うくらいに。だから気付いた。多分、親友のあいつも無理をしていて、分かってくれない全てにイライラしてたんだろう。
真似をしたから分かる。人付き合いって難しい。心がまいりそうになる。
でも、それが分かったから、今度はもう目を逸らしたりしない。
辛い時に支えてくれる人は大切だ。自分が支えられて初めて分かった。
あの二人に憧れるから、俺はあの人たちの支えになりたい。できれば戦い以外で役に立ちたいけど、今は戦いの真っ最中で、この戦いは二人にとってとても大きな意味を持つから。
今は少しでも役に立ちたい。
「……全部覗いてやる……!」
「ユキト!?」
頬に液体が流れる感覚がある。涙じゃない自信がある。液体が唇に触れる。舐めてみれば鉄の味がした。血だ。
そんな俺にユーレン伯爵が駆け寄って来てくれるのがわかる。クレア様はもう俺から離れてる。多分、騎士たちの後ろに回されたんだろう。また人質にされたら堪らないしな。
しかし、目から血が流れるっていうのは初めての経験だ。けど、なんか頑張った感じが出て、悪くない。
俺の視界には四つの画面が展開されており、それぞれがブレイグの情報を映し出してる。
生まれた時間や、寝るときの癖。父親と母親の詳細な経歴から戦場でどんな傷を受けたか、はたまた何人殺したか。
おそらく本人も覚えていない、気にも留めてない事も自然と俺の頭に流れ込んでいる。読んでいるんじゃない。流れ込んでくるんだ。見境なく。
「ぐっ! っっ!!」
「どうしたユキト!?」
ユーレン伯爵の声に答えられない。そんな余裕はない。もう脳内がショートしそうだ。だけど、もう少し、まだ魔力を吸収する秘密にはたどり着いてない。
一瞬、全ての情報が止まり、新たに五つ目の画面が俺の前に出てくる。
魔人。魔力を糧とする人間の亜種。ほとんど人間と変わらないが、人間を容易に凌駕する身体能力と魔力を持ち、理性より本能を優先する。体の維持に魔力が必要な為、定期的に魔力を吸収する必要がある。既に種族としては絶滅している。
魔力吸収体質。魔人の食事のようなもの。手の平から相手の口、または胸から魔力を吸収する。魔人は体を維持するのに多くの魔力を使っている。その為、この行為を怠ると魔人は死ぬ。
掴んだ。決定的な情報を。知りたい事は知れた。
五つの画面が一つになる。今まで通りのステータス画面だが、幾つかの情報が追加されている。
先祖帰り。
急所・首筋。魔力を制御する機関があるため。
備考。魔力を分解し、魔術を無効化する神扇での攻撃が有効。
「……親切なことだ……」
呟き、目を閉じる。ずっと開きっぱなしだったから乾いているし、なにより酷使しすぎて痛い。本当に何故、こんな事をしてるのか。後悔する言葉ばかりが頭によぎる。
でもやりきった。後は俺の仕事じゃない。
どんな事に共通するのは向き不向きがあるってことだ。広い視野で周りの様子を把握するのが得意な者もいれば、目の前の一つの事に集中するのが得意な者もいる。
そして、戦場の俺の役目は敵を倒すことじゃない。
倒す方法を調べ、考え、実行可能な人たちに教える事だ。
「ユーレン伯爵……ここに何人居ますか……?」
「騎士が百人ほどだが……それより、お前は大丈夫なのか……?」
「大丈夫です……。百人を率いて、あの戦いに割って入れますか……?」
「あ、あの戦いにか……? それは勝つ為に必要なのか……?」
ユーレン伯爵の顔がひきつる。確かに激しい戦いだ。主君だけを戦わせるのは恥だと理解しているだろうユーレン伯爵や、その臣下の騎士たちが駆け寄らないほどに。
けれど、あの二人は体力的に限界だ。このままじゃ押し切られる。一度、休ませないと拙い。
「必要です……。ユーレン伯爵……俺って頼りないですよね……?」
「ど、どうしたいきなり!?」
「頼りないですよね……?」
「うむ……とてもな。正直、カグヤ様の目を引く為の囮程度にしか考えていなかった。勿論、今は違うが、まぁ頼りないな」
状況が状況だから、ユーレン伯爵がぶっちゃけてくる。最悪だ。多分、ディオ様も似たようなものだと思う。目的の為に手段を選ばない所は父親似なんだろう。例え、ある程度親しくした相手を囮にしても、父親を倒そうとディオ様していた。
もしかしたら、親しくしたのも俺を必死にさせるためだったのかもしれない。全部が全部そうでなかったとしても、ある程度の打算はあった気がする。
まぁ今はそんな事はいいか。上手く利用されたのは先を見なかった俺が悪い。むしろ、それくらいやる人だからこそ、あの国王と互角の戦況に持って行って、ここで直接対決に持ち込んでいると思えば。
案外、俺の人の目は優れているのかもしれない。そこまで俺は打算的ではなかったけれど。
「けど……俺も、ユーレン伯爵も……多分、ディオ様やカグヤ様から見ると、頼りないですよね……?」
「比べる相手が悪すぎるぞ……二人共、あの王の子供だ……」
「そうです……。あの二人にはいつもなら手助けなんていらない……けど、今は必要なんです……」
「ユキト……?」
痛む体に力を入れて立ち上がる。特に左手の痛みは尋常じゃない。子供の頃に足を骨折した時はここまで痛くなかった。まぁあの時は無理して動くなんてしなかったけど。
「今まで、頑張ってくれた人が困っていて、助けを必要としてます……。今は微力でも助けになれるんです……。いつもは支えになれないかもしれないけれど」
徐々に声が大きくなる。この場に居る騎士たちに伝えなきゃいけない事がある。
巨大な敵に立ち向かう時には心が竦む。竦んだ心を檄で解放するのは難しい。今の騎士たちがそうだ。そう言う心は自分じゃなきゃ解き放てない。
ディオ様がどれだけ騎士に慕われているかに掛かっているけれど、その点は問題ないだろう。後は、俺がどれだけ騎士たちに語りかけられるか。心を揺さぶれるかだ。
「今なら支えられる……。誓った事があります……必ず勝たせると……。今、この国の命運はこの戦いの勝敗に掛かっていて、未来が少し先にあります……。その未来を掴むのに、俺だけじゃ手が足りません……」
語りかけ。檄は他者を引っ張る時に使うモノなら、語りかけは他者を頼る時に使うものだ。
「俺は弱くて頼りないけれど……俺の策に乗ってくれませんか?」
他者に頼る事を嫌う人も居る。でも俺は別に気にしない。必要なのは結果だ。その過程で何があろうと、誰に頼ろうと気にしたりしない。こだわりは強者の特権だ。
俺は弱者だから弱者なりに戦う。
「……お前に言われんでも我らは臣下で騎士だ。主君の為なら命を捨てると誓っている」
ユーレン伯爵はそう言って、腰の剣を引き抜く。それに続いて続々と騎士たちが剣を構え始める。
「策を言え。我らは何をすればいい?」
「まずはディオ様とカグヤ様を国王から引き離します。そこからはすみません。頑張って国王を食い止めてください。四、五名で包囲し、傷ついたら後退を繰り返せば、それなりに時間が稼げるかと」
「それで回復したお二人が止めか。何だ、結局お二人頼みじゃないか」
「やれるならやってしまって構いませんよ?」
「それもそうだな……。あの王をこの手で討つのも悪くない! 皆、行くぞ!!」
歓声と共に騎士たちが国王に向かっていく。
こちらの様子を察していたディオ様とカグヤ様は騎士たちと入れ替わる形で、ブレイグから距離を取る。
片膝をついて荒い息を吐く二人に俺は体を引きずりながら進む。気絶しそうなくらい体中が痛いが、その痛みのおかげで気絶しないで済んでいる。
そうおかげだ。ここで気絶なんてするわけにはいかない。
「とりあえず聞いてください」
そう言って俺は二人に向かって簡単な作戦を話した。
■■■
数分の後、ブレイグを囲む騎士たちの姿は半分以下になっていた。ユーレン伯爵も傷を負って下がっている。流石に戦闘力が百を超えるだけはある。
だが。
「不死身じゃないなら、斬れば死ぬ」
俺は敢えてブレイグの視界に入るように動いた。この人は飽きっぽい。だから新しい獲物にはすぐに飛びつく。
「どんな策を考えてきたのかね?」
「あなたを殺す策です」
物足りない騎士たちと戦っていたからか、興奮が収まっている。あれだけの騎士を斬ったのに息すら切らしておらず、俺と話しながら、左右から来る騎士を子供のようにあしらっている。
「それは……楽しみだ!!」
包囲を容易に抜け、ブレイグが俺の目の前まで迫る。だがそんなのは予想通りだ。
カグヤ様が後ろから迫っている。首筋に傷さえ付けられればこの人は上手く魔力をコントロールできなくなる。
「分かっているぞ!」
「くっ!」
カグヤ様の背後からの斬り下ろしは受け止められる。ブレイグは力任せにカグヤ様を押し返すが、その隙をついて、横からディオ様が突っ込んでくる。突きだ。
ブレイグはそれを読んで、体を捻って躱す。そしてディオ様の腹部に膝を叩き込む。
ブレイグがニヤリと笑うが、それと同じような表情を俺も浮かべている。
既に俺は右手で引き抜いた短剣をブレイグの首筋へ向けている。全く警戒しないだろう、俺の攻撃。足元を見ないブレイグには避けれない。
そう思っていた。
「私はすぐに評価を改める性格でね。君への評価は意外に高いんだ」
俺の右手を剣の持っていない左手で掴んだブレイグは、思いっきり左手に力を込めてくる。
「っ!? ぐぁっ!」
「残念だったね……?」
ブレイグは俺の表情を見て、首を傾げる。もう遅い。お前は甘く見た。
ディオ様の執念を。
「残念でしたね。あなたは僕の軍師に負けたんです」
「な、んだ……?」
腹部に扇を叩き込まれたブレイグは自分の異変に気付く。体の維持に多くの魔力を使う魔人が魔力を分解されたんだ。異変が出ない方がおかしい。
俺の目に映るステータス画面では、急速にブレイグの戦闘力と魔力が下がっていく。
「ぬおぉぉぉぉ!!」
ブレイグは力を振り絞って俺から魔力を吸い取ろうとする。だが、それは意味の無いことだ。
「魔力がほとんど無い……だと!?」
「俺の魔力ならどうぞ吸ってくれて構いませんよ。一しかありませんけどね」
その俺の言葉に答える力はブレイグには残っていない。顔色は青白くなり、先程まであった覇気はどこにも見当たらない。
ディオ様はそんなブレイグに容赦なく刃を浴びせる。
「ぐっ……」
「あなたの罪は僕が背負いましょう。あなたが犯した全てを僕が償います。だから早くこの世から消えてください」
ディオ様はそう言って剣を引き抜こうとして。
出来なかった。
「はっはっは……甘く見た……ディオもクレイ、君もね……だが」
君たちも私を甘く見すぎだ。
そう言った瞬間、ブレイグの体は炎に包まれた。
咄嗟に剣を離し、ディオ様は俺の前に立って扇を広げる。
その一瞬後。
ブレイグの体を包んだ炎は王の間全体に広がった。
■■■
「ユキト! 僕から離れるな!」
「言われなくても離れられませんよ!」
周りを炎に覆われた俺とディオ様は背中合わせの状態で身動きができずに居た。
騎士たちやカグヤ様の無事も把握できていない。まぁその前に俺たちの方が大ピンチだが。
「父の執念を侮っていたね……。まさか自分の身を代価に魔術を使うだなんて……」
「魔術で発生した炎ならまだしも、すでに物に燃え移って広がった炎にはその扇は効果はありませんし、俺もディオ様も満身創痍だし……これは拙いですね」
俺が少し息苦しいのを我慢して、状況を整理するために口に出して言ったら、ディオ様はいきなり笑った。
声をだして。
「ディオ様……?」
「全く……君といると飽きないよ。ユキト」
「それはこっちの台詞です。色々と事実を伏せて、良い様に利用されて、挙句の果ては執念の炎の中に取り残されるなんて、ちょっと前の俺は想像もしなかったでしょうね」
熱いし痛いのを紛らわす意味も込めて、そう言い放つ。勿論、色々な感情を込めて。
「申し訳ないとは思ってるよ。でも、仕方ないだろ? 僕はその為に君を呼んだんだから。この世界に」
「そうですね……え……?」
「君の反応は面白いよ。だからついつい秘密を明かしたくなっちゃうんだ」
そう言って笑うディオ様の言葉を、俺は上手く理解出来なかった。その為に呼んだ。までならまだわかる。だが、この世界に。と言うのはおかしい。まず、この世界にと言う言葉を使うと言う事は。
「そうやって私の許可なくペラペラと喋るのはやめたまえ。ディオルード・アークライト」
どう言う事か聞こうとして、俺はディオ様じゃない声に振り返る。
緑色の髪をした、驚くほど白い肌をした男性が炎の中に佇んでいた。腕には竪琴を持っている。ディオ様はそんな男性に向かって親しげに喋りかける。
「やぁ、レルファ。見ての通り拙い状況なんだ。助けてくれるかい?」
「お前に死なれるのは困る。当然、そこの異邦人もな」
そう言って、レルファと呼ばれた男性は竪琴を鳴らす。それだけで一瞬で炎が消え去った。俺はその音に聞き覚えがあった。
闇に飲まれた時に聞いた音だ。
「ありがとう。レルファ。さて、ユキト。何から話そうか?」
そう言ってディオ様は柔らかな笑みを浮かべた。




