第三章 決着5
王の間の手前で行われた戦いは敵の降伏で幕を閉じた。
ただでさえ数で劣るのに、更に数を減らしたのだ。当然と言えば当然だろう。
俺はそんな降伏した者たちの処置を各部隊長たちに託し、一足先に王の間に向かっていた。
王の間の手前とは言え、王の間へは長い一本道が続いている。俺はその道を走りつつ、所々にある死体を見て、それがカグヤ様がやったのだと判断した。ほとんどが首を斬られてやられている。
多分、伏兵だったのだろう。一本道にしてるのも挟み撃ちをしやすくするためや、逃亡を防ぐためと言った理由だろう。
「一人で来たのは失敗だったか?」
「そうだね。失敗だよ」
俺は前から聞こえてきた声に足を止める。聞き覚えのある声だったからだ。だが、奴は死んだはず。
「……ストラトス……!? どうやって生き延びた?」
俺の目の前に現れたのは、黒いフードで顔を隠しているユーリ・ストラトスだった。
「僕は大概の事じゃ死ななくてね。まぁ不死身なのさ」
俺はそういうストラトスのステータスを覗き、目を細める。魔力は高いがそのほかの数値はそこそこなのは変わってはいないが、数値がどれも微妙に異なっている。なにより、誘導と書いてあった場所には、誤認と書かれている。似ているようで、こいつは違う人物だ。
だが声はストラトスだ。扇を持っている以上、俺に魔術は通じないはずだが。
「お前は本当にストラトスか? ちょっとフードを取ってみろ」
「なるほど。ばれるもんだね。君は察しが良いのかな?」
そう言ってフードを取ったストラトスは、先ほどカグヤ様に首を刎ねられ、爆発した男は違う顔をしていた。まず性別が違う。女だ。もっと言えば年も確実に俺よりも低いだろう。外見的共通点は皆無に近い。
「お前は……誰だ?」
「ストラトスさ。声も同じだろ?」
「……魔術で意識を乗っ取っているのか?」
「近いね。まぁ大体合ってるよ」
そう言ってストラトスの声をした女は笑う。あの戦慄する笑みだ。間違いない、こいつはストラトスだ。
しかし、意識を乗っ取るだなんて、何でもありにもほどがある。
「それで? 俺を殺しにでも来たのか?」
「それはそれで面白いけれど、今はお礼を言いにきたのさ。ありがとう。おかげで僕は長年ほしかったモノを手に入れられる。君のおかげさ」
「俺はお前の邪魔しかした覚えはないが?」
俺の言葉にストラトスは顔をゆがめる。笑っているのか苦しんでいるのか判別に困る表情だ。だが、俺には女の表情とストラトスの表情が混じって見えた。
「そうさ。君は僕のカグヤちゃんを奪った。その神扇・クラルスでね! 忌々しい扇だよ! 魔術師の天敵! 古の法具がなぜ君の手にあるのか!」
「悪いな。俺は女神に好かれててな。それと、もう一回でもカグヤ様をそんなふざけた呼び方してみろ? 俺は必ずお前の本体をぶん殴る」
「ふふふ、まぁいいさ。カグヤちゃんを手に入れられなかったのは惜しいけど、それはいいさ。どうせ、この国の王を殺すために都合が良いから人形にしただけだしね……。ああ、でも、もっと色々とやらせておくべきだったって反省してるよ」
「クズ野郎が。絶対にぶん殴るから覚えとけよ」
「やれるもんならやってみるといいさ。いつか君は自分の存在を呪うだろう。その時が楽しみだ。まぁ今はカグヤちゃんを助けに行きなよ。あの王に取られるのは癪だしね」
そう言ってストラトスは中空に指で四角を描く。
それは赤い色を放ち、全く別の空間を映し出す。
『あのストラトスと言う魔術師は本当によくやってくれたよ。たかが言葉一つでカグヤが全く動けんようになるのだからね』
『くっ……!』
背の高い金髪紅眼の男、ディオ様が大人になったらこんな感じになるんじゃないかって言うような男が、大きな本を片手に高笑いをしている。そして、そいつの目の前でカグヤ様が片膝をついて、悔しそうに顔をゆがめている。
「現在の王の間さ。国王には僕の操作魔術を再現できる魔術書を渡していてね。本当は僕にしか従わないようにしてから、王にカグヤちゃんを渡して、油断した所を暗殺させるつもりだったんだけど、君のせいで完璧にカグヤちゃんを封じる切り札になっちゃったよ」
「……お前ですら半年かかったのを何故一瞬で出来る? それほど強力な魔術書なのか?」
「違うよ。魔術書は僕の劣化版さ。問題はカグヤちゃんの方さ。操作されることに慣れちゃってるのさ。操作や誘導の魔術は、慣れるとより深く掛かるのさ。だから時間が必要でね。解いたと言っても、下地はそのままカグヤちゃんの心に残ってる。そうそう消えはしないさ」
催眠が徐々に深く沈みこませるように、ストラトスの魔術も時間をかけて少しずつ相手を意のままに操っていくのか。扇を渡さなかったのは失敗だったな。
『ディオ! 私に構わずカグヤを助けなさい!』
『母上……』
『ディオ! 絶対に動くな!』
『姉上……』
ストラトスが作った画面は、少し遠目からの視点になり、椅子に拘束された金髪の女性とディオ様も映し出した。女性はディオ様の母上だろう。
ディオ様はどちらを助ければいいか迷っている様子だった。おそらく動けば母を殺すとでも言われているのだろう。そして、カグヤ様は動くなと言う。どちらかを助けても、結局片方は王の手の中だ。なかなか辛い状況だ。
「あの王のしそうな事だね。僕だったら全員を操るけど」
「まるで自分が同類じゃないかの言い方だな? お前も国王もクズはクズだ」
「ひどいねぇ。あの男は本能で生きている。僕の操作も効かないほどにね。まぁ本気なら操れるだろうけど、あんな奴を操った所で面白くはないからね」
そう言うとストラトスはフードを被りなおし、俺の横をごく自然に歩いて、俺とは逆方向へ向かう。
「さぁ、早く行ったらどうだい? 軍師殿」
俺はその言葉を発したストラトスの背中を睨みつけ、そして背を向けて走り出した。おそらく今、ストラトスはあの戦慄する笑みを浮かべているだろう。
どうにも手のひらで踊らされているような気分があるが、ここでそれを考えても仕方がない。今はディオ様とカグヤ様を救う事を考えるだけだ。
■■■
王の間の扉は開いていた。だから中の様子はよくわかった。
国王、ブレイグ・ハルベルトの姿が見える。同時にステータス画面が開き、戦闘力が百を超えている事に、予想していたとはいえ内心、ため息を吐いた。
腐ってもカグヤ様とディオ様の父親だけの事はある。そのほかの数値も軒並み高い。
王の間に向かって走っていれば、足音でばれる。扉をくぐった所で、俺はブレイグの赤い目に睨まれる。
蛇に睨まれた蛙と言えばいいだろうか。カグヤ様と戦場で相対した時でもここまでの圧力は感じなかった。扇を握りしめ、俺は逃げたくなる衝動を堪える。
「君は誰かな?」
ディオ様に似ている。だが、底知れぬ悪意を感じる笑みを浮かべながらブレイグはそう俺に問いかける。
似ているのは見た目だけだ。この男は拙い。
そう思いつつ、俺はブレイグの足元で倒れているカグヤ様を見る。衣服が所々破れて、白い肌が見えているが、目立った外傷はない。
だが、ステータスを見れば魔力が一桁まで減っている。ぐったりしているのはそのせいだろう。魔力を使いすぎたのか、それとも別の要因か。どうであれ、こっちの最強戦力が無力化されてるのは間違いない。
「……ユキト・クレイと申します。国王陛下」
「ユキト・クレイ……? ああ、なるほどディオの下に居た軍師か……」
息子の友人に向けるような笑顔を見せたブレイグは、魔術書を持っていない右手を軽く左に振った。
瞬間、俺はそれに釣られるようにして、右側に吹っ飛んだ。
見えない何かに引っ張られたのだ。
「っっ!? くっ!」
「普通ならすぐに殺す所だけど……君は私の邪魔をしすぎた」
そう言ってブレイグは右腕を軽く後ろへ振る。その動作にまたも釣られて、吹っ飛び、俺はブレイグの足元に無様に這い蹲る。
一体、何が起きたのか理解できない。ステータスを見る余裕すらない。
「カグヤの事は……まぁいい。また違った意味で楽しめたからね。やはり反抗的な女を屈服させるのは素晴らしい……だが……ここにはもう一人いるはずだった……」
怒りに目に力が入り、心底恐ろしい形相にブレイグはなる。
もう一人とはだれの事を言っているかなんて考えるまでもない。ブレイグが狙った人は二人。カグヤ様と。
ソフィアだ。
「……女性の誘い方を勉強するべきでは……?」
「減らず口を!」
俺が引っ張られたせいで痛む体に顔をしかめながら、そう挑発したら、ブレイグは口の端を上げて俺を蹴り飛ばした。
痛い。そう思い、今度は地面にたたきつけられる衝撃にまた痛みを感じる。そして、また見えない何かに引っ張られた。
いや、見えないんじゃない。ただ細いだけだ。二回も三回も引っ張られれば、自分が何に絡めとられているかくらいわかる。
糸だ。細い糸が幾本も俺の腕や足に巻きついており、それをブレイグは手で操っている。なぜ細い糸で人を引っ張る事が出来、しかも自由自在に操れるのかはわからないけれど。
「ぐっ……! なるほど……糸か……」
「さすがに気付くか。そうさ。魔力を流すことで硬化する糸だ。しかも自由自在に操られる。君の首なんて簡単に飛ばせるけれど……もう少し私の憂さ晴らしに付き合ってもらおうかな」
ペラペラと喋る王に向かって、俺はニヤリと笑いながら告げる。
「……お断りだ、馬鹿が!」
既にどこに糸が絡まっているかは分かっている。そして俺の右手には糸が絡まってはいない。俺は右手を動かし、扇で糸を断ち切る。触れた瞬間に魔術の効果がなくなるこの扇で触れれば、この糸はただの細い糸だ。
断ち切るのは難しくない。
俺は左手で腰に差している短剣を引き抜き、そのままブレイグを斬りあげる。
完全に不意を突いた俺の攻撃で、ブレイグは右の肩辺りに短剣を受ける。だが、咄嗟に上体を後ろに逸らされたため、刃の先が掠った程度だ。致命傷には程遠い。
だが、後ろに引かせる事は出来た。そしてこちらに注意も向けられた。ディオ様が母上を助ける時間は十分に稼いだだろう。後は、カグヤ様を国王から引き離すだけだ。
俺はカグヤ様を右手で抱えるように引き寄せ、国王が繰り出した蹴りをそのまま受けた。
威力のある蹴りは俺とカグヤ様を吹き飛ばすが、これでカグヤ様を引き離す事には成功した。向こうにはもう人質はいない。
体中がそこかしこ痛むが、カグヤ様が床に叩きつけられぬように庇い、俺はまた床に叩きつけられる。今度は体重が二人分だ。痛いなんてもんじゃない。内臓が破裂するのではないかと本気で思った。
視界が涙でゆがむ。なぜこんなことをしているのか後悔し、荒い息を吐く。
それに気付いたカグヤ様がすぐに俺の上から退いて、心配そうに見てくる。
「ユキト……」
「はぁはぁ……勝算があるのでは……?」
「一人では勝てぬと言ったぞ……?」
「それはすみません……」
そんな事を言いつつ、俺は左手が動かない事に気付く。見ればあり得ない方向に曲がっている。さっきのブレイグの蹴りだ。
見てしまったせいで痛みがじわじわとやってくる。カグヤ様を引き離した時点で緊張の糸が切れたのか、体中が痛み、力が入らない。
「ユキト……扇を借りるぞ」
首だけで頷くと、カグヤ様は扇を掴み、ブレイグへと視線を移す。
部屋の中央に居るブレイグは右肩の傷に手を当て、僅かについた血を見て、高笑いを始める。
「ふふ、はっはっは!! そうだ! これだ! 足掻く者たちの意思を挫くのが楽しいのだ! もっと抵抗するのだ! カグヤ! ディオ!」
母上を助けたディオ様と扇で魔術書を無効化したカグヤ様が、ブレイグを挟み込むようにして動く。
カグヤ様の魔力はほとんど戻っていない。そのせいか戦闘力は八十ほどに落ちている。ディオ様は戦闘力が九十まで上がっているが、その数値も相手があの男では心許ない。
動く二人を見て、ブレイグは軽く笑みを作り、少し離れた所にある玉座を目指して跳躍する。人の限界を軽く超えている動きだ。距離にしたら五メートルほど。高さにしたら二メートルと言った所か。それを助走もなく何度も繰り返し、玉座の横にあった大きな剣を片手で持つ。
魔術書は必要ないと判断したのか、玉座に無造作に放り投げる。
カグヤ様もその間に落ちている刀を拾い上げ、王と対峙する。
「さぁ掛かってこい! 私を楽しませてみせろ!」
「姉上、動けますか?」
「全力には程遠いが、やれるだけやるしかあるまい」
そう言ってカグヤ様は笑う。そんなカグヤ様に釣られて、ディオ様も笑みを浮かべる。
そんな二人を見つつ、俺はこの状況を打破する方法を考えていた。
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巨大な剣をまるで手足のように扱って、ブレイグはカグヤ様とディオ様を翻弄する。
動きの鈍いカグヤ様は剣を避けれず、刀で受け止め、ギリギリで剣を受け流している。ディオ様も力では勝てず、まともに打ち合う事ができない。
打ち合う事が出来ず、しかも力任せに体勢を崩されてしまうから、二対一の利点を生かす事が出来ていない。
「くっ……」
「動いてはいけないわ」
俺は何とか起き上がろうとして、いつのまにか近寄ってきていたディオ様の母上に止められる。
名前はクレア・アークライト。ディオ様を生んだとは思えないほど若々しい。
あの好色な国王がいまだに傍に置くだけあって、かなり美人だ。そのクレア様が俺の体を支えてくれる。
「……申し訳ありません……」
「気にしないで。娘と息子を助けてくれた恩人よ。それで、ボロボロの所、申し訳ないのだけど」
あの人を倒す策はない?
そう聞いてきたクレア様の目は本気だ。冗談はよしてほしい。そんな策があるならあの二人に戦わせたりはしない。
「思いつきません……。直接戦う事になった以上、すでに策でどうこうなる状況ではありません……」
「そう……カグヤが魔力さえ吸われなければ……」
クレア様はそう言って打ちひしがれる。確かにどう見ても二人が不利だ。しかし、今、とても意味深な事を言ったような。
「魔力を吸う、ですか?」
「え? ええ。あの人は相手から魔力を吸って、自分の力にできるの」
俺はそれを聞いて、もう一度ブレイグのステータスを見るが、そんな情報はどこにもない。考えられるのは二つ。
クレア様が嘘をついているか、それとも。
俺が全ての情報を見ている訳ではないのか。
やれることはやっておくべきか。
そう考えて、俺はブレイグを瞬き一つせずに見始めた。




