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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第五部 戦後編
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第一章 再始動 8


 俺たちの側方に展開していた部隊は、アルス隊長率いる第一、第四部隊によって攻撃を加えられていた。

 しかし、いまだ領地軍とミカーナが率いる第四部隊の半数は敵の包囲の中だった。

 数の上では三千対二千五百。しかし、五百は戦力外で一千五百は包囲の外。とりあえず、包囲を出るところから始めるとするか。

 なんて思っていると、上空から轟音と共に火球が降ってきた。


「っ!? エリカか!?」

「そのようですね」


 火球はちょうどゲロルドが率いる、一番最初にいた部隊に直撃し、包囲の一角が崩れた。

 その崩れを大きくしようと、さらに第二、第三の火球が降ってくる。


「ベストなタイミングだけど、もうちょっと威力控え目にできないかな? 俺の領地が穴だらけになっちゃうよ」

「久々に連結魔術を打てて張り切っているでしょうし、無理な相談かと」

「テンションが高いエリカが簡単に想像できるよ……はぁ」


 ため息を吐きつつ、俺は馬をコントロールしながら右手を掲げる。

 そしてその手を最も包囲が薄い部分へと向けた。


「突撃! とにかく全速力で突っ込め!!」

「殿は私が」


 そう言ってミカーナは矢でほかの部隊が追い打ちをかけてこないように牽制を始める。

 一方、領地軍は大声をあげながらガムシャラに敵へと突っ込んだ。

 連結魔術が止んだと思ったら、今度は敵が突っ込んできたため、敵は何もできずに包囲を食い破られることとなった。


「何をしている! 追撃だ!」


 ゲロルドが指示を出して、追撃をかけにきた。

 ミカーナの足止めもさすがに千人は止められない。後ろに戻って指揮を取るべきか、それともこのまま逃げてしまうべきか。

 一瞬の逡巡。しかし、その逡巡は意味のないものだった。

 追撃をかけていた一千の動きが止まったのだ。


「おらぁぁぁぁ!!!!」


 殿を務めるミカーナの傍まで迫っていた敵の前に、勢いよくロイが飛び出して、先頭の十人ほどをすべて叩き斬る。


「部下を置いてきたんですか?」

「置いてきたんじゃねぇよ。ニコラの姉ちゃんに任せてきたんだ」

「どっちにしろ指揮官失格ですね」

「お前だってアルスのおっさんに部下を任せただろうが?」

「私は半数を率いたんです。単騎で突っ込んできたあなたと一緒にしないでください」


 ロイとミカーナはいつものように言い合いを始める。

 しかし、そんな二人の言い合いを遮るように、敵が突っ込んできた。

 だが。


「可愛くない女だぜ! 助けてやったんだからありがとうくらい言えよ!」

「そうですね。余計なお世話をありがとうございます」


 それでも二人は言い合いをやめない。

 可哀想なのはそんな二人に片手間に倒される敵兵だろうな。

 口を動かし、言い合いをしながら二人は的確に敵をさばいていく。

 ミカーナの部下も心得ているのか、二人の邪魔にならないように後方援護に留めている。

 なんだかんだ、息の合った二人だな。


「アイリーン、ボルドさん。このまま五百を率いて離れてください」

「あんたはどうするの?」

「別に戦が好きってわけじゃないけど……領地に侵攻されたまま終わらせてやる気はない。このまま壊滅させる」

「じゃあアドバイスをしておくわ。伏兵に気をつけなさい。私があんたの首を狙うなら……戦が終わった直後を狙うわ」

「覚えておくよ」


 短い会話の後、俺はアイリーンたち五百を切り離した。

 それと入れ替わるように、ことさらゆっくりと残りのノックスの部隊が現れた。

 歩兵中心のその部隊は旗を掲げ、整然と行進する。その姿には重厚な威圧感があった。

 そんな部隊を見て、敵は態勢を立て直すためにこちらと距離を取った。


「すごいね。登場しただけで敵を退かせるなんて」

「ちょっと虚勢を張ってみました。お久しぶりです。ユキト様」


 馬を近くに進ませてきたニコラがハニカミながらそんなことを言う。

 後ろにはロイの部隊とエリカの部隊を含めた三千が揃っている。


「ああ、久しぶり。エリカは?」

「疲れたから後は任せるわって言って、後ろにいます……」

「エリカらしいね」


 ため息を吐くニコラを見て、俺は苦笑する。エリカのマイペースは戦場でも変わらない。

 それに苦労させられるのは毎回ニコラかミカーナだ。とはいえ、それがエリカらしさでもあるため強くは言えない。


「おう、ユキト。元気か?」


 街で偶然会ったかのような挨拶をしてきたのは、敵が引くのを見て部隊を退かせてきたアルス隊長だ。

 先頭を切って突っ込んだのに、その体には傷どころか返り血すらない。相変わらず底が知れない人だ。


「ええ、おかげさまで」

「そうだぜ、ユキトの兄ちゃん。俺たちがいなけりゃやられてただろ? あんまり無茶すんなよ」

「私たちが来ること前提でユキト様は動いていたんです。来ないなら別の策を使っていたはずですよ。ロイじゃありませんから」

「お前はいちいち俺に文句つけなきゃ気が済まねぇのか!?」


 懐かしい雰囲気だ。

 それを感じながらも、俺は敵軍を見る。およそ三千が集結し陣形を築いた。しかし、こちらは五千。まともにやればこちらが勝つことは間違いない。それでも撤退しないのは何か理由があるからか。

 ここから逆転があるとすれば、将の首を取ること。つまり俺の首だ。作戦目標も最初からそのつもりだろうし、アイリーンの言った通り刺客がいると見るべきだな。


「ロイ。やる気は十分かい?」

「ん? ああ、もちろんだぜ!」

「わかった。じゃあロイは俺の傍で待機。敵軍はミカーナ、ニコラ、アルス隊長で対応。ロイの隊はニコラが使って」

「はぁ!? なんで俺が後方待機なんだよ!?」

「そこが一番重要だからさ」


 それ以上は何も言わず、俺は第一、第三、第四部隊を前線に展開させた。

 中央は安定感のある第三部隊が受け持ち、両翼に速度のある隊を置く。後方には俺と第二部隊が予備隊として備えており、いざという時に備えている。

 しかし、いざというときはないだろう。

 帝国軍は質に劣るため、常に数をそろえてきた。裏を返せば数の差がある戦いでは勝てないということだ。


「なんで俺が待機なんだよ……」

「必要だからさ。前線には必要ないだろうしね」

「そりゃあそうだけどさ……」


 唇尖らせつつも、ロイは待機を受け入れていた。

 前線では早くもアルス隊長とミカーナが両翼を突破している。中央は敵の攻勢を受けているが、ニコラの防御を突破するほどではない。そのうち、ミカーナとアルス隊長が内側に入って、無防備な横腹をつくだろうな。


「指示するまでもなく圧勝か。さすがだなぁ」

「こんな奴ら相手なら当然だろ。俺たちはノックスだぜ?」

「そうだね。となるとやっぱり、あわよくばその指揮官を殺したいと思っているなら、この戦力じゃ弱いね」

「ん? どういうこと?」

「つまり、伏兵がいるかもってことだよ」


 そうロイに教えたとき。前線で歓声が上がった。ゲロルドあたりが討ち取られたんだろうな。その隙をつく形で、俺たちの陣内に猛烈な勢いで突っ込んでくる奴が現れた。

 フードを被っているが、長身で筋肉質な腕を見る限り男だろう。

 そいつは左右の手に二本の短槍を持ち、馬よりも速いのではないかと思わせる速度で俺のほうへ向かってきた。

 目を凝らしてステータスを見れば、その戦闘力は百越え。魔力も高く、そのほかのステータスも高水準だ。正直、化け物みたいな数値だ。

 名はクラウス・クリューガー。十八歳。名前の感じから言って帝国の軍人だろうな。

 ロイも危険を感じたのか、クラウスに対して即座に対応をする。


「ユキトの兄ちゃんを守れ!!」


 第二部隊に指示を出しつつ、ロイは一気に前に出た。

 クラウスの短槍とロイの剣が交差する。一瞬、二人は完全に動きを止めた。


「どこのどいつだ?」

「名乗る名はないかな」

「ならあとでじっくり聞かせてもらうぜ!!」


 高速の攻撃が双方から繰り出され、俺程度の動体視力では何が起こっているのか理解もできない攻防が始まった。

 戦闘力という点ではクラウスのほうが優勢だが、クラウスの周りにはロイだけでなく第二部隊の面々もいる。そのせいか、ロイだけに集中できないでいる。


「ちっ!」

「ふん!!」


 ロイの剣が弾かれ始める。

 地力の差が出始めたようだ。決してロイが弱いわけじゃない。こいつが強すぎるのだ。


「このっ!」


 ロイは体勢を崩されながら、下から振り上げるようにしてクラウスの首を狙う。

 咄嗟にクラウスは首を逸らして躱す。しかし、剣の先がフードを掠り、クラウスの顔が露わになる。


「ちっ!」

「へぇ、意外にイケメンだな」


 鮮やかな赤色の髪に同色の瞳。鋭く吊り上がった目は、瞳の色とは対照的に冷静な色を秘めていた。


「いやだなぁ。顔を見せるなって言われてるのに」

「帝国宰相からかい?」

「いやいや、僕らのお頭からですよ」


 そのお頭にはおそらく帝国宰相とルビが振られるだろうな。

 しかし、ここまでの手練れを投入してくるとは。帝国宰相になるだけのことはある。

 俺がもしも王都に行っていたら、もしかしたらカグヤ様の暗殺だって視野にいれていたかもしれない。それだけの力がクラウスにはある。


「そうかい。じゃあお頭に伝えておいてくれるかい? 調子に乗るな、ってね」

「へぇ……じゃああなたの首を手土産に伝えておきますよ」

「やらせると思ってんのか?」

「君こそ僕を止められると思ってるの?」

「はっ! お前なんか俺一人でも余裕なんだけどな。この部隊にはお節介が多いんだよ」


 瞬間、クラウスの頭目掛けて矢が飛んできた。

 それをクラウスは躱すが、すぐに今度は火球が飛んできて、大きく距離を取ることとなった。


「人が休んでいるのに襲撃なんてやめてほしいわ」

「人が仕事してるときに休んでるなんて、エリカ様はいい御身分だな」

「あら? 知らなかった? 私、いい身分なのよ?」


 遠くからミカーナが牽制し、その間にエリカとアルスがロイの傍に駆け付けた。

 それを見てクラウスは顔を曇らせる。


「将軍級と言われるノックスの部隊長が揃うと厄介だな……今日のところは失礼しようかな。追わないでくれますか?」

「撤退するならね」

「わかりました。今日はあなたの首を諦めますよ。では、竜殺しの軍師さん」


 そういうとクラウスは無防備に背を向けて、悠々と立ち去っていく。

 ロイが追おうとするが、それを制止する。


「やめておこう。彼を倒すとなると犠牲が出る」

「そんなことねぇよ! 俺一人で倒せる!」

「やめとけ。ユキトの言う通りだ。あいつは強い」


 アルス隊長が静かにそう告げる。

 それを聞き、さすがのロイも押し黙る。


「まぁ、ユキトを助けられただけでよしとしましょう。カグヤ様にも王都に連れていくって言っちゃったし」

「え? 俺も王都に行くの?」

「そうよ。カグヤ様も首を長くして待ってるし、ノーとは言わないわよね?」


 エリカの有無を言わせぬ笑みに対して、俺は反論することもできずに頷くことしかできなかった。


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